とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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おすそ分け



 6月の中旬。
 日本本州には梅雨前線が停滞し、今や梅雨真っ盛りな日本全国。
 それは学園都市も例には漏れず、今日も等しくしとしと雨が降り続いていた。
 そして基本的に学校も終わるであろうこの時間、通学路に用いられている道は色とりどりの傘で埋め尽くされていた。
 普段は他の人と肩をぶつけてしまうほどに賑わうこの通りも、梅雨であるこの時期だけはそれはない。
 丸い円を描くように広げられた傘により個々のスペースは確保され、いつもの人の喧騒にイラつくことはないからだ。
 そんな己の領域を確保すらできるこの時期この時、ある二人の男女はそれをせず紺の大きな傘の下に身を寄せ合い、この通りを行く者達の注目を浴びていた。
 それも、仲睦まじく腕を組んで。

「……あの、いくら何でもくっつきじゃないでせうか、姫」
「こうでもしないと雨に濡れちゃうんだから仕方ないじゃない。うん、これは仕方ないの」

 仕方ないわよね~、と言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべて男の右腕に抱きつく少女は御坂美琴。
 対して、右腕の制御権を彼女に奪われ、抱きつかれていることと周りからの冷ややかな視線に対して内心ドキドキしている少年は上条当麻。
 二人は、付き合っていた。
 それも今年で2年目。
 以前は常盤台中学二年と平凡な高校一年というやや不釣り合いな二人も、今は同じ高校、同じ高校生。

「………不幸だ」
「ちょっと、聞こえてるわよ?」

 上条は聞こえないようにボソッと言ったつもりだったが、それすらも不機嫌な顔をして拾われる。
 つくづくどんな地獄耳なんだとも上条は思うが、それを言うとまた怒られるので言葉には出さずに心の中にしまっておく。
 二人がこうして一つ傘の下で身を寄せ合っている、つまり相合い傘をしているのには些細ながらも理由があった。
 そもそもの原因は今朝の天気予報。
 今朝の天気予報では昨日まで降り続いていた雨は一旦止み、再び降り始めるのは夜からで、雨足は強いという予報だった。
 ただそれを美琴は信用し、上条は信用しなかった、それだけの話。
 結果、いつも帰りは二人で帰るという約束をしていることから二人は待ち合わせをし、帰ろうとしていたところで雨が降り始めた。
 加えて傘をささずやっていける程度の雨量ならよかったものの、そこは予報通りで雨足は強く、流石に美琴をびしょ濡れにするのは忍びない上条が、傘に入るかと提案したことが事の発端。

「にしても、梅雨ねえ……どうしてこんな季節ができるんだ?蒸すし、暑いし、洗濯物は乾かない。いいことが思いつかねえよ」
「仕方ないでしょう?そういう季節なんだから。それに梅雨がないと色々困る人だって少なからずいるのよ」
「まあ、それはわかるけどさ…」

 でも鬱陶しいものは鬱陶しいんだよなあ、と上条はぼそりと呟く。
 上条からすれば、梅雨は様々不幸が起こり得ることがあることから、あまり好きではなかった。
 今日傘を持ってきたことにしても、今までの不幸の経験からして傘を持っていかなければ確実に雨が降るだろうというただの勘と経験からだ。
 さらに上条の場合、例え傘を持ってきていても、帰る頃には謎の原因で傘が壊れていたり誰かに奪われていたりするのが常。
 だが今日にいたってはそれもなく、久しぶりに不幸じゃないと喜んでいたところ、この仕打ち、この不幸。

(いや、別に嫌じゃない、そりゃ嫌じゃないけどさ…)

 腕に抱きつかれることで何やら柔らかいものにもあたるし、美琴の髪からは何やら甘い香りが漂ってくる。
 しかも美琴は贔屓目なしに可愛い女の子。
 自身は健全な男子高校生であると謳う上条にとって、この状況が嫌なわけがない。
 だがそれ以上に上条が感じる周りからの冷ややかな視線がひたすらに痛く、これではまるで公開処刑。

(限度ってのがあるだろ…!)

 だから梅雨は嫌いなんだと上条はぼやくが、ぼやいたところで状況は変わらない。
 美琴は上条から離れようとすら気を起こしてすらいないし、むしろこのままでは悪化すらしそうな勢いだ。
 まだ腕を組むだけで済んでいることを幸運に思うべきなのかもしれない。

「6月なんて…」

 上条が思いつく限りでは6月に起こるイベントなんて大抵いいことではない。
 これから始まる夏場に向けてどんどん気温は上がるし、気団の影響やらなんやらというのが原因で雨は降り続ける。
 それらが相重なって不快指数は最大値を振り切りそうなほど常に高いし、おまけに6月には国民の休日が1つもない。
 もう一つ言うなればお決まりの不幸も多発する。
 6月はそんな嫌な月。

「あ…」
「ん…?どうしたの?」

 何か閃いたように上条は声を漏らし、美琴はそれに反応して上条の腕にすり寄せていた顔を上げる。
 対して上条は、いやでもまてよと数秒ほど何かを考える表情をとった後美琴の顔をじっと見やるが、それも数秒ほど続くと、上条はいきなり顔を朱くしたかと思えば、ズバッ! と首を光の速さで後ろへとまわした。

「え…?ちょ、ちょっと??」

 そのあまりの突然さ、そのあまりの速さにより上条の首からグキリという若干不穏な音をたて、上条は首を押さえながら悲鳴をあげるが、美琴はそれには特に気にとめない。
 いや実際は心配こそすれ、美琴が本当に気になったところはそこではなかった。

「えーっと、結局アンタは何がしたかったの?」
「な、何って…痛てて…」

 上条が目尻に若干の涙を浮かべているにもかかわらず、美琴は先ほどの上条の行動の理由を尋ねる。
 もちろん美琴にとっては先ほど上条が何を思い、何を考えていたのかは気にはなる。
 だが彼とて何か取り留めのないことを考える時くらいはあるだろう。
 気にはなるが、美琴はそれだけで別にとやかく問い詰めるつもりはなかった。
 上条が、美琴の顔を見て顔を朱くさえしなければ。
 一瞬ではあった、すぐに顔は逸らした。
 しかし美琴はその一瞬を見逃さなかった。
 上条が何を考えていたなんて美琴にはわかるわけがない。
 ただ先ほどの上条の挙行から察するに、その内容に美琴自身のことが絡んでいることは美琴にもわかる。
 彼の考え事が自分自身に関するのなら、美琴としてもスルーするわけにはいかない。

「アンタ、さっき私の顔見て顔朱くしたわよね?一体何を考えてたわけ?」
「え-……っとだな、その、なんだ?……べ、別に大したことじゃねえから気にすんな?」
「……そんな反応されると余計に気になるんだけど?」
「う、うぅ……うるせえ!とにかく大したことはねえんだ!これ以上聞いてきたって俺は」
「ねえ」

 上条が言い切るよりも先に、美琴は静かに語りかける。

「アンタの右腕、私が掴んでるってこと……わかってる?」
「へ…?」
「話してちょっと嫌な思いするのと、このままの状態で体に電流流されてすごーーーく痛いするの、どっちがいい?」
「………………」

 見ている方が清々しくなるほどの笑顔の美琴が言い終えると、額からバチッっと音をたて電撃をちらつかせる。
 美琴は表情こそ柔らかく、眩しく思えるほど笑顔。
 しかしその表情とは裏腹に、その小さくも魅力的な口から発せられた言葉は決して生易しいものではなかった。
 美琴が抱きついている腕は上条の右腕。
 自身から右手にさえ触れない限り、上条には美琴からの攻撃を防ぐ術はない。
 上条に、半ば拒否権はなかった。

「……6月ってさ、俺の思う限りでは良いことなんて全然ないな-と上条さんは思ったわけですよ」
「まあ、そうかもしれないわね。普通に暮らす人にとっては梅雨なんて鬱陶しいだけなわけだし」
「だろ?だから6月って何かいいことあったかなって考えたわけですよ」

 それは単なる上条の気まぐれ。
 どうでもいいことではあったが、ふとした疑問。

「でも、別にイベントってわけじゃねえけど、そういや6月の花嫁(June bride)ってのもあったなと」
「まあ、あるわね」
「……で、そ、それでだな……、だあ-!やっぱ俺には無理!頼むから勘弁しでででで!?」

 照れくさそうにした上条に、美琴はちょっとした遊び心で弱い電流を彼に流し込む。
 美琴は口では何も言わなかった。
 だがにっこりという擬音がよく合う笑顔が、彼女の意図した沈黙が暗に続けろと促す。
 先の電流はほんのお遊び、美琴の本気は先ほどのように甘くはないのだ。
 そして美琴のその鬼気迫る笑顔に上条は観念し、

「う、ううぅ…………か、勘違いするなよ?!まだ先の話だからな?別に俺はそういうことを本気で考えてるわけじゃないからな!?」
「や、勘違いもくそも話わかんないし……それで?」

 顔を若干朱くしながらそう言うと、小さくため息をつき、続ける。

「……それで、そういうのがあるから、美琴がもしウエディングドレスとか着たらどうなるんだろうなとか考えちまったわけでよ!上条さんは!」
「……!」
「でもお前ってまだ高1だし、まだ子供っぽいところもあるしで、まだなんか“可愛い”って感じだから、そういう大人な女性が着るもんはどうかなって思ったんだよ。けど…」
「……け、けど、何よ?」

 美琴は、既に上条が言った言葉で頬が朱く染まっていた。
 上条も上条で、自身が口にしたことへの羞恥心からか、若干朱い。

「けど、さっきふと美琴をまじまじと見たら、そんなことはなくてだな。だから、つまり、その……“可愛い”ってのは俺の中のイメージだけで、普通にドレスが似合いそうなほど今の美琴は“綺麗”だったって話だよ!それだけだ!悪いか!」

 もう一度言っとくけど、別にそういうことを本気で考えてるてわけじゃないから早とちりすんなよ!と上条は確認のために付け加えるが、それは美琴の耳には届いてはいなかった。
 いや、正確には耳には届いてはいたが頭には確実に入っていなかった。
 付け加えられた上条の言葉は完全に右から左に流され、代わりに美琴はただひたすらに顔を真っ赤に染め上げ、ぐるぐると同じことを考えることだけに超能力者の頭をフル回転させていた。
 それは上条が、自分を、綺麗と言ってくれたことについて。
 美琴は今まで彼の自身への扱いから、どう考えても子供扱い、まだ子供としか見られてるようにしか見えなかった。
 そんな彼が、自身に対して“綺麗”と言ってくれた。
 美琴にとって、同じ誉め言葉でも“可愛い”と“綺麗”ではその言葉から受けるニュアンスが全く違ってくる。
 “可愛い”という言葉も十分嬉しいが、その言葉はニュアンス的にまだ幼いよね、という裏の意味が若干見え隠れする。
 だが逆に“綺麗”という言葉には大人っぽいという意味が暗に示唆される。
 それらはとても些細な違いで、他から言わせればどっちでもいいことかもしれない。
 それでも上条に子供扱いされることに不満をもっていた、少しでも大人に近づきたいと思っていた美琴にとっては、上条に大人っぽくなったと言われたようで嬉しく、喜んでいた。
 さらにつけ加えるなら、まだその気があるわけではないと言っていても少しでも結婚のことを、自分の花嫁姿を考えてくれたことも素直に嬉しく思っていた。

「………ねえ、当麻」
「な、なん――っ?!」

 だから美琴は上条におすそ分け。
 今すぐ飛び跳ねたくなるほど大きな喜びを、一人では持て余してしまいそうな嬉しすぎるこの感情を。
 美琴は傘の制御権を上条から奪い、二人の頭の部分を周りから見えないようにすると、そっと上条の唇に口付けた。
 周りからは紺の傘で隠れて完全には見えない二人の頭も、傘越しに映る二人のシルエットはほんの数瞬、確かに繋がっていた。

「ぉ、お、おまっ…!」

 美琴が離れて傘の制御権を上条に返すと、美琴は再び上条の右腕を抱きしめる。
 突然、そしてまだ周りに普通に人が行き交っている中で美琴がキスをしてきたことに上条はパニクり、口をパクパクとさせるが、美琴はそんなことを気にもとめていない。
 むしろ抱きしめる力を強くし、満足感に満ち足りた表情でいる。

「―――ありがとね、当麻」

 そして美琴は、そんな満足感で満ちた、それでいてやはり若干恥ずかしかったのか、微かに頬を朱く染めながら上条を見上げ、優しく微笑んだ。
 上条にとってその表情、その笑顔は、反則だった。

「…………お、おぅ…」

 上条にとって6月はろくでもない月だ。
 これから始まる夏場に向けてどんどん気温は上がるし、気団の影響やらなんやらというのが原因で雨は降り続ける。
 それらが相重なって不快指数は最大値を振り切りそうなほど常に高いし、おまけに6月には国民の休日が1つもない。
 もう一つ言うなれば、お決まりの不幸もいつも以上に多発する。
 6月は、そんな嫌な月。
 けれど、彼女が幸せそうにしてくるのなら、こんなにも『綺麗』な笑顔を見せてくれる彼女が抱きついてくれるなら、6月も悪くはない。
 上条は、そう思えた。


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