小ネタ バースデー未満のとある午後
「随分、大きくなったなぁ…」
「そりゃそうよ。もう、10ヶ月だもん」
「俺、産まれて来る子は絶対に男の子がいいな」
「何で?」
「……女の子だったら、お嫁に行く時に泣いちゃうじゃないですか…俺が…」
「あはは! 何十年先の心配してんのよ!」
美琴は優しく笑いながら、膨らんだ自分のお腹をそっと撫でた。
手から「とくん…とくん…」と、新しい命の鼓動が伝わってくる。
「あっ! 今、蹴った! ほら、アナタも触ってあげて?」
「いや、でもなぁ…」
上条は自分の右手を見つめながら躊躇する。
「……やっぱり止めておくよ。その子にまで俺の不幸が伝染っちまったら……な?」
言い淀む夫に、妻はムッとする。
美琴は強引に上条の右手を掴み、そのままお腹に押し当てた。
「わっ、わっ!? 馬鹿っ! そんな事したらお前―――」
上条の言葉も聞かず、美琴は声を荒げる。
「あのねぇ! アナタが幻想殺し【そのちから】をどう思ってるかは知らないけど、
少なくとも私は…ううん、私以外にも沢山の人がこの右手に救われてきたのよ!?
だから私にとっては、この右手は不幸の象徴なんかじゃないの!
この手は、どんな時でもみんなを助けてくれる素敵な手なんだから! …だから!」
そこまで言うと、美琴はふっと顔を緩める。
「だから…その幸せをこの子にも分けてあげて…?」
「っ!」
上条は涙ぐみそうになる顔を見せないように下を向き、
「…そっか…そう、だな……」
と美琴のお腹をゆっくりと撫でていく。右手がじんわりと温かくなるのを感じた。
「…また蹴ったの、分かった?」
「ああ」
「ふふっ、きっとこの子も、早くパパとママに会いたいのね」
「…ああ。早く…会いたいな。会ってこう言ってやるんだ。
『おめでとう。お前のママは世界一のママだぞ』ってさ」
それは上条麻琴という女の子がこの世に生を受ける、ほんの一週間前の出来事―――