二人の朝
とある平日の朝。
学園都市は、それぞれの学校へ登校する生徒で溢れ返る。
一人で登校する生徒もいれば、友人と共に登校する生徒たちの姿も目に付く。
そんな学生たちは、様々な思いを抱きながら学校への道を歩む。
これは、そんな学園都市の朝における、一組の恋人が送る朝の風景――。
「むー」
上条当麻が住まう男子寮の前で、御坂美琴は複雑な表情を浮かべていた。
今日も一緒に当麻と(途中まで)登校出来る! という喜びと、予定の時間を(三十秒ほどだが)過ぎても姿を見せない当麻に対する不満である。
美琴が通う常盤台中学は、彼女の学生寮から直接歩いて向かった方が断然近いのだが、
『出来るだけ朝も一緒にいたい!』
という一念が、この状況を作り出した要因である。
彼女自身、本当ならば朝食を作って一緒に食べたりしたかったのだが……。
主に時間の都合などがあり、その計画は現在凍結している状態だ。
そんな時、ツンツン頭の少年が男子寮から飛び出してくる。
少々困ったような表情を浮かべながら、
「悪い。待ったか?」
と軽く謝りつつ、美琴へ声をかける。
彼女の彼氏、上条当麻その人だ。
「遅い!」
少しばかりの苛立ちが混じった声で、美琴は当麻を一喝する。
「……二分くらい良いじゃないか」
「良くないわよ! 女の子を待たせるのは特に! ……少しでも一緒に、いたいんだから」
強気な態度が、最後の方になると彼女の本音が混ざったものに変わる。
そんな変化が愛しく思えてしょうがない。
「俺が悪かったよ。だから、そんな顔をしないでくれ」
当麻は苦笑しながら、優しく右手で美琴の頭を撫でる。
恋人として付き合い始めて約半年、この行為も最初は気恥ずかしいものだったが、今はそんなことを感じなくなっていた。
「えへへ」
その行為に美琴は顔を綻ばせて、猫のように彼へ身体を寄せる。
彼女の方もまた、当麻の手で頭を撫でられる度、言葉にするのも憚れるほどの安心感に包まれるのだ。
「おはよ、当麻」
「おはよう、美琴」
遅くなった朝の挨拶を交わした後も、二人はしばらくその体勢のままでいた。
出来ることならまだまだこのままでいたかったが、そろそろ歩き出さないと二人とも遅刻になってしまう。
「それじゃ、行こ!」
名残り惜しかったが、美琴は頭にあった当麻の右手を左手で握ると、笑顔を浮かべて歩き出す。
「ああ。行きますか」
当麻も応えるように笑顔を浮かべて、彼女の左隣をゆっくりと歩く。
二人にとっての朝は、始まったばかりだ。
「当麻、今日はどれくらいで学校終わりそう?」
「んー。今日は補習も無いから、三時くらいには終わると思う」
「わかった。それじゃ、校門で待ってるわ」
「遅くなりそうだったら、こっちから連絡する。それと……」
「? それと、何?」
「ああ、いや。無理して校門で待ってなくてもいいんだぞ。喫茶店とかでゆっくりしていても……」
その提案を聞きながら、美琴はゆっくりと頭を振って否定の意を示す。
「ううん。校門で当麻の姿を見つけた時、待ってて良かったって思うの。だから……」
「……わかったよ。そこまで言うんなら、上条さんも頑張らなきゃな」
「待ってるわよ」
数分後、二人は当麻の通う高校と、美琴の通う常盤台中学へ続く通学路の分岐路に到着した。
この分岐点に当麻と到着する度、美琴の顔には悲壮な表情が浮かぶ。
頭では理解している。また会える、と。
心は納得していない。離れたくない、と。
「ここで、お別れか……」
「今生の別れじゃあるまいし、そんな顔するなよ」
「うん……」
「じゃ、放課後にな」
当麻も、正直これ以上美琴といると感情が移ってしまいそうだと思い、背中を向けた時だった。
「ねぇ、当麻」
自分の高校へ歩き出そうとする当麻を、美琴が呼び止める。
「美琴?」
振り向くと、彼女が両目を閉じて、顔を向けていた。
その行為が何を意味しているのかは明らかだったが、通行人の目がそれを躊躇させる。
「人がいるぞ。み――」
その言葉の途中で、美琴が唇を塞ぐ。自らの唇を使って。
それは、誰がどう見ても熱烈な恋人同士が行うキスだ。
周囲に人がいるという事実も存在しないかのように、ゆっくりと彼女は唇を離す。
驚愕の表情をした当麻とは反対に、美琴は悪戯をした子供のような笑顔を浮かべて、
「えへへ。見せ付けてやりたかったの。私がどれだけ当麻を好きなのか」
じゃあね、と元気に手を振って彼女は走り去る。
そんな美琴の後姿を見送りつつ、
「……かなわないな」
頭を掻きながら、当麻はぽつりと呟くのだった。
好奇。羨望。嫉妬。
周囲からそういった感情の視線を感じながら、彼は自身の高校へと足を進める。
今の二人にとって、それは変哲のない日常。
同時に、掛け替えの無い世界――。
ちなみに余談だが、当麻のクラスメイトがその現場を偶然目撃していたらしく、朝のHRでそれを暴露された本人は天井を見上げて、
「幸福の後に、不幸あり。万事塞翁が馬か――」
と言ったとか言わないとか。