とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part04-1

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EPISODE 2


Scene_4  【第七学区 路地裏】


 二日前に美琴が【喫茶店エトワール】に運ばれたのと同じ頃。
 第七学区の路地裏で、一人の少年が数人のスキルアウトに囲まれていた。

「一体、何のつもりだ!? 別に僕は君たちに恨みを買うようなことはしていないはずだ」
「オレ達だって、オメエに恨みがある訳じゃあねえよ」
「ただよぉ、ムカつくんだよな。『能力者』ってヤツがよォ!!」
「それは努力の差だろう。それをとやかく言われる筋合いはない!!!」
「うっせえんだよッ!!!」

 一人のスキルアウトが金属バットで殴りかかる。
 が、次の瞬間。

「そう簡単には行かない。一応レベル3(強能力者)なんでね。こんなことのために努力してきた訳じゃないが、自分の身を守るためには使わせて貰う!!!」

 少年はそう叫ぶと、一気に『力』を解放する。
 途端に殴りかかろうとしたスキルアウトの動きが不自然に停止する。
 そしてその瞬間、少年の拳ががら空きになったスキルアウトの鳩尾にめり込んでいた。

「『文武両道』ってヤツさ。コレでも精神統一も兼ねて、空手もやってるんだ。そう簡単には行かないよ」

 と自信満々に少年は言う。
 鳩尾に一撃を食らったスキルアウトは、彼の足元に力なく倒れている。
 かなりの威力があると見て良い。

「くッ……」

 ジリッと後退るスキルアウト達。
 その暴行者に対して少年が言い放つ。

「さっきも言ったように、レベル3だからね。大した力じゃない。能力は『念動力(テレキネシス)』さ」

 少年は続ける。

「ただ、相手の動きを一瞬止めるくらいのことは出来る。そこに空手で鍛えた一撃を叩き込めば……。後は分かるだろ?」
「別に恨みがある訳じゃない。逃げるというのなら追いはしないよ。さあ、どうする!!!」

 多人数に襲われているというのに、かなり冷静な対処をしている。
 スキルアウト達はターゲットとする相手を間違えたはずだった。
 ところが……

『キリキリキリキリキリキリキリキリ……』

 いきなりどこからともなく妙な音がし出した。
 その途端に……いきなり少年が膝をつく。

「なッ、何だ……いきなり……」

 いきなり激しい頭痛が少年を襲う。
 それと同時に、自分の中にある『力』が急激に衰えていくのが分かった。

「一体、どうして……? がッ……ぐうッ!」

 無抵抗の少年をスキルアウト達が蹴りつける。

「ヘッ、ざまあみやがれ!!!」
「オレ達に逆らうヤツはこうなるんだ!!!」
「能力者なんてもう怖くねえぞ!!!」

 と口々に叫びながら、少年を蹴り続ける。
 少年がグッタリしたのを見ると、のされた一人を抱え上げ、その場を立ち去ろうとする。
 その時だった。

「『風紀委員(ジャッジメント)』だ!!! お前達、何をしている!?」

 と、今一番会いたくない相手に出会ってしまう。
 だが……
 スキルアウト達は全く逃げる気配を見せず、それどころかその風紀委員を囲もうとする。

「暴行の現行犯で、逮捕、拘束する!!!」

 風紀委員の少年は腕章を彼らに見せるのと同時に行動を開始する。
 自分を取り囲もうとする左右の二人を交互に見る。
 まだどちらが動くか分からない状況だ。
 だが、少年は躊躇なく右のスキルアウトを選び、その腕を掴む。
 すると、そのスキルアウトが消えてしまった。
 そして次の瞬間、呆気に取られている左のスキルアウトの頭上にその消えたスキルアウトが現れる。

「うわあッ!?」
「えっ? ぐえッ!?」

 いきなり人一人が頭上から降ってきたのだ。
 タダでは済まない。
 下敷きになった方は気絶しており、墜とされた方も気絶した者がクッションになったとは言え、かなりのショックを受けて動けないようだ。

「『空間移動者(テレポーター)』かよ」

 スキルアウトの一人が呟く。

「ちょっと違うんだけどな。まあ、わざわざ説明しているヒマはないなッ!!!」

 そう言って、風紀委員の少年は次のスキルアウトに狙いを定める。
 だが……

『キリキリキリキリキリキリキリキリ……』

 とまた、妙な音がし出す。
 すると……

「くうッ……なッ、なんだ……コレ!?」

 先程の少年と同じように、頭を抱え苦しみ出す。
 そして、そこをまたスキルアウト達に囲まれて、蹴り倒されてしまった。
 スキルアウト達は満足したのか、動かなくなった二人を残し去っていく。

「それにしても、この『キャパシティダウン』はスゲえなぁ」
「ああ、コレが有りゃあ、能力者なんて怖くねえぜ」
「風紀委員もな!!!」

 遠のく意識の中で、風紀委員の少年は立ち去るスキルアウト達がそんなコトを話しているのを確かに聞いた。

(キャパシティダウンだって……。そんなものドコにも……)

 その直後に彼の意識は途絶えてしまうのだった。


Scene_5  【風紀委員活動第一七七支部】

「……というのが、一昨日起こった事件の内容なんだけど……」
「『キャパシティダウン』ってそんなバカな!? 有り得ませんわ!!!」
「白井さんが言うのも分かるけど、実際に聞いたって言う風紀委員の証言があるの。この事実は変わらないわ」
「ですが、固法先輩もご存知のように『キャパシティダウン』はMARのテレスティーナが開発したもので、初期のモノでもオーディオサイズ。持ち運びが出来るとは到底思えませんわ!」
「それはそうなんだけどね……」
「まさかとは思いますけど……新型……ということなんでしょうか?」
「初春さんの言う可能性はあるわね。でも、MARが実践投入したモノは逆に大きくなっている訳でしょ? それがいきなり小さくなるというのはねぇ……」
「確かに考え難いですわね……」
「どちらにしても、スキルアウトの『能力者狩り』が多発しているので、私たち風紀委員だけではなく、『警備員(アンチスキル)』と連係して事態の収拾に努めたいと思います。イイわね!!!」
「「はっ、ハイッ!!!」」
「相手は間違いなく『キャパシティダウン』を所有していると見て良いわ。だから『能力』を持っていることが逆手に取られる危険性が高い。決して独自に動かないように」
「「ハイッ!!!」」
「特に白井さん。今回アナタには、私とコンビを組んで貰います」
「ええッ!? そっ、それは一体……」
「アナタのことだから、絶対に独自に動こうとするだろうから。アナタの独断専行を止めるためには私がコンビを組んで行くしかないでしょ?」
「う……、で、ですが……」
「反論は認めません。コレは上からの命令でもあります!! 良いですね?」
「うう……、はい……。分かりました……」
「初春さんはバックアップに回って下さい。イイわね?」
「ハイッ、頑張りますッ!!!」
「じゃあ、時間だから定時巡回に出掛けます。白井さん、行きましょうか?」
「あッ、ハイッ!」
「初春さん。後、よろしくね」
「あ、はいッ」

 そう言って、固法美偉と白井黒子は定時巡回に出掛けて行った。


Scene_6  【喫茶店 エトワール】

『ドクンッ!』

「うああッ!?」
「えっ!? みっ、美琴ちゃんッ!?」
「怖い……怖いよォ……。ヤダ……行っちゃヤダよォ……。当麻ぁ……。イヤ……いやぁあああああああああああああああああッ!!!!!(バリバリバリバリバリッ!!!!!)……あ…『ドサッ……』…」

『パキィィィィン!!!』

「どわーーーーーーーーーッ!? なッ、何だぁぁぁぁああああッ!?」
「オオ、上条。グッドタイミング」
「なッ、何が『グッドタイミング』ですかっ!? って……、アレッ、あっ……御坂ッ!?」
「大丈夫よ。ちょっと漏電しちゃっただけ……。……アンタ、裏、借りるね」
「ああ……」
「御坂のヤツ、漏電って……。どうしちまったんだよ、アイツ?」
「それより、助かったぜ。上条」
「え? あ、イヤ……別に、ハハハ……」
「……それにしても……心配だな。嬢ちゃん……」
「何かあったのかな? アイツ……」
「もしかしたら……『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が壊れかけてるのかも知れんな……」
「ええッ!? そっ、そんなッ……アイツに限ってそんなコトはッ!?」
「レベル5だって人間だ。特に嬢ちゃんはまだ中学生だぞ。ホントならまだまだ甘えたい年頃のはずだ」
「あ……」
「お前にとっちゃ、口うるさいガキにしか見えないかも知れんが……、嬢ちゃんにしてみたら、『素』のままの自分が出せるのは、お前の右手の前だけなのかも知れんな」
「えっ!?」
「ところで、ホントに助かったぜ。嬢ちゃんの能力レベルだったら、ウチの電気製品全部『パア』になるところだ」
「あ、まあ、そ……そうッスね……」
「お礼と言っちゃ何だが……今日の飲み食いは全部タダでイイぜ。何がイイ?」
「まっ、マジッスか!?」
「俺の気が変わらねえウチに言いな。何がイイんだ?」
「じゃ、じゃあ……、あの……マスター」
「何だよ?」
「アレが飲みたい……」
「アレ?」
「あの、ほら……1杯1500円のヤツ。あの幻のコーヒーが飲みたいッ!!!」
「ああ、『コピ・ルアック』な」
「そう!! それが飲みたい!!!」
「今、無い」
「うッ……ふ……不幸だ……」
「まあ、そう言うなよ。今度入ってきたら、お前の分取っといてやるよ」
「えっ!? ホントにっ!?」
「ああ、ホントだ」
「ヤッタァ~!!! 一度でイイから飲んでみたかったんだよなぁ~」
「それだけでイイのかよ?」
「ヘッ!?」
「それだけで良いのかって聞いてんだよ?」
「イヤ、そんな……だって、オレにしてみりゃ、そんな贅沢……」
「まあ、貧乏学生のお前にしてみりゃそうかも知れんが……。ンじゃあ、オレのお気に入りを入れてやるよ」
「えっ!? マスターのお気に入り?」
「ああ、美味いぞ」
「まっ、マジッスか!?」
「保証してやるよ。但し……」
「ヘッ!?」
「他の奴らには、秘密な。誰かが居る時は絶対に言うなよ」
「はっ、ハイッ!!!」
「さてと……」

 そう言うと、マスターは後ろの棚の奥から、茶筒を取り出してきた。

「ええッ!? まっ、マスターのお気に入りってお茶なの?」
「違うって。密閉するのにイイ容器がなかったから、コイツに入れてんの」
「あ……何だ……」
「ホントは冷蔵庫に入れとくのが一番イイんだが、それだとアッコに見つかっちまうからな」
「ええっ!? アッコさんにも内緒なの!?」
「『コピ・ルアック』みたいに高い豆じゃねえけど、こんなイイものガバガバ飲まれちゃ堪らねえからな」
「そんなに美味しいの?」
「ああ。ある意味世界一のコーヒーつってもイイ」
「ええッ!?」
「一昨年の『カップ・オブ・エクセレンス』の金賞を受賞した農園の豆だ。純粋に味を見て欲しいからペーパーで入れてやる」
「おッ、お願いしますッ!!!」
「しかし……お前も随分ハマっちまったな?」
「マスターが悪いよ。金も無いのに、ハメられちゃって……」
「とか何とか言いながら……それなりに楽しんでるじゃねえか?」
「う……そ、それは……」
「コーヒーの楽しみ方は千差万別だ。だが、金に糸目を付けないって言う楽しみ方じゃなくても楽しめるところがイイ」
「そう、そう」
「まあ、あの銀髪のチビッコが居た時にゃあ、それどころじゃなかったろうけどな」
「ええ……まあ……ハハハ……」
「そういや、あの銀髪のチビッコシスター、どうしてんだ?」
「あ……今、コッチに居ますよ」
「何だ。またお前んトコに居候してんのかよ?」
「あ、いえ……今は、第十二学区の中にある教会にいます」
「へえ、そうなんだ……っと、ホイ、出来上がりっと」
「やたっ!! 待ってました!!!」
「まあ、飲んでみなって。ビックリするから」
「じゃ、じゃあ……ズズッ……え……」
「どうだ?」
「こっ、……コレッ!?」
「スゲえだろ?」
「こんなの……こんなコーヒーがあるなんて……」
「バランスが絶妙なんだ。これ以上香りが強かったら、下品になる。これ以上ボディが太かったら、舌に残る。これ以上酸味が強かったら、酸っぱくなる。そう言った『ココ』ってトコで全てがバランスしてる」
「うへェ……」
「『パカマラ』っていう品種だ。ある意味、『コピ・ルアック』よりも美味い世界一のコーヒーと言って良い」
「す、スゲえ……」
「堪能しろよ」
「マスター、ありがとう」
「礼を言うのはコッチだって」

 そんなコーヒー談義を楽しんでる時に、奥からアッコさんが戻ってきた。

「あ、アンタ。一応美琴ちゃん寝かしてきたんだけど……」
「ああ、分かった。じゃあ、上条、ゆっくりしていけ」
「はい、ありがとうございます」

 そう言うと、マスターは奥に入っていった。
 オレは、マスターが入れてくれたコーヒーをじっくりと堪能していた。

「う……うう……あ、……アレ……」
「気が付いたか?」
「あ、マスター……あっ、わっ、私ッ」
「大丈夫だよ。……どういう偶然か知らんが、上条が全部消してくれた」
「ええッ!?」
「よっぽど縁があるんだろうな。お前さん達は……」
「そっ、そんなコト……」
「なぁ、嬢ちゃん……さっきの話の続きだが……」
「う……」
「辛いかも知れんが聞いてくれねえかな?」
「……」
「今の嬢ちゃんが辛いのは分かるよ。だがな、芹亜も辛いんだ……」
「え……?」
「アイツは人の心が読めちまう。自分が意識する、しないに関わらずだ。それがどういうコトなのか、考えてみてやって欲しいんだ」
「で、でも……」
「自分が気になる男が出来たとする。でも、アイツはその男が自分をどう思っているかを一瞬で感じちまうんだ」
「あ……」
「『好き』とか『嫌い』とかって言う単純な感情だけで済めばいいが……」
「ああ……」
「もっと、ゲスな考えが一瞬過ぎったとしても……アイツにはそれが見えちまうんだよ……。それがどれだけショックなことなのかは、分かってやってくれ」
「あ、……私……、自分のことしか……」
「それが普通だよ。気にする事はねえさ。だがな、アイツが何で嬢ちゃんに勝負を挑んできたのかってコトを嬢ちゃんには考えて欲しいんだ」
「私に勝負を挑んできた理由?」
「ああ、……多分、嬢ちゃんもそうだと思うけど、自分の力を真正面からぶつけられる相手って、上条ぐらいなんじゃねえの?」
「えッ……あッ、あのッ……」
「レベル5の能力をって意味だぜ。まあ、そっちの想いもだろうけどな……」
『かああああ(////////////////////)』
「同じコトが芹亜にも言えるんだ。アイツにとって、自分自身をぶつけられる相手なんて、そうそう居る訳がねえ。俺達だって……無理だ」
「あ……」
「でも、同じレベル5の嬢ちゃんは別だ。順位だって自分よりも上。正面切って勝負を仕掛ける相手としちゃあ不足はない」
「う……」
「アイツは嬢ちゃんを信頼して、この勝負を挑んできている。自分自身の全てをぶつけても勝てるかどうか分からない。そう思ってるんだ。それだけは間違いねえよ」
「そんな……」
「だから、芹亜の能力に恐怖を感じるのは解るけど、アイツの気持ちも分かってやって欲しいと言ったのはそこなんだ。嬢ちゃんが抱えてるレベル5の悲しみをアイツも抱えてるんだよ。それを含めて、嬢ちゃんに挑戦してるんだ。だから嬢ちゃんも、逃げずに正面から受け止めてやってくれねえかな?」
「マスター……」
「アイツは飄々としてて、人の気持ちにも自分の気持ちにも拘らないように見えるけど……根っこの部分は、……ホントに繊細で優しいヤツなんだよ……」
「マスター……あの、それって……」
「ああ、アイツに……、アイツにソックリだ。昔、訳も分からずに……でも、一度は愛したアイツにな……」
「ぅ、うわぁ……」
「あ、アッコには内緒な。アイツ、スゲえヤキモチ焼きだから……」
「アハハ、マスター、アッコさんに頭が上がらないんでしょ?」
「ぐッ……」
「アハハ、図星なんだ」
「……それくらい、笑えたら……大丈夫かな?」
「あ……」
「正直言って、今の嬢ちゃんは危うい。『自分だけの現実』が壊れかけてる可能性があるぞ。……だがな、この試練を超えられたら、間違いなくもう一段成長出来るよ」
「えッ!? 成長って?」
「人間的にも、そして、能力的にもな。学園都市の授業じゃあ教えてくれねえけどな」
「で、でも……」
「一つだけ、イイことを教えてやるよ。『神様はその人が超えられない試練は与えない』んだ」
「え?……『神様はその人が超えられない試練を与えない』?」
「そうだ。どんな試練にも必ず、乗り越えられる道がある。今は見えなくても、その試練に挑めば必ず見えてくる。だけど、逃げたらホントに見えなくなるんだ」
「逃げたら、……見えなくなる……」
「そうだ。だから今は辛いだろうけど、逃げるなよ。逃げたら、アイツを取られちまうぞ」
「あッ……」
「一番大切にしたいものを探す事だ。今、嬢ちゃんが一番大切にしたいのは……アイツ。上条との絆だろ?」
「は、ハイ……(////////////////////)」
「だったら、その為には今何をすべきかを考えな。そこに答えはある」
「マスター……」
「年寄りの冷や水だと思ってくれてイイよ。だがな、俺達も同じように悩んできてるんだ。お前さん達から見たら、想像出来ねえだろうが、こんな俺達にだって、若い時があったんだぜ?」
「あ……、そうか……。そうですよね……」
「じゃあ、立てるか? 向こうで上条がコーヒー飲んでるはずだし……。何なら……」
「そっ、それは……まだ……まだ、言えそうにありません……」
「じゃあ、ココで休んでるか?」
「あ、うう……でっ、でも今、どうなるか分からないけど……、雲川さんの挑戦を受けるためには……アイツの顔は見ないとダメだと思います」
「分かった。今できる最善の一歩だな」
「……マスターが今教えて下さったから。逃げちゃダメだって……」
「だけど、それをしようと思えるのが、嬢ちゃんらしいね」
「あ、ありがとうございます……」
「じゃあ、行こうか?」
「あ……ハイ……」

 しばらくすると、マスターと御坂が戻ってきた。
 御坂のヤツは、俯き加減でその表情は良く分からない。
 ただ、何か赤くなってる気がする。

「あ……あの、ありがとね」
「おッ…おう……」

 あの御坂が開口一番、オレに礼を言った。
 何が起こったのか、はじめは全然理解出来なかった。
 でも、マスターのさっきの一言が頭を過ぎる。

『もしかしたら……『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が壊れかけてるのかも知れんな……』

 あの御坂が『自分だけの現実』を壊しかけてる?
 オレの知っている御坂はそんなに弱くないはずだ。
 でも、一昨日見た御坂は……

『傍に居て……。一緒に居て……。……私のそばに……居て……』

オレに抱きついて、ポロポロ涙を流していた。
 あの時の御坂は本当に、小さかった。
 オレの知っている御坂美琴じゃない気がした。
 14歳の何処にでも居る普通の女の子。
 ホントのコイツを見た気がした。
 そんな子が……、……だよなぁ。

「でも、ホントに大丈夫なのか?」
「ぅ、うん……。何とかなるよ」
「そ、そうか……」
「うん、大丈夫……だよ……。……あの、ホントにゴメンね……」
「イヤ、大したことしてないし……。それに、マスターにイイものご馳走して貰ったから……」
「そ、そうなんだ……」
「あ、ああ……」
「よ、良かったじゃない」
「あ、ああ、そうだな……」
「そ、そうだよ……エヘヘ……」

 精一杯の笑顔で……でも、無理してるのがありありと分かってしまう。
 その笑顔を見て、思わず身体が動いてしまった。
 なぜそんなコトをしてしまったのか、自分でも分からない。
 マスターもアッコさんも居るのに……。
 ただ、御坂を元気づけてやりたかった。
 今の御坂を見ているのが辛かった。
 ただそれだけだった気がする。
 オレは、自分でも分からない内に御坂を抱き締めてしまっていた。

「えッ、なッ……何をっ!?」
「何かあったらオレに言えよ。……役には立たないかも知れないけど……、聞くくらいは出来るからさ」
「うッ……うッ……」
「あんまり、肩肘張るなよ。無理しすぎなんだって……オマエはさ」
「ううッ……うッ……うう~……」
「オマエの漏電くらいなら、オレがいつでも止めてやるからさ……。元気出せ」
「うッ……グスッ……ぅ、うん……、グスッ……」
「いつもの御坂に戻ってくれよ。御坂が元気じゃねえと、オレも調子が出ねえからさ……」
「うッ……うッ……うわぁぁああああああああああああああああ……」
「泣きたいなら、泣いてイイからな。泣き止むまで、こうしててやるから……」
「うん、うん、うん、うわああああああああああああああああああん……」

 店の真ん中で、オレは御坂を抱き締めたまま、御坂が泣き止むまで待っていた。
 マスターとアッコさんは、何にも言わずに見守ってくれていた。

 しばらくすると、落ち着いてきたのか、御坂が泣き止んだ。
 ……のはイイんだけど、また、離れようとしない……。
 仕方がないので、またこの前のようにテーブル席に移動して、御坂と一緒に座ることにした。

「ホント、上条君は上条君だねぇ……」

 とアッコさんが感心したように言う。

「あ、あの~……それはどういう意味なんでせう?」

 オレが怖ず怖ずと聞き返すと……
 マスターとアッコさんが互いの顔を見合わせて……

「「ハァ~~~~~~~~~~~」」

 と、大きな溜息と共に項垂れてしまった。
 あれ? オレ……何かしたっけか?
 あ……そう言えば、うん……ちょっと恥ずかしいことを思わずしてしまったような気がしますのコトよ……。

「ン?」

 その時、ふと視線を感じた。
 御坂が上目遣いの涙目で、オレを見上げている。
 頬をほんのり赤く染めて……。

(ハッキリ言いますよ、御坂さん。そのお顔は、その表情は凶器ですよ、凶器!!! そんなお顔をされたら、上条さんの理性はあっという間に何処かに行ってしまいますですのコトよ)
(あんなコトとか、こんなコトとか、……ってどんなコトなんだろう? イヤイヤ、そうじゃなくてですね……)

「あッ、あのッ……あのね……、きッ、聞いて……欲しいことが……ある……の……」
「おッ、おう……」
「あッ、あのねッ! わたッ……私ッ……私、アンタのコトが……、アンタのコトが……s「『バンッ!!!』おやっさん、居るかっ!?」の……。え?」
「わあッ、ビックリするじゃねえか!? なんだ……綿流かよ……。どうしたんだ、こんな時間に……」
「どうしたもこうしたもねえんだ。大変なんだ!!!」
「とにかく落ち着けって……。アレ? お前……この時間なら……」
「そんなコトはどうでもイイんだよッ!!! とにかく大変なんだって!!!!!」
「だから、何が大変なんだ?」
「美偉とその後輩がスキルアウトに攫われたらしい!!!」
「「「ええッ!?」」」

 マスターだけは叫ばなかった。
 だが、その時マスターの目が「スッ」と細くなった。
 ゾッとするような表情だった。
 そして、聞いたことがないような声で……

「詳しく話せ」

 とだけ言った。
 いつものマスターからは全然想像出来ないような低い声だった。

「美偉とその後輩の白井って子が一緒に定時巡回に回ってた時に、スキルアウトの『能力者狩り』にかかっちまって……」
「……」
「その通信を聞いてた子の話だと、どうも『キャパシティダウン』が使われたらしいんだ」
「『キャパシティダウン』って……そんなバカな!?」
「あ、アンタ……」
「あ、……お、お久しぶりです……」
「いつか、美偉と一緒に居た……」
「えっ!? 何だ、嬢ちゃん。コイツと知り合いなのか?」
「ええ、まあ……」
「あ、あのさ……その『キャパシティダウン』って何だ?」
「あ、そうか。アンタは知らなかったんだっけ……」
「今はそんなコトより、美偉を、美偉を捜さないとッ!!!」
(ムッ!)
「……焦るな。先ず場所が分からなきゃどうしようもねえ」
「うッ……、で、でも……」
「闇雲に探し回ったって時間の無駄だ。だが……なんで二人を攫う必要がある?」
「えっ? 何でって?」
「誘拐ってのはリスクが大きい犯罪だ。先ず第一に人質を何処かに運ばなきゃならんし、顔も見られる。しかも二人ともってのがな……」
「金銭目的じゃないとすれば……」
「急ごう。どうにかして二人の居場所を特定しないとな」
「でッ、でも……どうやって?」
「一番の手掛かりは風紀委員の腕章だ」
「えッ!?」
「あの腕章には、超小型の発信器が付いてる」
「ええッ!? ウソッ!? 黒子ったら、普通に洗ってましたよ?」
「金具も一緒にか?」
「あ、それは……外してました……」
「そういうコトだ」

 そう言うとマスターは奥の部屋に入って、PCのキーボードを叩き始める。
 しばらくすると、正面の大型スクリーンに地図と光の点が表示される。

「コレに、監視カメラの映像のデータをかぶせると……出たな」

 スクリーンに表示された光点の内、幾つかの光点が赤く表示される。

「この赤い点が、10分以上監視カメラの映像に引っ掛かってない風紀委員の表示だ」
「……その中で、二つの点が揃っているのは……コイツだけだな」
「それだ!!!」
「行きます!!!」
「待てッ!!!」
「「えッ!?」」
「どうやって助けるんだ?」
「そ、そんなの、美偉を攫った奴らをぶっ飛ばせば……」
「……ッたく、人質に取られたらどうすんだよ。手が出せなくなるだろうが? 第一上条、お前は部外者だ。何一緒に行く気になってやがる!?」
「うッ……」
「でもっ……」
「嬢ちゃんまで行く気かよ……」
「黒子は私のルームメイトです。放っておく訳には行きません」
「御坂が行くんなら、オレも行く。御坂を一人にはしておけねぇよ」
「お前ら素人が手出ししてイイことじゃ……」
「オレから見りゃあ、お前も素人に毛が生えた程度だよ。綿流」
「うぐッ……」
「しょうがねえな……ちょっとだけ待ってろ……」

 そう言うとマスターは倉庫のような部屋に入っていき、そしてすぐにケースを持って戻ってきた。

「よっと……。コレはアンチスキルの特殊装備でな……まだ、開発中のモノなんだが……」
「何で、こんなモノが……?」
「この前の戦争で、実践投入されるタイミングが有耶無耶になっちまったんだよ。他に行き場がねえから、ウチで保管してたんだ」
「おやっさん、イイのか?」
「イイも悪いも、お前らは行く気なんだろ?」
「「「そ、それは……」」」
「だったら、使った方がイイ。その方が安全だし、コッチもデータも取れるしな」

 そう言ってマスターはケースのフタを開ける。

「「「ハア?」」」
「おやっさん、からかってんのか?」
「マスター、コレって……」
「コレが、特殊装備なワケ?」
「そう思うだろうな。だが、コレはホントに特殊装備なんだよ」

 ケースの中に入っていたのは、缶コーヒーとスーパーボール。そしてタバコ……らしきモノだった。

「詳しく説明してやりてえが時間がねえ。……だから、このサングラスをかけな」
「サングラス?」
「通信機兼作戦補助モニターになってる。装備の使い方はコイツの指示に従えばいい」
「でも……」
「急ぐんだろ?」
「うッ……」
「出る前に、一つだけ……。ホレ全員腕を出しな」
「ヘッ!?」
「さっさとしろ」
「は、ハア……?」

 オレ達が腕を出すと、マスターはペンのようなモノを押し付けてきた。
 痛くはなかったけど……何かが染み込んできたような感触が……。

「コレで準備はOKだ。二人の居場所はそのモニターに出る。ホレ、行ってこい」
「分かりました。じゃあ、行きます!!!」
「あッ、お、オレも!!!」
「私も行くッ!!!」
「くれぐれも気をつけるんだぞ!!!」


  Scene_7  【第七学区内 路上】

 マスターの声に送られながら、オレ達は店を飛び出す。
 サングラスのフレームに付いたスイッチを押すと、小さなウィンドウが開きそこにさっきの地図が表示された。
 それどころか、周りの景色や人の動きがより鮮明に分かる。
 二人を救出するため、結構な速度で走っているはずなのだが……周りの人の動きが分かるのでぶつかりそうになる事すらない。
 思わず、声に出してしまう。

「コレ、スゲえや……」
「ホント、最新鋭みたいね。夕方で、モノの輪郭がハッキリしない時間帯なのに……」

 オレの独り言に御坂が応える。
 しかし、どうなってるのか見当も付かないが、周りの情報が手に取るように分かる。
 その時だった。

『ケースの取っ手横のモードを『B』に切り替えて下さい』

 とモニターに表示が出た。

「ヘッ!?」

 オレがマヌケな声を上げる。
 一瞬意味が分からなかったからだ。
 ところが……
 手が勝手に動いた。
 オレの右手の指は、勝手に取っ手横のボタンを押してケースのモードを『B』に切り替えたのだ。
 その事がモニターに表示される。

『モード『B』に切り替え完了。装備開始します』

 それが表示されると、ケースの側面が大きく開いた。
 と同時にオレの手は、オレの意志から切り離されたように動く。
 取っ手を下にして、背中にケースを回す。
 すると、開いたケースの側面がオレの胸を包み込むようにして閉じてきた。

「うわわわッ!?」

 何が何だか分からないオレは、一人で大慌てしている。
 そんなオレにはお構いなしで、ケースはオレの胸に合わせて形を変え、足りない部分はシャッターのようなモノが中から出て来た。
 そして、肩にも同じようなモノが伸びてきて、胸の前のケースと噛み合った。

「ど、どうなってんだコレ?」
「アンタの右手の生体電気を操ってるのよ。だから勝手に動いちゃったって訳」
「ええッ!? そっ、そんなコト出来るのかよ!?」
「そんなに難しいコトじゃないわよ。それに人間工学に則って動かしてるから、アンタの右手だって関係ないの」
「ふええええ~~~」
「それに、このバックパック状態だと、かなりの防弾性能があるみたい。取っ手を引っぱってみたら分かるわよ」
「ヘッ!?」

 マヌケな声を出しつつも、御坂の言う通りに取っ手を引っぱってみる。
 すると……

『ジャコン!!』

 と音がして、ケースと同じような材質のシャッターが展開される。

「コレって……、盾か?」
「そういうコトみたいね。このサングラスに入ってるデータだと、ちょっと変わった素材らしいわ」
「変わった素材?」
「私も聞いたことがないから、良く分からないんだけど……防弾性はかなり高いみたいね」
「ふーん」


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