(無題)
19-693 | の尋問編です。 |
「ところで、御坂さん――この間の『デート』の話なんですけど」
佐天がそう話を切り出した瞬間に、美琴は飲みかけのジュースを詰まらせたかのように目を見開いた。
「けほっ……佐天さん、こ、この間のって――」
美琴とて『クリスマスイブ・デート』を目撃されてしまった以上、こうして今日呼び出された目的は理解しているつもりだった。
恐らく佐天、初春の両名は御坂美琴を尋問するつもりなのだ。
『クリスマスイブ・デート』に至った経緯から、道中、そして結果までを。
『クリスマスイブ・デート』という単語を頭に浮かべるだけで、心臓の鼓動が速くなるのを美琴は感じていた。
「またまたぁ、御坂さんってば……"上条"さんとの"クリスマスイブ・デート"の事ですよ」
一ワード、一ワードが美琴の心に刺さるようで、思わず美琴は佐天から目を逸らす。
その仕草が余程面白いのか――佐天は口の端を吊りあげながら、更なる追撃と言わんばかりに身を乗り出した。
「クリスマスイブに、年上の彼氏とデートなんて――御坂さん、一体どうやって上条さんを捕まえたんですか?!」
「捕まえた訳じゃ――って、ちがっ……アイツとはまだ別にそんな関係じゃ……!」
美琴が反射的に口を返すものの、佐天はしてやったり、といった顔を崩さない。
「なるほどなるほど、御坂さんは『まだ』上条さんと付き合ってる訳じゃないんですね」
うっ、と出掛かった反論を呑み込む美琴。
これで『美琴が上条との関係を進める為にデートに誘った』という新たな事実のベールが剥がされてしまう。
こんな子供じみた手に引っかかるなんて――美琴は自らの狼狽ぶりを隠そうともせずに、手元のジュースを一気に喉へと流し込む。
「でも……ちょっと意外でした。御坂さんの彼氏さんって言う位だからどんな人かなって思ったんですけど……」
初春の言葉に、美琴は『だから別にかっ、彼氏って訳じゃ……』と真っ赤な反論を試みている。
その様子に佐天がニヤついた表情を崩さないまま、初春へと視線を向けた。
「んー、確かに。ちょっと話しただけだけど、意外に普通の人、というか」
佐天の見立てでは、美琴は『自分を一人の女の子として見てくれる人』に弱い。
この基準で考えるならば、特段、相手が特別な相手である必要は無いのだが……何分名門常盤台中学に通う超能力者、御坂美琴が惚れこむ相手である。
パッとしない、普通の高校生――これが佐天や初春が上条に抱いた素直な第一印象であった。
「確かにアイツは一見パッとしないっていうか、覇気が無いっていうか……あの日も結局遅れて来たし」
やや不機嫌そうな口調で上条を評する美琴。
「ええっ、上条さん、折角のクリスマスイブ・デートに遅れて来たんですか?!」
信じられない――と言わんばかりにオーバーなリアクションを取る佐天。
佐天や初春からすれば上条が遅れて来たのは既知の事実なのではあるが、あの日、偶然ファンシーショップに入る美琴を見たという設定上、このリアクションは避けられない。
「でもまぁ、それには『迷子の子を助けてた』っていうちゃんとした理由があったから、別にいいのよ。
ただアイツは何時も何時も、トラブルと見れば誰かれ構わず首を突っ込まずには居られないっていうか……」
ヤキモチを妬いた子供のような表情で、美琴は飲み干したグラスの淵を指でなぞりはじめる。
「上条さんって、優しい方なんですね……」
感心したような口調で初春が微かに微笑む。
だが佐天は何かを考えたように、手を顎へと沿わせながら唸り声をあげていた。
「うーん、確かに優しいですけど……御坂さんとしては、その優しさをもう少し自分に向けて欲しいと」
「へっ、いやそのっ?!」
心を読まれたのかと思うほど的確な分析に、美琴が思わず素っ頓狂な声を上げる。
『まぁそれは置いておいて……』と、逸れかけた話題を元に戻そうと、佐天が間髪入れずに話を続けた。
「それでファンシーショップから出た後は、どうしたんですか?」
「あう……」
佐天や初春が店から出た後、一部始終を見ていたレジの店員さんに散々茶化された記憶が蘇って――美琴は思わず頭を振った。
この追求から逃れるためにも、なるべく淡々と事実を述べよう――と、美琴は知らず腹へと力を入れた。
「ファンシーショップを出た後は……普通に、その辺りでお茶して……」
とはいうものの、やはり何処か言い逃れるような口調に成ってしまう美琴を、佐天は相変わらず楽しそうな表情で眺めている。
初春はやや呆れたような顔のまま、注文済みのパフェを一口手元へと運ぶ。
「なるほどなるほど、あの噂のカップル飲みを見せつけるようにじっくりと――」
「違うわよ! 普通、普通にちょっと休憩して、それからイルミネーションを見に行っただけよ!」
ワザとらしく煽りに入る佐天に対し、良いように口を割らされている美琴。
佐天の話術が凄いのか、それとも美琴が単に煽りに任せて喋っているだけなのか――初春には判断が付かないまま、パフェを口元へと運んでいく。
「手を繋いで?」
「手はっ……その、はぐれるからって……アイツが勝手に」
美琴の顔が既に傍目から見ても分かるほどに真っ赤に染まっているのに対し、佐天は頬を軽く染めたまま、楽しそうな表情を浮かべている。
無能力者が超能力者を追い詰めている、という稀有な光景。
『いいなあ、いいなあ』と笑みを崩さない佐天と、反論とも取れる唸り声をあげる美琴。
成るほどどうして、佐天から見ても上条と美琴の関係はそれなりに前に進んでいるようだ。
「手を繋いでイルミネーションを見ながら、二人だけの時間を過ごした――うーん、御坂さん、かなーり羨ましいです」
「うう……」
佐天が真顔で率直過ぎる感想をぶつけると、美琴はそれだけで更に顔を赤らめていく。
口に出して言われた事で余計に意識してしまったのだろう、既に耳の先まで色が変わっている。
「それで、たっぷり二人の時間を過ごした後は――まさか、あの公園で……」
あの公園、という引っかかる物言いに、顔を赤く染めた美琴が慌てたように口を開こうとする。
だがその反応が既に『その公園に行った』という事実を明確に示していていて。
「ほ、ホントに行ったんですか……『カップル御用達』という噂の……」
流石の佐天も頬を赤くし、照れたように頬を掻く。
学園都市でも有名なカップル御用達の公園――ベンチに座る大勢のカップルがその雰囲気の中で口づけや、更なるその先へ踏み込むと言われるいわく付きの場所だ。
「みっ、御坂さん?!」
これまで口を挟まなかった初春も、これには思わず声を上げてしまう。
「ちがっ、違うわよ!確かに公園には行ったけど、そんな、そんな場所だとは知らなくって……!
凄い変な雰囲気に成っちゃって、大変だったんだから!」
だが、そんな美琴の反論は、佐天と初春にとっては単なる燃料に過ぎなかった。
佐天は『変な雰囲気って……御坂さん、大人の階段を上って……』などと照れたように頬を赤らめているし、初春に至っては『きっ、キス以上の……アレとかコレとか……』などと暴走気味である。
「……所で、お姉様までご一緒になって、一体何をそんなに御騒ぎになっていらっしゃるんですの?」
そんな収拾のつかない事態を収めたのは、呆れたような表情を浮かべた一人の少女だった。
「げっ、白井さん!」
佐天の物言いに、白井の頬が引き攣る。
だがどうやら美琴を追求していたことに関しては、白井の耳に届いては居ないようだと、内心で佐天は安堵する。
横の初春も同様なようで『はぁ』と小さな溜息を吐いている。
「佐天さん、また随分な言い草ですこと……。
全くもう、初春もお姉様も電話にも出ませんし……何かあったのかと慌てて来てみれば……」
「うう……黒子ぉ……」
顔を赤くして涙目の美琴が、傍らに腰掛けた白井へと向き直る。
何時もと異なる様子の美琴に、白井も『お、お姉様?!』と混乱を隠せない。
「お姉様! 黒子はここに居りましてよ……!
ちょっと初春、一体お姉様に何が?!」
今しがたファミレスへと足を踏み入れた白井には、先程まで、美琴が佐天にやりこめられていた事など分かりはしない。
ましてや白井に対して『御坂美琴がクリスマスイブにデート』をしていた事は、恐らく、美琴ですら秘密にしている事だろう。
困ったような笑みを浮かべる初春の目線の先にあるのは、残念そうな顔でグラスを傾ける佐天の姿。
「……佐天さん、お姉様に一体何を?」
流石風紀委員でコンビを組んでいるだけの事はあるのか、初春の視線の意図に気付いた白井が追求を飛ばしてくる。
だが佐天は何食わぬ顔で『ちょっと御坂さんのクリスマスイブについて……』と、さりげない爆弾を落としていった。
「……お姉様?」
三者が押し黙る中、美琴だけが慌てたように『ちがっ、違うのよ黒子、これは……』と、浮気相手への弁解のように捲し立てる。
「ふふふ……そうですか、やっと合点が行きましたわ。
あんの腐れ類人猿めぇっ……わたくしのお姉様によくも、よくもっ………!」
ああ、これは宥めるのに時間がかかるなぁ――と、初春が席を立ち上がり、白井を抑えに入る。
「……余りに御坂さんが羨ましかったから、つい」
そんな初春の気持ちを知ってか知らずか、佐天は再度グラスを傾けながら、小さな声でそう呟いた。