2つの糸―After story―
2つの糸 | の続編です。 |
7月17日 AM 03:11
素肌を合わせるのがこんなに温いと思ったのは初めてだった。
腕にしっかりと抱いた彼女から伝わる体温。温かくて、心地よい空間。
薄暗い部屋で、彼女の寝息が聞こえる中で、彼は。
「(強引すぎた、か――……)」
見向きもせずに罵倒する彼女に少し腹が立った。
今日は着ていた服にも原因があったが、襲いたいという気持ちが先に出すぎてしまった。
「悪かった」「ごめん」では済まないのは当然だと思った。
終わってしまったなら仕方ないが、彼女が起きたら気が済むまで謝ろう。
「ふぁー…」
不意にあくびが出た。もうひと眠りしようとしたが、喉が渇いていることに気付いた。
「(何か飲みにいくか)」
上条は起こさぬようにそっと腕を解き、落ちていたトランクスを穿いてシャツを羽織った。
7月17日 AM 03:13
静まり返った深夜の台所は、音もなく電気を点けないとほとんど見えない状態だった。
手探りでスイッチを押すと、いきなり視界が明るくなり目が霞んだ。
冷蔵庫から買い置きしてあるお茶のペットボトルを取り出し、そのままぐいっと飲む。
渇いていた喉が潤うと、キャップを閉めて戻す―――と、
「ん?」
戻そうとして冷蔵庫の中を見ると、見慣れない透明のタッパがあった。
何だこれはと思い取りだしてふたを開けると、美味しそうなきゅうりの漬物がこんもりと入っていた。
当然、作ったのは上条ではない。
だとすると考えられるのは―――
「美琴…?」
この部屋に出入りするのはインデックスか美琴しかいない。
インデックスがこっそり届けにきた、という考えもあるが彼女に料理スキルというものはない。
明日美琴に聞いてみようと思い、ふたを閉めて冷蔵庫へ戻した。
その時、閉めた扉とは反対の扉に、小さなメモが張ってあることに気が付いた。
それは見慣れた字で、こう書かれていた。
「お弁当は作るけど、一応漬物だけ作っておいたから。
それ食べて頭の中活性化させなさいよね。
補習、頑張って」
何が「冷たい」だ。
「ぴりぴりしてる」、「罵倒してくる」。
腹が立ったのは自己中心的だったからじゃないのか。
十分優しい彼女がたまたま照れていただけなのではないか。
そう考えると、会う顔がない…
後悔で何も考えられなくなった上条は、しばらくそこから動けなかった。
同日 AM 03:29
2階へ戻ると、部屋の電気が点いていた。美琴が起きてしまったのだろう。
「…と、当麻?」
「あぁ。入っていいか?」
「ダメ!ちょっと待って!」
服を着ているのだろうか。布の擦れる音がドアの奥から聞こえる。
少し経つと、「いいよ」と返事がした。ドアを開けると、服の上から更にタオルを羽織った美琴がベッドに座っていた。
「あ、あのさ…何ていうか、さっきは…すまなかった」
「謝ってももう取り返しつかないんだから、責任とってよね」
「分かった。俺が全部悪いってことにするから」
「…全部、じゃないけどね」
「え?」
「私も暑いからってこんな服着てたのが悪かったんだし…それに、いろいろ悪いこと…言ったし」
「そんな風にさせたのは俺だから」
「じゃあお互い様ってことで、今回は…ね?」
微笑む彼女が愛しい。上条は側に寄り、包むように抱きしめた。
「いきなりどうしたの?」
「漬物、ありがとな」
「どういたしまして。美味しくなかったら言ってね、作り直すから」
「言うわけねぇだろ」
喧嘩して、何度も解けそうになった2つの糸。
でも、千切れたわけじゃない。時が経てば必ず結ばれる。
だから―――
明日から未来へと続く日々を、これからも一緒に歩いていける。
Fin.