とある科学レールガンちゃん 《起承転結のない日》
「お出かけしたい!」
という美琴のお言葉により上条は当てもなく散歩していた。目的も何もないただの散歩だが、気持ちがいいほど天気の良いこんな日だからか、たまにはこんな日も悪くないと思える位には、上条は機嫌が良かった。
「あっ! あっち行きたい!」
「あっち? 何かあったっけ?」
「いいから行くの!」
「へーへー、わかったよ。だから髪引っ張んな。抜けちまう」
上条の頭の上ではゲコ太の着ぐるみを着た2頭身サイズの美琴が上条のとんがりヘアーを、まるでロボットの操縦桿のように掴んで遊んでいた。結構乱暴に。「この勢いで引っ張られたら俺ハゲちまうんじゃねぇの?」と、冗談交じりだがそう思う程度には乱暴に。
「抜けろ! 禿げろ! ツルピカになっちゃえ! 禿条当麻になっちゃえ! ヅラ条当麻だー!」
「雑草みたいに俺の髪をひっこ抜くな!! 俺をそんなにハゲさせたいのかお前は!? あんまりうるさいと落とすぞ!?」
「ッ!? ……ごめんなさい……」
上条の怒号か内容か、もしくはその両方に驚いた美琴はビクッと身をすくませ、まるで親にこっぴどく叱られた子供みたいにしゅんと、哀愁漂うオーラと共に上条の頭の上で体育座りをしていた。
テンションが100から0はおろか、一気に-100に落下したような美琴。姿は見えないがその雰囲気はビシバシと感じる。何故だろう。物ずごく悪い事をした気分になってくる。
(やっ、俺は悪くない……よな? いや、悪いの、か……?)
「わわっ!?」
腕を組んで「うーん」と首をかしげて上条は考え込む。美琴が頭の上から滑り落ちそうになっているのにも気付いていない。
いつもなら文句を言いながら遠慮なく髪の毛にしがみ付き耐えるのだが、それもつい今しがた怒鳴られた事を思うと手が出せなかった。だから今は髪を掴まないようにして、必死に耐えていた。
(うーん、怒り方がまずかったかな? もう少し優しく言った方が良かったか?)
「~~~~~ッ!!」
プルプルと必死に落ちないように耐えている美琴をよそに、上条はさらに首を傾げ悩んでいく。
このままだと後1分と経たずに美琴は落下するだろう。本人も限界だという事はわかっているはずだ。しかし、それでも上条の髪だけは掴まないようにしている。
上条の傍。とくに彼の頭の上と言うのは美琴にとって、彼女だけの場所。美琴の為だけの場所だ。そこから離れさせられるのは絶望にも等しいほどダメージのでかい事。
(それだけは嫌ッ!! 一緒にいると気持ちいいんだもん! 離れるなんて嫌だもん!)
が、その想いも虚しく限界点を超えた手足から呆気ないほど力が抜けおちる。
「にゃ~~~~~~~~~~!?」
猫のようにも聞こえる悲鳴と共に美琴が上条の頭から滑り落ちる。
さすがにその悲鳴に上条も気付き、ふと視線を上げる。すると目の前を自由落下していく、涙目の美琴ゲコ太バージョン。
「はっ!?」
思わずガッ! と掴みそうになったが、幸か不幸か、右手は空を切り美琴は捕まえられなかった。
美琴はそれに気付かず、もう眼前に近付いてきた地面を見てギュッ! と目を強く閉じる。
(……? あ、あれ?)
しかしいつまで経っても覚悟していた事は襲ってこない。変わりに感じるのは気持ちの良い暖かさ。見なくてもこの感じだけでわかる。上条の掌の上だ。
「ま、間に合ったぁ……」
目を開けると自分の周りが陰に覆われていた。少し顔を上げると、心底安心したように「ほぅ……」とため息を溢す上条の声と顔があった。
それを見て凄く嬉しいと思う反面、ひどく子供っぽい怒りとも不満とも寂しさとも取れる物がひょっこり顔を出した。
「な、なによ!? 私は邪魔なんじゃないの!?」
「は? 何言ってんだお前?」
「そんな意外そうな顔しなくてもわかるんだから! 邪魔なら邪魔ってはっきり言ってよ!」
「あのー……、上条さん、美琴さんが何を言ってるかさっぱりなんですが……?」
「だ、だって! 落とすって! 私の事落とすって言ったじゃない!」
「そりゃーあんだけブチブチ髪抜かれたら頭から降ろしたくなるって」
「だ、だから! 私は邪魔なんでしょ!? いらないんでしょ!? 手放したいんでしょ!?」
空いた手で思わず上条は頭をかく。
正直、美琴が何を言いたいのか上条にはさっぱり全く分からない。わかるのは「俺が悪いんだろうなー」という事くらい。
そう思っている間も美琴はなんだか一人でどんどんエスカレートしていく。なんだか、癇癪を起した子供がさらにヒステリーを起こしたみたいに、どんどんネガティブな方へ転がっていく。
「あー、お前が何を言いたいのかまださっぱりなんだけど、これだけ言っとくぞ? 何で俺がお前を手放さないといけないんだ? 俺、そんなつもり全くないんだけど」
「だ、だって……、だって……!」
「第一さ、お前は俺のだろ?」
「にゃっ!?」
「んで、俺もお前のだ」
「にゃにゃ!?」
「それなのに何で『いらない』とか『手放す』とかになるんだ?」
突然の言葉に、美琴は今までの事が全て吹っ飛び顔が瞬間的に真っ赤になり、火でも吹き出そうだった。
かくいう上条はそれを「ありゃ!? そう思ってたの俺だけか!?」などと、美琴を怒らせてしまったと勘違いしていた。
「や、やっぱ今のなし! 忘れてくれ!」
「えっ!? もっかい言って!!」
「言わない!」
「言って!」
「言わないったら言わない!」
「言ってったら言って!」
噛み合っているような噛み合っていないような。とても判断に困る会話が続くが、気付けば美琴は上条の頭の上で騒いでいるし、上条も何とか美琴の追撃をかわそうとしていた。
先ほどまでの雰囲気があったかどうかすら疑わしいいつもの光景。しかし二人は気付いていない。あるいは、気付かないからこそのいつも通りであり当たり前なのかもしれない。
「あっ! ほらあそこにクレープ屋があるぞ!」
「あーっ! あれは初春さん達が言って大人気のクレープ屋だぁ!」
「そんなに人気あるのか?」
「そりゃもう美味しさのあまり夢の世界に旅立っちゃうってもっぱらの噂よ!」
「旅立っちゃいかんだろ」
「移動販売で場所も決まってないから食べるのも難しいらしいの!」
「(俺、この辺りで結構見かけてるんだけど、アレ……)」
四六時中一緒に居る二人なのだが、補習の時やちょっとした買い物の時。上条は公園の入り口の向かいの空いたスペースでクレープを売っている、割と大きい淡いオレンジ色のあのワゴンを良く見つける。
公園付近でやっている事が多いのでここを拠点にして販売してるんだろうなと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
「そんなに美味いなら食ってみるか?」
「いいの!? わーい!!」
ピョンピョンと上条の頭の上を跳ねまわる美琴。噂のクレープを食べられるのがよっぽど嬉しいんだろう。見ずともそれがわかり、上条も少し嬉しいが「おいおい、落ちるなよ……」と、先ほどの事もあるのでちょびっと不安もある。
美琴が落ちないかと内心冷や冷やしながらワゴンへ近付く。ワゴン近くにあった手書きのメニューの看板の前に立ち止まる。
「おー、色々あるんだなー。美琴はどれにする?」
言いながら美琴を掌に乗せ看板の正面へ移動させる。しかし美琴はメニューを見ず、なんだかしたり顔にも見える、ちょっと偉そうな表情になる。
「そんなの決まってるじゃない! スーパーグレイトフルトロピカルパーフェクトクレープよ!」
「……、なんかすっげぇグダグダな名前だけど、それって大丈夫なのか? あとグレイトフルって何だ」
「30種のフルーツをふんだんに使って生地を二枚分も使ったビックサイズのクレープなのよ! しかもこのお店特製のゴージャスソースがたっぷりと掛けられてるの! コレが絶品らしいのよね!」
「あー、これって突っ込んだら負けなのか?」
まずそれは本当にクレープなのかという疑問が湧いてくる。次は30種のフルーツはいくらなんでも多過ぎだろう。口の中が混沌とするのは間違いなさそうだし、二枚分の生地っていくらなんでもでかすぎだろう。というか作れるのか? あとゴージャスソースって何だ。
そんな疑問を抱きながら上条はチラッと看板で確認する。やたらと長い名前を発見し、なんだか肩身が狭そうに書かれている値段を見ると、今美琴が言った事には妥当な値段が付いていた。
つまり、結構高いという事だ。
「2000円……」
いつぞやのホットドッグを思い出す。
クレープの値段の相場なんて知りもしないが、この値段が群を抜いて高いという事はなんとなくわかる。
思わず考えてしまう。2000円があったら何が出来るだろう。美琴が好きなプリンが3個パックで15個くらいは買える。ファミレスでちょっと贅沢も出来る。
(そう考えると惜しい……)
学生にとって2000円と言うのはとても大きい。
しかし、こう期待に満ちたキラキラな目で見上げてくるのは、いささか反則なのではないだろうか。これを裏切ったらさっきの比じゃない罪悪感に苛まれるのは間違いなしだ。
(ええい! ままよ!)
意を決して上条は注文する。
「この名前の長いクレープください!」
「スーパーグレイトフルトロピカルパーフェクトクレープですね。かしこまりました。少々お待ちください」
レジ役と受付役の女性の店員が爽やかな営業スマイルでそう言われる。その奥ではもう一人がクレープを作り始めている。どうやら2人でやっているようだ。人ごとだが大変そうだ。
それにしても、
(美琴といい、この人といい、良く噛まずに言えるな)
自分なら間違いなく噛む。確固たる自信を持ってそう断言できる。そんな自信はいらないと思うのだが、上条は気にしていない。
そんな上条の頭の上では、今か今かとクレープを熱望している美琴が中で頑張っている人へ熱い視線を送っていた。
(結構時間掛かりそうだし、あそこの自販機で飲み物でも買うか)
とか思っている上条の耳に予想外の声が届いた。
「お待たせしましたー。スーパーグレイトフルトチョピカルパーフェクトグレープでお待ちのお客様ー」
「はやっ!? まだ1分と経ってませんけど!? あとなんかさり気に噛んでませんでした!?」
「早さが売りなんです。あと噛んでません」
「売りとかそういうレベル気じゃない気がする……。いや、噛んでましたよね?」
「値段は2000円になります。だから噛んでませんって。舌がちょっと痛いだけです」
「はい、2000円っと。つーか舌痛いってそれ噛んでるでしょ!?」
「しつこい人は嫌われますよ?」
「余計なお世話だわ!」
クレープ屋の女性とボケと突っ込みの応酬を繰り広げてからクレープと料金を交換し手近な椅子へと移動する。奥でクレープを(多分)作っていた人が笑っていたが、きっと何かを思い出していたんだろう。たまにある思い出し笑いって奴だ。
そして渡されたクレープ。ちょっとクレープとは表現したくないほどに重さが凄い。特盛の丼でも持った気分だ。しかし香ってくるのはやたらと甘い匂い。多すぎるフルーツとよくわからないソースで匂いが混ざり過ぎて、甘い以外は全く分からない。
慣れない重さに慎重にバランスを取りながら椅子に座ると同時に、美琴から頭から肩へと華麗に着地してきた。目が半端なくキラキラしてる。ちょろっと涎も見えちゃってるがそこは御愛嬌だ。
「クーーレーープーー!!」
「わかったから耳元で叫ぶなって。ほら、しっかり味わって食えよ」
「もがーーー!!」
「だぁーっ!? そんながっつくな! 服が汚れる!!」
見る見るうちに美琴の服がソースで汚れていく。ついでに自分の肩と髪が何房か。にしても、中々シュールな光景だと思う。自分より大きな食べ物に向かって体当たりしていく姿と言うのは。
「もうちょい落ち着いて食えって! 服洗うの俺なんだぞ!?」
「むぐーーー!!」
「……はぁ。聞いてないか……」
今日の洗い物は念入りに洗わないとダメそうだ。そう覚悟しながら、上条は肩と髪が汚れるのも気にする素振りをやめ何となく空を仰いだ。
綺麗な青空だ。昼寝をしたら気持ちよく寝れそうだ。だからだろうか。ついさっきまで心のどこかにあった後悔は消えていた。
(2000円払った価値はあった……よな)
横目でチラッと見ながらそう思う。
視線の先には偶然目のあった美琴が、口の周りをソースまみれにした顔でキョトンと首を傾げていた。
「なんでもねぇよ。ったく、こんなに汚して」
嬉しさが大半を占める苦笑いを浮かべ、上条はポケットティッシュを取り出して美琴の口の周りを拭きとっていく。
「むぅー」
「むぅー、じゃない。もう少し綺麗に食べろって」
「だって美味しいんだもん」
「ふーん? どれどれ」
美琴の顔の前あたりに置いていたクレープを自分の口へ運ぶ。美琴が「持っていくなー!」的な顔になっていたが、お金を払ったのは自分なんだから一口くらい食べさせてください。
パクッと一口頬張ると上条は驚愕した。
このクレープ。フルーツが多すぎて絶対おいしくないだろうと思ったがそんな事はなかった。この掛かっているソースがフルーツの味をまとめ上げ口の中でハーモニーを奏でている。ちょっと物足りない甘さが次々と口へ運ばせている。それでいて後味はしつこくない。
「うまっ! これうまっ!」
「ね! 美味しいよね!」
美琴の言葉が届いた様子もなく、上条は巨大なクレープを次々と頬張っていく。隣で「わー!? 食べ過ぎー!」と叫んでいるが、上条の心はクレープに奪われていた。
ガツガツもしゃもしゃと食べている上条に「むーっ!」と美琴は頬を膨らませる。そしてピシッと静電気をお見舞いする。
「痛っ!?」
「食べ過ぎー!」
「いや、これ美味くてさ」
「もう半分しか残ってない!」
「つっても、これまだ普通のクレープくらいはあるぞ?」
「もぐーーー!!」
「だぁーっ! だから落ち着いて食えっての!!」
再び美琴が巨大クレープへ体当たりを始めた。
まるでハムスターみたいに口を高速で動かしていく。
端から始まり、反対へ付いたらまた反対の端へ。そんな風に食べていると、早送りの映像のようにクレープがどんどん減っていく。
しかしその勢いも30秒で終わった。
「も、もう、無理……」
限界に達した美琴が上条の肩の上に仰向けに崩れ落ちる。それを見ながら「まぁそりゃそうだろう」と言いながら残りへと口を付けていく。
食べながらふと思う。美琴のどこにあれだけの量が入っていったんだろうか。しかしその疑問も「ま、いいか」とあっさり放り投げる。
「満足したか?」
「し過ぎてちょっと気持ち悪い……」
「食い過ぎだバカ」
「むぅ~……。バカって言った方がバカなのよー……」
「はいはい」
美琴を胸ポケットへと移動させ、クレープを頬張りながら立ち上がる。ワゴンの中の2人から暖かい視線を送られたが、きっと後ろにある何かに癒されたんだろう。後ろから猫の鳴き声が聞こえるし。
その場から離れて、クレープを食べ終えてからポケットの中でぐったりしている美琴へ話しかけた。
「さて、今日はもう帰るぞ」
「もうちょっとお散歩したいー……」
「ゲコ太が汚れたままでいいのか?」
「じゃあ帰るー……」
ちょろい。そう思うと同時に上条は少し不安に思った。ゲコ太を引き合いに出されると誰にでも付いて行ってしまいそうだ。
そんな上条の心境は、物心の付いた子供を持つ母親辺りか。
「散歩はまた今度な」
「うんー……」
なるべく美琴を揺らさない様に気を付けて帰途へと付く。
結局、大して散歩せず上条たちは家へと帰った。