小ネタ 薄着な彼女に上着を掛けてあげましょう☆
【共通前文】
季節は春となった3月。この4月より高校2年生となる御坂美琴は、今朝の自分を呪っていた。
(あーもう、失敗した! まさかこんなに寒いなんてっ!! 不幸だわ…)
常盤台中学の時とは違い、今は制服の着用義務がない。それ故、美琴も美琴なりのオシャレを楽しめて嬉しいのは事実なのだが、
(こういう『春なのに冬みたいに寒い』っていう微妙な日が多い時期は、私服選びが色々と大変なのよねぇ…)
つまり、今朝の美琴は「暖かいから上着はらない」という判断で外に出たのだが、現在実際に外を歩く美琴にとって、その判断は大いなる間違えだったというわけだ。こういう時期によくある事ではないだろうか?
「ん? どうした美琴。なんか元気なさそうだけど」
隣を歩く上条当麻が、眉間に小さくしわを寄せている美琴に声を掛ける。
「……何でもないわよ? 別に、何でも」
「ならいいけど」
とは言っても、実際に彼女がデート中に不機嫌そうで気にしない彼氏がいるはずもなく、(もっとも、付き合い始めた頃の上条は今と違って超がたくさん付くほど鈍感な彼氏だった為、そんな事は本人が無自覚なだけで日常茶飯事だった。)今日のこれまでのデートを思い返してその原因を考えてみる。
(えーっと……、今日はちゃんと美琴よりも早く公園に行ったよな俺……)
昼前に公園で待ち合わせをし、それからレストランでランチ、その後は映画館へ行った。その間の美琴はかなり上機嫌だったし、不満がある様子はなかった。少なくとも上条の知る限り、美琴の不機嫌そうな顔を見るのは、映画館を出てからしばらく歩いている今が今日初めてのことである。
(やっぱり美琴の言う通り何でもないのか? いやでも……)
と、反対側の歩道を歩く一組のカップルが視界の端に映った。美琴という素晴らしい彼女が出来てからというもの、カップルを見て羨ましいと思う事はなくなった。しかし、それでも何となく見てしまう事はたまにある。
(あちらもデート中かぁ。でも彼女の方はなんか不機嫌そうだな……)
すると突然、反対側の車道側を歩く少年がジャケットを脱いだ。上条が不思議に思っていると、少年は隣を歩く少女の肩にそっとそれを掛けた。ジャケットの温もりに包まれた瞬間、上条から見える少女の顔が愛らしい笑顔に変わった。ジャケットの袖に手を通す少女は、とても嬉しそうに微笑んでいた。
(……!!)
そして上条は悟った。自分の隣を歩く少女が不機嫌そうで、少し悲しそうな顔をしている理由を。愛する彼女の笑顔を守る為に、今の自分に出来る行為が何であるかを。
しかし、当たり前だが上条と反対側の少年は別人である。あんな爽やかな好青年、上条はとても見習えない。(いや、無自覚なだけで女子に対しては極めて好青年であるが、一部例外がある。)
とは言っても、美琴が不機嫌な理由を知ってしまった以上、上条が今やるべき事は一つしかないのだ。恥ずかしくてもやるしかない。
だから、上条は着ていたジャケットを脱ぐ。何やら考え事をしているらしい美琴は、上条の動きに気付かない。
「美琴」
「何よ?」
「ほれ」
「わっ!?」
上条は脱いだジャケットを、無造作に美琴の頭の上へと放った。
「何すんのよ!? ……ってこれアンタのジャケット?」
「持ってろ」
「へ?」
「俺暑いし、でも手に持っとくのは面倒だし」
「……、」
「だからそれ、お前が持ってろ」
何て言い草だ、と美琴は思う。面倒だからって彼女に荷物持ちをさせようなんて酷過ぎる。
でも、もちろん美琴は気付いている。そっぽを向いた上条の頬が紅潮しているのにも、ジャケットを脱いだ上条の手が少し震えているのにも。
「……いいわ。仕方ないから、優しい美琴センセーが持っててあげる」
だから感謝しなさい♪ と美琴は上条の左腕に抱き付く。ね? これで少しはアンタも寒くないでしょ?
慌てる上条が可愛くて仕方がない。ファーストキスは付き合い始めて10ヶ月ほど過ぎた去年のクリスマス。しかし未だにこんなことで慌ててくれる純情な上条が愛しくてたまらない。
「どこか暖かい喫茶店にでも入りましょ」
「お、おう」
優しくて不器用でまだちょっぴり鈍感な彼氏、上条当麻。
まだまだ肌寒い3月下旬、今日も美琴は大好きな当麻とのデートを楽しんでいる。
【ツンデレ上条ver.終】
美琴の方に視線を戻した上条は、ある事に気が付いた。
(見てる……)
そう、美琴もたった今反対側で起きた事を見ていたのだ。いや、釘付けになっていると言った方が正しいのかもしれない。そう言えば今のあれは確かに、美琴が好きそうなシチュエーションの一つのような気がする。美琴と付き合い始めて1年が過ぎた今、上条は美琴の思考をかなり理解出来るようになっている。
「……、美琴」
「ふぇ!? ななな何よ?」
「ほれ」
「へ!?」
脱いだジャケットを、上条は優しく美琴の肩に掛けてやる。
「寒いんだろ? これ着とけって」
美琴にとって予想外の展開だったのだろう。口をパクパクさせて、言葉が出てこないようだ。こういうちょっぴり間抜けな表情すら可愛いと思えるようになった自分は、付き合い始めた当初では考えもしなかったくらい御坂美琴に惚れているのだろう。
「ななな何言っちゃってんのアンタ!? そんわ訳ないじゃない!!」
何と格闘しているのだろう? おそらくある種の彼女自身が持つプライドだとは思うが、なかなか素直になれない美琴のツンツンタイムが始まった。こうなると少し意地悪したくなってしまうのは、最近気付いた上条の悪い癖だ。
「いや、よく見たらお前震えてるし……てか手先もこんなに冷たくなってたのか」
「ちょっとアンタ何勝手に触ってんのよ!?」
「いや彼氏がデート中に彼女の手を握るくらい普通だろ」
「ッ!?」
実際に普段は気恥ずかしくてなかなか握れないのだが、こういう風に相手をからかう時だけは平気で握れたりするのだから不思議である。ちなみに頬の方は正直で、慣れない行為と言葉のせいで真っ赤だ。
「し、仕方ないわね。わざわざ脱いだジャケットを着るのは面倒だろうから、代わりに私が着といてあげるわよ」
一方の美琴もリンゴのように真っ赤になっている。言葉はツンツンしているが、頬の筋肉はかなり緩んでいるようだ。でもそれを言ったらビリビリ間違いなしだから絶対に言わない。これまでの経験則で上条当麻は知っている。ただ、
「お前、可愛いな」
思わず本音が、ポロリとこぼれた。
「なっ!?」
見上げれば嬉しそうなアイツの顔。やっぱり恥ずかしさはあるらしく、頬はこれ以上ないほどに紅潮している。いや、ファーストキスを時はこれ以上だったかも……/////
「……、」
そこまで身長差はないはずなのに、こうしてジャケットを着てみると当麻が男の人なんだと実感する。大きくて温かくて、ジャケットに染み付いた当麻の匂いを感じて頭がくらくらする。それに加えて、繋がれた手。もう漏電寸前。辺り一帯の電気製品をダメにしちゃいそう。
そんなことを頭の中でぐるぐる考え、恥ずかしさゆえに俯いていると、
「どうした美琴? 顔赤いぞ」
鈍感なのか意地悪なのか。どちらにせよ黒子の変態行為に対する制裁と違って、簡単に電撃をぶっ放せないだけに性質が悪い。照れ隠しでの電撃はしないと以前約束したのだ。
だから、これが美琴のせめてもの反抗。
「アンタのジャケットが暑いのよ!!」
おそらく真っ赤であろう自分の顔が、こんな小さな反抗すら台無しにしているかもしれないけれど。ありがとうの言葉だけは絶対に言わない。いつもいつも当麻に負けてばかりみたいで、何だか悔しいもの。まぁ、先に惚れた方が負けって言うらしいから仕方ないんだけどね。
やっぱり素直になれない、御坂美琴。それでも。
まだまだ肌寒い3月下旬、今日も美琴は大好きな当麻とのデートを楽しんでいる。
【ツンデレ美琴ver.終】