とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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結論はまた来週



         ☆プロローグ

本当にいいのか、としつこく聞き返すいけ好かないあいつの言葉を、約束は約束だから、と突っぱね返す。
そう、――と、呆れたように短く返されたあとは、もう何も言われなかった。

穏やかな冬晴れの日、第三次世界大戦が終わり、みんなの関心が一端覧祭に戻りだした頃。
――私は、アイツのことを忘れた。

         ☆上条SIDE

ロシアから帰国して、真っ先にインデックスに謝った。
色々あったが、彼女は結局前と同じように今も居候として自分の学生寮にいる。
そう、色々あった。変わったこともあったが、変わらずに残ったものも多くて、肩の荷が下りた……そう思って一息つくと、別のことが気になりだした。
ロシアまで、自分を助けに来たらしい、少女。
「まだ、やるべき事がある」と、彼女の伸ばした手を握り返すことなく、磁力の糸も断ち切った。空に消え行く彼女が最後にどんな顔をしたのか、見ることすらしなかった。

自販機を蹴り飛ばす、ところかまわず電撃を飛ばすなど、ガサツな面も多い。しかし、その本質はものすごく優しくて、自身の考えた理想に突っ走る、まっすぐな、それでもただのちっぽけな一人の女の子だと、知っている。
そんな彼女だから、ロシアまで来たのも馬鹿げた戦争を終わらせるためだったのだろう。しかし、たとえそのついでだったとしても。
彼女が自分を助けてくれようとしたことには変わりはなく、きっと自身の思いに素直に突っ走る彼女には「上条当麻を助けることができなかった」という事実は、重荷のようのしかかっているに違いなかった。
思えば、それまでにも彼女の思いを無視してきている。そのまっすぐな信念を折ってきている。そろそろ、殴られても文句は言えないのかもしれなかった。
情報網の発達した学園都市だから、どこかから「上条当麻が戻ってきた」という情報が入ることもあるかもしれない。
それでも、そんな人伝いの情報などではなく、自分できちんと帰還を報告したいと思った。というわけで、大絶賛彼女を探しているわけだが。

(うだー。忙しいときとかどうでもいいときは絡んでくるくせに、どうして見つかりませんかね……)

正直に言えば、会おうと思えばすぐに会えると思っていた。
思えば、約束も、連絡すらもとっていない状況で何度も出会っていた今までのほうが異常だったのかもしれない。頼みの携帯電話はロシアで無くしたきりで、戻ってきたとしても使い物にはならないだろう。
「自分」がはじめて顔を合わせた自販機の前まで行って、会えなかったら今日は諦めよう、と。夕暮れ時、そろそろ同居人の機嫌が悪くなり出す頃に、見慣れた茶色の頭が通り過ぎた――

         ☆御坂SIDE

思えば変な一日だった。
今までの遅れを取り戻すかのように忙しくなった一端覧祭の準備。つかの間の休みに、すっかりお馴染みになった4人組でお茶に行ったところ、やたらとそちら方面の探りを入れられる。白井黒子とは相部屋であるし、男っ気の無いことも知っているはずである。それなのに、今日はやたらと崩壊していた。なんにもないから、女子校だし、と返すと、妙に微妙な空気が流れた。
ジャッジメントの活動がある、という二人を送り出したあと、別れ際に佐天涙子に言われた一言も、ひっかかった。

(「彼氏さんと喧嘩でもしたんですか? 白井さんはああですけど、でも心配してるんですよ。私たちでよければ、相談に乗りますから!」……ね、)
「よお」

そんなことを言われる身に覚えは無かった。身に覚えはない、が、心当たりはあった。それは、一つの可能性。

(妹達、か――)
「おーい」

妹達の誰かが、誰かとデートでもしていた――想像もできないが。
もしそうなら、これほど嬉しいことはない。彼女たちも一人の人間として、受け入れだされたということだから。生きる意味を、その糸口をようやく見つけ出せたのであろうから。

(姉離れ……は、少し寂しいかなー)
「……御坂さーん」

……そこで、気づく。先ほどから視界にちらちら見えるソイツは、私に用があるらしい。頭の中を検索する。――検索結果、0件。うん。知らないやつだ。知っていたとしても、碌な関わりではないだろう。

「なあ、」

「アンタ誰よ?」

「……いくら久しぶりだからって、それはあんまりじゃないでせうか」

知り合い……? まずったか、と思うが、やっぱり見覚えが無かった。やっぱり怒ってますよねそうですよね、とブツブツつぶやくソイツは、うだつのあがらなさそうな、なんとも間の抜けた顔をしていて。

(こちらに覚えがない、ということはスキルアウト?……こんなのがやっていける世界なのか)

世も末ねー、とつぶやいて。
こちらの反応を見ても立ち去る気配のないソイツに、言う。

「ふーん。今日は一人できたんだ? 多勢に無勢じゃなくなったとこは褒めてあげるわ」
「でも、今日は機嫌が悪いから、デートは無理よん。大人しく帰りなさい」

「ああ? 何言ってんだよ、御坂。……どうしたんだ?」

カチンときた。ただでさえ今日は訳が分からないことがあり、イライラしていた。ソイツの馴れ馴れしい態度も、かみ合わない会話も気に食わなかった。周りからばちんばちんと音が聞こえる。煩い。
それが自分から発せられた音だと気づいたときには、ソイツに電撃を浴びせた後だった。私が帰るくらいまで痺れて動けなくなる程度。でも。

「うおっ!? 突然びりびりするのやめろって、」

「う、そ……。なんで、私の電撃が効かないのよ!」

確かに電撃を放った。それにも関わらず、何かに当たった手ごたえは無かった。

(能力……? それとも新手の兵器、か)

そこで、ふと一つの可能性に思い至る。
やたらと男関係を気にする友人。妹達。能力の効かない、不気味な相手――
ぞくり、と。背筋に冷たいものが走るのを感じた。もしかすると。それは嫌な想像だった。
相手から、間合いを取る。戦うにしても、情報が少なすぎる。
実験が再開されたのか、はたまた別の実験が始まったのか……別の何か、なのか。
どちらにしても分が悪すぎる。逃げ出して見ない振りをするわけにはいかない。知ってしまったから。しかし、時には一度撤退して体勢を立て直すことも必要だ。

そう判断した美琴の行動は速かった。
走って走って、相手をまく。寮を知っている可能性は高かったが、追ってくる気配はないし、第一“裏”の人間なら、表に干渉してくる可能性は低いだろう。

(まずは、何が起こってるのか調べないと、ね)

         ☆上条SIDE

美琴の様子がおかしかった。
はじめは自分に対して怒っているのかと思った。
しかし、かみ合わない会話、よそよそしい態度、そして。

(電撃を打ち消されたときの、あの反応……)

自分の能力が効かず、驚き、怯え。あれでは、まるで。そう、まるで――

(……記憶、喪失)

考えた瞬間、背筋に、得体の知れない何かが走る。もしそうだったとして、どの程度のものなのか。
話した感じからすると、普通の生活は過ごせているようだった。とりあえず、今すぐにどうにかしなければまずい状況ではなさそうであった。

では、なぜ。
能力か、――魔術、か。
ロシアまで自力で来た彼女だ。何か掴んでしまったとしてもおかしくは無かった。
その場合、十中八九自分のせいだ。

(この右手で、なんとかできる範囲なら、いいんだけどな)

目の前でご飯を頬張るインデックスを見る。なるべく、巻き込みたくは無い。
どっちにしろ、また会ってから考えよう、と。もしかしたら、単なる勘違いかもしれないし、簡単にどうにかなる話かもしれない。

         ☆御坂SIDE

結論から言うと、なにも「なかった」
様子を見に行くがてら、妹の様子を探ったが、こちらも「シロ」
アイツに関しては、能力に関して不明なことが多すぎるせいもあり、完全にお手上げだった。

(こうなるんだったら、あそこでの撤退は失敗だったか)

ため息をつく。妹達絡みでなければ、しばらく様子見でもいいかもしれない。
病院からの帰り道。また、あの公園で、ツンツン頭の少年に声を掛けられた――

少し警戒しつつ、話を聞く。
驚くことに、自分がロシアに行ったことも知っていた。
黒子達に何度問い詰められても、言わなかったそれ。情報統制が敷かれ、どこにも漏れていないはずだった。

(話が、かみ合わない……)

それとなく、情報を引っ張り出そうとするが、ほとんど世間話しかしてこない。その中にも、いくつか気になるキーワードはあった。たとえば、マジュツ。
しかし、振った話は絶妙に曲げられ、曖昧になり、真実には辿り着かない。
ぎりっと、歯噛みしたくなる気持ちを抑え話に付き合ってきたが、埒が明かない。
私、こっちだから、と話を切り上げ、踵を返す。
ソイツは何か言いたそうにこちらに手を伸ばし、それは空を切って、下ろされた――

         ☆上条SIDE

どうやら美琴が無くした記憶は、とりあえずは、上条当麻――自分、に関わることだけらしいということが分かった。
いくつか探りを入れてみたが、目ぼしい反応は得られなかった。
しかし、ピンポイントで自分に関しての記憶だけが、ない。魔術絡みの可能性は高い気がした。
しかし、情報が少なすぎる。一瞬同居人の少女の顔が過ぎるが、頭を振って打ち消す。彼女に頼るとしても、もっと後だ。こんな状態で彼女に頼っても、いたずらに混乱させるだけになってしまう。

(一度、右手で触れてみて――)

そう思うが、手を出せない。
気さくそうな、人見知りしない態度は変わらないが、どこか距離をとっているのが感じられる。――彼女にそんな態度はとって欲しくなかった。
なんとなく、胸の辺りがもやもやとする。他愛も無い会話をして。時々怒らせて。それでも彼女が記憶をなくす前は、一種の信頼はあった気がしていた。
どうしようか、と焦れていると、唐突に現実に引き戻される。

「私、こっちだから」

とっさに手を伸ばし、固まる。
彼女の、怯えた表情が脳裏を過ぎった。
もし、この右手で触れて、何も起こらなかったら――
目の前の少女に、拒絶されたくなかった。冷静に考えれば、ごめんと一言謝ればすむ話なのかもしれなかった。それでも、動けなかった。

「ああ。じゃあ、またな」

不思議そうな顔をする美琴に、なるべく軽く聞こえるように、返す。
伸ばした手は、彼女の腕を掴むことなく、下ろされた――

         ☆御坂SIDE

その後も、毎日のようにソイツに声を掛けられた。
帰り道も下校時間も近いのかもしれないが、待ち伏せされていることは明らかだった。
避けようと思えば避けられるけれど、足りないピースを埋めるためにあえてしない。

最近、黒子達に言われたこと。何か雰囲気が硬くなった、と。悩み事があるなら話して欲しい、と。
心当たりといえば、ソイツのことしかなくて。

(……記憶が、たりない?)

ここ数日で、感じたこと。考えようとするばするほど、正解から遠のいていくような、するりと手のひらから零れ落ちていくような、そんなもどかしい感覚。
袋小路に陥った自分の思考の、唯一の解決の糸口であるように思われるソイツは、二度目に会ったときによく判らないことを聞かれた以外は、ただの世間話しかしてこない。これ以上の情報は手に入りそうに無いのだから、切ってしまってもいいはずだった。
それなのに、……それなのに。別れ際、ソイツはいつも何か言いたげに手を伸ばすから。
ほうっておけなくて。ううん、それ以前に、と。
――コイツとの会話に、一緒にいる時間に、心地よさを感じている自分がいた。
思えば、年上の友人というのは、今までにいなかった。
黒子達は仲間だし、かけがえの無い友人たちであるが、その前に守るべき“後輩”でもある。もっと大人になれば変わってくるのもしれないが、どうしても越えられない一線というものはあるのだ。
気兼ねの無い友人。――そんな言葉を思い浮かべたとき、なぜか小さな違和感を覚えた。
お馴染みになった、いつもの分かれ道。

「じゃあね」

いつものように声を掛けた。
でも、いつものように伸ばされた手は、下ろされることはなく、私の腕を掴んで。

「な、なに?」

驚いて、ソイツの顔を見る。苦虫を噛み潰したような、痛々しい表情。
どうしたの、と声を掛ける暇もなく。

「ごめん」

ソイツは走り去っていった。

         ☆上条SIDE

解決の糸口も無いまま、毎日のように美琴を探した。
彼女もこちらを避けるわけでもなく、会えば苦笑いしながらも、他愛もない話に笑い、突っ込み。記憶が無くても、友人といってもいいくらいには、認識されたのかもしれない。
それでも、と思う。以前との彼女の関係とは違った。うまくは言えないが、どこかに壁があった。
ふと、夏休みの最後の日の、アステカの魔術師との会話を思い出す。彼女は、誰に対しても演技が入る、と。

たとえば、よくわからないことですぐに怒る。子供っぽいものが好き。実は涙腺が弱い。
そんな、当たり前のように思っていた些細な一面を、今の彼女は見せてくれない。
そういえば、びりびりと電撃を放ってきたのも、初日だけであった。

(出会い方一つで、人の関係はこんなにも変わるんだな……)

上条の学校の話にくすくすと笑う美琴を見る。
友人としての地位は変わっていない。それなのに、物足りなく感じてしまう自分。
いつだったか、白井黒子に言われた言葉を思い出す。「まるで、そこだけが世界で唯一自分の居場所みたいな」――
このまま記憶を取り戻さなければ、どうなるのだろうか。
そのような人物は現れるのだろうか。
それは自分か、白井黒子か、はたまた全く別の人物か――

それは、嫌だった。この少女が、自分以外に、……自分、以外に?

「じゃあね」

聞こえた声にはっとして、思わず右手を出していた。
ずっと怖くて触れられなかったその腕に、あっさり届く。――届いてしまう。

「どうしたの?」

怪訝そうな彼女は、特に変化もなく。
怯えた顔は、されなかった。
それでも、取り戻されることのない彼女の記憶に、何も考えられなくなって。

「ごめん」

と。突然こんなことをした言い訳もなく、逃げ出していた。

         ☆御坂SIDE

あんなことがあったのだから、流石に今日はいないかもしれない。
いくら良く分からないやつでも、あんな別れ方をしたのでは気分が悪い。しかし、問い詰めようにも、ソイツがどこの誰かすら知らなかった。
いつも待ち伏せされている公園。自販機の前にソイツがいて。
そのことに、なぜかほっとする自分がいた。ソイツはこちらが話しかけようとする声を遮って、一言ぽつりと。

「今日の夜、8時に鉄橋まで来てくれないか」

なんで?という私の言葉には答えずに去っていくソイツ。
本当に意味が分からない。


行く必要なんて無いのに、気がついたら黒子にアリバイ工作を頼んで私は寮を抜け出していた。
なにか言いたそうにしている黒子に、すぐ帰るから、と声を掛ける。
まだ8時前だというのに、ソイツはもうそこにいて、川を見ていた。
――夜の鉄橋?
不気味なほど覚えた既視感を無理やり無視して、ソイツに話しかける。

「ちょろっとー。女子中学生こんな時間に呼び出して、なんのつもり?」

茶化した言葉に、振り返るアイツは真剣な表情で。

「御坂……俺と勝負してくれ」

         ☆上条SIDE

「御坂……俺と勝負してくれ」

精一杯悩んだ末に出した答えだった。
驚いた顔をする美琴の前に立ちふさがる。
右手で触れても戻らなかったのだから、異能の力が原因ではない可能性が高い。
日常生活に支障はないし、今のままでも友人としてリスタートは切れるはずだった。
それでも。

(理不尽なわがままに振り回されても、よく分からないことに振り回されても――それもひっくるめて御坂だから)

だから、前の関係に戻りたい、と。
それは御坂美琴のためではなく、自分のためなのかもしれない。そんなこと、今更だ。いつだって自分のために行動してきたじゃないか。
必死で挑発した。前は平気で放ってきた電撃を撃たせることすら、今の関係では難しい。

「しつこいって言ってんでしょ!!」

ついに落とされる電撃に、出しそうになる右手を寸前で止め、歯を食いしばる。瞬間、吹き飛ぶ身体。
ブラックアウトしていく意識の狭間で、呆然とした顔をした美琴を見た気がした。


目を覚ますと、頭の下になんだか懐かしい感触を感じた。ぽたぽたと頬に温かい何か。
見上げると、顔をくしゃくしゃにした美琴が覗き込んでいて。自分のエゴで、また泣かせちまったな、となんとはなしに考える。

「なに、やってんのよ。アンタ」

ふと。いつかの焼き直しのようなせりふが聞こえて。

「こんな……、どうでもいいようなことに、」

言葉に詰まってしまう美琴の頭を撫でる。
ごめんとか、ほかにも言うべき言葉はある気がしたけれど。

「ただいま」

         ☆御坂SIDE

「しつこいって言ってんでしょ!!」

威嚇のためだったはずだった。
それでも、どこかに「打ち消せるはず」という甘えがあったのかもしれなかった。
予想外に強くなってしまった電撃に、一瞬上げかけた右手を下ろし、何もせずに吹っ飛ばされるアイツ。

その姿に、いつかの記憶が、重なった――


学園都市に帰る。そう決意するのは容易いことではなかった。
見つからないなんて、認められない。探して、探して、探して――憔悴しきった私を、妹達が心配するのも気に留められないくらいに。
どうしようもない袋小路に追い込まれた私が最後に頼ったのは、あのストラップ。

心配しているであろう黒子達よりも、大騒ぎしているであろう常盤台の教師たちよりも真っ先に、いけ好かないあいつに会いに行く。それしか、もう頼れるものは無かったから。
迷惑そうにするあいつに土下座し、むちゃくちゃな条件も飲み、唯一の手がかりであるストラップをサイコメトリーしてもらう。
答えは、拍子抜けするほどあっさりしていた。
帰ってきている、と。絶対果たさなきゃいけないという強い思い。約束。
――聞いたときは、胸がざわめいた。
自分に関することでは、ない。思い当たる節は無かった。アイツの事だから、また世界のためかもしれないし、誰かのためかもしれなかった。……そっと目を閉じる。
これでいいのか、と聞くあいつに、うなずく。

心理掌握が力を貸す代わりに出した条件。「あなたの中の一番強い思いを消させてもらう」
自分の一番強い『思い』――真っ先に浮かぶのは、やはり『自分だけの現実』
能力を失ったら、と考える。
学園都市第3位。常盤台の電撃姫。きっと周りは混乱するし、ここぞとばかりに襲い掛かってくる不届きなやつらも多いだろう。どういうことになるかは、予想もできなかった。
それでも。それでも、そんなちっぽけなことはどうでも良かった。そんなことで自分は折れない。ただ、ひとつ、アイツに『借り』を返せなくことが怖かった。

ふといつかアイツと一緒にいたシスターを思い出す。9月30日に起こった、あの事件。学園都市を救ったのは、おそらくアイツとあのシスターだろう。よく分からず、蚊帳の外から協力した。それでも、分かる。あのシスターは自分よりももっとアイツに近い位置にいるのだろう、と。
アイツの背中、任せたわよ、心の中で勝手に押し付ける。自分は、自分にできることを探そうと。別の方法でも、『借り』は返せるはず――


「ただいま」

久方ぶりに聞いた気がする、声。言いたいことも聞きたいことも色々あったはずなのに、全部吹き飛んでしまって。

「おかえり」

そういう私の頭を、ただ苦笑いしながら撫でてくれた。

         ☆上条SIDE

ただいま、久方ぶりに聞いた「御坂」の声がくすぐったくて、頭を撫でることでごまかした。しばらくぼーっとしていた美琴が、急に難しい顔になり、赤くなり、立ち上がる。

「痛っ!?」

当然、そこに乗っていた自分の頭は投げ出され、落下する。
怪我人はもっと大事にしくれないでせうか……という泣き言にも、なにやらテンパっている美琴には伝わらない。忙しく変わる彼女の表情に、日常に帰ってきたこと強く意識する。
「御坂美琴と彼女の周りの世界を守る」――その約束を、守れているつもりだった。ただ、「周りの世界」に自分も含まれているということに、気づかなかった。自分を含まない彼女の「周りの世界」は、なぜかとても面白くないもののように感じた。

落ち着いたタイミングを見計らって、何があったかを聞いてみたが、曖昧にはぐらかされてしまった。美琴の様子からすると特に重大なことではないようなので、それ以上の追求は控える。それでも、何かやっかいなことに巻き込まれていたことには変わりが無い。思えば、彼女も結構色々なことに首を突っ込んでいる。巻き込まれている。
猪突猛進で、自分の思い描く世界を夢見る彼女は、一度巻き込まれてしまえば、解決するまでは食いついて離さないだろう。

ふと、今度ある学園都市での一大イベントを思い出す。一端覧祭。
大掛かりなイベントだ。もしかしたら、また裏でややこしい事件が起こるかもしれない。
――美琴がまたやっかいごとに巻き込まれないように、首輪をつけておく必要を認識する。

大掛かりな、普通の学生であれば何も気にすることもなく楽しむであろうイベントを、ただ美琴と一緒に回ってみたいという思いを、どうせ巻き込まれるなら、事件が起こってからよりその場にいたほうが対処も楽であるからと、誰に聞かせるわけでもなく言い訳をする。
とりあえず、予定を取り付けよう。また何か慌てだしている美琴に切り出す。

「なあ、御坂」

         ☆エピローグ

記憶を取り戻した後、アイツに一端覧祭に誘われた。
こちらがあんなに必死になって誘おうとしたものを、いともたやすく。
なんでかと尋ねたら、アイツはしばらく考えた後、御坂となら楽しそうだしな、となぜか目を逸らしながら答えた。
あとで連絡するから、という言葉に、携帯なくしたんだ……と情けない顔で返事をされた。

翌日、中学生に金を借りたくないと駄々をこねるアイツを押し切り、携帯ショップへ行く。
もちろん、ハンディアンテナサービスにペア登録もつけさせる。
真っ先に私の番号が登録されたその携帯を渡す前に、ストラップをつける。今度こそ失くさないでよ、と。
ものすごく微妙そうな顔で、キャンペーンまだ終わってなかったんですね……とつぶやくアイツ。
まさかロシアで拾ったとも、未練がましく修理して持っていたとも言えるわけが無いし、信じてももらえないだろう。
――アイツがロシアにいることを知らせ、探す希望となり、帰還を教えてくれたものだから。アイツに、持っていてほしかった。

それから、もうひとつ。
どうしても外せない用事で、またいけ好かないあいつと話す機会があった。
どうせ全てを知っているのだろうと思い、世間話のような軽いノリで、尋ねた。
なぜ一番大きな思いを「消す」のではなく、「忘れさせた」のか、と。
返事はやっぱりいけ好かなくて、一生に一度作れるか作れないかの借りを、消してしまうのはもったいないでしょう、と。
思い出さなかったらどうするつもりだったのか……と考えていたら、勝手に心を読んだあいつが、ニヤニヤした笑みで返してきた。それは、貴方の「一番」だという思いがその程度だったということでしょう。その程度の人間に作った借りならば惜しくない、と。
やっぱりこいつだけは好きになれそうに無い。しかし、そのおかげで得たものもあったし、『借り』はいつか必ず返さなくてはいけないだろう。そう、『借り』は。

アイツに対して、「恩人」に対して抱くにも、「友達」に対して抱くにも、少し違った思い。今の自分には、よく分からないし、これ以上考えても答えは出ないだろう。
それでも、もし。
もしきちんと、アイツに『借り』を返せたなら。
本当の意味でアイツと肩を並べられるようになったら、そのときは、もう一度きちんとこの思いについて考え直してみよう、と思う。
それまでは、もう少し、今のままで。


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