とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part06

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第五話『落涙』 上


笑っているあなたの心に、私の居場所はあるの?

そんなこと、今まで考えた事もなかった。

だって、いつも私のことを気に掛けてくれていると思っていたから。

見ず知らずの私の為に、何度も命を張ってくれていたから。

でも、それは蜃気楼のように消えていった。

あなたのことを、私では幸福に出来ないと知ったあの日から――。



御坂美琴の告白を受け入れ、自らもまた想いを打ち明けた日の夜、上条当麻はぼんやりとしながら天井を見上げていた。
とにかく、目まぐるしい一日だったと思う。
徹夜で課題を終わらせたら、美琴からの電話があって。
学校を下校する時に、彼女は寒い中ずっと待ってくれていた。
そして、あの公園で……。

――恋人に、なったんだよな。

そのことを思い返しただけで顔が綻ぶ。
今では美琴のことを考えただけで、心が何処からか熱くなる。
しかし、恋人になった美琴との関係で、考えなければいけない問題もあるということを上条は感じていた。

――インデックスはどう思うかな。

同居人のシスター、インデックス。
彼女と自分の関係はただの同居人……であるのだが、上条の記憶している限り、恋人である美琴との関係は決して良好とはいえない。
上条当麻と御坂美琴が交際を始めた。この事実を知った時、彼女はどう思うだろうか。
怒るか。泣くか。自暴自棄になって噛み付いてくるか。
……または、三つ揃ってジェットストリームアタックになる可能性も捨て切れない。
このまま隠し通せるか……と考えた瞬間、

『カミやんは嘘をつくのが誰より下手だからにゃ~』

隣人の悪友が放った何気ない一言が、頭をよぎる。
思えば確かに、コソコソと隠し通すのは自分の性分ではない。

――とにかく、早い方がいいな。

携帯電話を取り出し、美琴のアドレスを選択してメールを作成していく。

『美琴、日曜日あたりは空いているか? もし空いていたら、俺の部屋に来て欲しい。詳しいことはその時に話す』

「送信、と」

送信ボタンを押して、送信完了の文字を確認して一息。
ちなみに、数分後にメールを読み返してみたところ、かなり誤解を生み出しそうなものだと感じて、一瞬のうちに上条は赤面した。
それと翌朝、文面を見た美琴が大混乱して、朝から漏電をしたのは言うまでもない。



それから二日後の日曜日。
上条は自室に美琴を招き、問題の概要を掻い摘んで説明した。
余談だが、美琴が『そ、そういうことだったのね。わ、私てっきり……』と声に出してしまい、顔を真っ赤にした二人が三十分近く固まったという。
その状況から再起動した二人は、如何にしてインデックスを納得させるか――考えを巡らせていた。
当のインデックス本人は、上条が預かり先の小萌に連絡して、一旦帰宅させるように手筈をつけている。

「でも当麻……説得できると思う?」

「説得というより、まずは説明からだな。俺と美琴が付き合い始めた事実に関することを」

その言葉を聞いた美琴は、不安げな表情で上条を見つめる。

「すんなり上手くいくかしら? あの子も、当麻のことを慕っている一人だし……」

「……これもまた、避けられないことなんだ。俺と美琴が恋人になったからには、な」

――何度も命を賭けて護ったくせに、それに対する特別な想いを否定する……。偽善もいいところだよな。

自分の行ってきた独りよがりに心の底で溜息をつく。
しかし、後悔しているかと聞かれれば首を振るだろう。
自分自身の在り方を否定してしまえば、そこにいるのは自分ではないのだから。
と、その時、

ピンポーン。

来客を知らせるチャイムが鳴る。

「どうやら来たみたいだ」

「……そうみたいね」

――インデックス。俺の都合で傷つけてしまうことを許してくれとは言わない。ただ、俺はこの生き方を否定出来ないんだ……。

ゆっくりと椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。
鍵を外してドアを開けると、そこには数週間ぶりに会えた嬉しさをありありと顔に出している、白衣を纏った銀髪のシスターがいた。


「とうま! ただいまなんだよ!」

「おう。おかえり」

声も嬉しさで溢れており、そんな彼女を絶望の奈落へ突き落としかねないと思うと、心が痛む。
そんなインデックスは、部屋にいる美琴の姿を捉えた途端、一転して不機嫌な声に変わる。

「……何で短髪がいるのかな?」

「いては悪いの?」

「もちろんだよ! いつもとうまに難癖つけて電撃浴びせているし、その理由も見苦しいんだよ! とうまは鈍感だから……」

それからぎゃあぎゃあと喚き立てるインデックスに、若干青筋を浮かべながら美琴は溜息をつき、

――駄目よ。これじゃあ、私が何を話しても聞かないでしょうね。

そう思いながらアイコンタクトを上条へ送る。
軽く頷いて、目線をインデックスへと移しながら覚悟を決めた。

「あのな、インデックス。落ち着いて聞いてくれ」

「なんなのかな!?」

「俺と美琴は、恋人という関係になった」

「え……?」

先ほどまでの怒りが嘘のように消え去り、代わりに驚きの表情が浮かんでいる。

「ほんとう、なの?」

「ああ。……本当だ」

「そう……なんだ」

それからインデックスは黙々と説明に聞き入った。
半年前の夏からお互いが得体の知れない感情に振り回されていたこと。
それが好意だと美琴が自覚しても、持ち前の性格で気持ちを伝えられなかったこと。
一方の上条は、その感情についていくら考えても答えを見出せなかったこと。
そして数日前、美琴からの告白で、上条もその感情が好意だと気付き、恋人となったこと。

「それでとうまは……みことを選んだんだね?」

「選ぶって言い方は無いだろ……」

「でも、とうまのことが好きだって女の子は沢山いるんだよ? わたしからはその中からたん……ごめん。みことを選んだっていうふうに見える」

「そう言われると手厳しいんだがな。……それでも、選ぶとかそういう言い方は俺には出来ない。お前も美琴も、『モノ』じゃないだろ?」

「わかってる。わかってるけれど、ずるいんだよ……」

インデックスの声に震えが混じって聞こえる。
俯き加減の顔からは、辛うじて泣くことを我慢している、まだ幼い少女の顔があった。

「みこと……。とうまを、とうまをしあわせにしてあげてね」

「インデックス……」

「わたしにはとうまをしあわせに出来なかったけれど、みことにならきっと出来ると思うんだよ」

「わかってる。それと、アンタにしか幸福に出来ない人がきっと世界の何処かにいるわ」

「うん……うん……」

その先からは言葉にならず、ただただ激しい嗚咽が漏れる。
彼女へかける言葉が見つからず、その姿を見守ることしか二人には出来なかった。



「大丈夫か、インデックス?」

「うん。数年分は泣いたと思うんだよ」

インデックスが泣きじゃくって一時間弱。彼女の両目は赤くなっているが、その表情に曇りはない。
むしろ、帰って来た時より晴れ晴れしている感じがする。
すると突然、

「とうま。左手を出して欲しいんだよ」

「? これでいいか?」

特に断る理由も無いので、上条はインデックスの眼前に左手を差し出す。
彼女はその手を両手で掴むと、

「痛っ!?」

思いっ切り、噛み付いた。
その時間は一秒に満たないくらい短いものだったが、力は普段以上だったらしく、くっきりと歯形が残る手甲からは血が滲んでいる。

「ふんだ。乙女の純情を傷つけたんだもん。これくらいは当然かも」

「ちょ、ちょっと……!」

「いいんだ。これはインデックスが正しい。俺の煮え切らない感情で、傷ついたのはアイツだからな」

「当麻……」

「いつか美琴のことで何かあった時に、この痕を見ることで冷静に向き直ることが出来る。そう思うんだ」

「……ありがと。でも、応急処置くらいはしなくちゃね」

嬉しさを隠しきれない表情で、救急箱から消毒薬と絆創膏を取り出す美琴。
そんなやり取りを見ていたインデックスは、二人に聞き取れないような小声で一言。

「なんだろう。もう夕食が入らないほどお腹いっぱいかも」



インデックスを小萌の家に送り届けた帰り道、美琴が落陽の空を見上げて呟いた。

「もしかしたら、私とインデックスは逆の立場になっていたかもしれないわね……」

「……そうだな。インデックスの為にも、お前を悲しませるような真似は極力避けるさ」

「『絶対』と言わないのが当麻らしいわよ。……まぁ、私はそんな当麻だから好きになったの」

まだ、美琴の笑顔を直視出来ないのか、上条は視線を落として、美琴の左手と繋いでいる自分の右手を見る。

「この幻想殺しで救われる命があるのなら……。俺はそこが地獄だろうと乗り込む。こんな男だが、共にいてくれるか?」

「……答えは決まっているじゃない。ばか」

顔を赤らめた美琴は、上条の頬に軽く唇を重ねた。

「これが、私の答えよ」

一瞬、呆気にとられて歩を止める上条だったが、

「じゃ、上条さんもお返しをしますか」

その言葉を聞いて、驚いた表情を浮かべている美琴の唇を塞ぐ。
夕陽の光が、二人の重なった影を映し出していた。



季節はまだ肌寒い冬。しかし、春へは確実に進んでいる――。


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