「先生ここは御坂妹の?」
上条が連れて行かれた場所、そこは妹達の調整室だった。上条自身一度訪ねたことも有り中には培養漕が置いてあることを知っている。
「良いかね?」
それには答えずカエル顔の医者は声をかけると入り口を開く。
室内灯は点いておらず計器類の灯りだけが灯っている。
室内灯は点いておらず計器類の灯りだけが灯っている。
カエル顔の医者が室内に入って行くと上条、インデックスがそれに続く、一番後ろの美琴?が室内に入るとドアを閉めた。
薄明かりのなか真ん中に鎮座しているのは培養漕。しかし、以前に見たのとは違う、フォルムは全く一緒なのだが前は中が見えた、今は覆いが取り付けられ中が見えない。
「御坂美琴君はこの中にいる」
カエル顔の医者は培養漕を見上げ言った。
「御坂がこの中に?」
「何分酷い状態だったのでね、見られたくは無いかと思い覆いをつけさせてもらった」
後ろ、入り口のあたりで人の気配がする。
「こうして妹達の培養漕を利用させて貰って一命は取り留めることはできたんだがね」
「じゃあ御坂は生きては」
「いるんだよ、ただ意識が回復するかは分からない」
「そんな……先生、何とかならないんですか!」
「問題は『御坂美琴』君の意識がこの御坂君に戻るかなんだね」
「えっ」
「あー!」
「な、何だインデックス?」
「もしかして幽体離脱かも!」
と上条が訳も分からずにいるとインデックスが叫んだ。
「ゆ、幽体離脱?」
「それで説明つくかも、幽体離脱した短髪がクールビューティーに憑依してるんだよ!」
「え、えー?」
「こらこら、そこで納得しない」
美琴?が後ろから口を挟む。
「納得してるわけじゃねーって」
上条が振り返りながら言うと
「非科学的な」
「科学的に考えなさいよ、科学的に」
「お化けみたいに言わないでよね」
「そうよ、憑依されたなんてまるで悪霊じゃない」
最初の一人の他にこの病院に預けられている三人の妹達がいた。
「えっ」
「えってナニよ、えって」
「そりゃ驚くわよ」
「あー、まあそうね」
「私達だって驚いたんだから」
妹達がいたから驚いたわけじゃない。その口調、平坦だった口調にアクセントがつき短い言葉にも感情が見える。ただ立ってるにしても腰に手をやり、腕を組み足を揃えているでもない。
醸し出される気配、雰囲気が妹達ではない。御坂美琴がそこに四人居るかのようであった。
「ど、どうなってんですかっ!?」
上条は気がつけば四人を指差し固まり、ギギギッと音が鳴りそうな感じで首を回してカエル顔の医者に説明を求める。
「ふぅ」
「ふぅ、じゃなくて先生っ!」
「まあ慌てないでくれないかな」
「慌てますよ!どう見たって演技してるわけじゃ無いんでしょっ!」
「僕の方でも仮説しかまだ立てて無いんだね……うーん幽体離脱に憑依というのかな、表現としては近いかもしれないね」
「ほら、とうま私の考えがあってるんだよ!」
「それに科学的解釈をするとだね」
「はい」
「濃淡コンピューターというのは知ってるかい?」
「濃淡コンピューターって、あれ?……あれか」
上条はゾワッと悪寒を感じた。理解はできなくても話しの行き先が読めてくる。
「次世代型と言われる量子コンピューターにDNAコンピューターのそのまた次世代コンピューターと言われてるね、対象としてはAIM拡散力場、果ては大気を媒体にする理論だね」
「まさか御坂の意識はそこに?」
「そうだね、意識と呼べるモノかどうかは分からないが」
「そこからがまたややこしいのよ」
「ややこしい?」
「意識がそこで覚醒しているなら御坂美琴はAIM思考体になるのよ」
「ちょっと待て!それじゃお前らは何なんだ!御坂の意識が憑依してるんじゃないのか」
「アンタにしては良いところに気がつくわね」
「ちょっと驚き」
「でも私達だって正確なことはわかってないし」
「懇切丁寧に説明しても問題点を把握しきれないでしょうけど」
「あー、いっぺんにしゃべんな」
「ごめんごめん、じゃあ私が代表して」
「ダメ」
「やっぱり10032号だわ」
「抜け駆けは許さないわよ」
「ナンなんだ一体?」
困惑するばかりの上条。
「とりあえずかわりばんこ、順番に」
「そうね」
「むぅ」
「全員がミサカミコトなんだから」
「全員がミサカミコト?」
そこで上条は気づいた。美琴を示す御坂美琴と自らを示すミサカミコトのイントネーションが違うことに。
「そう」
「妹達全員がね」
「話しを元に戻すと『御坂美琴』の意識はAIM拡散力場を媒体とした濃淡コンピューターに移行していると仮説を立ててるわ」
「ただし、その意識は眠ったまま」
「AIM思考体として覚醒することなく『御坂美琴』のあらゆるデータ、データ化することが不可能なはずの感情や人格までもが残されてる、濃淡コンピューターに」
「そしてミサカネットワークもAIM拡散力場を媒体にしている」
「オリジナルである『御坂美琴』と当然、親和性は高い」
「恐らく、無意識下に」
「ミサカネットワークに『御坂美琴』の人格、記憶そして『自分だけの現実<パーソナルリアリティ>』といった全てが出力されているの」
「私達は出力先と言った方が正しいのかな?」
「妹達は感情面などが未だに未発達、そこへ『御坂美琴』の記憶、人格、『自分だけの現実<パーソナルリアリティ>』が出力されてしまえば」
「どうなるかしら?」
「ただのクローン、肉体だけが再現された複製じゃなく人格、記憶までが再現されたコピー人間の出来上がり」
「なんと言っても遺伝子レベルで一緒だもんね」
「今の私達は『御坂美琴』の全てを引き継いだ状態、『御坂美琴』であると言える」
「それだけじゃなく、今は『自分だけの現実<パーソナルリアリティ>』の強度の所為か『御坂美琴』としてのアイデンティティが表層にでてるけど」
「同時に妹達としてのこれまでも消された訳じゃないから、妹達のアイデンティティも在るのよ」
「それぞれの個体で差異、変質はあるにしてもね」
「だから今の私達は『御坂美琴』と妹達が同居したミサカミコトと定義しているの」
「ミサカミコトが御坂美琴か妹達のどちらと尋ねられても私達には両方のアイデンティティが邪魔して答えようがないのよ」
「えーと、じゃあ自分を『御坂美琴』そのものと認識しながら妹達であるとも認識してるのか?」
「そーゆーことね」
「でも御坂美琴としてはこうも考えている。妹達もアイデンティティを持った存在、一つの人格。私達が『御坂美琴』であるのは間違ってる」
「妹達は妹達個々で自己を確立して欲しい、今の在り方はおかしい」
「『御坂美琴』によって人格が形成されるのでは無く、個々の経験に基づいて一人の人間として成長すべきだと」
「そう私達は思ってるのよ」
上条はそれが理解できた。
上条には記憶喪失、いや記憶が破壊された経験がある。それ以前の上条当麻と今の上条当麻の在り方に悩んだ経験がある。
人伝に聞く前の自分との乖離。しかしインデックスの前では前の自分であろうとした。
上条は自分でありながら他者の目に映る自分ではない何かになろうとしていた。今の自分を肯定するために以前の自分を重ね合わそうとした。そこに違和感があった。
上条は自分でありながら他者の目に映る自分ではない何かになろうとしていた。今の自分を肯定するために以前の自分を重ね合わそうとした。そこに違和感があった。
インデックスに記憶喪失の事を告白した後はそうせずとも今の自分を肯定している上条当麻がいる。
「自分が自分であるためにか」
「それが『御坂美琴』の願いよ」
「それとこの状態が知れたら大変なことになるわ」
「?」
「レベル5が9971人」
「…………………………………冗談だよな?」
「冗談だったら良かったけど」
「私達は『御坂美琴』の『自分だけの現実<パーソナルリアリティ>』を利用できるもの」
ミサカミコトが『御坂美琴』の噴出点となり得るなら
上条は博覧百科での一方通行までも再現したサイボーグとの対決を思い出す。
ゾッとした。
レベル5が9971人いることにではない。
学園都市の得失を考えると御坂美琴を回復させることは不利益となる。一人のレベル5より9971人のレベル5。考えるまでもなく美琴を回復させることを望まないだろう。
知られてはならない。
「現状、この病院と例外を除いたミサカミコトには妹達のフリをして貰ってるわ」
妹達が妹達のフリをしなければならないというのはおかしな話しであるが仕方無い。
「それでこれからどーすんだ?御坂を回復させる手段はあるのか?」
まずは
「医学的に身体は回復させられる。けどね昏睡状態の患者が覚醒するのを待つしかないのと同じなんだね」
カエル顔の医者が答えるも、さすがにお手上げといった風情である。
「そんな……先生」
「可能性として御坂君は自分が死んだと思い込んでるのかも知れないね」
「……」
「AIM思考体として覚醒しないのもその為と考えられるんだよ」
「とうま、それだと難しいかも」
「インデックス、なんかわかるのか?」
「さっき言った幽体離脱なんだよ、死者を蘇生させる方法は古くから研究されてるの、反魂の術って聞いたこと無いかな」
魔術側の話しである。