とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part07

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番外編「本日のスープ」


「ねぇ、当麻。今度の日曜日、デパートに買い物に行きましょうよ」

 そろそろ本格的な寒さが来ようかという冬の午後、自室で課題に取り組んでいる上条当麻は、自身の彼女、御坂美琴にそう言って誘われた。
 無事にロシアから帰ったものの、欠席中の課題が、小萌先生からたっぷりと渡された。
 上条ちゃんはこれを全てやらないと進級させません、などと言われたら、とにかくやるしかないのだ。
 そして上条の横で課題を手伝っている美琴は、もはや押しかけ女房同然に、他もいろいろ彼の面倒を見ている。

「そうだな、美琴のおかげでこの課題も片付きそうだしな」
「実はね、この間、当麻にお似合いの可愛いセーター見つけたの」
「上条さんにはそんなお金、ありませんよ」
「いいのよ。ちょっと早いけど、当麻へのクリスマスプレゼントにするから。サイズも見たかったし」
 なにより、とちょっとお世話焼きモードな美琴。
「学生服の下に着るセーターが必要な季節でしょ。コートとかはあるの?」
「ん、確かトレンチがあったはず」
「じゃ、とりあえず中に着る分があればいいわね」
「ありがとうよ。しかし男に可愛いセーターって」
「なによ!彼女の見立てに不満があるの?」
「いえ、何もありません」
「それとね、ランチにいいお店があるの。お昼はそこでどうかな」
「そうだな。しばらく課題漬けで、お前にも迷惑かけたしな」
「そんなのはいいのよ。私は……、当麻と一緒に居られたら、それだけで幸せなんだからぁ」

 ちょっと甘えたような口ぶりで、モジモジと上目遣いをする美琴の顔がほんのり赤い。
 それを見た上条は、――まったくコイツは、と呟きながら、美琴の肩を引き寄せ、そっとキスをした。
 素直に応じた美琴は、そのまま上条の肩にもたれた。
 上条が学園都市に帰った夜、壮絶なカタルシスの後、2人は恋人として結ばれた。
 ただ、通常のお付き合いをすっ飛ばした、最終段階から始まった関係が、甘ったれた照れやうわつきを見せない。
 あれから何度か肌を重ねるたび、素直にお互いをさらけ出せるようになってきたからだろう。
 彼らにとって男女の交わりとは、それぞれの心を見せ合う行為に他ならないからだ。

「ならランチ代ぐらいは、この上条さんが出しましょうとも」
「じゃ、決まりね」
――だったら、と言いかけた美琴を、上条が遮る。
「土曜日のお泊りはだめだ」

 不満そうな顔をする美琴に上条が諭すように言う。

「そうそう外泊もしてられないだろう。これでも俺たちは高校生と中学生だぜ。もう少し節度ッつうものをだな……」
「その中学生と淫らなことをしている高校生はどうなのよ?」
「いや、ま、それはその、だな……」

 今度は上条の顔が赤くなる番だ。

「中学生に手を出したすごい人って言われるんでしょ?」

 美琴がニヤリとしてからかう。

「学園都市第三位の超能力者が、無能力者の男子高校生と爛れた関係にって、噂になるんだぜ」

 ムッとした上条が、負けじと言い返す。
 だが腹を括った女ほど手強い者はいない。

「平気だもん」

――それに、と言いながら、上条の手を自分の胸の前で抱きしめる。

「私は地獄だろうとどこだろうと、当麻と一緒なら怖くないわ」

 日曜日、クリスマスセール真っ最中のデパートは混んでいた。
 美琴は前日土曜日に、門限通り寮へ帰らされたためか、その日はいつもより積極的だった。
 人目をさほど気にすることも無く、べたべたと上条にまとわり付く。
 とはいえ、気恥ずかしさを紙一重のところで回避しているのは、外にいるという意識があるからだろう。
 その姿は初々しさの残る学生カップルのそれではなく、より大人びた雰囲気を醸し出していた。
 だからなのか、今の美琴に、漏電や失神といったことはほとんど無い。
 もはや新たな『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を確立しつつあるようだ。
 その中に『上条当麻』という存在が組み込まれているのは間違いないのだろう。

 久しぶりのデートにはしゃぎ、美琴は満面の笑顔で上条の手を引いていく。
 お目当てのセーターを買い、更にデパートの中をあちこち巡り歩いたのち、美琴が上条に提案した。

「お腹空いちゃった。そろそろお昼にしない?」
「そうだな。よし行くか」

 デパートを出て、通りを2人して歩いていった。
 冬の空はどんよりして、寒風強く、一段と冷たく感じる。
 たとえ数ブロック先へ行くのでも、その真冬のような冷たさに震えが来そうだった。
 美琴はいつもの常盤台中の制服の上に、ダッフルコートにマフラー、手袋と完全装備でいる。
 一方で上条は、トレンチコートの下に、ウールのシャツとデニムのパンツと少し肌寒そうだ。
 その店に着いたときには、上条の体はすっかり冷えていた。
 入口を入ってからの暖かさが、こわばった体をほぐしてくれる。
 と同時に、心まで解されていくのは、向かいに座った彼女の微笑の所為でもあるのだろう。

「何にしよっか?」

 メニューを見ながら、美琴が上条へ問いかけた。

「そうだな、この『本日のスープ・デザート付カップルランチセット』なんてどうだ?」
「あ、私もそう思った」

――それじゃ、と言って上条がオーダーを入れる。

 窓から見える空は、暗くくすんだ灰色で、今にも何か降りそうな様相だ。
 そんな景色をぼんやり眺めている美琴を、上条はただじっと眺めていた。
 何もしなくても、何も言わなくても、ただそこに居てくれるだけで満たされる。
 そんな彼女の姿を、テーブルに頬杖ついて、じっと眺めていた。
 先程のデパートでの笑顔の美琴と、今のぼんやり景色を眺める美琴。
 昨夜、常盤台の寮の前で別れたときの少し悲しそうな顔の美琴。
 どの美琴も切なくて、ますますいとおしく感じてしまう。
 美琴は、これまで周りの人にどんな顔を見せてきたんだろうと上条は思った。
 今まで2人が別々の道を、違う速さで歩いてきたことが残念で仕方がなかった。

――お待たせしました。こちら本日のスープは、オニオングラタンスープです。

 ウェイトレスの言葉に2人の意識が戻ってきた。
 出されたオニオングラタンスープは、大振りのカップにたっぷりのグリュイエールとエメンタールチーズがかけられ、フツフツと煮立っていた。
 焼けたチーズの香ばしい香りと、たっぷりのブイヨンに、炒めたたまねぎの甘い香りが食欲を刺激する。
 2人とも目の前のご馳走に、思わず我を忘れるほど、空腹だった。

「「いただきます」」

 そう言って、カップにスプーンを突き立てた。

「熱ーい。やけどしそう。でもおいしい」
「うん、うまいな。猫舌の人はかわいそうだな」

カップから立ち上る湯気に、美琴の笑顔が溶ける。

――ああ、こうして美琴の笑顔を見ていたい。
――いつのまにか、もっと好きになったな。
――お前は今、何を思うのだろう?

「ねぇ。この後、どうする?」

 美琴が、スプーンを口に運びながら聞いてきた。

「そうだな。天気も崩れそうだし、寒いから、ちょっと早いけど一旦帰ろうか」
「そうね。買ったセーター、着てみて欲しいし」
「じゃ、帰ったら、時間までまったりしようか」

――昨夜の分もね、と呟いた美琴の言葉は聞かなかったことにした。


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