とある幼馴染の星間旅行 1 前編
1 レベル1「粒子操作」
少年の名前は『朝凪星海(あさなぎせいかい)』。
学園都市のとある高校の1年7組。その能力は「粒子操作」で、ある物質の操作が可能である。
彼が操作可能なのは「タキオン粒子」、すなわち「超光速粒子」のこと。それを操作することで、彼は宇宙空間を超光速で移動できる能力があるという。
彼の能力名は『ワープドライバー』。所謂ワープ航法が可能なのであった。
もっとも実際に、タキオン粒子が操作されているのかは確認されていない。現在の能力測定装置では、AIM拡散力場以外は計測不能なため、現在の彼の能力レベルは1。
彼の今の能力レベルで可能なのは、質量を伴う物ではなく、意識のみが超光速移動が可能らしいのだが、今の所、彼以外にそれを確認できた者はいない。
少年は、年少の頃よりSF小説を嗜み、やがては中学生の頃よりここ、学園都市の学生として現在に至っている。
将来は宇宙飛行士という夢があったが、現実にはあまり出来がよろしくないため、学園都市でも無名の高校に在籍していた。
「んーったく、相変わらずうるさい連中だな。おちおち読書もできねぇ」
そう教室で一人ごちた彼の目前で騒いでいるのは、上条当麻、土御門元春、そして青髪ピアスの3人組。
「――だーっ!だから俺のせいじゃないんだって」
上条が叫ぶ。
「――うるさいんだにゃー。てめぇだけは許さんぜよ」
土御門が返す。
「――カミやんのおかげで、ワイらはえらい迷惑やねんで」
青髪ピアスがぶちまける。
――上条のヤツ、またどっかでフラグ立てやがったのか。うらやましい限りだぜ。けっ…
そう思う朝凪に、横の机に腰掛けていた少女が話しかけた。
外見は黒髪ショートヘアが似合う、ちょっと可憐系の女の子だった。
「ねえ、星海。今日読んでるのは何?」
「ロバート・ハインライン」
「ふうん。なんてタイトル?」
「スターマン・ジョーンズ。昨日古本屋の100均で見つけた」
「面白い?」
「やっと見つけてな。これでハインラインはコンプリート…、って、睦月、お前今日も来てるのかよ」
そう朝凪に言われた少女の名は『大神睦月(おおがみむつき)』という。
2 レベル1「心理回復」
大神睦月はレベル1「心理回復」の能力を持つ。能力名は「メンタルリカバー」。
過去にもっていた心理状態を回復させるものなのだが、そのレベル強度では、親しい人間の、一部の心理状態をわずかに回復させるのが精一杯という程度である。
彼女は、朝凪星海の幼馴染であり、小、中、高とずっと彼と同じ学校であった。彼女の今のクラスは隣の1年6組。
なぜ彼女がこのクラスにいるのかというと、おそらく「カミジョー属性」なのだろう。
おかげで上条当麻は、隣のクラスの一部男子からも妬まれているとかいないとか。
その割りに、彼女はなぜかいつも朝凪の横にいた。腐れ縁だから、というのが、二人のいつもの理由付けであるのだが。
その日、大神は朝凪の隣で三馬鹿トリオの騒動をあきれたように眺めていた。
「上条君は相変わらずね」
朝凪は本から目を外すことなく会話を続ける。
「なんだ、睦月。気になるのか?」
そんな朝凪を、大神はチラリと見て、小さくため息をついた。
「いや、別に…なんだけどね」
「上条と違って、俺みたいなSFオタクにはそんな縁なんてねぇよな」
「そんなことないって。星海のこと好きになる子、世界のどっかに必ずいるって」
「はいはい、どっかね。で、どっかってどこよ」
「さぁね?どこでしょうね…」
大神の表情がわずかに曇っていることに、朝凪は全く気付いていない。
「おめーは昔からそうだよな。俺のことおもちゃか何かとカン違いしてねぇ?」
「カン違いじゃないわよ。はっきり言って、おもちゃそのものね」
「ちぇっ。わかりましたよっと。お前そろそろ授業始まるから戻れよな」
結局最後まで、朝凪は本から目を上げることは無かった。
「うん。じゃね。上条君によろしく言っといて」
そう言って大神睦月は、朝凪を意味ありげに見て、教室を出て行った。
3 姫神秋沙・朝凪星海
その日、朝凪は空き時間は、ほとんど読書に費やした。
休み時間中、横に大神の気配を感じることもあったが、そのまま無視して読書に熱中していた。
もっとも大神自身は、そんな朝凪に何も言わず、デルタフォースの馬鹿ッぷりを見ているだけだったようだが。
その日の放課後に限って、なぜか朝凪はクラスメートの姫神秋沙に声を掛けられた。
実のところ、姫神は、先程の朝凪と大神の様子を、何とはなしに見ていたのだった。
「朝凪君。いつも。本読んでる。今日は何。読んでるの」
朝凪は、読んでいた本を鞄に入れながら、姫神に顔を向けた。
「ああ、姫神さん。ハインラインの小説」
「それは。SFね。私も。嫌いじゃない」
朝凪は、その答えに意外そうな表情を向けた。
「え、姫神さん知ってんだ」
「ハインラインなら。本当に少しだけど」
「へぇ。意外だね。女の子でハインライン知ってるって、滅多にいないよ。あ、姫神さん。時間あるなら本屋付き合わない?
今日、雑誌の発売日なんで」
大神以外の女の子と、SFの話が出来ることに、朝凪はちょっとテンションが上がっていた。
「私は。時間あるから。大丈夫だけど」
「おし、決まり。なんだったら何か奢るよ」
「でも。いつも大神さん。いるじゃない」
「ああ、睦月なら平気だよ。単に腐れ縁ってだけのことだし。それにアイツはカミジョー属性みたいだし」
「それを。言ったら。私も…」
「チッ、上条の野郎…、ブチコロス」
「その時は。私も」
――これで、と言いながら、魔法のステッキを取り出した。
――どこかで不幸だーという声が聞こえた気がするが、朝凪も姫神も特に気にしない。
4 上条当麻・大神睦月
夕方近く、大神睦月は7組の教室を覗いた。
「――ええと、星海、いない…か?あ、上条君、補習中だった?」
大神が見たのは、教室で一人補習中だった上条当麻だった。
そう呼ばれた上条が、教室の入口に目を向けた。
「ん、あれ、大神さん、ひとり?」
大神はちょっと残念そうな表情をしていた。
「うん、ちょっと遅くなっちゃって。上条君。星海知らない?」
そういや、といった表情で上条が言葉を継いだ。
「朝凪なら、姫神と帰ったみたいだぜ」
「あ、そう…なんだ」
ありありと表情を曇らせた大神に、上条が反応した。
「あれ?お前ら、付き合ってんじゃないの?」
「あ、いやいや、単に腐れ縁ってだけで、別に付き合ってるわけでもないし、なぜ?」
あわてたように大神が言う。
「いや、お前ら、いつも一緒に居るじゃん。だからてっきり…」
「んー、ホント昔からの腐れ縁ってだけだし。それに星海の方はね」
大神がわずかにため息をつく。
「――縁すらない上条さんにはうらやましい限りですよ」
突然大神が上条の横へ近付き、小さな声で言った。
「上条君。常盤台のエースと付き合ってるんじゃないの?」
突然のことに、上条の余裕が吹き飛んだ。
「ぶふぉっ。だ…、誰からそんな。か…、上条さんにそんなボーナスステージみたいなものは一切無いですよ」
「えー?この前、見たわよ。常盤台のお嬢さんとお手手つないで、いちゃいちゃ楽しそうにデート中なのを…」
「ははは…、それは何の事でせう…」
とぼけた上条に大神がたたみかけた。
「学園都市第三位のお嬢さんが、上条君と腕組んでさ。ふたりともすっごい笑顔で楽しそうに通りを歩いてたんだよね…」
「げ…」
「で、二人とも『当麻』『美琴』って呼び合って、どう見たってカップルそのものじゃないの。いいなぁ…」
考えてみれば、大通りをカップルで歩けば当然目立つわけであるし、ましてや相手が常盤台の女の子で、しかも有名人となれば尚更なのだが。
「えええ、アレ、見られ…て…た?お、お、大神サン。頼むから、内密で!お願いだから。でないと上条さんは命の危険が…」
「…ということは認めるってことね」
「ええと………ハイ…」
ガックリと上条は肩を落とした。
「へへへ、じゃ後で聞きたいことがあるから、ちょっとだけ付き合ってくれる?」
「わかりましたから…、なにとぞお手柔らかに…」
上条が不幸だーとつぶやいていた。
「大丈夫。そういうことじゃないから。じゃ校門前で待ってるからね」
そう言って大神は教室を出ていった。
5 幻想殺し・超電磁砲
校門前で待つ大神睦月の前に、上条当麻が声をかけた。
「すまん、大神さん。待たせちゃって」
「大丈夫よ。それより補習は終わったの?」
「おう。後は買い物して帰るだけだ」
「そう、実はちょっと相談したいことがあるんだけど…」
「こんな上条さんで良ければ、いくらでも力になりますことよ。ま、ここじゃなんだし、この先の公園にでも行くか…」
二人はとある上条馴染みの公園に向かっていった。
上条はいつもの自販機でやしの実サイダーを買い、傍のベンチに腰掛けている大神に渡した。
「大神さん、はいこれどうぞ」
「え、あ…ありがとう。…もしかしてこのジュース、彼女のお気に入り?」
「へっ…、あ…ごめん。ついいつもの癖で…」
「いいなぁ、上条君の彼女。うらやましいなぁ。愛されてるんだぁ。星海なんてさ、ぜんぜん振り向いてもくれないし…」
「大神さん、もしかして、朝凪のこと?」
「…うん、内緒だからね。でも星海さ、私のこと眼中にないみたいだし。腐れ縁すぎて、恋愛感情なんて無いみたいなのね」
「うーん、上条さんに恋愛相談はちょっと荷が重い…のですが」
「あ、ごめんね。今日はそれじゃなくて、能力のことなんだけど…」
そう言って、大神は上条に向かい合った。
「上条君、知ってるかどうかわかんないけど、私の能力って、心理系なの。
もっともレベルがレベルなんで、私に悪意があるか、好意があるか程度しか判断つかないんだけどね。
で、7組の子、ほぼ全員、判別できるんだけど、上条君だけ、どうしてもわからないのよ。
それで、ちょっと理由を聞いてみようかなって思ったんだけど、迷惑…かな?」
「ああ、そういうことね…。
んーなんて言うか…、俺の右手、実はちょっとした特殊な能力があってだな…。
あらゆる能力を消してしまうんで、俺には能力、効かないんだ」
「え、そんなのあるんだ…。というと、もしかして都市伝説の『あらゆる能力を打ち消す力』ってこと?」
「ああ、多分な…」
「だったら『第一位を倒した無能力者』って…」
「否定はしねぇが肯定もしねぇ…。ま、訳あって詳しいことは言えねぇがな。ここだけの話って事で、忘れてくれると助かる」
「うん、わかったわ…。でも…そうなんだ。なんとなくっていうか、上条君らしいというか…」
「ま、どこへでも首を突っ込む不幸体質てのは…」
その時、突然二人の目の前に立ちはだかる影があった。
「ちょっと、アンタ!よその女とここで何してんのよっ!!!!」
学園都市第三位『超電磁砲』こと御坂美琴であった。
「ひっ!?み、美琴!!ちょ、ちょっと待てって!!落ち着けって!!誤解だって!!」
上条があわてたように手を振る。
「なによ、人のこと放っておいて。アンタ、説明してもらおうじゃないの!」
指先からバチバチと放電しながら、美琴が上条の前で仁王立ちになる。
さすがに一般人がいるところで、電撃を放たないだけの理性はあるようだ。
「だから説明しますから、美琴センセー。ちょっとその電撃は…」
上条が言いかけたところへ、横にいた大神が美琴に声をかけた。
「あの、上条君の彼女さん…ですよね。はじめまして、私、上条君の隣のクラスの大神睦月といいます」
上条の彼女と言われたとたん、美琴の顔が赤くなり、電撃を引っ込めてモジモジしだした。
「は、はじめまして。御坂美琴です。あ、あの何かコイツが失礼なことでも…」
すかさず上条がツッコミを入れる。
「だーかーらー、いくら俺が不幸体質でも、そうそう人をトラブルに巻き込まないって…」
そんな二人を見た大神がクスリと笑った。
「ごめんなさいね。私、上条君に能力のことで聞きたいことがあったの…。あ、大丈夫よ、私、別に好きな人いるから。安心して」
カミジョー属性を良く知ってる大神は、美琴へのフォローを忘れない。
「そうだったんですか。ごめんなさい。コイツ、よくきれいな女の人と一緒にいるもので、つい…」
美琴は赤い顔のまま、大神に向かって頭を下げた。
「ううん、誤解させちゃったのは私のほうだから、御坂さんは気にしないで。
じゃ、デートのお邪魔になるから、私、行くわね。上条君、相談に乗ってくれて、ありがとう」
そう言って、大神は二人に手を振ってその場を離れた。
――いいなぁ。私も星海とあんな風になれたら…
振り返った大神が見たのは、楽しそうに手をつないだカップルの後姿だった。
とある幼馴染の星間旅行 2 中編
6 朝凪星海・姫神秋沙
「俺、ミルクティ、茶葉はウヴァで。姫神さん、何にする?」
「私も。同じで」
ここは大通りに一角にある紅茶専門店。茶葉の香りと静かなBGMが、ゆったりとした時間を演出している。
「すみません。ミルクティ。ウヴァで2つ下さい」
そう朝凪は店員に声をかけた後、姫神に向かって言った。
「今日はわざわざ付き合って、もらってありがとう」
はにかんだ表情の朝凪の顔に、姫神は少し後ろめたさを意識した。
「ううん。そのくらい。なんでもないの」
今日教室で見た、大神睦月の少し陰った表情が思い出しながら。
朝凪は、そんな姫神の気持ちに気付くことなく会話を続ける。
「いや、なかなか女の子と本屋めぐりなんて出来ないし……」
姫神に見つめられ、照れたように視線を泳がせる朝凪に、姫神は少しドキリとした。
――朝凪君。結構。いい人。でも……
「朝凪君。大神さんが。いるじゃない」
はっとしたように表情を変えた朝凪が、あわててとってつけたような口振りになる。
「だからさ、みんな誤解してるんだって。睦月は単に幼馴染の腐れ縁だからさ。
そういうの全然関係ないし。そもそも睦月、俺のことおもちゃぐらいにしか思ってねぇみたいだから」
「でも。気が付けば。いつもウチのクラスに。いる」
「ああ、睦月もカミジョー属性じゃないのかな」
「それは。ちょっと。違うかも」
「え?違うのか?」
少し期待するような、それでいて怖いような気持ちになる朝凪。
「大神さんが。上条君を見てる目と。朝凪君を。見てる目は違う。と思う」
「どう違うんだ?」
「――上条君には。珍獣を見るような目。朝凪君には。生暖かい目」
姫神の思いも寄らぬ答えに、朝凪はぶっと吹き出した。
「なんだいそりゃ。まぁ、俺の趣味を知ってたら、生暖かい目ってのは当然だけどな……。
ま、確かに俺、能力使う時はいつも睦月と一緒だけども」
朝凪の、ちょっとトーンの落ちた言葉に、姫神は話題を変えるように聞いた。
「朝凪君の能力。たしか『粒子操作』。それどんな能力?」
んー、と言葉を捜すように朝凪が口ごもる。
「なんて言えばいいのかな。『ワープドライバー』って言うのかな。
要するに超光速移動なんだけれど、レベルが低いんで、質量のあるものは無理。
せいぜい意識だけで、それも自分のは出来るけど、他人のは無理。
だからそれが本当かどうかは検証できないんだけど……」
「単に。妄想かも。ってことね」
「そう。だからあまり人には言ってないんだけどね。あまり信じちゃもらえないから」
「大神さんは。知ってるの」
「もちろん。能力使う時は昏睡状態つうか無意識に近いし、障害物の無い場所でするからね。
その時は睦月に付き添ってもらってるからな」
「なら。ますます。彼女と同じ」
「んー、見た目はそうかもしれないけど、告白とかそんなのも今まで無かったし。俺のこと、恋愛感情ナッシングじゃないのかな」
「その言葉は。ある意味。ひどいかも」
「そうか?俺はまぁ…ともかくとして、睦月はそうだと思うよ」
「……朝凪君は。やっぱり。朝凪君」
姫神はホッとしながらも、どこか少し残念な気持ちがした。
――お待たせしました。ミルクティ、ウヴァでお二つですね……
注文が届いたのを期に、いつしか二人の話題は、小説へと切り替わっていった。
7 大神睦月・朝凪星海
「睦月、今度の日曜日、空いてる?」
それから何日たったか、ある日の1年7組。
珍しく読書をしていない朝凪が、相変わらず今日も横に来ている大神に声をかけた。
「うん空いてるよ。もしかしていつもの?」
大神が嬉しそうな顔で答える。
「ああ、今回はちょっと遠くまで行ってこようかと思って」
「遠くって、どこ?」
「そうだな。できれば火星ぐらいまで行ければと」
「どのくらいの時間?」
「そうだな、加速と巡航合わせて、1時間ぐらいかな」
「今まで月から向こうへ出たことないんだよね。大丈夫?」
心配そうな顔をする大神に大丈夫と言いながら、朝凪は言葉を続けた。
「それとさ。今回、姫神さんも誘おうと思うんだけど、どうかな?」
「え、そうなんだ……」
残念そうに答えた大神が、朝凪に小声で囁いた。
「星海、もしかして姫神さんのこと……」
あわてたように否定する朝凪。
「え、あ…、違う違う。この前、一緒に本屋周りした時に、能力の話しをしてさ。
今度機会があれば、その現場を見せるって言っただけだから…」
「そう……、うん、別に私はかまわないわ。時間、決まったら連絡ちょうだい……」
そういうと、なぜか大神はうつむき加減に、そそくさと教室を出て行った。
――そうか……いつのまにか、デートしてたんだ……
そんな大神の目に小さく光るものがあったことに、朝凪は気付いていなかった。
「なんだい?睦月のやつ……。ま、いいか」
朝凪はブツブツつぶやきながら、姫神に目を向けた。
「姫神さん、今度の日曜日……」
姫神はその一部始終を見ていたようだった。
8 朝凪星海・大神睦月・姫神秋沙
晴れて風のない暖かな日曜午後、三人は土手沿いの公園に来ていた。
「睦月、この辺でいいよな」
朝凪がそう大神に言った。
「ここなら、1時間ぐらい大丈夫かしら」
そう答えた大神が、見晴らしのよい、緩やかな土手の斜面に腰掛けた。
「星海、いつものようにでいいのかな?」
朝凪の顔を見て、そう聞き返した大神は、いつも以上にはにかんでいるように見えた。
「ああ、頼むわ。姫神さんは横で座ってみてたらいいよ。睦月もいるから退屈はしないと思うけど」
そう言って、大神の腿に頭を乗せた。いわゆる膝枕というやつだ。
その様子をみた姫神の顔が少し赤くなった。
「いつも。そんな風に。してるんだ」
そう言われた大神が、照れたように答えた。
「そうなの。能力使ってる時は、睡眠中と同じ状態だから。こうすれば星海の心理状態がわかるし、ぱっと見、何してるかわかんないでしょ」
「それは。ただいちゃいちゃ。してるだけ」
ちょっとあきれたように、姫神がつぶやいた。
「じゃ、行ってくるわ……」
そう言って朝凪は目を閉じた。やがて頭の周りが少し光ったように見えた途端、朝凪の身体から力が抜け、意識が無くなった。
「行ったみたいね……」
朝凪の顔を見ながら、大神がポツリと話し出した。
「星海が行ってる間はね、こうしてじっとしていないと、心配なの。
寝てるようなもんだから、大丈夫だって言ってくれるんだけどね。
すぐに意識が戻るようなものでもないし……。
なにかあったら、星海がここに帰ってこれなくなるような気がして。
ごめんね。こんな話して。でももし星海がいなくなったらって思うと、ものすごく怖いの。
別に私を見てくれてなくてもいいから、傍にじゃなくてもいいから、ただ居てくれればいいって思う」
姫神は黙って、朝凪の顔を見ながら大神の話を聞いていた。
「こうやって星海の帰りを待っている間ね、ものすごく不安に思う時があるの。
ずっと一人で星海の顔を見てるとね、このまま眺めていたい、でもこのままなら、いやだって思うこともあるわ」
姫神は、大神の手にこぼれる滴に気が付いた。
「大神さん…」
「こんな私じゃ、星海の足手まといだもんね」
そのままかける言葉も無く、ただ大神の顔を見つめていた。
そんな姫神の視線に気が付いたように、大神は涙を拭い、照れたように笑顔を作った。
「あ、ごめん。こんなの言うつもりじゃなかったんだけど、姫神さんには、つい言わずにいられなかったの……」
大神の話を聞いているうちに、姫神はなんとなく、自分が人から必要とされているような気がして、気持ちが暖かくなるように感じた。
こうして頼られるというのは、姫神にとっても、これまであまり無い事だった。
「大神さん。私こそ。ありがとう」
思いもよらぬ言葉をかけられた大神は、びっくりした顔で、姫神の顔をまじまじと見た。
「私。こうして。話してくれる人。あまりいなくて」
「姫神さん。私でよければ、いつでも」
大神の笑顔が、姫神には眩しく写った。
「そうしてくれると。私も嬉しい」
姫神も笑顔で返した。
9 姫神秋沙・大神睦月
「あ、今日ね、姫神さんも来るっていうんで、おやつ持ってきたのよ」
話題を変えるように、大神が持ってきたバスケットから、水筒とお菓子を取り出した。
「これ、紅茶とクッキーもってきたんだ。良かったらどうぞ」
水筒から紅茶を注ぎ、カップを姫神に渡す。
「ありがとう。いい香り」
大神も自分のカップに口をつけながら聞いた。
「姫神さん、この間、星海とデートしたんだって?」
突然の話題に姫神がびくっとした。
「デート。じゃないの。ちょっと本屋に。付き合っただけ」
どぎまぎして、暇神の顔が赤くなる。
「…でも、それってデートでしょ。星海の趣味に付き合える女の人って、そうはいないし」
「確かに。朝凪君の趣味。ディープすぎ」
「でも話してて、不思議と退屈はしないのよね」
「退屈は。しなかった」
「そう……」
大神が何か考えるように、少し俯き加減に沈黙した。
「なら私、姫神さんと星海との仲、取り持ってもいいかな?」
大神からの突然の思いも寄らぬ提案に、姫神は驚いた。
「――大神さん。いきなりそれは。どういうこと」
「ん、姫神さんと星海となら、いいかなって思ったの。コイツ結構いい奴だし。顔だってそう悪くないと思うの」
「でも……」
大神の屈託の無い笑顔に、姫神は言葉が出ない。
「私のことなら気にしないで。姫神さんならお似合いだと思うんだけど…」
「……」
その時、背後から聞きなれない声がした。
「おう、そこのねぇちゃんたち!ちょっと俺たちとつきあわねぇか!!」
柄の悪そうな男達が数人が、3人の目の前に出てきた。どうやらスキルアウトらしい。
「おう、見せ付けてくれるじゃねえの!」
「寝てるヤツなんかほっといて、俺たちと遊ぼうぜ!」
「何よ、あんた達に用はないわよ!」
大神がキッと男らを睨みつける。
姫神が『学園都市特製魔法のステッキ』に手をやる。
大神が小声で姫神に囁いた。
「私、ここを離れられないから、姫神さん、助けを呼んできて。お願い」
「でも。大神さん」
「いいから。それがあるなら突破できるでしょ。早く」
「……わかった。通りへ出たら。アンチスキルか。ジャッジメントに」
「お願い……」
「ねぇ、あんた達……」
大神が男達の注意を引きつける。
それを逃さず姫神は、手に持っていたカップを、中身ごと目の前の男の顔めがけて投げつけた。
「アチチチ!イテテッ!!」
熱さに怯んだところを、立ち上がりざま魔法のステッキ(スタンガン)で電撃をあて、脱兎のごとく駆け出した。
とっさのことで男達は反応が遅れる。
そこへ大神が同じくコップと、水筒を、一番反応が早かった男に投げつけた。
男達の注意がそがれ、気が付いた時は、姫神の姿はかなり離れていた。
「てめえ……」
彼らの怒りの矛先が、残された二人に向かう。
「舐めたまねしてくれるじゃねぇか……」
10 上条当麻・御坂美琴
日曜午後、気持ちの良い暖かさに誘われるように、腕を組んで歩くカップルがいた。
「天気が良いから、どこかでのんびりしない?当麻」
「美琴と一緒なら、どこでもいいぞ」
「もう、当麻が決めてよ」
「土手の横の公園はどうだ。すぐそこだし」
「うん、当麻と一緒なら」
桃色空間全開な上条当麻、御坂美琴の二人。
そこへ飛びついてきた人影があった。
「か、上条君。助けて」
姫神が、息を切らせて倒れこんできた。
「どうした、姫神!なにがあった!!」
上条が、姫神を両手で支える。
美琴は一瞬ムッとするが、姫神のただならぬ様子に、すぐ真剣な顔付きになる。
「そこの。公園で。朝凪君と。大神さんが。スキルアウトに」
それだけ言うと、へなへなと道端に座り込んでしまった。
「姫神、通報たのむ!。美琴いくぞ!!」
上条が傍らに目をやった時、美琴はすでに走り出していた。
「姫神さん。任せといて!」
美琴が振り返りながら、姫神に声をかける。
「当麻!先行くわよ!!」
既にギアがトップに入っている。
「おう!!」
上条も同じく駆け出していく。
『学園都市の最強カップル』の名に恥じないコンビネーション。
残された姫神は、そんな二人の後姿に言いようの無い安堵感を覚えていた。
とある幼馴染の星間旅行 3 後編
11 超電磁砲・幻想殺し
上条と美琴が公園に駆けつけたとき、朝凪は無意識の状態で、男達に弄られていた。
「なんだぁ、こいつ、全然起きねぇじゃねえか!」
「このまま簀巻きにしちまうかぁ!」
横では大神が、男2人に両腕をつかまれ、悲鳴を上げている。
「いやぁ!やめてぇ!やめてぇ!星海が!星海が!お願い!お願いだから!!」
泣き叫び、飛び出そうとする大神を押さえつけ、男達が不遜な笑みを浮かべている。
こちらに背中を向けているリーダー格らしき男が、さらにその様子を残忍な目つきで眺めていた。
あたかも獲物の品定めをする野獣のように。
上条は、この状況を見た時、このまま突っ込むのはリスクが大きいと感じた。
姿を隠すように、手前の茂みに姿を隠すと、その先を窺う。
こちらは奇襲要素があるとはいえ、人質が二人いる。うち一人は全く動けない状態にある。
まして相手の方が人数も多い。
――なら、方法は……。
目的は朝凪と大神を無事に取り戻すこと。隠れ場所から人質までの距離はおよそ20m。
傍にいる美琴に目をやると、隣の茂みに隠れ、上条の方を見ていた。
その目がいつでも行けると言っている。
上条は無言で自分を親指で指差し、次に大神を指差す。更に美琴を指差した。
美琴はうなづくと、表情を引き締め、視線を彼らに向けた。
上条も視線を戻すと、呼吸を整えた。美琴も同様だ。
2人の息が合ったとき、上条が茂みから飛び出した。
戦闘そのものはあっという間に終わった。
最初は大神の奪還だ。
上条が茂みから出ると同時に、美琴が立ち上がる。
男達からの至近距離で、かつ二人の人質に直接被害が及ばぬ場所に超電磁砲が着弾する。
閃光と爆発音は、さしずめスタングレネードのようだ。
男達の注意がそちらに向いた瞬間、背を向けた男に電撃を放ち、美琴は茂みから駆け出す。
何が起こっているのかわからず、男達が混乱する中、上条は大神の手をつかんでいる男の頬に拳を叩き込む。
怯んだ男が大神から手を離す。
すぐさまもう一人の男に蹴りを入れ、その手から大神を引き剥がす。
そのときすでに美琴が大神に駆け寄っており、手を引き男達から距離をとった。。
同時に大神を押さえていた男2人に電撃を食らわせ、失神させた。
こういった作戦に、格闘戦など、時間の無駄でしかない。
上条は既に朝凪の確保に向かっていた。
幸い、朝凪は地面に倒れており、美琴が男達の頭上めがけて電撃を打ち込んでいる。
上条は右手で、流れ弾を防ぎつつ、左手で朝凪を抱え込み、引きずり出した。
意識を持たない身体というのは、重いものだ。されどその場所から動かさないと、朝凪も電撃の影響を受けてしまう。
上条がなんとか距離をとったときには、全てが終わっていた。
男達は戦意喪失して逃亡するか、倒れていた。
12 朝凪星海・大神睦月
上条はぐったりと動かない朝凪を、脇の芝生の上に横たえることができた。
相当やられたのか、服のあちこちに土や蹴られた痕が付いている。
――服の下にも傷があるか……。
「美琴!救急車!!」
「あ、はい!『――もしもし……』」
救急車という言葉に、我に返った大神が、駆け寄ってきた。
「星海!星海!大丈夫……?大丈夫……?」
動かない朝凪の身体にしがみついて泣き喚く。
「死んじゃやだ……死んじゃやだよぉ……」
「大神さん、大丈夫だから。気を失ってるだけだし、頭はやられてないようだから……」
上条の言葉にほっとしつつも、大神の気持ちは止まらない。
「ねぇ…、返事してよぉ……、早く帰ってきてよぉ……、おいてっちゃやだよぉ……、お願いだからぁ……」
追いついてきた姫神が大神に駆け寄り、
「大丈夫だから。朝凪君。大丈夫だから。大神さんのこと。大丈夫だから」
大神の背中を抱くように勇気付けている。
「ふえぇぇん……姫神さぁん……」
その様子を心配そうに見ていた美琴が、上条に抱きついて来た。
上条は、美琴がつらそうな顔をし、涙を流していたことに気が付いた。
「どうした?美琴……」
「私、大神さんの気持ち、わかりすぎて本当につらいの。
あの時の私と同じ……だから。
当麻はいつも待たせる側だったから、分からないだろうけど……」
そう言って涙を拭き、大神に声をかけた。
「大神さん、彼のこと、信じてあげて。
絶対大丈夫だから。
私も同じような経験あるからわかるの。
こういうときこそ大神さんが信じてあげないとね……」
そんな美琴の言葉に、大神は泣きながらただうなづくだけだった。
その時朝凪の表情がピクリと動き、ぐったりとした身体に力が戻ってきた。
「う……う……ん……!!痛てててぇぇぇ!!」
意識が戻った途端、身体中の激痛に襲われた朝凪が叫んだ。
「うぎゃぁぁぁ、痛い痛い痛い……!!!」
その様子に4人とも、ほっとしたと同時に笑いがこみ上げてきた。
「「「「ぷっ……くっ……ぷはははは」」」」
「なんだよ……てめえら、人が苦しんでるのに」
朝凪が痛みに顔をしかめながら、むくれる。
「い、痛くて、身体が動かねぇ。なんでこんな怪我してんだよ?
それに睦月、お前なんでそんな顔してんだ?」
上条が笑いながら答えた。
「こちらのお姫様が、王子様を助けたんだよ」
「え?なんじゃそりゃ」
こいつも上条なみに鈍感体質のようだ。
「朝凪君の。鈍感」
姫神があきれたように言い放つ。
「大神さんは。朝凪君を。いつも守ってたの。いつも待ってたの」
朝凪が大神に改めて目を向けた。
「睦月……お前……」
そう言うと震える手を大神に差し出した。
その手をぎゅっとつかみ、顔を赤くした大神が言った。
「私、星海のことが…『睦月、言うな』」
朝凪が大神の言葉を遮った。
「やっぱり……俺から言わないとダメなんだろうな。
待たせてごめんな、睦月。こんな……しょうもない……オタクな王子様でよければ……ん…ん!?」
――ん……ちゅっ……
朝凪の口が、大神の唇でふさがれた。
13 上条当麻・御坂美琴
スキルアウトどもは警備員(アンチスキル)に引き渡した。
朝凪と大神を乗せた救急車を見送り、姫神は1人で帰るとのことで、ここで別れた。
上条と美琴は先程の公園のベンチに並んで座っていた。
「――美琴、いろいろ助かったぜ」
「何よ、いつものことじゃない」
「いや今日は特にうまく連携がとれたなって」
「当然じゃない。私と当麻の仲だもの。これからもよろしくね」
「こちらこそだ。しかし……」
「ん?」
「あらためて……ごめんな、美琴」
「何よ、いきなり……」
「ん、朝凪と大神の姿がさ、俺とお前に重なって見えたんだ……」
そう言うと、上条は美琴の肩を抱き寄せた。
「俺がいない間、お前はあんな顔で待ってたんだろうなと思うとな」
「……もういいの。当麻はこうして私のところに帰ってきてくれてるから」
美琴は上条の肩に頭を乗せ、目を閉じた。
「こうして、一緒に居られるだけで、私は充分幸せよ、当麻……」
「美琴……」
傾きかけた柔らかな陽が、2人の影を長く引いている。
――やがて影は1つになった。
14 姫神秋沙
公園からの帰り道、姫神は高揚した気分でいた。
あの時のドキドキはまだ治まってはいない。
――今日は。いろいろあったけど。よかったかも。
あの瞬間の朝凪の赤くなった顔と、大神の恥ずかしげな笑顔が脳裏に焼きついている。
――2人とも。幸せそうだった。
――ああ私も。上条君みたいに。人の笑顔を守るって。好きかも。
『魔法のステッキ』を取り出すと、ちょっと振り回してみた。
――私も。なれるかな。
――そうだ。帰りに病院へ寄って。2人に会っていこう。
ただ、朝凪のことを思い出したとき、胸の中にかすかな痛みを感じた。
――そういえば。『スターマン・ジョーンズ』って小説。
――主人公は。ヒロインと。結ばれないんだよね。
――今度。朝凪君に。感想を聞いてみよう。
自分がそのヒロインになったような気分で、姫神は病院へ足を向けた。
--------------------------------------- THE END