一面の花畑
咲き誇る花々、それらが色とりどりに見渡す限りの地を覆っていた。
それに加えて柔らかな日差しに大空には絵に描いたような雲が浮かぶ。
どこか幻想的な景色。
「うわぁー」
感嘆の声しか出ない。
「すげーだろ?」
そして隣りに愛する人。
「よくこんな所、知ってたわね?」
「ふふん」
学園都市では見たこと無い景色に感動する美琴、それを自慢する上条。
美琴はこんな場所があることを知らなかった。学園都市と言えば近代的なビルディング群に数え切れない数の風力発電のブロペラ。
花々を植えた公園はそこかしこに有るが、それはやはり人工的なもの。これだけ広々とした空間、地平線の向こうまで花畑が続いている場所など美琴の記憶の中にはなかった。
楽園という言葉が浮かぶ。
「鼻で笑う、な!」
美琴は自慢気な上条が若干ムカついて抗議の声を上げるが
「喜んで貰えたたようで、嬉しいんだよ」
上条は美琴を優しい眼差しで見つめている。
光の反射でキラッと目が輝く。
「うっ」
いつもより5割増、いや200%は上条がイケメンに見える。
「美琴」
「へっ?えっ?あっ?はっははははい?」
つい見惚れていたところへ、滅多に無い、あるとしたら妹達〈シスターズ〉と一緒の時ぐらいにしか呼ばれない名前を上条に呼ばれて慌ててしまった。
「似合ってるぞ」
「へっ?何が?」
何を言われたか解らない。
「その服」
「服ってアンタ」
常盤台の制服姿と自分で思っていたら
「あれ?」
白いワンピース姿だった。それも年齢より幼く見える、大人向けではなく子ども用といった印象がする服だった。
「可愛いな」
「ちょっ、アンタ」
子供っぽくもあり、気恥ずかしく身をよじる。顔が真っ赤になっているのが自分で解ってしまう。
「うーん、ダメだぞ」
「ナニがよ、ナニがダメだっちゅーのよ!」
「アンタじゃないだろアンタじゃ」
「ふえっ?」
「当麻」
「ふえええっ?」
「当麻と呼んでくれないと拗ねちゃうぞ上条さんは」
「だ、誰よアンタ!」
「美琴の彼氏の上条当麻に決まってるじゃないか」
「か、彼氏って?」
「俺から告白してカレカノに」
「ウソッ!、告白!?」
「ありゃ、本気にされてなかったのか……不幸だ」
「ご、ごめん!な、なっ何故だか覚えてないの!」
(あれ?私ここへどうやって来たの?)
「反魂の術?」
上条は縋るような声音で問い返した。
「身体を蘇生させ、そこへ魂を入れ直す魔術なんだよ」
「それができたら御坂は!」
インデックスの説明に勢い込む上条だったが、当のインデックスは首を横に振る。
「ダメだったんだよ、その本人の魂を特定できずに成功した例は皆無なんだよ」
「いや……でも幽体離脱ってお前も言ったよな、なら」
「幽体離脱なら良かったんだよ、例えばクールビューティーに短髪の魂が宿ってるなら特定できるかも…けど、ここに居てここに居ない世界に溶け込んだ意識になってるなら呼び戻すのは……」
「無理だってのか!」
「……とうま?」
声を荒げる上条にインデックスは眼差しを決して問う。
「とうまは短髪にいて欲しいんだよね?」
「そんなの当たり前じゃないか!」
悲しい笑み。
「だったら、とうま」
「なんだよ?」
「短髪ならここにいるよ?ほら4人も」
ビクッと震えるミサカミコト達。
「お、おいインデックス?聞いてなかったのか御坂妹達も元に戻さなきゃって、それにミサカミコトであって御坂とは」
声を荒げる上条を遮り
「とうま、どこが違うのかな?人格も記憶も上書きされてるなら、彼女達は短髪そのものなんだよ?」
インデックスは問う。
「いや、だから御坂はこの中にいる御坂だけなんだ!」
上条は中が見えない培養漕を指差して言う。
だが、
「その中は抜け殻があるだけなんだよ」
「そんな事は……」
インデックスの言葉に上条は助けを求めるようにカエル顔の医者、ミサカミコトである妹達を見る。
カエル顔の医者は真実を暴かれた顔、ため息をこぼす。ミサカミコトである妹達はそれぞれに辛そうな顔をしていた。
「先生、まさか先生まで?」
「生きてるんじゃなく、生かしているだけなんだよね?」
インデックスからカエル顔の医者への問いかけ、その答えはカエル顔の医者の様子から明らかだった。
「彼女達をミサカミコトからクールビューティーに戻すのと短髪を目覚めさせるのは別、ミサカミコトからクールビューティーに戻しても短髪の抜け殻が残るだけなんだよ……短髪が戻って来る可能性は低いんだよ、彼女達を戻せば短髪はこの世に残らないかも」
膝をつく音がする。
「それでいいのかなとうまは?」
膝をつき嘆き悲しむことを自らに許さなかったヒーローの嘆きが聞こえる。
翌日
風紀委員第177支部
「それで初春、犯人の特定は如何ですの?」
「白井さん、発火能力者の数だけでも大変なんですよ?書庫を当たってますけどそう簡単には」
「それは重々承知しておりますの!ですがお姉様をあんな目に合わせた犯人など一刻も早くギッタギタしてやりませんと気が済みませんの!」
「私も気持ちは一緒です!御坂さんの仇は討ちたいですしまた同じ犯行を繰り返さないとも限りませんから……ただ情報が少なすぎて……白井さん、御坂さんから何か新たな情報はありませんでしたか?」
白井黒子は御坂美琴の見舞いに行ってきたところだった。それは事件現場にいた美琴への事情聴取を兼ねていた。
「それがお姉様も詳しい事は何一つと言いますか」
暗い顔の白井。
「どうしたんですか?」
「実は爆発のショックのせいか、昨日半日の記憶を無くされてますの」
「そんな……大丈夫なんですか御坂さん」
「お体の方は2週間もあれば元通りになられるそうですの、ただ記憶ばかりは戻るかどうか」
「そうですか、白井さん必ず御坂さんの仇を取りましょうね」
「ええ、そうですね」
「それでなんですが、ひょっとして発火能力者の仕業じゃないのではと」
「どういうことですの初春」
「事件のあった映画館への来館者名簿が作成されたのですが」
「そんなに分かり易い犯行はしませんわよね」
「はい、真っ先に疑われますから。やはり名簿にもそれらしき人物はいません」
「それで?」
「遠隔で発火ができるもんでしょうか?」
「離れた場所から炎をコントロール……不可能とまで言いませんが……別の能力系かもしれませんわね」
「はい、高熱の炎でしたから証拠になるような物は燃え尽きているかもしれません……御坂さんの記憶があれば解答が得られるかと思って期待していたんですが」
「それは言っても仕方ありませんわ……今は無理をさせられませんし、上手く記憶が戻れば良いでしょうが」
「とりあえず書庫を当たってみるしかありませんね」
初春は引き続き書庫のデータを洗っていく、炎を膨張、もしくは燃焼を加速させるような能力を。
今回の事件が一度きりで済むはずがないという確信が白井と初春にはあった。
今回は美琴のおかげで人的被害は美琴一人で済んだ。しかし味をしめた犯人は必ずもう一度同じことを行う。その時、被害は目を覆う数字になるかもしれなかった。
そしてとある路上では虚ろな目をした上条が同じ様に虚ろな目の少年と出会っていた。
「一方通行か……」
「上条か」
「どーした?元気ねーみたいだが」
「それはオマエも一緒じゃねェのかァ?」
「そっか、一方通行のところにも打ち止めと番外個体がいたんだな……」
「あァ、事情は聞いた、その前に酷ェ目に遭わされたがな……」
「?」
「それで済ンで良かったと言うべきなンだろが……」
脳機能の一部に障害を蒙った一方通行はミサカネットワークによる演算補助を受けなければ、体を動かすことはおろか、まともに話すことも出来ない。
昨日、一方通行はその演算補助を取り上げられミサカミコトとなった打ち止めと番外個体にいいように弄ばれた。
敬語を喋らされ、変なダンスを踊らされた。補助を取り上げられただけなら本来そうはならない。話せない、相手の話を正確に聞き取れない、そして自由に動けなくなるだけの筈だった。が、チョーカーを介してミサカミコトは一方通行の身体機能を操った。レベル5であるミサカミコトによってなせる技だった。
そして一通り遊ばれた後、一方通行としては黒翼が出そうになる直前に事情を聞かされたのだ。
「リミットは2週間かァ」
「リミットは2週間かァ」
「ああ、先生の見立てだとそれが限度、それ以上放っとくと現状が定着して御坂妹に戻せなくなる」
「だがよ、第三位に細い繋がりを持ってるのはアイツ等しかいねェ」
「御坂を戻す手がかりがなくなる」
「そーゆーこったなァ……アイツ等言いやがった、その時が来たら俺の手で切り離してくれってよォ」
「出来るのか?」
「昨日の感じではなァ」
ただ弄んでいただけではなく、一方通行の能力で切り離すことが可能か試す意味もあったらしい。
「ガキに影響を与えているAIM拡散力場を特定して遮断すりゃァいい、コイツで」
一方通行は首のチョーカーを叩く。
「ミサカネットワークに繋がっている俺だけが可能ってことだ」
「そっか……御坂から、リミットが来たらそうしろって言われたのか」
「あァ、俺に頼むようなことか」
「御坂は……あの時、操車場で俺とお前が戦ったとき、お前に殺されようとしたんだ、わざと、御坂妹達の為に」
「自分の価値を下げてまでかよッ!クソッたれ」
「2週間」
「ナンとかすンだろ、上条」
「当たり前だ」
上条と一方通行はその場で立ち話も何だからと、当然のことながら人に聞かせる話しでもないため近くの公園へと移動していた。
「先生からは御坂を戻すヒントを教えて貰ってる」
「それはなンだ?」
「ミサカミコトには昨日半日、映画館でのことから遡ると俺と勝負する前までの記憶がねー。理由なく濃淡コンピューターに意識が移行するもんでもない。強い願望かなんかが引き金になってる可能性があるらしい」
「第三位の記憶とか全てが上書きされたわけじゃねェってことか?記憶が無い部分が引き金、それだけは第三位が封じ込めてるっつーのか?」
「多分な……それが俺が呼ばれた理由でもある」
「オマエと逢っていた時間かァ、思い当たることはねェのか?」
「どーなんだろな……勝負を挑まれて再戦の約束……セールに付き合って貰う約束もしただけで、これと言って」
上条はそれをカエル顔の医者にミサカミコト、インデックスにも昨日のうちに説明していた。
ミサカミコト達は微妙な顔つき、勝負に拘る自分に複雑な思いをしてるのだろうと上条は予測した。
それに対し、インデックスには
『とうまの鈍感』
と言われた。
「それだけか?なら、爆破の犯人についての可能性もあるって訳だなァ」
「ただな、それをどう利用したら御坂を目覚めさせられるかが問題なんだ、無意識下に漂っている御坂に」
上条は空を仰ぐ、そこに美琴がいると思って。
「お化けみたいなもンか」
「非科学的だな、学園都市の第一位が言う台詞じゃないだろ」
「そうでもねェぞ、あれは……」
それは一方通行にとってあまり思い出したくない記憶。
妹達の亡霊に絶望した記憶だ。
そしてそれをなした者がいる。
「情報を抽出して形を与えることができりゃァ」
「おい、一方通行?」
「こっちの言葉も届くかァ?」
「一方通行?」
「何とかなるかもしンねェぞ、ヒーロー」
「何とかなるって」
「あァ、垣根だァ、垣根のヤツに会いに行くぞ」
「垣根?あの第二位の……あの白いお人?」
「前に残留思念を利用して死人を再生しやがったことがあンだよ、アイツは」
「そんなことが」
「第三位とコンタクトを取れるキッカケになるかもな……ン? なンだ、何でこの花が咲いてンだァ?」
狂い咲きか、公園の花壇にこの季節には咲くはずのない花が咲いていた。