とある二通の犯行予告
『繚舞祭(りょうぶさい)』。
それは毎年11月に開催される、繚乱家政女学校主催のダンスパーティーである。
学校側としては、ホールスタッフとして生徒を放り込み、
そこでメイドとしての修行【スキルアップ】させるのが目的だ。
しかし生徒は当然ながら裏方【メイド】なので、ダンスをする訳ではない。
だがご奉仕する相手がいなければパーティーとしての意味は無いので、
お客様は外部から招待されるのだ。
だがここに、ダンスパーティーなどとは無縁そうで、どう考えても招待されてなさそうな、
小市民が一応見た目だけでもタキシードを身に着けている感じの少年が一人、会場の入り口にいる。
「はぁ…不幸だ……」
言わずと知れたツンツン頭、『上条当麻』である。
彼は確かに直接招待された訳ではない。招待客の、「付き添い」という立場なのだ。
と言うのもこのパーティー、実は男女のペアでないと入場できないのである。
しかし上条が付き添うその招待客は、上条以外に異性の友人がいなかった。
(正確には異性の知り合いは数名いるが、『何故か』上条以外の男性を誘おうとはしなかった)
慣れないタキシードの着心地の悪さに、少し不機嫌な表情で相手を待っていると、
「……お…お待た…せ………」
と待ち人が現れた。
こんな不幸【イベント】に巻き込まれた事に、文句の一つでも言おうとした上条だったが、
「はぁ…あのなぁ、美…こ………と…?」
その相手のドレス姿に思わず見とれてしまい、何も言えなくなってしまった。
「えっ!? な、なに!? どこか変だった!?」
「……あ、いや、その……き、綺麗だな~って…」
赤くなりながら正直な感想を言う上条に、彼女も負けじと赤面する。
「あ、あああ、あり、がと……」
「お、おう……」
「……………」
「……………」
一瞬の沈黙が流れたが、
『会場の準備が整いました。外でお待ちのお客様も、どうぞ中へお入りください』
という場内アナウンスに二人はビクッ!とする。
「あ、じゃ、じゃあ入ろうか!?」
「そ、そそ、そうね!」
ぎこちなくだが、いつもの調子に戻った二人である。
上条はこういう場所には不慣れだが、多少の礼儀【ルール】は分かっているらしく、
彼女の手を取り、慣れない手つきでエスコートする。
「そ、それでは参りましょうか。…『美琴』姫」
照れ隠しに冗談を言ってみた上条だが、自分で言った冗談の内容と相手の反応を見て、
墓穴を掘った事に気づき後悔した。
「ひ、ひひ、姫、姫って……ひ、姫ってえええええっ!!?」
「うおおおおい! ごめん今の忘れてお願いだから!!!」
招待客である『御坂美琴』は、顔から火を噴き出さんとばかりに真っ赤になっていた。
事の発端は三日前。美琴が白井から、いつものファミレスに呼び出された時だ。
テーブルには白井のほかに初春もいた。二人は険しい顔をしながら、二枚の紙を睨んでいたという。
「お待たせ。何か、私に用があるんだって?」
二人の様子に何か良からぬ雰囲気を感じ取った美琴だったが、
ここは敢えていつもの調子で話しかける。
「あ、お姉様。わざわざお呼び出しして、申し訳ありませんの」
「いいわよ別に。私もヒマしてたから」
「さっそくですみませんが、コレを読んでみていただけませんか?」
初春は先程の紙の一枚を美琴に渡した。しかしてその内容とは。
『三日後に開かれる繚舞祭にて、大事な物をとりに行きます。
風紀委員のお二人は決して邪魔をしないでください。
そちらは今、こっちに人員を割いてる余裕は無いでしょうしね。
もし会場に来るような事があったら…この先は言わなくても分かりますよね?』
それは正しく。
「これって…犯行予告? しかも『大事な物を盗りに』って、小説や漫画に出てくる怪盗じゃあるまいし」
「その上、脅迫まで仄めかしておりますの。
敢えて『この先は言わなくても』…などと言葉を濁しているのが、何ともイヤらしいですわね」
と、ここで美琴はある一文に疑問を抱く。
「ねぇ、この『こっちに人員を割いてる余裕は無い』ってどういう意味?」
美琴の一言に白井は顔をしかめる。代わりに初春が答えた。
「実は最近、スキルアウトのグループ同士の抗争が激しくなってきたんですよ。
あちこちでケンカが絶えなくて…おかげで風紀委員は今、人手不足なんです」
「へぇ…そうなんだ。知らなかった…」
「まぁ、流石に表立って目立つ行動はしませんからね。
あくまでもケンカは『裏』で行われていますから、一般の方にはあまり知られていないんですよ」
「……全く、そのせいでここ数日睡眠不足ですの。いつお姉様に抱かれても良いように磨きに磨いた、
わたくしの玉のお肌が荒れでもしたら、どうしてくれますの!?」
「でもそれって、犯人は風紀委員の内情をよく知ってるって事よね?」
何気に飛び出た白井からの衝撃発言に、美琴は華麗にスルーする。もはや慣れたものだ。
「はい。しかもそれだけではなく、私と白井さんそれぞれに手紙をよこした事から、
犯人は少なくとも、私達の顔も知っているという事になります」
「…にしても、犯人の狙いが分からないわね。わざわざ犯行予告を出しておいて、
『風紀委員は来るな!』でしょ? 行動が矛盾してるわよね。
そもそも来て欲しく無いんだったら、初めから予告なんてしなきゃいいのに」
「確かにそうなんですよね…
漫画とかの怪盗は、警察や探偵に挑戦状として送る意味合いで予告を出しますけど、
この犯人の場合はそうじゃないみたいですし……」
む~んと考え込む二人に、白井は紅茶を一口飲んでから意見する。
「……犯人の目的は不明ですが、とりあえず問題となるのは『これからどうするか』、ですの。
勿論、野放しにする訳にはいきませんし、かと言って風紀委員を潜入させる事もできません。
初春の言ったように、わざわざ風紀委員に犯行予告を届けた以上、
犯人はわたくしや初春の顔を知ってる可能性が高いと思われますから」
「そこで御坂さんをお呼びした理由にも繋がるのですが……」
初春は心底申し訳なさそうに本題を切り出した。
「風紀委員【こちら】としては心苦しいのですが…お願いできますか御坂さん?」
「………へ?」
思わず素っ頓狂な声を出した美琴に、白井が苦虫を噛み潰したような顔で説明する。
「ですから、お姉様が潜入して犯人を捕まえてほしいんですの。
レベル5とはいえ、本来なら一般人であるお姉様を巻き込みたくはないのですが……」
「あ、なるほど」
犯人を野放しにはできない。しかし風紀委員を潜入させる訳にもいかない。
そこで白羽の矢が立ったのが、美琴だったのだ。
確かに彼女はこれまでいくつもの事件を解決しているし、
常盤台中学生でレベル5という立場上、パーティーにいても不自然ではない。
実際、舞夏から繚舞祭の招待状も貰っていた。
「そういう事なら任せて。絶対、犯人とっ捕まえてやるから!」
「私も会場の監視カメラをハッキングして、中の様子を見させてもらいます。
御坂さんにだけ危険な事をさせる訳にはいきませんから」
「わたくしは例のスキルアウトの件で外回りでしょうから、カメラの映像を観る事はできませんが……
初春、何かあったら必ず連絡を。わたくしの能力で、すぐにでもお姉様の下へ駆けつけますの!」
3人は犯人を捕まえるべく、それぞれの役割を確認しあう。
作戦は決まった。だがしかし、ここで美琴がふと疑問に思う。
「……あっ、でも繚舞祭って男女ペアじゃないと入場できないのよね?
私のパートナーって誰がやる……の…?」
言いながら、ある人物が頭に浮ぶ。それは美琴以外の二人も同時だったようだ。
「あ、それなら上j」
「NOですわ!!! それだけは…あの類人猿だけは絶ぇぇぇっっっ対に反対ですの!!!」
「そそそそうよね! あ、ああ、あの馬鹿とかアリエナイわよね!!!」
「でも他にアテはいるんですか?」
「えっ!? えっと…それは……その……」
「だったらこの黒子がっ! お姉様の生涯のパートナーたるこの黒子がっ!!!」
「白井さん、今までの話し合いをもう一度するつもりですか?
風紀委員が潜入する訳にはいかないって何度も言いましたよね。顔もバレているみたいですし」
「それ以前にアンタは男じゃないし、生涯のパートナーとやらでもないし」
「ぐぎぎぎぎぃ……ですがっ…! ですがっ!!!」
「御坂さんもこの際、変な意地を張っている場合じゃないですよ?
他に候補がいないのなら、やはり上条さんをお誘いするしか…」
「お、おおおおさ、お誘いぃぃぃ!!?
そ、そ、そんな事したら、アアアイツに誤解されちゃうじゃない!!!」
「(誤解ではない気もしますが……)とにかく、上条さんに連絡してみてくださいよ」
「~~~~っ!!! わっ、分かったわよ! で、でもアイツもなんだかんだで忙しい奴だし、
こ、断られるかも知れないんだから期待しないでよ!?」
「お姉様ぁぁぁ!!! お考え下さいましぃぃぃ!!!」
泣きつく白井を初春が押さえつけている間に、美琴は上条に電話をしてみる。
コール音が耳に響く中、美琴は上条に電話に出てほしいようなほしくないような、
そんな複雑な思いが頭を駆け巡っていたのだが、
『はい、もしもし?』
幸か不幸か、出やがった。
電話越しに聞こえる『あの馬鹿』の声に、美琴は思わず体を硬直させ、うわずった声で返事をする。
「あ、あああ、も、もしもひっ!!?」
そして思いっきり噛んだ。
『もしもし美琴? どしたんよ』
「あ、あああのさ! もしアレだったら全然断ってくれてもいいんだけど!
別に大した事じゃないしアンタも何かと都合があるだろうし!」
『…? 何、頼み事?』
「じ…実は、さ……」
美琴はこれまでの経緯を上条に話した。
ちなみに白井は、歯をギリギリと噛み締めながら血の涙を流しつつ、電話をする美琴を見つめている。
悔しいが、他にアテがいないのも確かなのだ。
『……なるほどな』
「で、でどうなの…? 勿論、無理なら無理で仕方ないんだけど―――」
『ああ、いいよ。俺でよければ』
「いいんかいっ!!!」
アッサリと決まった。
この瞬間、美琴は心の中でめちゃくちゃ嬉しい反面、
もはや犯人を捕まえるどころじゃなくなるであろう事を、覚悟したのだった。
そんなこんなで、あれから三日後。
上条と美琴は繚舞祭の会場へとやって来た訳だが、
「ひ、ひひ、姫、姫って……ひ、姫ってえええええっ!!?」
「うおおおおい! ごめん今の忘れてお願いだから!!!」
さっそく二人はテンパっていた。早くもグダグダな臭いが炸裂している。
会場内はいかにもパーティーらしく、豪華な食事と着飾った人々で溢れている。
会場の南側には立食用のテーブルが並んでおり、
北側にはダンスをする為だろう、何も無いステージが広がっている。
上条は思わず、自分が場違いではないかと不安になってくる。
「……なぁ、美琴。俺って浮いてないか? 何かすっげぇ居心地悪いんだけど………あれ? 美琴?」
「……………ぁぅぅ…」
問いかける上条だが、美琴からの返事は無い。
振り向くと彼女は、顔を真っ赤にしたまま俯き、視線は繋がれたその手に向けられている。
上条がエスコートした時に取った手は、そのままだったのだ。
しかし上条、その事実に気づかず手を離さない。ある意味ファインプレーである。
「…? 美琴、どうした?」
「はにゃっ!!? ななな、何でもにゃいけどっ!?」
我に返り慌てて言葉を返す美琴。
しかし手が繋がっている事は上条に話さない辺り、彼女の心境を窺い知れる。
「そうか…? ならいいんだけど…けどしっかりしてくれよ?
これから例の怪盗もどきを捕まえなきゃなんないんだからな」
「わ、わわ、分かってるわよ! べべ、別に今のこの状況に、浮かれてなんかないんだからっ!」
今のこの状況【てをつないでいること】に浮かれているのではないか、などと聞かれてはいないのだが、
美琴は勝手に自白で自爆で自決する。
明らかにしっかりしていない美琴に、上条は心の中で嘆息し、
怪しい者がいないかパーティー内の探索を開始するのだった。
無論、手を繋げたままで。
周りを見回しながら歩く上条。
本来はその役目は美琴の筈なのだが、今の彼女は使い物にならない【それどころじゃない】ので、
上条が代わりを務めている。
招待客の中には、エリート校の生徒や高レベルの能力者が多い。
特に美琴を含むレベル5のメンバーは、客寄せパンダとしての役割も大きい。
今の所、怪しい者…はいないようだが、顔見知りがチラホラ。
「あっ! お姉様とあの人だ!ってミサカはミサカはテンションMAX!!!」
「チッ…てめェ等も来てたンかよ。……何だァその顔は?
はァっ!? 俺は別に来たくて来たンじゃねェよ! このガキがどォしてもっつーからだな!」
招待客:一方通行 パートナー:打ち止め
「にゃあにゃあ! 大体美味しそうな物がいっぱいあって、どれから食べるか迷うな!!!」
「私も出来れば人目は避けたいのですが、この子がどうしてもと聞かないもので……」
招待客:垣根帝督 パートナー:フレメア=セイヴェルン
「……本当は上条さん【あなた】を誘おうとしたのにねぇ…
どこかの誰かさんの邪魔力で、違う男と来るハメになっちゃったわよぉ」
「私がお相手では不服ですカ? これでもパーティーの基本的なマナーは心得ているのですがネ」
招待客:食蜂操祈 パートナー:カイツ=ノックレーベン
「おっ、大将じゃねーか! 意外だな、ダンスとか興味あんの?
…って、んな訳ねーか。俺と同じでメシ目当てだよな」
「あ、いた。はまづら探したよ。もう私から逸れたらダメだからね」
招待客:滝壺理后 パートナー:浜面仕上
「…よぉ大将、またあったな……」
「浜面! 超何やってんですか!
男女ペアじゃないといけないんですから、超勝手にいなくならないでくださいよ!」
招待客:絹旗最愛 パートナー:浜面仕上
「………大将、助けて…!」
「はーまづらぁっ!!! てめー、私一人置いてどこほっつき歩いてやがったぁ!?
あ・と・で・オ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね!!!」
招待客:麦野沈利 パートナー:浜面仕上
「浜面率高ぇよ! 何で会う度に違う人のパートナーやってんだよ!」
思わず叫んだ上条である。
どうやら浜面は、滝壺のパートナーとして会場に入ったのだが、
その後すぐに会場を出て、今度は絹旗のパートナーとして入り、
同じ要領で麦野のパートナーとしても入ったらしい。
モテる男(笑)は辛いのである。
ちなみにここまで大騒ぎしたというのに、美琴は未だにだんまりを決め込んでいる。
理由は一つ。これまで、ず~~~~~っと手を握られたままだからである。
しかも先程上条が浜面に対してツッコミを入れた際、叫んだ時に力が入り、更に強く握り締められた。
握られた手がじんわりと熱を帯び、それに比例して美琴の体温も上昇する。
尚、上条はまだ気づいていない模様。
鈍感にも程があるが、今はそれが功を奏していたりいなかったり。
だがここでようやく、
「はぁ…とりあえず俺たちも何か食おうぜ。
周りをキョロキョロしっ放しだと、むしろ俺たちが不審者扱いされかねないし、
犯人にも気づかれるかも知れないしな」
と食事をする為に手を離した。
危なかった。正直このままだったら、本当に犯人どころではなかっただろう。
しかし同時に、もうちょっとあのままだったら良かったのにな…と思う美琴もいた。
乙女心は複雑なのである。
上条たちが会場に入ってから数時間。
パーティーは全く滞る事なく、正に平和そのものだった。
妙な事件が起こるでもなく、怪しい人物がいる訳でもなく。
「……なぁ、本当に犯人は現れるのか? ただの愉快犯って可能性は?」
「はえっ!!? あ、う、ん……な、な、無い…とは言い切れないけど!
ははは、犯行予告に時間は記載されてなかったし! ま、まままだこれからかも知れないわ!!!」
話し合う二人。しかし何故美琴はカミカミなのか、それは、
「まぁ、犯人が何をするにしても今がチャンスだよな。周り、真っ暗だし。
…てか大丈夫? よく考えたら俺、ダンスなんて初めてだから……」
「だだだ大丈夫でしょ! 私に合わせてステップ踏んでれば、それっぽく見えるわよ!」
現在チークタイム中であり、二人は社交ダンスで踊り狂っているからだ。
上条の右手は美琴の左手を握り締め、上条の左手は美琴の腰を抱き寄せる。
警戒しているとはいえ、周りに溶け込まなければこちらが浮いてしまうので、
『仕方なく』ダンスをしているのだ。
「てか近い近い近い!!! 顔近いし、変なトコ触ってるしいいい!!!」
「わっ、バカ! キョドるなよ! 犯人に気づかれるぞ!」
そして『仕方なく(?)』パニクる美琴。
だが、その妙な視線を感じた美琴は冷静さを取り戻す。
美琴は能力の反射波を利用して、レーダーのように周囲の物体を感知できる。
周りにこれだけ大勢いては、その人物がどこの誰なのかまで特定するのは難しいが、
少なくともその人物が、自分たちに目を向けている事ぐらいは分かる。
チークタイム中、真っ暗闇の中で、目の前にいるはずのダンスパートナーではなく、
『こちら』に目を向けているのだ。
いや、そもそもそれ以前に、その人物の目の前にいるはずの、ダンスパートナーの気配もない。
ありえない。
会場に入るには男女ペアでなければならない。
浜面のような例外もいるにはいるが、そういった者達は会場南側の立食フロアにいるはずだ。
少なくとも、ここ北側のダンスフロアにはいないはずである。
一人で社交ダンスは踊れないのだから。
「………ねぇ、振り向かずに聞いて…?」
美琴は小声で話しかける。
「多分…例の犯人が出たわ。それも…こっちに近づいてる」
「……間違いないのか…?」
上条も小声で返す。
「少なくとも、他の招待客とは明らかに纏ってる空気が違うわね。
獲物を狙うような……こう…ギラギラした感じが伝わってくるわ」
「『獲物を狙うような』…ね。確か犯行予告には、『大事な物を盗りに』って書いてあったんだよな?」
「ええ。何を盗るつもりかは知らないけど、このままだと好都合な事に、ここを通り過ぎるわ。
すれ違った瞬間にひっ捕らえましょ」
「………OK。タイミングは任せた」
美琴が目で合図する。
3…
2…
1!
二人は目と鼻の先まで近づいていたその人物を、一斉に取り押さえる。
幸か不幸か周りは暗闇に包まれており、この騒ぎに気づく者はいなかった。
犯人らしき人物は、痛みに耐えかねギブアップを宣言する。しかしその声は……
「ちょっ! 御坂さん、上条さん! いたっ! 痛いですって!」
「えっ………さ…佐天さん!?」
驚いたのは、むしろ捕まえた側だった。
そこにいるのは紛れも無く佐天涙子。思いっきり友人である。
上条と美琴は、慌てて佐天から手を離す。
佐天は「いたた…」とよろめきながら苦笑いする。その手には何故か、ビデオカメラを構えながら。
「あ、これ暗視カメラに切り替えられるので、真っ暗でも録画できるんですよ」
どうでもいい情報である。
「えっと…ごめんなさい佐天さん。人違いしてたみたいで……」
「わ、悪かった。怪我とかないか?」
「ああ、いえいえ。大丈夫ですよ」
佐天が犯人とは思えないので素直に謝る。
「それで…佐天さんはどうしてここへ? 招待されたの? てか、パートナーは?」
「いやぁ、ウチは平凡な中学ですしあたし自身もレベル0ですから、招待状は貰ってないんですよ。
でもせっかくなので招待状を貰ってる人に頼み込んで、連れて来てもらったんです」
そう言うと佐天は立食フロアの方に指をさす。
人差し指の先に目線を合わせると、そこには全くパーティーに似つかわしくない格好の男…
具体的には頭に鉢巻を締め、白い学ランの下には旭日旗のTシャツという、
昔ながらの番長スタイルの男が、口いっぱいにパスタを頬張っている。
見覚えがある…が、できれば関わり合いになりたくない。
どうやら佐天は、その番長野郎をナンパ(?)してまで、この会場に入ってきたらしいのだ。
だがそこまでする理由は一体何なのだろうか。
そう問いかけた美琴だったが、佐天から返ってきた言葉は、
「ふっふっふ………実は御坂さんたちに内緒で、
大事な物、つまりは御坂さんと上条さんのダンスシーンを撮りに来たんです!
あ、でもちゃんと初春と白井さんには断ってきたので、その辺は大丈夫ですよ」
「んんんっ!!?」
何だか重要そうな単語がてんこ盛りであった。思わず上条も、美琴に耳打ちして確認する。
「な、なぁ…犯人の犯行予告って……」
「だ、大事な物を盗りに……いや、待って。そういえば『とりに』って平仮名だったわ……」
つまりはこういう事らしい。
大事な物をとりに行くというのは、先程彼女が説明した通り、二人のダンスシーンを撮る事。
それが何がどうして『大事な物』なのかは知らないが、佐天には重要な事らしい。
そして風紀委員は人員を割けないだろうから、邪魔をするなというのは、
佐天は初春と仲がよく、例のスキルアウトの抗争の話も彼女から聞いていた。
なので気を使ったつもりだったのだ。意味合いとしては、
「初春たちはお仕事に専念してて。その代わり御坂さんの方はあたしがバッチリサポートするから!」
みたいな感じだろうか。
更に風紀委員が会場に来るような事があったら…というのは、
スキルアウトの事件をすっぽかして、会場【こっち】に来たら駄目だろうという戒めの他に、
大勢で押しかけたら美琴たちの邪魔になる、という意味も含まれていたようだ。
つまり佐天は、犯行するつもりもそれを予告したつもりも、脅迫したつもりもなかったのである。
何故気づかなかったのだろう。
『三日後に開かれる繚舞祭にて、大事な物をとりに行きます。
風紀委員のお二人は決して邪魔をしないでください。
そちらは今、こっちに人員を割いてる余裕は無いでしょうしね。
もし会場に来るような事があったら…この先は言わなくても分かりますよね?』
という文面。これって、
(これって……ものっっっ凄く佐天さんが書いたっぽい文章じゃないの………)
この事実に気づいた美琴は、ヘナヘナと力が抜けていく。
しかし悪気も無く、そもそも事件を起こしたつもりも全く無い佐天は、無邪気に
「まぁ、あたしの話なんてどうでもいいじゃないですか!
それよりせっかくのダンスパーティーなんですから、御坂さんももっと楽しんでくださいよ!
その為にわざわざビデオカメラまで用意したんですからね♪」
と自分勝手な事を言いつつ美琴の背中を押す。
無気力状態だった美琴は、されるがまま押し出され、そのまま上条の胸にダイブした。
「おうっ!?」
「わきゃっ!」
そしてそのまま転んだ。上条を道連れにして。
ゴロゴロバタンと音がした、と同時に明かりが点く。チークタイム終了のお時間である。
暗闇から解き放たれたパーティー会場のお客様方は、目の前の光景にざわつき始めた。
倒れた拍子に、何がどうなってそうなったのか、上条が美琴を押し倒す形となっていた。
しかもそれだけではない。上条の右手は美琴の左胸にクリーンヒットしており、
左足の膝は美琴の両足の間にすっぽりと収まっている。
事情を知らない周りの人間は、チークタイム中の暗闇に乗じて、
『ナニ』を仕出かしたカップルに見えた事だろう。
暗い中でイチャイチャした者は他にもいたが、『これ』は流石にやりすぎである。
「いったたた…美琴、大丈夫か? …あれ、美琴?」
「…………きゅう~…」
どうやら美琴は目を回しているようだった。
と、この最悪のタイミングで、
「風紀委員ですの! お姉様、犯人は捕まりまし……た、か…?」
白井が突如現れた。
おそらく監視カメラで会場の様子を見ていた初春が、
美琴たちの様子が不自然な事に気づいて白井に通報したのだろう。
しかし目の前には気絶するお姉様と、それを押し倒す類人猿。
しかも類人猿のイヤらしい右手は愛しのお姉様の慎ましくもお美しい左胸にクリーンヒットしており、
汚らわしい左足の膝は
愛するお姉様のカモシカの様なしなやか且つスベスベの両足の間にすっぽりと収まっている。
事情を知らない白井は、チークタイム中の暗闇に乗じて、
類人猿がお姉様に『ナニ』で『ソレ』な『フンガフンフ』を仕出かしたように見えた事だろう。
更に上条にとって不幸な事に、その瞬間、白井は犯行予告の一文を思い出す。
具体的には『大事な物を盗りに』…の部分だ。
佐天の一件を知らない白井は、まだ『とりに』の誤解が解けていない。
その上この目の前に広がる信じがたい光景。
『大事な物』とは、つまり、お姉様の―――
「うううううぉぉおおおんどりゃああああああ!!!!!
犯人はてめぇかド腐れエテ公がああああああ!!!!!」
「えっ何がっ!!?」
当然ながら上条に見に覚えは無いのだが、白井はそんな事知ったこっちゃない。
謎のオーラを噴出させ、長い髪を逆立てながら、何かに覚醒している。
下手をすると、「クリリンのことか―――――っ!!!!!」とか叫びそうである。
この後会場は、覚醒した白井によって滅茶苦茶になり、
上条は口にも出せないような不幸を味わう事になるのだが、
その間も事件の発端を作り出した真犯人【さてん】は、事の一部始終をビデオに収めているのであった。