とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part08

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番外編「それさえもおそらくは平穏な日々」


 デザートまで堪能した2人は、満ち足りた気分だった。
 食後のコーヒーの香りが、幸福感を倍増させる。

 上条はいつの頃からか、紅茶党だった。
 おそらくは保護していたシスターと、その仲間達の影響もあったのだろう。
 美琴と付き合うようになり、飲み物の嗜好も、彼女のそれに上書きされつつあった。
 美琴はどちらかと言えば、コーヒー党だった。
 大人びた志向と、子供じみた嗜好を持つ彼女としては、大人へのステップとして、コーヒーという嗜好品の位置づけは重要だった。
 それだけに『夜明けのコーヒー』というシチュエーションに、『幻想的な憧れ』を持っていたらしい。
 2人で迎えた何度目かの夜明け、かつてピロートークで聞いた美琴のささやかな願いに、上条は応えたことがあった。
 薄明るい夜明けの光の中、無言でベッドの上に座り、儚げにコーヒーカップを両手で抱える美琴の姿に、上条は微動だにしなかった。
 上条はこの時ほど美琴をいとおしく、切なく、そして身を裂くような自己嫌悪を『感じた』ことは無かった。
 上条が背負い、拠って立つその場所で、美琴が占める割合はかなりのものだ。
 しかしその場所は、彼女が独占しているわけではないことを、美琴は知っている。
 その苦しみを、彼女はこうした一時の安らぎの中でしか消すことが出来ない。
 上条もそれを知っているだけに、美琴の想いに少しでも応えようとしている。
 2人は何かに溺れるように、いつも手持ちのカードを全て、ぶつけ合う。
 未来が約束されている年齢にも関わらず、残された時間が限られているかのように。
 彼らの将来を思えば、若気の至りとして切り捨てることなど誰にも出来やしない。
 彼らの背負っているものの重さと、責任を思えばなおさらだ。
 いつかはそれが許されぬ時が来るかもしれない。
 自らの拠って立つ『幻想』を、自らの手で『殺す』時が来るかもしれない。
 それが今ではないことが彼らにとっての救いである。
 たとえ問題の先送りにすぎないのだとしても、彼らを責めることは出来ない。
 いったいだれがそれを、この15歳の少年と14歳の少女に背負わせたのだろう。
 もしこの世に救いがあるならば、せめてその残酷な結末を、彼らが自らの手で覆す時が来るよう願うしかない。


「このお店、良かったわね。次もここでランチしよっか」
「そうだな。値段も手頃だし、雰囲気も良いし」
「当麻、コーヒー、おかわりもらう?」
「そうだな。美琴はどうする?」

 その答えは、2人の少女の問いかけに遮られた。

「「み・さ・か・さん!」」
「え……あ!?」
「……?」

 初春飾利と佐天涙子だった。
 2人は、上条と美琴のテーブルの前に立ち、自己紹介を始めた。


「はじめまして、佐天涙子です。そちらの男性は、御坂さんの彼氏さんですか?」
「はじめまして、初春飾利です。あのお邪魔でなければご一緒させていただいていいですか?」
「あ、はじめまして、かな?上条当麻です。美琴の友達なら、俺は別に構わないが」
「あー、もうしょうがないわねぇ。はい、席移るから2人ともここ座りなさいよ」

 そういって美琴は上条の横に移り、ありがとうございます、と言いながら初春と佐天はその向かいに座った。
 佐天と初春はオレンジジュースを注文し、上条と美琴はコーヒーをおかわりした。

「今、前通ったら、お二人の姿が見えたもので」
「せっかくだから、ちょっとお話を聞きたいなって思って……」

 そう言うと上条と美琴の顔を交互に見遣る。

「お話ってなんでせう」
「さっきの質問ですけど、上条さんって御坂さんの彼氏なんですよね?」
「ええと、言っちゃっていいのか?美琴」
「どうせいつかはバレるんだし、構わないわよ」
「と、いうことだ。お2人さん」
「いつからお付き合いをはじめたんですか?」
「それは…戦争が終わってしばらくしてからだな」

 その答えを聞いた時、初春が何かを探るような顔になった。

「御坂さん。たしか第3次世界大戦の終わった後、すごく落ち込んでいた時がありましたよね」
「しかも、戦争中、全く寮で姿を見かけなかったというし……」
「寮に帰ってきてからは、精神的にものすごく不安定だったし……」
「ぱっと見は普段どおりだったけど、白井さんなんてものすごく心配してて」
「そうだったわね……」
「ということは、その頃上条さんと何かあったってことですよね?」
「もしかして上条さんも、御坂さんと同じように、何か戦争に関係してました?」

 2人の質問の鋭さに、上条はたじろいだ。
 美琴の顔を見たが、彼女も複雑な顔をして黙ったままだ。
 やがて上条はガシガシと頭をかいて言った。

「俺と美琴の関係についてなら何でも答えるが、その件に関してはノーコメントだ。
その質問についても忘れてくれ。それだけだ」

 その時の上条の真剣な顔に、2人は引き下がらざるを得なかった。

――この学園都市には謎が多すぎる……

 初春には何か思い当たる節があるようだった。


 上条と美琴は、初春と佐天から散々2人のそれまでの関係について尋問を受けた後、ようやく解放された。
 多分上条と美琴の関係について、目下、一番の情報量を持っているのがあの2人ということになろう。
 時間は既に、夕方近くになっていた。

「「もう今日は帰ろうか……」」

 どちらからとも無く、力ない言葉が聞こえてきた。


 腕を組んで、上条の寮へ向かう二人。
 その時、暗くなった空から一陣の風と共に、冷たい雨が降ってきた。

「うわ、いきなり時雨れてきやがった!」
「あと少しだから、このまま走りましょ!」

 手をつなぎ、駆け出す2人の熱気を冷やすように、雨が強くなる。
 上条の部屋に着いたときは、スープで暖まった身体もすっかり冷えていた。
 濡れたコートを拭き、玄関の横に並べて掛ける。
 部屋の暖房を入れ、コタツのスイッチも入れた。


「うう。もうすっかり冷えちまったな」
「そうね。お風呂借りていいかしら?それと着替えがないから、今日買った当麻のセーター借りていい?」
「いいよ。俺も後から入るわ」

 美琴が上条に抱きつき、背中に手を回す。

「だったら……ね、一緒に……だめ?」
「しゃあねえな。昨夜の分も合わせて……な」
「ありがと……ん……愛してるわ……とうま」
「ん……俺もだ……愛してるぜ……みこと」

 心の中に、満たされないなにかがある2人は、互いのからだを求めることでしか、それを埋めることを知らない。
 貪るように唇を重ねることで、きつく抱き締めあうことで、激しく交じり合うことで、そのなにかを満たしているのだ。


 今日買った上条のセーターを着た美琴が、嬉しそうに言った。

「やっぱり当麻のセーター、大きいのね」
「そうか?俺にはぴったりだぜ」

 上条はそういって、美琴を引き寄せ、軽く口付けた。

「ありがとうな。最高のプレゼントだよ」
「当麻にそう言ってもらうと嬉しいな。でもクリスマスのプレゼントはこれだけじゃないからね」
「あまり、無理すんじゃねえぞ」
「無理なんてしないわ。私のしたいようにしてるだけだもの」
「そうか……。しかし今日も相変わらずいろいろあったな」
「でも、あの2人から戦争についての話が出るなんて」
「ああ。もしかすると……」
「いや。今はそんなことは考えないで。つらくなるだけだから」
「……すまない、美琴。だがその時はお前を1人にしておくつもりはないさ」
「ありがとう、当麻。でも私もいつか、こんな日でも懐かしく思える時が来るかもしれないという覚悟はあるわ」
「それさえも、おそらくは平穏な日々だった、ってことか……」
「そうね。でも当麻と同じ道を歩いていけるのなら……」
「美琴と同じ速さでな……」

――今はもうすこし、このままでいたい。

 ふたりして寄り添いながら、同じ思いをかみしめていた。


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