第五話『落涙』下
私は影。
私は模造品。
私は鏡。
私は贋作。
とどのつまり――ある目的の為に造られた消耗品。
なのに。だというのに。
同じ姿のあなたが、あの人と一緒にいる時に感じる、心の底から込み上げるモノは、一体何なのでしょう?
上条当麻と御坂美琴が、恋人になってからおおよそ半月ほどの時間が流れた。
その間、二人は平日であれば勉強会や買出しという名目でデートを行い、休日も互いの時間が許す限り、一緒に過ごしている。
また、上条の同居人であるインデックスは彼の部屋へと戻って来ているものの、以前と違って美琴と談笑したりする事を一つの楽しみとしたようだ。
時には二人の空気を読んで自ら、月詠小萌の自宅へ赴くようになっている。
上条にとって、全てが順調だと思っていた頃だった。
自身の理想が揺らぐような、どうしようもない現実に突き当たったのは――。
その間、二人は平日であれば勉強会や買出しという名目でデートを行い、休日も互いの時間が許す限り、一緒に過ごしている。
また、上条の同居人であるインデックスは彼の部屋へと戻って来ているものの、以前と違って美琴と談笑したりする事を一つの楽しみとしたようだ。
時には二人の空気を読んで自ら、月詠小萌の自宅へ赴くようになっている。
上条にとって、全てが順調だと思っていた頃だった。
自身の理想が揺らぐような、どうしようもない現実に突き当たったのは――。
この日、珍しく上条は一人で下校の途を歩いていた。
普段は恋人である美琴との下校が当たり前となっていたのだが、今日はどうしても抜けられない用事が入ってしまったらしい。
そのことを丁寧に詫びるメールの文面から読み取れる甲斐甲斐しさを微笑ましく感じながら、
普段は恋人である美琴との下校が当たり前となっていたのだが、今日はどうしても抜けられない用事が入ってしまったらしい。
そのことを丁寧に詫びるメールの文面から読み取れる甲斐甲斐しさを微笑ましく感じながら、
――一人で下校するのが、こんなに寒いとはな。
白い息を吐いて、曇った空を見上げる。
半月ほどの間、下校を共にしている彼女がそこにいないというだけで、空虚を覚えるほど美琴の存在感が大きくなっているのを上条は感じた。
半月ほどの間、下校を共にしている彼女がそこにいないというだけで、空虚を覚えるほど美琴の存在感が大きくなっているのを上条は感じた。
――これは、もう美琴なしで生きていけないってことか。
苦笑を浮かべてそんなことを考えていると、前方に見知った少女の姿が見えた。
常盤台の冬服と、栗色のショートヘアー。この組み合わせの意味する人物は通常、一人しかいない。
しかし、上条は前方の少女が確実に彼女ではないことを感じ取っていた。
メールの件もあったが、感じ取れる雰囲気が明らかに違うのだ。
少女はゆっくりと振り返り、上条に一礼をする。
その顔は御坂美琴――ではあったが、上条はその瞳に浮かぶ感情の色が非常に薄い、と感じていた。
常盤台の冬服と、栗色のショートヘアー。この組み合わせの意味する人物は通常、一人しかいない。
しかし、上条は前方の少女が確実に彼女ではないことを感じ取っていた。
メールの件もあったが、感じ取れる雰囲気が明らかに違うのだ。
少女はゆっくりと振り返り、上条に一礼をする。
その顔は御坂美琴――ではあったが、上条はその瞳に浮かぶ感情の色が非常に薄い、と感じていた。
「よう、御坂妹か」
彼の目前に佇む少女は『妹達』の一人、検体番号10032号。上条には御坂妹と呼ばれる、美琴のクローン体。
以前は美琴本人と見間違えることもあったが、彼女と一緒にいることが多くなった現在では、本人との微妙な違いを察知できる。
既に上条にとって今では、学園都市の中にいる四人の『妹達』全てに対して見分けが付くようになった。
以前は美琴本人と見間違えることもあったが、彼女と一緒にいることが多くなった現在では、本人との微妙な違いを察知できる。
既に上条にとって今では、学園都市の中にいる四人の『妹達』全てに対して見分けが付くようになった。
「最近、会わなかったが元気か?」
「はい。調整を終えたばかりですので、身体の何処にも異常は見られません。とミサカは現状を伝えます」
「そうか。元気なら何よりだ」
うんうんと頷く上条。
彼にとって、美琴と同じ容姿を持つ彼女たちは特別な存在だと考えている。
『妹達』の一件が無ければ、御坂美琴が上条に対して恋愛感情を抱くことが無かったかもしれないのだから。
彼にとって、美琴と同じ容姿を持つ彼女たちは特別な存在だと考えている。
『妹達』の一件が無ければ、御坂美琴が上条に対して恋愛感情を抱くことが無かったかもしれないのだから。
「ミサカの身体を気遣っていただき、ありがとうございます。とミサカは感謝の意を示します」
軽く口元を綻ばせるようにして微笑む御坂妹。
その表情から、一般人並みの感情を持つ日も遠くないのではないか、と上条には思えた。
その表情から、一般人並みの感情を持つ日も遠くないのではないか、と上条には思えた。
「……一つ、お聞きしたいことがあるのですが。と、ミサカは真面目な口調で問いかけます」
「ん、何だ?」
「お姉様とあなたがお付き合いを始めたというのは本当ですか? という話が事実なのか、ミサカにお聞かせください」
問いの言葉を放つ御坂妹の眼差しは、真剣そのものに見えた。
感情の欠落しているように見えた双眸に、いつの間にか炎が宿っている。
何より、隠しておく必要もないと判断した上条は、美琴との関係を話すことにした。
感情の欠落しているように見えた双眸に、いつの間にか炎が宿っている。
何より、隠しておく必要もないと判断した上条は、美琴との関係を話すことにした。
「……ああ。本当だ」
「そう、ですか」
彼女は静かに顔を俯かせる。
その頬を静かに流れる滴が、上条の目に止まった。
その頬を静かに流れる滴が、上条の目に止まった。
「……泣いて、いるのか? 御坂妹」
「涙? ……今、ミサカが流しているものが、涙というものでしょうか」
顔を上げ、右手を頬に当てて、涙を手に取る御坂妹。
口調や声色はいつもの彼女と殆ど変わりないものだったが、表情からは悲壮感が漂ってくる。
口調や声色はいつもの彼女と殆ど変わりないものだったが、表情からは悲壮感が漂ってくる。
「……すまない。泣かせてしまって」
「あなたが謝る必要が、どこに、あるのですかとミサカは疑問を口にします」
美琴と同一の容姿を持つ彼女が泣いている。
上条にとって、その光景は本人を泣かせてしまっているような錯覚を感じさせるものだ。
上条にとって、その光景は本人を泣かせてしまっているような錯覚を感じさせるものだ。
「……御坂妹。こんなことを聞くのは野暮だと思う。だが、聞かせてくれないか。泣いている理由を」
恋愛事情に鈍い彼自身ですら、その理由には大よその見当がついている。
しかし、この時は何故か聞いておかなければいけないような気がしてならなかった。
そんな上条の胸中を知ってか知らずか、ぽつり、と御坂妹が呟いた。
しかし、この時は何故か聞いておかなければいけないような気がしてならなかった。
そんな上条の胸中を知ってか知らずか、ぽつり、と御坂妹が呟いた。
「辛い、のです」
彼女は曇った空を見上げて、詩を詠うように言葉を続ける。
頬を流れていた涙は止まっていた。
頬を流れていた涙は止まっていた。
「お姉様とあなたが幸せそうに歩いていることを思うと、何故か胸が苦しくなるのです」
一息おいて、再び御坂妹は言葉を紡ぐ。
「もし、ミサカがお姉様の代わりに、あなたと歩いていることを思うと……」
失恋による悲しみが、御坂妹の涙の原因。
その理由は、上条も予測していたことだった。
しかし、彼は自分の心の底から、何か熱いものが込み上げてくるのを感じ取っていた。
その理由は、上条も予測していたことだった。
しかし、彼は自分の心の底から、何か熱いものが込み上げてくるのを感じ取っていた。
「……変でしょうか? 今のミサカ達はお姉様とあなたがいなければ、世界には存在しない筈のものなのに、このような思いになるのは」
「……いいや、変ではないぞ。それは、人が持つ当然の感情だ」
平静を保ちつつ、御坂妹へ諭すように返答する。
「お心遣い、ありがとうございます。どうか……お姉様をミサカ達の分まで、お大事にしてください」
それでは、と一礼すると御坂妹はゆっくりと背を向けて歩み去っていった。
彼女の後姿を見送りながら、上条は自問する。
彼女の後姿を見送りながら、上条は自問する。
――俺は、どうなんだ?
御坂美琴とその周りの世界を護る――そう、誓った筈なのに。
美琴を大事に護ろうとすればするほど、彼女の周りが傷ついていく――。
美琴を大事に護ろうとすればするほど、彼女の周りが傷ついていく――。
――今日は『妹達』。……明日は、誰だ? 美琴に関わる、誰の心を俺は傷つけるのだ?
自らが護ると誓った世界を、一番傷つけてしまう脅威は他ならぬ自分自身。
そのことを思い知らされた上条の心は、上空に広がる雲のように暗くなっていた――。
そのことを思い知らされた上条の心は、上空に広がる雲のように暗くなっていた――。