8巻あふたー
───コンコン。
「は~い、ですの」
御坂美琴は、ほぼそれが誰かは分かっていたので、扉を開けに行く。
そこには、気まずそうな雰囲気を漂わせた上条当麻と、インデックスが立っていた。
「まったく、アンタは…」
「…以後、女性の部屋は気を付けます、はい…」
さっきの電撃入りビンタのせいか、上条は美琴と視線を合わせようとしない。
(うーん、やりすぎたかなあ)
「…ま、いいわ。入って。アンタも」
上条とインデックスに促す。
インデックスが名残惜しそうに見舞い品の黒蜜堂フルーツゼリーを美琴に渡す。
「わざわざお越し頂きまして、ありがとうございます、ですの。お見舞いもいただきまして。」
「あ、いやいや。さっきは着替え中、すみませんでしたっ!」
「お気になさらず。まあ、お姉様に制裁していただきましたし、その件は終わりにしましょう。」
「アンタ今までどこに行ってたの?」
「みさ…いや、知り合いも入院してるんで、そっち寄ってきた。」
白井黒子に御坂妹の存在が知れるとヤバイ。
美琴も気づいたようで、
「ああ、アンタその子に教えて貰って駆けつけたんだっけ、今回。」
黒子が眉をひそめる。
「何ですの、その方…入院しているのに、どんな情報源があるんですの?」
「ま、ちょっとワケ有りの奴でさ。助けて欲しいってんでな。」
黒子がいっそう眉をひそめる。
「…それがわたくしを助ける事と、どんな関係がありますの?」
「うーん、説明はしにくいが、そいつもツリーダイアグラムが復活するとマズイ事情がある奴なんだ。」
上条は黒子にならある程度話しても構わないだろうと判断した。
「…」
黒子は目を瞑っている。何やら考え込んでいるようだ。
「カミジョーさん。8月21日に学園第一位を倒した謎の人物とは貴方ですのね?」
「…そうなるかな。」
黒子はジャッジメントだ。上条は隠しても無駄だと思い、素直に答えた。
美琴は目をそらしている…美琴にとってあまり深入りして欲しくない話題だ。
「ほんと呆れた方ですわね。学園都市が誇るLV5の一位と三位を打ち破るなんて」
「ま、戦い方次第だな。御坂だってもう俺に勝つ方法は分かってるだろうし」
「分かってないわよ。アンタ防御してない心臓にぶち当てても死なないもの」
「は…は…」
「さて」
黒子は”お姉様”を見つめる。
「それでお姉様。カミジョーさんを命の恩人とおっしゃってましたが、それが今の話ですわね?」
「…そうね。」
美琴は、小さく肯定する。
「カミジョーさん、先程のお知り合いという方も,、この件で?」
「…ああ、そうだ。お前どこまで情報つかんでいるんだ?」
「いえ、わたくしには断片ばかり集まっておりますの。今ようやくつながり出した、というところですわ。」
「まあ、ひとまずはこれで。お姉様もこれ以上のお話はお辛そうですし。」
「ごめんね黒子。ちょっと色々あってさ。」
「いえいえ。ところで、まあカミジョーさんを命の恩人としている人が集まっているわけですが」
黒子は、無言を貫き通し、ベッドの足元でぐでっと顔だけ乗せているインデックスを見つめる。
「貴方が助けられたのはいつですの?」
「あたし?」
黒子が頷く。
「7月28日だよ」
絶対記憶能力のインデックスは即答だ。
「7月28日!?」
「ツリーダイアグラムが応答しなくなった日じゃない!」
黒子と美琴は顔を見合わせる。上条は「そうなのか?」みたいな顔をしている。
上条としても記憶はそこからであり、できれば避けたい話題である。
「関係あるのかしら?」
「少なくとも俺は知らねーぞ」
流石に、話を繋げるのは無理がある。
しかし、美琴の件も今回の黒子の件も、普通には解決しない事を、上条の右手は解決に導いている。
3人が命を助けられ、全て日付上ツリーダイアグラムが何かしら絡んでいる。
何かある──と黒子は直感的に感じ取った。
「ところでさ、俺は今回なにを打ち消したんだ?なんかデカイもやもやしたものだったけど」
上条が話題を変える様に言う。
「ん…と。そうですわね。お姉様、そのバナナの房をテーブルの上において下さりません?」
移動式テーブルをベッドの上に設置し、バナナを置く。
「ミカンをわたくしの指に触れるように…はい、それで。ありがとうございます。」
興味なさそうにしていたインデックスも何が起こるのかと、バナナを見つめている。
「では参ります。バナナをご覧くださりませ。」
瞬間、ミカンはバナナの房の真ん中やや上あたりにテレポートされた。非常にシュールな構図である。
「バナナをビルに見立てますと、このミカンこそ今回カミジョーさんがぶっ潰したものです。」
「はー…」
上条は目をパチクリとしている。
「で、ミカンではなく何が飛んできたかはわかりませんが、結標淡希は重量4520キログラムのモノと言ってましたわ」
「よ、4520!?」
「それを、早すぎもせず、遅すぎもせず、完璧なタイミングで実体化する前に潰しましたの」
「…俺、すげー幸運?」
「私が言いたいのはそこですの。早すぎては転移に飲み込まれていたでしょうし、遅すぎたら潰されてましたわね」
今さらながら、上条は相当やばい橋を渡っていたことを知る。
「今日のやたら続く不幸フィーバーは、そこでの幸運のツケか…なるほど」
上条はつぶやく。
「ですので」
黒子は上条に頭を下げる。
「お命を救っていただきましたこと、非常に感謝しておりますわ。ありがとうございました、ですの。」
そして横を向いて続けた。
「ただし、お姉様については全く別件ですわよ?」
上条は学校に戻らないといけないということで、去って行った。
インデックスはどうやら見張りに来てただけらしい。
「じゃあね、黒子。また来るわね」
「お姉様、おまちしておりますわぁ~ん」
「…さっきまでのキャラでいなさいよ!」
軽口を叩きつつ、美琴も去る。
美琴は直接帰らず、御坂妹の病棟へ向かった。
(お礼言っとかなきゃね…アイツ来なかったら私もヤバかった)
それにしても、と美琴は考える。
(アイツ今日変だったわね。私と視線合わせようとしなかったし)
電撃ビンタを後悔し始めた美琴である。
(あれはさすがにヒドイと怒ってたのかも…どうしよう)
ちょっと意気消沈しつつも、御坂妹の病室の前に立つ。
訪問者カードを見ると、
『上条 当麻』
『Index Librorum Prohibitorum』
(へえ~、あの子こんな名前なんだ…)
興味を持って、携帯にメモり、自分もその下に記入する。『御坂 美琴』
ドアを叩いたが、応答が無いので、そっと部屋に入った。
コポ、コポと音のする何やら丸っぽい水槽のようなものがある…
美琴はその中を覗いた途端、腰から崩れ落ちた。
「え?な、なんで…ちょっと待って、なによこれ!」
水中に浮かんだ御坂妹が美琴にペコリと頭を下げ、会釈する。
全 裸 で。
素っ裸の自分が目の前にいる。
テープのようなものは張っているが、何の妨害にもなっていない。
胸も、股も、何もかも──さらけだして。
御坂妹が美琴に何か?と言った様子で首をかしげている。
「ふ、ふふ、あ、あいつコレを見て…」
上条当麻が美琴から視線を外していたのは──
終わった。
何もかも。
「あ、あはは…」
御坂妹に弱々しく手を振り、病室を出る。
殺る。
頭を挟んで脳細胞を焼き切る。記憶を抹殺する。
カエル顔の医者に言わせれば、「これ以上焼く気かい?」といったところだろう。
御坂美琴は羞恥と怒りに真っ赤になりながら、帰途につく。
上条当麻の不幸フィーバーは、最高潮を迎える。
fin.