~エイント・ノー・リバー・ワイド・イナフ~
二人は歩きながら夜空を見ていた。
その日の夜空には天の川が横たわり、宝石箱をひっくり返したようなきらめきを見せている。
七月七日。七夕と呼ばれる日。
「・・・・・綺麗ね」
「・・・・・そうだな。」
上条の右手には花火や短冊などの荷物が、左手には美琴の右手が。
二人は、美琴が計画した七夕パーティーの会場へと向う途中だった。
しかし、時間にはまだだいぶ余裕がある。
「それにしても、アンタのほうからあんな言葉が出るなんで思わなかったわ。」
「・・・普段わたくしめはいったいどんな評価をうけているのでせう?」
「えっと・・・・・・・鈍感ばか?」
本当ならそれぞれ会場に集合するはずだったのだが、
『多分ふたりっきりになる時間なんかないだろうから、先に二人で天の川でも見ないか?』
という提案が上条からあったのだ。
普段が普段なだけに美琴はすこし驚いたが、それを上回る嬉しさのあまり、二つ返事で了承したのだ。
「・・・とりあえずたちっぱなしもなんだし、公園にでもいって、座って見るか。」
「そうね。そうしましょ。」
月と星が夜闇を照らす中を、二人は並んで歩いていく。
七月七日の夜。天に流れる大河を見つめて、二人は何を思うのだろうか。
大河の岸辺に佇むであろう牽牛と織女に、何を願うのだろうか。
―とある少年の猛烈恋慕その4―
~エイント・ノー・リバー・ワイド・イナフ~
~エイント・ノー・リバー・ワイド・イナフ~
「・・・本当はは旧暦の七夕のほうが天の川は見やすいらしいけど・・・晴れてよかったわね。」
「日ごろの行いのおかげかな。
流石にそんなところまで上条さんの不幸も対応してないようで。よかったよかった」
「またそんなこといってると、会場でなにがあるか分からないわよ?」
「うっ・・・痛いところを・・・」
とある公園のベンチに腰掛けて、二人は星を見ている。
他愛無い会話や、星座にまつわる話をしながら、ゆっくりと二人きりの時間を堪能していた。
「・・・で、あれが、琴座のベガ。織姫ね。」
「すると、あっちのが彦星の・・・えっと、鷲座のアルタイルか。」
「あら、アンタにしては冴えてるわね。
で、その二つに白鳥座のデネブを足して、それぞれを結んでできる三角形が・・・」
で、その二つに白鳥座のデネブを足して、それぞれを結んでできる三角形が・・・」
「夏の大三角だな。流石に上条さんもそのくらいは分かりますよ。」
ベンチに座って寄り添い夜空を見上げ、星々をつなぐように指でなぞる。
「・・・なぁ御坂。あれはなんか星座なのか?」
「え?どれどれ?」
「あの真上のやつ。あそこがあーなってさ」
空の頂点を指差して、くるくると指を回す。
「ああ、あれ?あれはね・・・・」
美琴が答えようと首を上げた、そのとき。
ゴキッ
「痛ッ!?」
「御坂!?どうした?」
「・・・首、痛めちゃったみたい。」
長時間見上げたままの姿勢で急に動けば、無理もない。
なみだ目になりながらうつむき、首の後ろあたりをさする。
「・・・・しょうがないな。」
「え?」
肩をつかまれ、ぐいっと引き倒される。
次の瞬間には、美琴は上条の膝を枕にして横になっていた。
「ちょ・・・!いきなりなにすんのよ!」
「いいからじっとしてろよ。いつかのお返しってことでさ。」
真っ赤になって抗議するが膝の上に寝たままの美琴を、上条は優しく撫でる。
星の輝きと一緒に、愛しい彼の優しい眼差しが美琴の目を射抜く。
その視線だけで、美琴のきもちはふわりと綻んでしまう。
「あ、ありがと。」
星の光を映してきらめく美琴の瞳が、上条を見上げる。
それだけで、顔が熱くなる。
目の前の少女が、たまらなくいとおしい。
「・・・どういたしまして。」
照れ隠しのそっけないやり取り。お互いの心のうちは手に取るように分かるのに。
「ふふ・・・」
「ははっ・・・」
それがおかしくて、笑ってしまう。
学園都市は、夜になってしまえば外を出歩く人間はほとんどいない。
学園都市は、夜になってしまえば外を出歩く人間はほとんどいない。
二人に聞こえるのはお互いの声と息遣いと、茂みで鳴く虫の声だけ。
「・・・T~♪ n~♪ m~♪ h~♪ e~♪・・・」
ふと、美琴が歌いだす。
「A~♪ n~♪ l~♪」
「A~♪ n~♪ w~♪」
「T~♪ f~♪ g~♪」
二人の世界に、歌が響く。
「・・・・なんて言ったんだ?」
「秘密よ。知りたかったら補習常習犯から抜け出すことね。」
「・・・・それっ」
「きゃっ!」
急に手で目隠しをされ、あたりが見えなくなる。次の瞬間、額に熱いものを感じた。
目隠しが外されると、さきほどより近い位置に、上条の顔があった。
「・・・・・素直じゃないですな美琴たんは。」
「な、何の話よ!っていうか、い、いきなり何を―」
いいかけて、手で口を塞がれる。
「英語は分からないけど、御坂の考えてることは分かるぞ。」
「――俺だって、同じだよ。」
「天の川に阻まれるようなことがあっても、美琴を離さない。」
「ずっと、一緒にいたいって思ってる。」
上条はそう言って、もう一度美琴の額にキスをする。
美琴はうっすらと涙を浮かべながら優しく微笑み、上条の頬にキスを返す。
そして、腕を首の後ろへ回した。
「―――――いいのね?本当に離さないわよ?」
「今更何言ってんだよ。というか、こっちがはなしてやるもんか。」
「天の川にのまれちゃったらどうするのよ」
「泳ぎきってみせるさ。」
牽牛と織女は本分をわすれ恋におぼれた為に、天帝に天の川の対岸へと引き離されたという。
たとえば天帝が二人を見たとして、同じようにするだろうか?
きっと、しないだろう。
現実を知っているがために、恋におぼれきることが出来ない二人なのだから。
年に一度の逢瀬を許す慈悲が天帝にはあるのだから。
それにこの二人の前では天の川など、些細な障害に過ぎないはずだから。
「・・・・そろそろ行くか?」
「わかってるくせに。・・・もうすこし、このままでいさせて?」
「・・・ああ。」
川は、多くの場合障害として見られてきた。
しかし見方を変えるならば、水路、つまり道として見ることもできる。
この場にいる不幸な牽牛と、素直になれない織女ならば、そう見るだろう。
月夜になるたび、天の川に三日月の船を浮かべて、夜毎の逢瀬を重ねるだろう
年に一度なんてけち臭い話より、こちらのほうがよっぽどロマンチックだ。そうは思わないだろうか。
毎夜、星々の川の上を月の船で滑り、愛を育む。そんな欲張りな幻想があってもいいはずだ。
今は幻想でも、いつか現実に。
牽牛と織女に、そう祈ってもバチはあたらないはずだ。
今日は七月七日。人々が、星に願いをかける夜。
―とある少年の猛烈恋慕その4―
~エイント・ノー・リバー・ワイド・イナフ~ おわり。
~エイント・ノー・リバー・ワイド・イナフ~ おわり。