とある幼馴染の星間旅行 2 中編
6 朝凪星海・姫神秋沙
「俺、ミルクティ、茶葉はウヴァで。姫神さん、何にする?」
「私も。同じで」
ここは大通りに一角にある紅茶専門店。茶葉の香りと静かなBGMが、ゆったりとした時間を演出している。
「すみません。ミルクティ。ウヴァで2つ下さい」
そう朝凪は店員に声をかけた後、姫神に向かって言った。
「今日はわざわざ付き合って、もらってありがとう」
はにかんだ表情の朝凪の顔に、姫神は少し後ろめたさを意識した。
「ううん。そのくらい。なんでもないの」
今日教室で見た、大神睦月の少し陰った表情が思い出しながら。
朝凪は、そんな姫神の気持ちに気付くことなく会話を続ける。
「いや、なかなか女の子と本屋めぐりなんて出来ないし……」
姫神に見つめられ、照れたように視線を泳がせる朝凪に、姫神は少しドキリとした。
――朝凪君。結構。いい人。でも……
「朝凪君。大神さんが。いるじゃない」
はっとしたように表情を変えた朝凪が、あわててとってつけたような口振りになる。
「だからさ、みんな誤解してるんだって。睦月は単に幼馴染の腐れ縁だからさ。
そういうの全然関係ないし。そもそも睦月、俺のことおもちゃぐらいにしか思ってねぇみたいだから」
「でも。気が付けば。いつもウチのクラスに。いる」
「ああ、睦月もカミジョー属性じゃないのかな」
「それは。ちょっと。違うかも」
「え?違うのか?」
少し期待するような、それでいて怖いような気持ちになる朝凪。
「大神さんが。上条君を見てる目と。朝凪君を。見てる目は違う。と思う」
「どう違うんだ?」
「――上条君には。珍獣を見るような目。朝凪君には。生暖かい目」
姫神の思いも寄らぬ答えに、朝凪はぶっと吹き出した。
「なんだいそりゃ。まぁ、俺の趣味を知ってたら、生暖かい目ってのは当然だけどな……。
ま、確かに俺、能力使う時はいつも睦月と一緒だけども」
朝凪の、ちょっとトーンの落ちた言葉に、姫神は話題を変えるように聞いた。
「朝凪君の能力。たしか『粒子操作』。それどんな能力?」
んー、と言葉を捜すように朝凪が口ごもる。
「なんて言えばいいのかな。『ワープドライバー』って言うのかな。
要するに超光速移動なんだけれど、レベルが低いんで、質量のあるものは無理。
せいぜい意識だけで、それも自分のは出来るけど、他人のは無理。
だからそれが本当かどうかは検証できないんだけど……」
「単に。妄想かも。ってことね」
「そう。だからあまり人には言ってないんだけどね。あまり信じちゃもらえないから」
「大神さんは。知ってるの」
「もちろん。能力使う時は昏睡状態つうか無意識に近いし、障害物の無い場所でするからね。
その時は睦月に付き添ってもらってるからな」
「なら。ますます。彼女と同じ」
「んー、見た目はそうかもしれないけど、告白とかそんなのも今まで無かったし。俺のこと、恋愛感情ナッシングじゃないのかな」
「その言葉は。ある意味。ひどいかも」
「そうか?俺はまぁ…ともかくとして、睦月はそうだと思うよ」
「……朝凪君は。やっぱり。朝凪君」
姫神はホッとしながらも、どこか少し残念な気持ちがした。
――お待たせしました。ミルクティ、ウヴァでお二つですね……
注文が届いたのを期に、いつしか二人の話題は、小説へと切り替わっていった。
7 大神睦月・朝凪星海
「睦月、今度の日曜日、空いてる?」
それから何日たったか、ある日の1年7組。
珍しく読書をしていない朝凪が、相変わらず今日も横に来ている大神に声をかけた。
「うん空いてるよ。もしかしていつもの?」
大神が嬉しそうな顔で答える。
「ああ、今回はちょっと遠くまで行ってこようかと思って」
「遠くって、どこ?」
「そうだな。できれば火星ぐらいまで行ければと」
「どのくらいの時間?」
「そうだな、加速と巡航合わせて、1時間ぐらいかな」
「今まで月から向こうへ出たことないんだよね。大丈夫?」
心配そうな顔をする大神に大丈夫と言いながら、朝凪は言葉を続けた。
「それとさ。今回、姫神さんも誘おうと思うんだけど、どうかな?」
「え、そうなんだ……」
残念そうに答えた大神が、朝凪に小声で囁いた。
「星海、もしかして姫神さんのこと……」
あわてたように否定する朝凪。
「え、あ…、違う違う。この前、一緒に本屋周りした時に、能力の話しをしてさ。
今度機会があれば、その現場を見せるって言っただけだから…」
「そう……、うん、別に私はかまわないわ。時間、決まったら連絡ちょうだい……」
そういうと、なぜか大神はうつむき加減に、そそくさと教室を出て行った。
――そうか……いつのまにか、デートしてたんだ……
そんな大神の目に小さく光るものがあったことに、朝凪は気付いていなかった。
「なんだい?睦月のやつ……。ま、いいか」
朝凪はブツブツつぶやきながら、姫神に目を向けた。
「姫神さん、今度の日曜日……」
姫神はその一部始終を見ていたようだった。
8 朝凪星海・大神睦月・姫神秋沙
晴れて風のない暖かな日曜午後、三人は土手沿いの公園に来ていた。
「睦月、この辺でいいよな」
朝凪がそう大神に言った。
「ここなら、1時間ぐらい大丈夫かしら」
そう答えた大神が、見晴らしのよい、緩やかな土手の斜面に腰掛けた。
「星海、いつものようにでいいのかな?」
朝凪の顔を見て、そう聞き返した大神は、いつも以上にはにかんでいるように見えた。
「ああ、頼むわ。姫神さんは横で座ってみてたらいいよ。睦月もいるから退屈はしないと思うけど」
そう言って、大神の腿に頭を乗せた。いわゆる膝枕というやつだ。
その様子をみた姫神の顔が少し赤くなった。
「いつも。そんな風に。してるんだ」
そう言われた大神が、照れたように答えた。
「そうなの。能力使ってる時は、睡眠中と同じ状態だから。こうすれば星海の心理状態がわかるし、ぱっと見、何してるかわかんないでしょ」
「それは。ただいちゃいちゃ。してるだけ」
ちょっとあきれたように、姫神がつぶやいた。
「じゃ、行ってくるわ……」
そう言って朝凪は目を閉じた。やがて頭の周りが少し光ったように見えた途端、朝凪の身体から力が抜け、意識が無くなった。
「行ったみたいね……」
朝凪の顔を見ながら、大神がポツリと話し出した。
「星海が行ってる間はね、こうしてじっとしていないと、心配なの。
寝てるようなもんだから、大丈夫だって言ってくれるんだけどね。
すぐに意識が戻るようなものでもないし……。
なにかあったら、星海がここに帰ってこれなくなるような気がして。
ごめんね。こんな話して。でももし星海がいなくなったらって思うと、ものすごく怖いの。
別に私を見てくれてなくてもいいから、傍にじゃなくてもいいから、ただ居てくれればいいって思う」
姫神は黙って、朝凪の顔を見ながら大神の話を聞いていた。
「こうやって星海の帰りを待っている間ね、ものすごく不安に思う時があるの。
ずっと一人で星海の顔を見てるとね、このまま眺めていたい、でもこのままなら、いやだって思うこともあるわ」
姫神は、大神の手にこぼれる滴に気が付いた。
「大神さん…」
「こんな私じゃ、星海の足手まといだもんね」
そのままかける言葉も無く、ただ大神の顔を見つめていた。
そんな姫神の視線に気が付いたように、大神は涙を拭い、照れたように笑顔を作った。
「あ、ごめん。こんなの言うつもりじゃなかったんだけど、姫神さんには、つい言わずにいられなかったの……」
大神の話を聞いているうちに、姫神はなんとなく、自分が人から必要とされているような気がして、気持ちが暖かくなるように感じた。
こうして頼られるというのは、姫神にとっても、これまであまり無い事だった。
「大神さん。私こそ。ありがとう」
思いもよらぬ言葉をかけられた大神は、びっくりした顔で、姫神の顔をまじまじと見た。
「私。こうして。話してくれる人。あまりいなくて」
「姫神さん。私でよければ、いつでも」
大神の笑顔が、姫神には眩しく写った。
「そうしてくれると。私も嬉しい」
姫神も笑顔で返した。
9 姫神秋沙・大神睦月
「あ、今日ね、姫神さんも来るっていうんで、おやつ持ってきたのよ」
話題を変えるように、大神が持ってきたバスケットから、水筒とお菓子を取り出した。
「これ、紅茶とクッキーもってきたんだ。良かったらどうぞ」
水筒から紅茶を注ぎ、カップを姫神に渡す。
「ありがとう。いい香り」
大神も自分のカップに口をつけながら聞いた。
「姫神さん、この間、星海とデートしたんだって?」
突然の話題に姫神がびくっとした。
「デート。じゃないの。ちょっと本屋に。付き合っただけ」
どぎまぎして、暇神の顔が赤くなる。
「…でも、それってデートでしょ。星海の趣味に付き合える女の人って、そうはいないし」
「確かに。朝凪君の趣味。ディープすぎ」
「でも話してて、不思議と退屈はしないのよね」
「退屈は。しなかった」
「そう……」
大神が何か考えるように、少し俯き加減に沈黙した。
「なら私、姫神さんと星海との仲、取り持ってもいいかな?」
大神からの突然の思いも寄らぬ提案に、姫神は驚いた。
「――大神さん。いきなりそれは。どういうこと」
「ん、姫神さんと星海となら、いいかなって思ったの。コイツ結構いい奴だし。顔だってそう悪くないと思うの」
「でも……」
大神の屈託の無い笑顔に、姫神は言葉が出ない。
「私のことなら気にしないで。姫神さんならお似合いだと思うんだけど…」
「……」
その時、背後から聞きなれない声がした。
「おう、そこのねぇちゃんたち!ちょっと俺たちとつきあわねぇか!!」
柄の悪そうな男達が数人が、3人の目の前に出てきた。どうやらスキルアウトらしい。
「おう、見せ付けてくれるじゃねえの!」
「寝てるヤツなんかほっといて、俺たちと遊ぼうぜ!」
「何よ、あんた達に用はないわよ!」
大神がキッと男らを睨みつける。
姫神が『学園都市特製魔法のステッキ』に手をやる。
大神が小声で姫神に囁いた。
「私、ここを離れられないから、姫神さん、助けを呼んできて。お願い」
「でも。大神さん」
「いいから。それがあるなら突破できるでしょ。早く」
「……わかった。通りへ出たら。アンチスキルか。ジャッジメントに」
「お願い……」
「ねぇ、あんた達……」
大神が男達の注意を引きつける。
それを逃さず姫神は、手に持っていたカップを、中身ごと目の前の男の顔めがけて投げつけた。
「アチチチ!イテテッ!!」
熱さに怯んだところを、立ち上がりざま魔法のステッキ(スタンガン)で電撃をあて、脱兎のごとく駆け出した。
とっさのことで男達は反応が遅れる。
そこへ大神が同じくコップと、水筒を、一番反応が早かった男に投げつけた。
男達の注意がそがれ、気が付いた時は、姫神の姿はかなり離れていた。
「てめえ……」
彼らの怒りの矛先が、残された二人に向かう。
「舐めたまねしてくれるじゃねぇか……」
10 上条当麻・御坂美琴
日曜午後、気持ちの良い暖かさに誘われるように、腕を組んで歩くカップルがいた。
「天気が良いから、どこかでのんびりしない?当麻」
「美琴と一緒なら、どこでもいいぞ」
「もう、当麻が決めてよ」
「土手の横の公園はどうだ。すぐそこだし」
「うん、当麻と一緒なら」
桃色空間全開な上条当麻、御坂美琴の二人。
そこへ飛びついてきた人影があった。
「か、上条君。助けて」
姫神が、息を切らせて倒れこんできた。
「どうした、姫神!なにがあった!!」
上条が、姫神を両手で支える。
美琴は一瞬ムッとするが、姫神のただならぬ様子に、すぐ真剣な顔付きになる。
「そこの。公園で。朝凪君と。大神さんが。スキルアウトに」
それだけ言うと、へなへなと道端に座り込んでしまった。
「姫神、通報たのむ!。美琴いくぞ!!」
上条が傍らに目をやった時、美琴はすでに走り出していた。
「姫神さん。任せといて!」
美琴が振り返りながら、姫神に声をかける。
「当麻!先行くわよ!!」
既にギアがトップに入っている。
「おう!!」
上条も同じく駆け出していく。
『学園都市の最強カップル』の名に恥じないコンビネーション。
残された姫神は、そんな二人の後姿に言いようの無い安堵感を覚えていた。