(無題) 2
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読者諸賢、非常に有益なことをご教示しよう。
『床が、冷たい』
ついに頭がおかしくなったのか、
お前はステ○ルさんじゅうよんさいか、
だからどうした……
などの突っ込みが殺到していることだろう。
しかし、これは歴然とした事実なのだ。
『床が、冷たい』
どうしてこの事実に気付いたのかというと、それは俺が土下座をしているからである。
『オシャレなカフェの店内で土下座する男の前に、憤然と仁王立ちする女』
それが今、俺が置かれている状況である。
オシャレなカフェで繰り広げられる昼ドラ的展開に、周囲の人々は完全にどん引きしていた。
本来なら退店を言い渡すべき店員ですら、かける言葉を失ってしまう程に。
では、どうして『オシャレなカフェで土下座』という辛酸極まる有様になってしまったのか?
そこにはよんどころない事情があった。
「で、いきなり人に飛びかかるとか何?アンタは警備員のお世話になりたいの?それとも、今、この場で、消し炭になりたいの?」
「めめめめ滅相もございません!私、上条当麻は塀の中の世界には興味ありませんし、もちろん消し炭になどなりたくありません!」
「じゃあ性犯罪者君はどうしてこんなことしたの?お姉さんでも分かるように教えてくれるかなー?」
「ちょっと待て!その呼び方は聞き捨てならねえ!いくら何でもごごご御免なさい!店内での超電磁砲はご遠慮下さい!」
「情状酌量の余地無しね」
「違うんです!これにはのっぴきならない事情があるんです!」
完全無欠の土下座を決め込む俺に対し、御坂は睥睨しながら、ビリビリと威嚇的に電撃を打ち鳴らす。
俺は牛海綿状脳症を罹患したホルスタインのようにぷるぷると震えながら、何とか許しを請う。
メラミンの床材との摩擦熱で発火するのではないか、と言わんばかりに額を床に擦り付けた。
衝撃でコルコバードのキリスト像が崩壊するのではないか、と言わんばかりに額を床に叩き付けた。
俺の渾身の懇願が通じたのか、御坂は仏頂面のまま『ふん』と鼻を鳴らし、明後日の方を向きながら答えた。
「……ったく。で、何よ?」
「へ?」
「だ・か・ら!私に何か用があるんでしょ!?」
「御坂は……御坂さんは、この私めをお許しになられると仰るのですか……?」
「許すも何も、別に私はそんなに怒ってないしむしろ嬉しかったというかもっと続けて欲しかったというかむにゃむにゃ……」
「もしもーし、御坂さーん?」
「な、何でもないわよ!とにかく、この美琴様が話を聞いてやるってんだから、さっさと用件を言いなさいよ!」
御坂は少し顔を赤らめ、明々後日の方を向きながら、素っ気ない態度で言った。
俺は、御坂が意外にも怒っていないことに気を良くし、一端覧祭集客の為の作戦を滔々と語り始めた。
「実は……」
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「なるほど。私がアンタの高校の演劇に出て、客を集めようって算段ね……」
「……どうでせうか知らん?」
「つまり、私を客寄せパンダに使おうってワケね」
「い、いや……そんな風には……」
「でも、話を要約するとそうでしょ?」
「まあ……、そういうことになるな……」
御坂は無表情のまま腕を組み、じっと沈思に耽っている。
ひとり押し黙る姿は、まるで大理石の彫刻の様に冷ややかで、無機質だった。
どうやら、俺は御坂の気分を害してしまったようだ。
やはり、俺の考えは浅はかで、虫が良すぎたのだ。
御坂が憤るのも無理からぬ話である。
もし、俺にも『遡行の儀式』が使えるのなら、5分前の俺を扼殺してやりたかった。
「……すまん」
周囲には重苦しい沈黙と、気まずい空気が漂っていた。
先程の土下座の時とは毛色の違う、まとわりつくような、厭らしい空気。
じっとりと、それでいてぴりぴりとした、緊張感のある空気。
俺は今直ぐこの場から逃げ出したかった。
しかし、それよりもまず、御坂に謝りたかった。
バカな俺の考えのせいで失ってしまった信頼を、どうにかして取り戻したかった。
「条件があるわ」
永遠に続きそうな気まずい沈黙を打ち破ったのは、御坂の一言だった。
御坂は、毅然とした目つきでこちらを睨みながら、穿つ様な鋭い声を発した。
そして、先程とは比較にならないくらいに顔を真っ赤に染め上げ、大きな瞳を豁然と見開いて言った。
「アンタが主演男優で私は主演女優ね!じゃなきゃヤダ!」
場に新たな静寂が訪れた。
先程までとは違う意味で。
俺は、鼻の下に出来た煩わしいデキモノに触るように、恐る恐る尋ねた。
「あ、あの~みみみみみ御坂さん?一体全体どのようなご事情がおありになられたのでせうか?」
「ううううるさいわね~!この御坂美琴様が出演してやるって言ってんでしょ!?何か文句あるの!?」
「い、いや……文句はねえけど……」
「だったら黙って言うこと聞きなさいよ!」
御坂はぷりぷりと暴言を浴びせかけながら、ビリビリと電撃を浴びせかけて来る。
怒ったと思ったら、そうでもなくて、照れていると思ったら、そうでもなくて。
再び怒ったと思ったら、やっぱりそうでもなくて、再び照れていると思ったら、突然電撃と暴言が飛んで来る。
『まっこと、御坂とは、そして女性とは不思議なものよのう』
と、感嘆に耽っているその時だった。
「よォよォお二人さン、こンなところでナニ盛っちゃってンですかァ?」
「お姉様もお兄さんも喧嘩はダメだよ!ってミサカはミサカは柄にもなく仲裁してみる!」
背後の席から、聞くだけで戦慄が走るような邪悪な声と、邪悪さなど微塵も感じさせない純粋無垢な少女の声が轟いた。
一方通行、打ち止め夫妻のお出ましだった。
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「あ、あああああ、アンタ達、居たの?ってか、今のどどどっ、ど、°こっ、℃、度っこ、ど、ドコから聞いてたの!?」
「ドコドコうるせェ。テメェはメタルバンドのバスドラですかァ?つか、目障りなンでさっさと消えて欲しいンでjfはzfぇw@!?」
「お行儀の悪い子はお口チャックです、ってミサカはミサカは事後報告してみたり」
「ん。rqpgら@、fくぁwせdrftgyふじこlp;@っggrks♨fhぺいおrg?」
言語能力を打ち切られた一方通行は、さながらネズミ花火のようにもんどりうっていた。
そして、鬼気迫る表情を浮かべながら、言葉にならない抗議の声、或いは嘆願の声をあげている。
曲がりなりにも『学園都市最高の能力者』だと言うのに、
見た目も頭脳も10歳前後の女児に蹂躙されるという『顔厚にして忸怩たる有り』である。
干涸びかけたグッピーのように、冷たい床の上でのたうち回る一方通行の姿からは、
プライドや威厳といった類いのオーラを微塵も感じ取ることが出来なかった。
果たして『コレ』でいいのか、学園都市よ。
いよいよ正視するに堪えなくなった俺は、
「な、なあ……そろそろ許してやっても……」
とおずおず申告するが、御坂姉妹は完全にシカトをぶちかまして姉妹談義に耽っている。
「お姉様達は一体全体何をしてるの?ってミサカはミサカは無邪気に尋ねてみたり」
「私はたまたま通りかかっただけなんだけど、このド変態がいきなり飛びついてきてね……」
「gれあみgぽkv、‰おlい@―^4⏎2vs」
「あの、一方通行が……」
「まあ!やっぱりお姉様とお兄さんは出来てたのね!ってミサカはミサカはふたりの関係を出歯亀してみたり」
「ちがうっつーの!まあそう思ってくれても私は構わないというか、むしろ大歓迎というかむにゃむにゃ……」
「いtrvsfsr、あgr§gq5gbgw」
「すいませーん。俺と一方通行の話を聞いてあげてくださーい」
「で、お姉様は何飲んでるの?ってミサカはミサカは興味津々に尋ねてみたり」
「これ?キャラメル○ラペチーノのソイミルク。あっさりしてて美味しいわよ」
「kごkgbっswrtg♨!!!@gwtv?」
「へえ~今度試してみよう!ってミサカはミサカはワクワクしながら宣言してみる」
「もしもーし!聞こえてますかー?」
上記のように、まるで俺と一方通行はハナっから存在していないかのような、傍若無人たる振る舞いだった。
男子に発言権はないのか、果たしてこの世に『男女平等』という単語は実在するのか、と疑いたくなる。
日米修好通商条約並みに不平等に満ちあふれているこの現状を、世のフェミニスト達に見せつけてやりたかった。
そして、無様な姿で床に這いつくばっている一方通行を見ていると、何だか可哀想に思えてきた。
普段の一方通行は、煮ても焼いても食えないような、いけ好かない奴であるが、
こうもボロボロに打ちのめされている姿を見ていると、憐憫の情すら湧いて来る。
しかし俺は、そんな可哀想な一方通行の姿を見ていると、突如としてとある奸計を思いついてしまった。
その奸計とは、
『コイツも劇に出ればいいんじゃね?したらもっと人集まるんじゃね?』
というものである。
もっとも、一方通行が演劇などというお子様イベントに参加する筈も無い。
『オィオィオィオィ、頭、イっちゃったンですかァ?』
と、一笑に付されるのがオチだ。
しかし、この弱体化に乗じて、強請もとい交渉をすればどうだろうか。
プライド高い一方通行のことだから、こんな様子を一目にさらされるというのは、耐え難い恥辱であろう。
そこを狙うのだ。
人の弱みに付け込むという、鬼畜の所業と言わざるを得ない悪徳な作戦になってしまうが、
今の俺になりふり構っている余裕はなかった。
俺は、一方通行の傍へしゃがみこみ、こっそりと耳打ちする。
「なあ、この状況を何とかして欲しいか?」
「ぢおf;@jkgらbdgg0あr!(どォでも良いからなンとかしやがれェ!)」
「おやおや~?それが人にものを頼むときの態度なんですか~?」
「f0lぺmゔぁhが∀じゃngriqrねっろt90(ふざけてンじゃねェぞ!あのクソガキごと潰すぞ!)」
杳として屈服する様子を見せない一方通行。
どうやらこんな有様になってしまった今でも、いっちょ前にプライドだけはあるらしい。
『よろしい ならば撮影だ』
俺は、意気揚々とポケットから携帯を取り出し、ムービーモードを起動する。
チャラン、と小気味良い音が鳴り、録画が始まる。
一頻り撮影すると、携帯を一方通行の眼前にちらつかせながら、猫なで声でひっそりと囁く。
「これをニ○ニコ動画にアップしたらどうなるだろうなぁ?お前は有名人らしいからなぁ……もう外を出歩けないかもなあ」
「えts3q。c「_fwg(てめェ……鬼か?)」
「そうだ!打ち止めに頼んでミサカネットワークに流出させるってのも面白そうだな!ああ、妹達の嘲笑が目に浮かぶ……」
「tもふspotgq♂♀rゔぉwt♨rcr‡gt、pfvれ9rg!(やめろォ!それだけはやめてくれェ!)」
折れたな。
そう確信した俺は、悪魔のようにほくそ笑みながら、
「計画通り」
と、某死神ノートに出てくる天才高校生のように呟いた。
そして、見せつけるようにして携帯をぷらぷらと揺らせながら、いかにもあくどい口調で告げる。
「嫌だったら俺の高校の演劇に出てくれねぇか?いや、出るよなぁ?出ざるを得ないよなぁ?」
返答は聞くまでもなかった。
レベル5ふたりの共演が決定した、歴史的瞬間だった。