とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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オレンジデー 2



 若干不機嫌そうなお姫様を少し後ろにし、上条は水族館へと足を踏み入れた。
 中は学園都市には少ない家族連れもここでは多く見られる。あとはグループで来てたり、カップルで来てたりで溢れ返っていた。
 俺たちはどんな風に見られてんのかな。そんな事を思いながら上条は入り口で貰ったパンフに目を通す。

「おっ。なぁなぁ、御坂。2時半と3時半にアシカショーとイルカショーがあるみたいだぜ」
「ふーん」

 話しかけるとそっけない声が聞こえた。
 と言っても、不機嫌と言う訳ではないようだ。だって、落ち着きなく周りをキョロキョロと見ている。
 なんというか、ワクワクを抑えきれない子供のようだ。
 それを見ているとなんだかこっちも笑顔になる。「しゃあねぇなぁ」と上条は美琴の後ろに回り彼女の背を押す。

「わっ!?」
「早く見に行こうぜ。俺って、水族館初めてだから結構ワクワクしてんだよな」
「そ、そう! ならしょうがないわね! 水族館マスターの美琴さんが案内してあげるわよ!」
「よろしくお願いします」

 上条の言葉を聞いた途端、なんか美琴の顔が輝いた。と、すぐにルートの入り口にまで走っていった。
 上条が付いてこないのに気付いたのか、美琴は振り向き「早く来なさいよー!」と手を振っていた。

「ほんと、こうやって見るとただの子供だよなぁ」

 それもいいけどな。呟いて美琴の元へ駆け寄った。

「もう! 遅いわよ!」
「悪い悪い。さ、行こうぜ」

 二人は並んで水族館の中へと消えていった。
 その姿はどこまで行っても普通の物で、全く目立つ事はなかった。
 と言うのは入り口に入るところまで。

「あー……」

 入口入ってすぐの水槽へ向かった美琴だが、水槽の中を自由に泳いでいる魚の悉くが美琴を避けるように泳いでいる。まるで、ガラスの向こうに半球でもあるかのように綺麗に寄らなかった。
 おかげで、美琴は通路の端っこに寄り「いいもんいいもん……」と壁に文字らしきものを書いていた。

(そういや『電撃使い』は動物が近寄ってこないらしいけど、魚も同じなのか?)

 きっとそうなんだろう。さっきのを見る限り明らかに美琴を避けていた。
 頭をかきながら「どーすっかなー」と悩む上条に一つの嬉し恥ずかし解決策が見つかる。
 徐に美琴へ近付き右手を伸ばす。

「ふぇ?」

 訳のわからない、ちょっと間抜けな顔で、美琴は掴まれた自分の左手を見る。
 そしてちょっと考える。
 えーと、隣にはコイツがいて、なんだか恥ずかしそうな顔をしていて、私は左手を掴まれていて、そんでもってコイツは右手で私の左手を掴んでて……、

「にょわぁ!?」
「おぉ!?」

 突然奇声を上げる美琴に、上条がびっくりして半歩下がる。そのせいで美琴の体が僅かに引っ張られる。
 それでまた周りから奇異の視線を集めるのだが、色々とテンパっている二人は気付いていない。

「なななななななにしてんのよ!?」

 顔を真っ赤にして抗議を上げる。
 いつもなら電撃をまき散らしているのだが、上条の右手で掴まれていて静電気一つ起こせない。
 抗議を受けた上条は照れて頬をかいていた。

「あ、いや、こうすれば魚も逃げないんじゃないかなぁと……」

 ついに恥ずかしくなって上条は美琴から顔をそむけ「ああ、あの魚って美味いのかな!?」などと水族館にあるまじき感想を言っていた。
 かくいう美琴は初めて見る上条のその態度に「あ、あれ? もしかしてコイツ、結構可愛い?」と、男が言われても余り嬉しくない評価を彼に付けていた。
 知らない一面を知れた事がなんだか嬉しくて、思わず笑った。

「な、なんだよ……。そんなに変な事言ったか……?」
「ううん、そうじゃないわよ。あ、でも、変な感想は言ったかな?」
「言ってたかなぁ……」

 自分から手を繋いできておいてまだ恥ずかしいのか、上条はまだ美琴の顔を直視しない。
 でも、それは自分も同じなので何も言わない。

「……ちょっとずつ慣れていけばいいよね?……」
「ん? なんか言ったか?」
「なーんでーもないっ! さぁ楽しむわよー!」

 上条の手を握り、美琴は彼はあっちへこっちへ連れ回した。
 途中、サメを集めた水槽では目の前までサメが口を開けて迫って来たり、水中トンネルを通ってペンギンの泳いでいる姿を見たり、クリオネの食事シーンを見て二人でショックを受けたり。
 手を握ると握り返してくれたり。

「なぁー、御坂ー。上条さんお腹空きましたー……」
「あ、もう2時過ぎてるのね。そりゃお腹も減るわよね」

 上条の右手ごと持ち上げて左手で時計を確認する。
 上条はそれを気にした素振りを一切見せず、「どっか食うとこねぇかなぁ」と辺りを見回していた。
 二人が今いるのはルートの丁度中間の場所だった。そこは2階の空中通路なのだが結構通路が大きく、道の終わりには売店があった。
 売店の近くには階段もあり、そこから1階に下りられるようだ。

「おっ、なぁなぁ御坂。あそこ座れそうだぞ。近くに売店もあるし、なんか食えんじゃないか?」
「きゃっ!? もぅ! 急に引っ張らないでよ!」

 文句を言いながら美琴はされるがまま上条に引っ張られる。
 上条が言っていた場所に来てみると、テーブル席がたくさんあり、また同時に人もたくさん座っていた。弁当などを食べている人が多かったので、どうやらここがお食事処なんだろう。

「うぇ~、人いっぱいだなぁ……」
「あっ、あそこ空いてる」
「でかした御坂!」
「だから! 急に引っ張らないでって言ってるでしょ!」

 美琴をひっぱり席を確保した上条は持っていたお茶を置いてすぐに立ち上がる。
 美琴が不思議そうな視線を返すと、上条は売店を指さした。中は食堂にもなっているようで、中から何人か食事を持ってきてこっちに座って食べていた。

「なんか買ってくるよ。御坂は何食う?」
「あ、えっと……」

 問われて美琴はなんかバックを抱え、中の何かを掴みながらモジモジとしていた。
 それを見て「パンフレットって食堂のメニューも書いてあんのか?」と思い、自分もパンフを取り出して見てみる。
 しかしパンフの何処にもそんな事を書いてなかった。じゃあ何でモジモジしてるんだろうともう一度美琴を見る。

「そ、その……」
「ん? どした?」
「……お、おべんと、作ってきたから、その……」
「…………………へ?」

 上条は思わず自分の耳を疑った。
 今、美琴の口からハッピーイベントな言葉を聞いた気がする。
 これはアレだ。うん。男が夢に見る女の子の手作り弁当フラグだ。

「おべんと、食べる……?」
「もちろんっ!!」

 もの凄く恥ずかしそうに弁当箱を取り出した美琴の手を、さらに上条の手が掴む。
 上条の顔がよっぽど嬉しそうだったのか、美琴は「えへへ」と笑いながら大きめの弁当箱を取り出す。
 蓋を開けると、鶏肉の唐揚げや卵焼きといったお弁当の代表的メニューが並んでいた。その段の下には色とりどりのおにぎり。
 なぜだろう。上条さん、涙が出てくるよ。

「ちょ、ちょっと!? 何で泣いてるのよ!?」
「桃源郷ってここにあったんだなぁって……」
「なによそれ……」
「それでですね、これ食べてもいいんですよね……!?」
「もちろん。残したら超電磁砲お見舞いしちゃうわよ?」
「残す訳無いじゃないですか! いただきます!」
「召し上がれ」

 男の子って皆こんな感じなのかな。笑いながらそう思う。
 右手でおかずを持った箸を次々口に持って行って、左手ではすごい勢いでおにぎりを飲み込んでいく。
 喉が詰まったら持っていたウーロン茶で流し込んで、そしてまたすごい勢いで平らげていく。
 なんというか、こうまで夢中に食べてくれるとすっごいうれしい。
 見てるだけで満たされていく。

『ワーーーーーーーーー!!』
「な、なんだぁ?」
「……もしかして」

 いきなりそんな歓声が下から聞こえてきて、上条もその手を一旦止める。
 一方美琴は何か思い当たるのがあったのか、バックからパンフを取り出す。

「あ、やっぱり」
「なんだ?」
「下でアシカショーやってるみたい。丁度始まったところかな?」

 パンフを上条に渡し、腕時計を見せながら説明をする。
 受け取り見ると、2時半にアシカショーと書いてあった。
 そういえば、水族館に入ってすぐ自分で言っていた気がする。今までが楽しくてすっかり忘れていた。

「これを見る限り一日一回だけみたいね」
「そうみたいだなー。でもま、いいんじゃね? 次見に来ればさ」
「へ?」

 言うだけ言って上条は再び弁当へ戦を仕掛ける。
 言われた方は呆気に取られ、ただ上条を見ていた。

(い、今、さりげなく誘われた……? そ、それって『また二人で来ようぜ!』って事でいいのかしら……?)

 きっと上条の事だから大して考えないで言ったんだろう。大して考えていないという事は、自然と出てきた言葉だという事。
 それがもし、自分が思った通りの意味だったとしたら、

「……ふにゃぁ」

 顔を赤くして「ほぅ」と両手で頬を挟み込む。
 上条は上条でまた気絶するのかと焦ったが、それも杞憂に終わりまた弁当を平らげていく。
 そういえば初めてかもしれない。「ふにゃぁ」状態で気絶しなかったのは。

「食った食ったぁ! ごちそうさまでした!」

 行儀は悪いが腹を叩いて満腹を体全体で表す上条。
 結局、勢いのまま食べていたら9割ほど食ったかもしれない。
 や、だってすっごい美味いし、なんたってコイツの手作りだし……、等と誰も聞いてないのに上条は自分へといい訳を始めた。
 上条の声で美琴も現実に戻ってきて、すっかり空っぽになった弁当箱を見て破顔した。

「お粗末さまでした。あのさ、いまさら何だけど、……美味しかった?」
「すっげぇ美味かったぞ! 毎日食いたいくらいだ」
「ま、まい……!?」

 それはもしかしてそういう意味!?
 どういう意味かは知らないが、どうにも今日の美琴さんはトリップしやすいようです。
 上条も少し遅れて、自分が言った言葉がどんな意味か気付き、こちらも照れた表情で頭をかいた。

「あー! それより!」

 この空気に耐えられなくなり、空気を変えようと上条が大きな声を出した。
 周りに居た人達の視線が少し集まるが、上条はもちろんのこと美琴も気付いていない。
 空いた弁当箱を片付ける美琴に、これからの予定を尋ねる。

「この後どうする? イルカショー見てくか?」
「んー、ちょっと見てみたいかも……」
「じゃさ、ちょっとそこの露天見てこうぜ。そこから下りれるみたいだしさ」

 近くの売店と階段を見ながら言う。
 確かに、今からルート後半を見ていたら間に合わなさそうだ。

「うん、私はいいわよ」
「おし、じゃあれっつごー」

 手を繋ぎながら売店の中へ入ると、中からはわからなかったが結構な数のグッズが売られていた。
 美琴が真っ先に向かったのはぬいぐるみコーナー。イルカやペンギンなど水族館の人気者の勢ぞろいだ。
 その傍には海のパズルや、ここの水族館の人気者を集めたパズルがあった。

「あ、これかわいい!」

 美琴が手に取ったのはペンギンの被り物。帽子の生地ではなく、ぬいぐるみと同じのようだ。それを見て、あったかそうだなと上条は適当に感想を抱いていた。
 そこで視線を別の物へ向けた上条は美琴が怪しく笑ったのには気付かなかった。
 美琴の隣でお菓子コーナーを物色していた上条は小萌先生たちに感謝もこめてお土産を買おうとしたのだが、これが高い。

「意外と高いな……」

 お土産品は往々にして高いという知識はあるが、いざ目の前にすると購買意欲が減退していく。
 水族館にいる魚たちを模しただけのクッキーなのに妙に高い。見た目は形が違うだけの普通のクッキーなのに。
 背後から忍び寄る影に気付かず、上条は買うかどうか迷っていた。

「(うーん……、1番安いので850円。でもこれじゃ数が足りなさそうだ)」
「えいっ!」
「おぉ!?」
「あ、意外と可愛いかも……」

 背後から忍び寄った美琴が上条に被せた物はマンボウの帽子。
 マンボウは何となく鈍いイメージがあるからピッタリだと思ったのだが、これが思った以上によく似合う。
 マンボウの下には「なんだこりゃ……」みたいな顔があった。

「アンタの頭がジョブチェンジしたわよ」
「ウニから、とか言ったら上条さんも怒るからな?」
「じゃあ…………、ハリセンボン?」
「言うと思ったよチクショウ!!」

 ブツブツ言いながらハリセンボンはマンボウを元の場所へ戻す。
 戻して気が付いたのだが、ここの水族館は中々にユニークな物を作るようだ。普通、この手の物は誰からも人気がある物を作ると思うのだが、まさかコレがあるとは。
 口を押さえ、体を揺らして笑っている美琴に気付かれないようにひっそりと取る。

「あ、次はコレ被ってみてわっ!?」
「御坂にはコレが似合うんじゃないか?」

 今度はひっそりと近寄られた美琴が何かを被せられる。
 しかも何かを確かめる間に目の前では上条が携帯で写真を撮っていた。笑いを必死に堪えているのが凄く気になった。
 近くに鏡があったのでそれを見ると、美琴の理性が少し飛んだ。

「やっぱ電気ウナギがよく似合うよ、うん。同じ電気だしな」

 引くつく頬を必死に抑え、笑いを頑張って堪えながら神妙に頷く上条に美琴は静かに向き直った。
 大して上条は安心しきっていた。今は右手で美琴の左手を掴んでいるし、電撃は絶対来ない。
 だから、美琴が足を振りかぶっているのにも気付かない。
 青天の如く爽やかな笑みを浮かべたまま、美琴は一蹴した。そのまんま文字通り。

「セイッ!」
「ッ!?」

 美琴のつま先が上条の弁慶さんをジャストミート。

「~~~~~~~~~~~~~~~!!!???」

 蹴られるとただでさえ痛い脛に、不意打ちと自販機で鍛えられた美琴の蹴りが入った。
 想像を絶する痛みに上条は壁に突っ伏し、涙目でプルプルと言葉なく震えていた。
 声は聞こえないが口元は動いていた。声が出ていれば「こっ、これ、はっ……! 余りにご無、体ッ……!!」っていう涙交じりの声が聞こえたはず。

「ふんっ!」

 ご立腹のお嬢様は悶え苦しんでいる上条を引きずって、商品物色を続けた。
 それからしばらく経ち、上条の脛の痛みも引き、売店から出る頃には丁度いい時間になっていた。
 心なしか、足がまだ痛い気がする。

「お、ここいいんじゃないか?」

 イルカショーのステージの観客席は徐々に埋まり始めていた。
 上条が取った席は丁度ど真ん中だ。一番の前の席でステージの真正面。空中にいるイルカはもちろん、水中にいるイルカも堪能できそうだ。

「ねぇねぇ、あそこでコート配ってるみたい」
「じゃあちょっと貰ってるから待っててくれ」
「うん」

 水しぶき対策だろう。それに、何故かはわからないけど上条には必須な気が美琴にはしていた。もちろん上条自身も。
 二人分のコートを手に持って上条は席に戻ってきた。始まるまで時間が少しあるのでまだ着なくてもいいだろう。

「俺、イルカって初めて見るんだよなーっ」
「そうなの? って、そう言えばアンタって記憶喪失だったわね」
「でも知識はあるっていう、何とも不思議な状態だから余計に楽しみなんだよ」

 美琴は上条の記憶喪失をどうにかしたいと思っているが、その当人が表面上だけかもしれないが、あまり気にした素振りを見せないので、周りがとやかく言う事ではないんだろうと。何か言ってきたら動けばいいだろうと思っていた。

「あれ? って事は、今までのも全部初めて?」
「おうっ」
「なんだ、じゃあもうちょっとちゃんと説明しながら見ればよかったわね」
「今日は楽しむ事第一! それはまた今度教えてくれよ、美琴センセー」
「任せなさい! ……って、今美こ」
「おっ、始まるみたいだぞ!」
「……むぅ……」

 なんだか邪魔された気がする。
 ちょっとだけ不機嫌になりながらコートを身に着ける。
 現れた3匹のイルカは、一緒に出てきたトレーナーの人の合図で空高く飛んだり、口先にボールを乗せながら泳いだり、高い位置のわっかを潜ったり、トレーナーが足裏をイルカに押してもらって一緒にジャンプと、多種多様な芸を披露していった。

 その芸の一つ一つに上条は子供っぽく歓声を上げる。その顔と声に美琴はイルカよりもこっちが気になった。「やっぱり、コイツって結構可愛い」そう認識を改めで確認しながら。

『じゃあ観客の皆さんにサヨナラのご挨拶ー!』

 とトレーナーの人が言うと、3匹のイルカは尻尾で水面を叩いたり飛び跳ねたりとこちらに水しぶきを放ってきた。
 もちろん、間には高いガラスの壁があるのだが、それでもやっぱり迫力はある。観客がキャーキャーと騒ぐ中、上条もそれに乗っかる。のもすぐに終わった。

「…………お?」

 1匹のイルカが放った特大の水しぶき、その一部がガラスの壁を越えた。
 なんだかその水がスローモーションに見えて、上条はやけに冷静に着弾地点を予測した。
 その結果、バシャァ! と上条はぬれ鼠になった。ピンポイントで。左右前後は軽く濡れただけだった。
 コートがあったのは不幸中の幸いだった。のだが、なんだか自分一人だけと言うのが釈然としない。

「不幸だ…………」
「あはは……。ド、ドンマイ……?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 水族館を十分に堪能し、帰途につきちょっと休憩にと公園に立ち寄った頃には、時間はもう6時付近になり夜と夕方のその中間点のような空をしていた。
 初夏とは言え、日が沈み風が出てくると少し肌寒く感じる。
 普段は多大に迷惑を被っている学園都市の自販機も、こう言う時は少しだけ嬉しくなる。こんな初夏でも暖かい飲み物もしっかり売っているのだから。

「なんか買ってくるからちょっと待っててくれ。なに飲みたい?」
「うーんと、ココアが飲みたいな。無かったら、なんでもいいや」
「おっけー」

 飲み物を買いに行った上条の背中を見ながらベンチに座り美琴は一つ悩む。
 バックの中にもう一つ食べ物が入っているのだが、いつ出そう。昼食の時はタイミングを逃してしまったし、いきなり「甘いもの食べたくない?」と言うのもなんかおかしい気がする。

「どうしよう……」

 折角今日の為に作ってきたのに。今日食べてもらわないと意味がないのに。
 バックを抱え濃紺になった空を仰ぐ。
 空は雲ひとつなかった。だからだろう。濃紺一色しかない空が寂しく感じられた。星も何も見えないただの空。
 首を上げているのも疲れたので下へ戻すとウニヘッドが丁度戻ってきた。

「お待たせー! ほい、ココア」
「ありがと」

 ペットボトルのふたを開け、一口飲む。ココアの香りと暖かさが体に沁み渡っていく。
 隣に腰を降ろした上条は見た事のない缶コーヒーを開け、勢いよく飲んでいた。缶の色が真っ黒だからきっとブラックだろう。
 ただ、でっかい文字で特濃と書かれていたのが気になった。

「にっがー!?」

 叫んだ上条の口からコーヒーが少し噴き出た。
 ちょっとびっくりした美琴の視線の先で上条はせき込んでいた。よっぽど苦かったらしく、なんか唸ってる。
 美琴は閃いた。これはラッキーだ。

「あ、甘いものあるけど、食べる?」
「食う食う! いくらでも食う!」
「ちょっと待ってね」
「早くー! にっがー!!」

 ゴソゴソとバックの中ら取り出すのは掌よりも一回り大きいサイズの、底が少し深い箱だった。
 上条に手渡すと、少し乱暴な手つきで蓋を開け中に入っている物を無造作に放り込んでいく。
 落ち着いた上条は、何でか縁側でお茶を飲んでいるお婆ちゃんみたいな表情で箱の中の物をゆっくり味わう様に食べていた。

「なんというか、こう、沁みてくなぁ、これ……。ああ、甘うめぇ……」

その甘うまい物を一つを手に持ち、口に運びながら上条は美琴に聞いた。

「ところで、コレって何? すっげぇ美味いんだけど」
「オレンジピールってやつにチョコを塗ったの」
「へー」

 オレンジなどの柑橘系の皮を使い作る、ちょっと苦みのある大人のお菓子だ。
 今回はそれを甘めに作ったが今の上条には見事にジャストなようで、食べるその手はノンストップだ。次々と胃に収めていく。
 それ見ながら美琴はホッとした。もし口に合わなかったらどうしようかと心配だったのだ。あと、全部食べてもらわないと困ったりする。

「なぁなぁ、これ全部食べていいのか?」
「い、いいわよ!」
「お前、なんか顔赤いぞ?」
「な、なんでもないから!」

 ちょっと気になるが本人がこう言っているんだから、言い過ぎるとかえって機嫌を悪くさせると思って上条はオレンジピール退治に集中した。
 これは一度食べると止まらない。さっきとんでもなく苦い物を食べたからか、すっごく甘く感じる。
 あっという間に箱の中身を空っぽにする。

「ん? なんだ、これ」
「っ!?」

 空っぽの箱の底にカードを発見する。
 ドッキーン! と反応する美琴の横で上条はカードを開くと、可愛らしい女の子の字でこう書かれていた。

『話しがあるので私の目を見ててください』

 ここに書かれている『私』は隣にいる美琴の事でいいんだろうか。いや、絶対そうだろう。美琴が取り出した箱、その底に入っていたのだから。
 でも、話ってなんだろう。こう改まって手紙で言われると変に緊張する。
 書かれている通り美琴の方へ振り向くと、顔を真っ赤にした彼女が一直線にこちらを見つめていた、というよりも力が入り過ぎていて泣き出しそうにも睨んでいるようにも見える。

(な、なんだぁ?)

 いきなりそんな顔を見たもんだから上条もびっくりする。
 夕闇から闇へと変わっていく中に見える、美琴の真っ赤な顔。スカートをくしゃにくしゃに握っている両の手。緊張で固まっている彼女の体。一言がなかなか言えず、何度も開く小さい口。
 今日一日美琴と一緒に居た上条は一つ思う。

(……俺、勘違いしてもいいのか……?)

 自分が鈍いという自覚はある。
 その鈍い自分がそう思うほど、美琴からは一つの感情がむき出しだった。
 どのくらい見つめ合っていただろうか。
 周りはすっかり暗くなり、公園の外からは車の音が絶え間なく聞こえる。
 外は暗い。でも相手の姿だけははっきり見える。空気は冷えてきた。でも心には心地よい暖かさ。

(いっ、言わなきゃ……!)

 何度も思うが美琴は言えずにいた。
やっぱり怖いと思う。
 もし。万が一。
やっぱり言うのをやめた方がいいんじゃないか。言わなければこの楽しい距離は続く。ダメだったら、きっと自分は二度と笑えない。
 それでも同時に『でも』という希望を抱いていた。
 折角持った勇気をダメにしちゃいけない。
 美琴は口を開いた。

「ね、ねぇ!」
「ストップ!」
「え……?」

 手を出され止められる。
 それだけで美琴の顔から表情が消える。
 けれど目は開かれ、眦には涙がたまる。

「お、おい!? 違う違う! お前が泣く事無いんだって!」

 雫となって落ちる前に上条が慌ててそう言った。
 不慣れな手で美琴の涙をぬぐい、優しい右手で彼女の頭を撫でる。
 もう何がなんだかわからない美琴は、キョトンと上条の顔を見つめていた。
 見つめられたからか、もしくは別の理由があるのか、恥ずかしそうな照れたような表情で頬をかいていた。

「こ、こういうのってさ、俺から言うもん……だろ?」
「え……?」

 小さく息を吐いてから、上条はたった一言だけ言った。
 
結局、上条は目の前の女の子を泣かせてしまった。




 暗い帰り道、一人思い出すのはあの日の夜の事。
 右手一本で最強に挑んで入院した日。
 ベッドで眠る少年は包帯ばかりでとっても痛々しかった。見ていられなかった。凄く、悲しかった。
 でも、笑顔で寝言で自分の名前を呼ばれた時。笑ってと言ってくれた時。
 目の前で寝ている少年がたまらなく欲しいと思った。
 あの時はこの感情を知らなかったから、そんな恥ずかしい事を思ったんだと思う。
 今ならその気持ちははっきり言える。

「今のこの気持ちの事、なんだよね。……ね、当麻」

 あの時と同じ。でもまだ暖かい感触を唇に感じながら一人真っ暗な空に呟く。
 不思議と、空は寂しく見えなかった。

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