「無理を言いますね」
何もかもが白い少年が答える。
「で、どうだ。できンのか?」
「今言ったじゃありませんか」
「できねェ、ってェのかッ!」
「凄まれてもですね……そうです、説明しましょうか。あの時『垣根帝督』は」
目の前にいる少年、一方通行と話している人物は第二位の超能力者垣根帝督である。
「その場にこびりついていた残留思念を拾って人形を仕立て上げたんです。明確に残っていた情報を元にしてです。それで第三位御坂美琴さんはAIM拡散力場に溶け込んでいる状況でしょ?『核』となる物もなく抽出した情報を元に型作っても未元物質でできたミサカミコトを作るだけですよ」
「だから、それで」
「受信媒体を造るだけで相互通信は無理です。それで相互交信ができるくらいならミサカミコトさんに語りかける事で十分ですよ」
「先生も、今はそれしか手が無いって、他にも方法は考えてみるけど医学的には難しいって」
そこで上条が初めて口を挟んだ。3人が会っているのは使われていない工場の跡地、元の工場の中は全ての機材が運び出されがらんどうの状態、廃棄され再利用もされずに暫く経つのか敷地のあちこちに草花が咲いている。
「くそっ」
「一方通行、言葉が汚いですよ。打ち止めの前で使ってないでしょうね?教育上悪いですから気をつけて下さい」
「オマエに言われたかねェ!」
嘗ての『垣根帝督』なら確かにそうなのだが、
「それにしてもアナタがこれほどに気になさるとは、罪滅ぼしですか?」
今の垣根帝督は素知らぬ顔で一方通行に問う。それに対し一方通行はそっぽを向いて
「違ェ、責任を放棄しようってのが気に喰わねェだけだァ」
言う。
「素直じゃありませんね」
「勝手に言ってろ」
「御坂も多分わかってくれると思うぞ?」
「かァァァみじょうくゥゥゥン、なァァァにを言ってンですかァ?なァンで最後が疑問系なァンですかァ?ふざけてっと」
「ふざけてる余裕なんか……」
上条に沈痛な様子が見え、一方通行も口を噤む。一方通行にしてみれば余計な一言だったが上条はフォローのつもりだったのだろう。
垣根との面会に期待するどこかが大きかった。その反動がでている、重苦しい空気がのしかかる。
期待させたのは一方通行、流石の一方通行も何も言えなくなる。
「まあまあ第一位の本心は第三位にも伝わりますよ」
その空気を破る垣根の声。
一方通行は垣根帝督へ向き直りギロッと睨む。
「適当な事言ってっと」
「適当な事は言ってませんよ」
「はァ?」
「直接交信する手段はありませんが、見て下さい」
そう言うと垣根帝督は指し示すように手を広げてみせた。
「見て下さいって言われも別に」
そちらに目を向けても上条には雑草に混じって花が咲いているだけに見える。何か変わったところがあるように見えない。
「気づきませんか?」
すると、顔をしかめ
「そういやァ、公園でも季節はずれの花が咲いてたなァ」
一方通行が花に目を留める。
「ええ、張り巡らした未元物質によれば学園都市中で同じ現象が起こってます。学園都市の気象データでは狂い咲きするほどの変化はありませんね」
「どーゆーこと?」
第二位の力を借りて美琴を呼び起こそうとした案はその第二位により否定されてしまった。しかし第二位は光明があると言ってくれていると感じられた。
上条は藁に縋る思いで問う。
「覚えていますか?天啓、薬味久子は人的資源(アジテートハレーション)の時、ヒーローの素質を持つ能力者へ天啓を与えました」
「あ、ああ」
「今、花が咲いている現象の原因は、そう、AIM拡散力場からの作用です。無意識下の行為でしょうが、おそらく第三位は夢を見ています」
「夢だァ?」
「はい、つまり」
「つ、つまり?」
「第三位は深層意識奥深くに沈み込んでいる状態ではありません、レム睡眠状態かと」
レム睡眠とは体は寝ていても脳は覚醒している状態を指す。問題は夢であるか自覚しているか。
「だと、外部からの情報は無意識下に取得しているのか」
例えば一方通行の反射。一方通行の能力では全てのベクトルを変換できる。それを全て反射に設定してしまったら重力の影響を受けなくなり地球を飛び出してしまう、他にも先ず目が見えない、手で物に触れない、下手すれば息もできないなど悪影響ばかりとなる。そのためフィルターにかけ一方通行は有害と無害に取捨選択している、特に意識もせず行っているだけで情報は取得しているのだ。
そして、それと同じ事で外部の情報を取得しつつも意識を向けるまでに至らない。意識を向けるまでの外部作用が足らない。
「その状態でしょ」
「じゃあ、俺ができることは?」
上条も全てを理解できた訳では無かったものの、自分が成し得る事を問う。
「……犯人を見つけることですね」
軽く首を捻ったあと、垣根が答えを出す。
「おい?」
一方通行が訝しげに問うが垣根は無視して続ける。
「第三位が気にされたのは犯人について、上条さんに特に思い当たる節が無ければそちらでしょう。犯人をミサカミコトさんと一緒に探すのも良い手ではないでしょうか、失われた記憶が探す過程で呼び起こされ、覚醒のための刺激になるのでは?その方向でまずは動いてみてはどうです?」
「それが刺激になって御坂が目覚めるんなら」
眠っている子を醒ますには声をかけたり、指でつついてみたり、揺さぶってみたり、外的刺激を与えるのも一つの方法。
但し、美琴の意識はAIM拡散力場のなか。AIM拡散力場へ如何なる刺激を与えれば目を覚ましてくれるかわからない。
垣根が言うようにミサカミコトと共に犯人を突き止める行為、記憶を呼び覚ます行為が刺激となるやもしれなかった。
「どんなことでもやってやる」
上条は拳に力を込める。
話が終わった。
垣根と上条、一方通行は別れ、そしてそれぞれが帰途につく。と言っても垣根には帰る先があるわけでもなく、その場から離れ一人で事態に備えるつもりだった。
が、
「さっきのはどういうつもりだァ?」
その垣根の前に別れたばかりの一方通行が待ち伏せていた。
「暇ですね一方通行、それとも帰りたく無いのですか?」
「ンなこたァ、オマエに関係ねェだろがァ」
「番外個体はともかく打ち止めから罵られるのはキツいですものね」
「よっぽど死にてェらしィなァ」
ギリッギリッと音が聞こえそうな表情で一方通行は指を首に巻かれたチョーカーへと伸ばす。
「冗談ですよ、それとお聞きになった事、実はお分かりでしょ?」
手を止め、しかし直ぐにでもスイッチを切り替えられる状態を維持しながら一方通行は
「ショック療法か」
聞き返す、おおよその見当はついていた。
「ええ」
「彼のピンチを放っておく第三位ではないでしょう。当然ですが万一には備えて置きますよ」
「あァ、そうだな」
一方通行は首のチョーカーから手を離す。
「出しゃばるような真似はダメですよ」
「分かってる」
これはヒーローとヒロインの物語だ。
「せいぜい脇役が目立たねェようにするさ」
過去の経緯からすると犬猿の仲と言って良い二人が並んで歩く。
上条の部屋ではインデックスが祈りを捧げていた。
祈りを捧げる対象は神ではない。
対象は御坂美琴。
彼女を呼び覚ますために祈りを捧げていた。
救うべき人がいるならば救う。信条であるとか言葉にせずともインデックスにとってそれは息をするのと同じように当たり前のこと、理由を求められても逆に「何で?」と問い返すだけだろう。
そして今回は御坂美琴を救い、上条当麻を救わなければならない。
彼の壊れ掛けの心を救う。 彼の助けをすることは甘美でありながら、今回ばかりはとげが刺さるような痛みが胸に走る。
彼を巡る女性は多い。けれども美琴以外、他の女性ならこんな胸の痛みは覚えなかったと思う。
彼女だけは特別。
そんな一言。彼はまだ自覚していない、昨日彼が何を選んだか彼自身分かってない。
彼、上条が選んだのは御坂美琴ただ一人。
昨日、上条に見せるわけにはいかない涙が寝静まったあと頬を伝わった。
そして今日は祈りを捧げる。
科学と魔術、違いはあれども原理に変わりは無い。9.30がそうだった。届くと信じ位相へと響かせる。
「早く戻ってくるんだよ、短髪。とうまのために」
「誰が短髪かっ!」
何か聞こえた気がして美琴は呟いていた。
「美琴、突然どうしたんだ?」
その美琴へ上条は暖かい眼差しで優しく声をかける。
「え、何か空耳が聞こえて、ううん、何でもないの」
微笑みかけてくる理想そのままの上条に頬が火照り、どぎまぎしつつ慌てて答える。
「頬を赤くしてミコっちゃんはホントに可愛いんだから」
「ミコっちゃん言うなっ!」
頬どころじゃなく顔全体が熱を帯びてくる。永久凍土も溶かしてしまいそうだった。
「も、もうホントにキャラ違わくない?」
「いつもの上条さんなんですが」
と、余裕の上条。
つい上条を困らしてやりたくなり、抱きついてやろうかと考えてみるがそんな事できる筈もなく……
ところが、美琴の腕には鍛えられた筋肉の感触、頬には厚いとは言えないものの堅い胸板。
しっかり上条を両手で抱きしめ、顔を上条の胸に預けてていた。
「うえぇぇぇえっえっなんでぇぇぇ☆>%¥#仝♪」
状況が分からず、最後は言葉にならない。
おかしい、何かがおかしいと思いつつも、背中へと手を回し抱き返してくる上条に溺れたくなる。
「美琴、その照れ隠しに、真っ赤な顔を見られたくないからってのは分かるんだが抱きつくのはどうかな?」
からかった風でもなく、どこまでも優しく上条は言う。優しくしてくれる上条、願望通りの上条。
「そんなつもりじゃ」
上条の右手が背を伝い美琴の頭まで来ると美琴の髪を撫でた。
更に上気してくる。沸騰寸前。
気が遠くなりかける。
美琴の意識が途切れかけた時、どこかで晴れ渡った空しか見えないのに雷が落ちた。
青天の霹靂という言葉はあるが本来、何もない青空で雷鳴がすることは無い。
上気した挙げ句、誤って雷を落としてしまったかと美琴はキョロキョロと確認するが
「どうした美琴」
何も無かったかのように上条は尋ねてくる。
綻び
「今、雷が落ちたじゃ」
聞こえなかった筈がない。
「雷?したか?」
解れる。
「おかしい……告白された記憶も無い、ここがどこかも判らない、何より……アンタは上条当麻はこんな人じゃない、まるで私が夢に見たような、こうあって欲しい人じゃない」
微笑むだけの上条が
「違う」
美琴の願望の塊が
その一言に霞んでいく。
残されるのは青空と一面の花々。
「ああ、そっか私死んじゃったんだ」
どうして死んだかは朧気ながら解答を得る。
「それじゃあ、ここは死後の世界?」
ただ一人美琴は美しくも寂しき世界に立つ。
「はは、これがね。あの世っていうのがあるならあの子達に謝れるかと思ってたけど」
願望で作り出した上条がいただけ。
「だったら……何をやってんのよ、私」
澄み切った青空も地平線にまで広がる花畑も見たい物を見てるだけかもしれない。心象風景の投影。
「一人ぼっち、か」
自嘲気味に口ずさむ。と、唐突に強大な情報圧がその世界に割り込む。
眩いまでの光が空間を切り裂くように生じる。
「これが君が描いた世界か」
それが人の姿を象り美琴へ話しかけた。
「誰っ?」
人ではない、人の姿をした別の高位存在、直感が告げる。
「『ドラゴン』」
「『ドラゴン』?」
「そんな記号で呼ばれているだけだが」