とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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(無題) 1




ああ、この空虚よ!ここに、わが胸の底に、感ずるおそろしい空虚よ!――幾度となく思わずにはいられぬ、ただ一度、せめてただの一度なりとも、この胸にあのひとを抱きしめることができたら、この空虚はあますことなく充たされるものを。

―ゲーテ著 竹山道雄訳『若きウェルテルの悩み』岩波書店(1951)p.118より引用





高校1年時の俺は、間違いなく『世界一多忙な高校生』だったと思う。

自惚れでは無いが、俺は世界の中心にいた、いや、俺を中心にして世界が回っていた、と言っても過言ではない。
国家、宗教、科学、魔術、思想、出自、背景、理念、所属、全ての垣根を超えて、ありとあらゆる敵と戦った。
経歴だけ見れば、やり手の傭兵部隊、若しくは、単身敵地に乗り込むエージェントか何かと勘違いされかねない程に。

まともな学生生活を送ることが出来るようになったのは、高校2年生になってからだった。
俺の日常は平穏を取り戻し、国家的陰謀や世界大戦とは無縁の、極々普通の高校生としての人生が始まった。

極々普通の高校生活は、まるで凪に立ったかのような静寂さだった。
それまでの動乱がまるで幻想を見ていたかのように思えた。

しかし、平穏で静謐なはずの学生生活は、俺にとっては華々しく、刺激的なものとなった。
過去の記憶の大部分を失い、また、1年間殆ど学校に通っていなかった俺にとって、学生生活の全てが新鮮に見えるのだ。
つまらない授業も、友達との何気ない会話も、面倒くさい掃除も、特に必要性を感じない避難訓練も。
全てが新鮮で、全てが愉快で、全てが光り輝いているように見えた。

そうこうしている内に、あっと言う間に季節は巡った。

春を過ぎ、夏を過ぎ、秋になった。

そして、高校2年の秋は生涯忘れ得ぬものとなった。



@@

10月初め、金曜日、4時間目。

いよいよ始まろうとする一端覧祭の準備に向けて、教室では特別ホームルームが開かれていた。
俺のクラスでは、例によって例の如く、演劇をすることになった。
一応、多数決という名目によって決定したが、その実、他にアイデアが無かったのである。

肝心の話の内容を、オリジナル脚本か原作有りにするかで迷っていたところ、突如として青髪が
『ボクに任しときぃ!全米の涙がちょちょ切れるような脚本書いてきたるわ!」
と意気込み始め、強引に脚本の座を奪い取ってしまった。
というわけで、配役の決定は、青髪の脚本の完成を見てからということになった。

胡散臭いオーラマックスの青髪に全てを一任するのは一抹の不安があったが、
クラスの皆は面倒を回避すべく、だんまりを決め込んでいた。

問題はこれからである。

黒板には、
『余は如何にして総監督となりし乎』
という、仰々しい謳い文句が掲げられていた。
全ての責任を受け持つ『総監督』の座の決定を決める多数決が行われようとしているのである。

無記名の投票が行われ、吹寄が回収、集計する。
そして、物々しい表情で教壇に立ち、大きく咳払いをしてから『それでは~」と告げる。
俺は、両手をガッチリと握り、頭を机に擦り付けて懇願する。
(お願いします!どうかご勘弁を!)
しかし、凛と澄んだ声は、澱みなく判決を告げた。

「……投票の結果、上条当麻を総監督とします」
「ふ、不幸だああああああああああああああああああああああ!」

俺の懇願が徒労に終わった瞬間だった。
同時に、『演劇総監督・上条当麻』爆誕の瞬間でもあった。




@@@

俺は今、超オシャレなカフェ『アレイ☆バックス』の窓際の席に座り、コーヒーを飲みながら、A4の書類に対峙している。
いや、オシャレでイケてる俺は、コーヒーなどというジジ臭い呼び方はしないのだ。
俺が飲んでいるのは『ダークモカチップフラ○チーノ ベンティ』である。

この状況を一歩引いたところから見ると、所謂、
『ドヤッ!アレバで勉強する俺、カッコイイだろ~?』
というヤツである。

……何だその目は。

俺は決して、
『カッコ付けてオシャレなカフェに来たものの、メニューの見方がさっぱり分からず、適当に目についたものを来日4ヶ月目のネパール人が話すカタコトの日本語のような辿々しい口調で注文し、ようやく注文出来たことに安堵しつつ(スコーンって何だ?バーベキュー味か?チーズ味か?)とショーケースの中を訝しげに眺めていたら、店員から「サイズはいかがなさいますか?」と突然呼びかけられたことに吃驚し、咄嗟に「Mで!」と大声で回答したところ、「サイズはこちらからお選びください」とにべもなくあしらわれ、店員が指し示すサイズ表を見てみると「Short Tall Grande Venti」というアッカド式楔形文字並みに訳の分からない文字が羅列されており、サイズと言えば『S』もしくは『M』もしくは『L』という三文字しかインプットされていなかった俺の脳みそは忽ち混乱の坩堝と化し、錯乱した脳内の『樹形図の設計者』はWin○ows98ですら起動出来ないレベルの情報処理能力へと低下し、小学4年生が理科の実験で使う豆電球キット並みに短絡的な思考回路がもたらした『大は小を兼ねる』というあまりにも杜撰過ぎる回答を何の疑いもなく愚直に信じ込み、「い、い一番大きいので!」と半ば半狂乱になりながら伝えたところ、店員が手渡してきたのはジャイ○ント馬場のブーツの如き巨大カップで、「店員さーん、これ、ケン○ッキーのパーティーバーレルですよー!お店間違えてますよー!」という愚にもつかない突っ込みをぐっと堪えながらなけなしの570円を支払い、いざ飲み始めたものの、周囲から「うわ~すご~い!」という半分驚愕半分嘲りの感嘆を一身に浴びせかけられ、羞恥と屈辱と悔恨の念に駆られながら泣く泣くストローをチューチューするも、半分にも辿り着かない辺りで突如としてお腹が痛くなりはじめ、肛門括約筋を馬車馬のようにフル稼働させながら猛然とトイレに駆け込み、トイレットペーパーを握りしめながら「もう二度とこんな店来るか!」と心の中で誓う』
ようなタイプ人間ではない。

決して違う。
断じて違う。
断固として否定する。

……否定は出来ぬ。



閑話休題。

オシャレなカフェでオシャレに佇み、オシャレなダークモカチップむにゃむにゃを飲みながら、オシャレに書類を読む。
どうして俺がこんな場違い甚だしい行動をしているかというと、単純に言ってしまえば気分転換。
そして、
(オシャレなところでオシャレに振る舞ったら、オシャレな作品になるんじゃね?)
という、安直な発想によるものだった。

俺は、青髪が用意した脚本のプロットを読みながら、存外に感嘆していた。
プロットは、いかにも青髪が作ったらしい、お下劣なもの……
ではなく、まともで、真面目で、フツーな内容だった。

青髪作の脚本の内容をかいつまんで説明すると、

『お嬢様と平凡な男のカップルが、強大な力によって無理矢理引き裂かれるも、なんだかんだで再びくっつく』

という、シェイクスピアのとある名作を現代版にリメイクし、ハッピーエンドに変更したものだった。
手垢に塗れたありきたりなお話だが、ありきたりな分、万人受けするだろうというのが俺の予想だった。

しかし、それではダメだ。
『万人受けする作品』ではダメなのである。
『誰しもが見に来たいと思う作品』でなければならない。

俺は、とてつもない難問に直面していた。
それは、演劇の総監督就任に際して吹寄大先生より託かった一言、

『なんとしても、いかなる手段を用いても、集客出来るような演劇にしろ』

というブニャコフスキー予想を遥かに上回る難問であった。

俺は、
『いかにして知名度も学力も有名人も能力レベルも華も特徴もアピールポイントもクソもへったくれも何も無い我が校に人を集めるか』
という命題について、ガスガスに乾燥した高野豆腐のような脳みそを、フル稼働させて考えていた。

(ド派手な能力でババーンとやっちゃう……うちにはババーンと出来ちゃう能力者はいねえ……)
(全米が感涙に咽ぶような名作を作る……うちにはそんな生粋のエンターテイナーはいねえ……)
(女子を使ってお色気大作戦……そんなもん学園都市、いや、吹寄大先生が許すワケがねえ……)

色々考えた。
考え過ぎて脳みそが圧縮されてしまうのではないか、と思う程考えた。
「圧縮圧縮!脳みそ圧縮!圧縮?はン、そうか。イイぜェ、愉快なこと思い……」
つく事は無かった。

外部の学校の(俺には経験がないけど)文化祭なら、身内で盛り上がればそれで良いだろう。
しかし、学園都市の文化祭・一端覧祭は、
『来年の入学志願者の増減=学校への予算配分の参考』
に直結するという、重大な使命を帯びているのである。

『冷やかしでもいい、嫌々来ただけでもいい。何の取り柄も魅力もないけど、一人でも多くの人にうちの学校を見て欲しい、関心を持って欲しい』

それが、俺の心からの願いだった。
俺が演劇の総監督になったのは嫌々だったけど、それでも一端覧祭を成功させたいという願いには、一点の曇りも嘘も偽りも無かった。

それでも現実は厳しい。
我が校は、あまりにも凡庸で没個性的で地味でマイナーで華が無さすぎたのだ。
なにを、だれが、どこで、どれくらい、どのように、どうしたとしても、うちの高校では集客出来る気がしなかった。



たとえ、どんな名作を作ろうとも、どんな熱演をしようとも、多くの人に見られなければ意味が無い。
そして、多くの人に見られる為には、知名度が必要になる。

月9のドラマに有名な俳優や女優を配するのも、
『○○が出るらしいよ』
という風に、まず人々の関心を集めるのが目的だ。
話の内容や、演技の善し悪しは二の次なのである。

しかし、我が校には、名前だけで人を呼べるようなヤツはいなかった。
(一部に熱狂的支持層と狂信的アンチがいる俺は除く)

このままでは、
『あそこの学校の演劇、よかったらしいよー』
『へー、そうなんだー』
で、済まされるのがオチだ。

そもそも、
『原作22巻+7巻+短編2巻+漫画11巻+外伝漫画8巻+アニメ2期+外伝アニメ2期+劇場版+ゲームetc』
が公開されてるのに、未だに校名が分からないという状況で、一体どうやって集客しろというのだ?

「あーもう、どうすりゃいいんだよ……何かヒントねえか……?」

頭をガシガシと掻きむしり、ため息をつきながら、ガラス越しに街路を見る。
俺は藁をも掴む思いで街行く人々を観察し、手がかりとなるものを懸命に探した。
一端覧祭の準備期間が始まったからであろうか。
大勢の人が往来しており、気運の高まりに呼応するように、街路は俄に活気づいていた。

その中から俺は見つけてしまった。
左の方から見慣れた1人の少女がやって来ていることに。

さっぱりと短く切りそろえられた茶髪、緑のカエルのストラップがアクセントになっている制鞄、そして、常盤台中学の制服。
そして、雑踏の中にあっても決して埋もれることのない、オーラ、気高さ、美しさ。

その姿を見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
『女神』が俺の眼前に舞い降りたのか、とさえ錯覚した。
そして、一も二も恥も外聞もなく店を飛び出し、少女へ向かって駆け出していた。

「御坂、確保ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
「きゃ、きゃあああああああああああああああああ!!!!!」

絹を裂くような悲鳴と、地を割くような雷鳴が、辺り一面に轟いた。








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