とある盛夏の提琴独奏【ソロコンサート】
ここに一人のメイドさんがいる。
彼女はお客様に対して、「いらっしゃいませ! こちら本日のパンフレットになります」
と愛想良く対応しているが、お客様が離れて一人になった瞬間、
憂鬱そうに表情を曇らせて溜息を吐いた。
「…はぁ…今年も来ちゃったか………盛夏祭…」
季節は夏。今年もまた、彼女はステージに立たなければならない。
◇
「平素、一般へ開放されていないこの常盤台中学女子寮が、年に一度門戸を開く日。
それが盛夏祭だ! 今日は諸君等の招待した大切なお客様が来場される。
寮生として、恥ずかしくない立ち居振る舞いを以って、
くれぐれも粗相無きよう御持て成しするように」
という寮監のお決まりの挨拶を皮切りに、今年も盛夏祭が開催された。
中学3年という最上級生になった美琴は、去年以上に尊敬と憧れの視線を集めるようになっており、
今年も寮生代表に推薦され、バイオリンを弾く段取りとなっている。
(このままパンフレットを配るだけで一日終わってくれないかなぁ…?
…なんて、そんな事ある訳ないか……)
去年も緊張してステージに出るのを躊躇っていたが、今年はその時の比ではない。何故なら、
(……アイツも…来るのよね………)
「アイツ」とは勿論、上条当麻の事である。
今年も繚乱家政女学校が料理を監修しているので、
そこの生徒である舞夏が、去年同様インデックスを招待したのだ。
そしてインデックスが来ているという事は、その保護者(?)の上条も来ているという事である。
ちなみに、オティヌスは人目に付く場所に出てきたら騒ぎになるので、上条の寮でお留守番だ。
今頃はスフィンクスと仲良くケンカ(ただしオティヌスは命がけ)している事だろう。
リアル・トムとジェリーである。
去年は、ステージの裏で出会うまで上条が来ている事は知らなかった。
知らなかったが故に、ステージ直前で彼とバッタリ会った時には、驚きのあまり逆に緊張も解れた。
が、今年は違う。初めから来ると分かっていると、それはそれで緊張してきてしまう物なのだ。
しかも今の美琴は、去年の盛夏祭の時期には無かった心の変化がある。
(う~~~! ヘマして嫌われちゃったらどうしよう……)
恋心である。
絶対能力進化計画で妹達と自分の命を救われて以降、彼女は本気で上条に恋をするようになった。
あれから約一年。彼女の中の恋心は失われること無く、むしろ膨らむばかりである。
自分だけの現実に、大きく影響する程に。
演奏を失敗したぐらいで上条が自分を嫌う訳がないとは分かっているのだが、
それでも「万が一」という可能性を捨てきれない。
「私って、いつからこんなに弱くなっちゃったんだろう…」と、
本日何度目かも分からない溜息を吐く美琴。すると、二人のお客様が近づいてきた。
美琴は気持ちを切り替えて、精一杯の営業スマイルを浮かべながら、
「いらっしゃいませ! こちら本日のパンフレットになります」
と二冊のパンフレットを取り出す。だがそこには。
「こんにちは御坂さん! やっぱり雰囲気が違いますね! お嬢様の匂いがしますもんね!」
「初春、興奮しすぎだよ。去年も来たじゃん。
っと、こんにちは御坂さん。相変わらず、メイド服姿が似合ってますね~!」
「初春さん! 佐天さん! いらっしゃい、楽しんでってね!」
親友二人の来場に、少しホッとする美琴である。
彼女達は去年と同じく、白井に招待されていた。そして件の白井はと言えば、
「はーい…いいですわよー…オーケー…そのままそのまま…」
とフラッシュをたきまくりながらカメラのシャッターボタンを押しまくっていた。いつの間に、である。
彼女はどうやら今年も記録係に立候補したらしく、
相変わらず何の記録なのか美琴の姿ばかりを写真に収めている。
寮生は全員メイド服を着用する事になっているので、白井も美琴と同様メイド姿なのだが、
あまりメイドさんにしてほしくない奇行である。
一応補足しておくと、白井は誰に対しても変態行動を取る訳ではない。美琴限定である。
だが美琴は、とりあえず白井を焼いた【ビリビリした】。
「あっふん! ほ、本日もお姉様への愛が痺れておりますのっ…!」
「二人はこの後どうするの?」
「こことこことここ! それからこことここにも行ってみたいです!」
「だから興奮しすぎだってば…
とりあえず初春と適当に回ってみますよ。去年も来たから、どこに何があるか大体分かりますしね」
白井はまだ軽口を言える程度の余裕はあるようだが、そんな彼女を放置して会話をする三人。
一年以上も行動を共にすれば、変態さんの扱いにも慣れてくるという物だ。
と、そんなタイミングで、
「おーっす、美琴」
と手をひらひらさせながら上条が来場してきた。
一瞬にして顔を真っ赤にさせた美琴に、
初春は釣られて赤面(上条に対してではなく、美琴が赤面した事でその理由を想像したから)し、
佐天は何やらニヤニヤし始め、白井は上条に牙を剥いて「ガルルルル」と唸り声を上げた。
「い…いら、いらっしゃいませ…」
先程までの営業スマイルはどこへやら、顔を俯かせてボソボソと喋る美琴。
上条はパンフレットを受け取りながら、いつものように冗談めいた事を言う。
「あれ? その格好なら、『お帰りなさいませ、ご主人様』とかじゃないのか?」
「こ、ここはそういうお店じゃないわよっ!」
売り言葉に買い言葉。上条のいつもの態度に、美琴もつい釣られていつもの態度で言い返してしまう。
すると上条はニカッと笑い、
「ん! やっと美琴らしくなったな。…ったく、いっちょまえに緊張なんかしてんなっつーの」
「~~~っ!!!」
と美琴の頭をポンポンする。どうやら美琴が緊張している事を察した上条は、
その緊張を解してあげる為に、美琴が軽く怒りそうな事をわざと言ったらしい。
その結果、美琴は既に真っ赤だった顔を更に真っ赤にさせて、
初春も釣られて更に赤面し、佐天は更にニヤニヤし、白井は上条に「キシャーッ!」と威嚇する。
「ところで上条さん! 御坂さんのメイド服を見ての感想は?」
このまま眺めているのも面白いが、もっと面白くなるように佐天が口を開いた。
感想、と言われても上条にはこうとしか答えられない。
「ん? 普通に似合ってるんじゃないか? すげー可愛いと思うし」
「にあっ! かわっ!!?」
上条からサラリと出てきたワードに、口をパクパクさせる美琴。
佐天の策略通り、やはりもっと面白い事になったようだ。
「はーい、もう時間切れですのー!」
が、そこで我慢の限界を迎えた白井が両者の間に割って入ってきた。
白井は上条を睨みつけると、
「さぁ、もうお姉様への挨拶は済みましたでしょう! ならば、さっさと去ねや類人猿! ですの!」
あまりメイドさんの口から聞きたくない暴言である。
一応補足しておくと、白井は誰に対しても厳しい態度を取る訳ではない。上条限定である。
と、そんな白井に一人の少女が話しかけた。
「おー、いたいた白井、探したぞー」
上条とインデックスを招待した舞夏だった。
「あー…悪いな。インデックスだけじゃなくて俺まで招待されちまって」
「むー? 気にするな上条当麻ー。一人も二人も違いは無いぞー。
と言うか、あのシスターが一人で10人前も20人前も平らげているからなー。
料理長の源蔵さんも悲鳴を上げていたぞー」
「……ウチの子がご迷惑をおかけして申し訳ありません…」
インデックスは現在、上条と別れてビュッフェを満喫しているようだ。
唯でさえレベルの高い料理なのに、それが食べ放題となれば、
インデックスにとってはパラダイスであろう。
「っと、そうだー。その件で白井を探しに来たんだったー。
白井ー、ビュッフェの手伝いはどうしたー? 去年もサボっていただろー」
「うぐっ!? で、ですが今ここを離れる訳には…」
自分が防波堤にならなければ、このまま愛しのお姉様と憎き類人猿が良い雰囲気になりかねない。
白井としては、少なくとも上条が別の場所へ移動するまでは安心して他の仕事ができないのだ。
「またそんな事言ってー。ほら、来るのだー」
「あっ! ちょっ! お、お待ちくださいまし~!!!」
だが舞夏はそんな白井もお構いなしに、襟を掴み、引きずる形で連れて行く。
これで白井【じゃまもの】は消えた。
佐天は「チャンス!」とばかりに美琴の持っていたパンフレットの束をひったくると、
近くにいた他の寮生に声をかける。
「すみません! これからあたし達、御坂さんに案内してもらうので、残りのパンフ頼めませんか!?」
「勿論構いませんわ。ごゆっくりお楽しみくださいな」
「ありがとうございます!」
こういう時の佐天さんのアクティブさは、見習わなければならないと素直に思う。
佐天はパンフレットをその寮生に託し美琴の下へ戻ってくると、舌の根も乾かぬ内に、
「じゃっ! あたしと初春は二人だけで回ってきますので、
御坂さんは上条さんを案内してあげてください!」
と言ってきた。
「えっ……ええええぇぇぇぇっ!!? さ、佐天さん達を案内するんじゃないのっ!?」
「言ったじゃないですか。去年も来たから、どこに何があるか大体分かるって。
でも上条さんは慣れてないみたいですからガイドが必要だと思うんですよ!
ねっ? 初春もそれでいいでしょ?」
「も、勿論私も構いません!」
佐天ほど積極的ではないが、初春も美琴を応援する側である。
佐天の提案に、初春は赤くさせたままの顔をコクコクと上下させて頷いた。
「い、いや…でも…その…あの……」
抗議しようとした美琴だったが、口を「あうあう」させるだけで言葉が出てこない。
その隙に佐天は初春の手を引きながら、
「じゃ、『頑張って』ください♪」
と美琴に向かってウインクをした。
初春もまた、佐天に手を引かれながらも上条と美琴に向かって会釈をする。
しかしその会釈は、別れの挨拶という意味以上に、
佐天と同じく『頑張れ』という、応援としての意味合いの方が大きかったのだろう。
こうして美琴は、上条と二人っきりにされてしまった。
ステージまでには、まだ時間がある。
「じゃあ、せっかくだから案内してもらおうかな?」
上条とのプチデートが始まった。
『仕方なく』上条を案内する美琴。
しかし彼女は常盤台を代表する二人のレベル5の内の一人であり、
この盛夏祭で、もっとも注目を浴びている人物だ。
上条と二人で歩いているだけで、自然と視線を集めてしまう。
「ご覧になって! 御坂様ですわ!」
「お隣の殿方は、御坂様のお知り合いの方なのでしょうか?」
「もしかして御坂様の好い人なのでは…?」
「まあ! 流石は御坂様、大人の女性ですわ~!」
おかげで周りでは「きゃーきゃー」と黄色い声が上がっている。
美琴は頭から煙を出し、もはや爆発【ふにゃー】寸前だ。
「な…何かゴメンね…? 周りが勝手に勘違いしちゃって……」
「いや、俺は別に構わないけど…
つーか俺の方こそゴメンな。美琴が有名人だって気付くべきだった」
「わっ! わわわ私は気にしてないからっ! むしろ………えと…その…」
『むしろ』の後がうまく出てこない美琴である。
しかもテンパりすぎて、上条が「俺は別に構わない」と言った事も聞き流してしまう始末だ。
「と、とりあえずどこか入りましょうかっ! このままウロウロしてても始まらないし!」
と理由付けをしている美琴だが、
真の理由は「このまま周りから煽られ続けたら、本当に『ふにゃー』しかねないから」である。
美琴は咄嗟に、近くにあった「茶道体験教室」と書かれたブラックボードに目を向ける。
「こ、これ! これやりましょ! 暑い日に飲む熱いお茶ってのも乙な物なのよ!?」
必死である。
「ああ、いいぞ。お茶なら周りも静かだろうしな。
けど俺は茶道なんて全然分かんないから、手取り足取りのご指導でお願いしますぞ?
美琴センセー」
「ててて、手取り足取りいいいいぃぃ!!?」
頭の中で、体を密着させながら教え合う自分と上条の姿が思い描かれ、益々テンパる美琴であった。
◇
しゃかしゃかと茶筅を使う音が教室に響く。
メイド服の少女が、茶室(に改造された教室)で茶を点てる光景は中々にシュールではあるが、
それを感じさせない程に美琴の姿は板に付いていた。上条も見惚れてしまう程に。
先程は軽い気持ちで「手取り足取りのご指導」なんて言っていた上条だったが、
この雰囲気に思わず緊張してしまった。
(う~、なっさけねぇ~…美琴に『いっちょまえに緊張なんかしてんな』とか言ったくせに、
俺が緊張してちゃ格好つかないよな~……けど美琴が何かいつもより綺麗に見えるし…
いや、お嬢様なんだから茶道の嗜みとかもあるんだろうけど、普段とのギャップのせいかな?)
そんな事を思われているとは露知らず、美琴はお茶を差し出す。
「ど、どうぞ…」
「あ、いただきま…じゃなくて、えっと……お…お手前頂戴いたします…」
上条は周りの見よう見まねで茶碗を数回まわし、恐る恐るお茶を口に運ぶ。すると、
「っ!? 美味ぇ! 何だコレ、苦くない! いや、苦いは苦いんだけど、ほんのり甘味があるような…?
高い抹茶使ってるからなのか、美琴の淹れ方が良かったからなのか…
もしくは両方なのかも知れないけど、とにかく美味いよ! 素人の俺でも分かるくらいに!」
あまりの美味しさに大声で絶賛してしまった。厳かな空気が台無しである。
しかし上条の素直すぎる感想に美琴も「ぷっ!」と吹き出してしまい、
幸か不幸か、ようやくいつも通りの関係に戻れた。
「あはは! まぁ、喜んでもらえたなら何よりだわ!」
「…何だかバカにしているように見えるのは、ワタクシの気のせいでせうか?」
「気のせい気のせい! そう見えたならゴメン!」
カラカラと笑う美琴に若干の不満を持ちつつも、
「まぁ、やっと笑ってくれたからいっか」と安堵にも似た溜息を吐く上条。
「あ、そうだ。ゴメンついでにもう一つ謝っておくけど、
ちょっとこの空気じゃ色んなトコ案内できなさそうかも」
「ああ、いいよいいよ。また俺と一緒に歩いてる所を見られて、騒ぎにしたくないもんな。
俺なら、美琴のステージの時間までずっと茶室【ここ】にいても平気だから、気にすんな」
「そ、そう? そう言ってくれるとありがたいけど…」
「それに―――」
すると上条は、少し照れくさそうにして言葉を続けた。
「…それに、美琴と一緒にいるだけで退屈なんてしないからな」
「っ!!!」
何故この少年は、自分が言ってほしい言葉を当たり前のように言ってくれるのだろう、と美琴は思った。
顔に熱が帯びてくる。それは夏の暑さのせいでも、茶の湯の熱さのせいでもなく。
その後二人は、美琴のステージの時間まで特に会話する事もなく、お茶を飲み続けた。
しかし二人の間に流れる沈黙は、何故か心地の悪い物ではなかったという。
◇
「じ、時間だから、私もう行くね!?」
「ん? ああ、もうこんな時間だったか。分かった、頑張れよ」
ステージの時間が迫ってきたので、美琴は着替える為に立ち上がる。
「じゃあ、俺はどうしよう。観客席で待ってた方がいいのかな?」
流石に着替えを手伝う訳にはいかない。
そもそも一緒に歩くだけでも騒ぎとなって美琴に迷惑がかかるので、
上条はここで美琴と別れようとする。しかしここで、美琴が思いも寄らない事を言ってきた。
「……い…一緒にわた、私の部屋…に………来…て、くれない…かな…?」
「………へ?」
上気させた顔を俯かせて、目にはうっすら涙を溜めて、モジモジしながらも精一杯の素直な気持ち。
先程までの時間でいい雰囲気になれたので、またツンツンとした態度を取ってしまう前にと、
美琴は頑張って勇気を出した。
「え、いや…でも……」
「ド、ドレス! 着替えたら一番にアンタに見てほしいのっ!!!」
どういう訳か、美琴はドレスアップした姿を一番初めに上条に見てほしいのだと言う。
理由は分からないが、美琴がここまで言うのだから、何か特別な意味があるのだろう。
と、一応上条も理解した。
「どういう訳か」とか「理由は分からない」とか「何か」とかが普通に出てくる辺り、
やはりそこが上条の上条たる所以なのだろう。
上条と美琴は、茶室を出てそのまま美琴(と白井)の部屋に向かった。
その道中…更には二人が一緒に部屋に入る所を他の寮生に目撃され、
大騒ぎになったのは言うまでもない。
◇
「お、おおぉ…」
「な、何よそのリアクションは……良かったの!? 悪かったの!?」
美琴の部屋に通された上条は、そのままベッドの上に座って待たされた。美琴の着替え待ちだ。
ちなみに、部屋には上条がいるので、更衣室の代わりとしてバスルームを使用している。
しばらくしてバスルームから出てきた美琴は、
これから行うバイオリンのソロ演奏の為に、ドレスを着飾っていた訳だが、
あまりの美しさに上条は、「おおぉ…」としか言えなかったのだった。
「いや、その、何つーか……すっげぇ綺麗で…えと、うまく言葉が出てこなかった…」
「えっ!? …そ、そう………あ、りが…と……」
上条が「かあぁ…」と赤面するのに釣られるように、美琴も「かあぁ…」と赤面する。
しかしここで、美琴のドレス姿を見て何かを思い出した上条が、ふとこんな事を言ってきた。
「…ん? あっ、そう言や去年のあの時の女の子って、もしかして美琴だったのか!?」
「へ? いや、そうだけど………えっ、何!? 今まで忘れてたの!?」
あの時の出会いはフライングのような物で、
上条にとっては記憶を無くしてから初めて美琴と会話を交わした瞬間だったのだが、
すっかりと忘れ去られていた。
上条が覚えている美琴との一番古い記憶は、自販機にハイキックをかました、
例の「ちぇいさーっ!」事件だ。
あの時は偶然とはいえ、自分の為に緊張を解してくれたという思い出があるだけに、
普通に忘れられていた事は地味にショックな美琴である。
しかしフォローする訳でもないと思うが、上条は頭をポリポリと掻きながら。
「あー、悪い。全っ然気付かなかった。多分、その後に会った美琴の姿とかけ離れてて、
盛夏祭で出会った人だとは思わなかったんだろうな」
「何よ…そのちょっと嬉しいような、全く嬉しくないような理由は……」
「だからゴメンって。ほら、一年前の時の美琴…つーか今の美琴もだけどさ、
正直、思わず見惚れちまうくらい綺麗だったから、
美琴と別人だって認識しちゃっても、仕方ないんじゃないかな~って上条さんは思う訳ですよ。
…ま、いつものミコっちゃんはいつものミコっちゃんで、別の魅力があるんだけどな」
「なっ!!? ……ば…馬鹿ああああぁぁぁぁっ!!!」
サラサラと出てくる嬉しい言葉の数々に、もう顔を合わせられなくなってしまう美琴。
結局そのまま美琴は飛び出し、ステージへと走って行ってしまった。
これ以上、上条と話していると演奏どころではなくなりそうで。
◇
この日、ステージで美琴が弾いたその曲は、アントニン・ドヴォルザーク作曲の『糸杉』。
あまり有名な曲ではないが、美琴はどうしてもこの曲を弾きたかった。
ドヴォルザークは、片想いをした相手に素直に告白できなかった為、
その想いを込めて「糸杉」を作曲したのだという逸話が残されている。
美琴は、どうしてもこの曲を弾きたかったのだ。
そんなエピソードは勿論、曲のタイトルや作曲者も知らない上条は、
観客席で「綺麗な音色だなぁ…」と思いながら、演奏する美琴を眺めつつ、
ほんのりと顔を熱くさせるのだった。