とある聖夜の恋人空間【スウィートタイム】
「ピンポーン」とチャイムが鳴る。
今まで時計とにらめっこをしながらソワソワしていた上条は、
待ってましたとばかりに玄関のドアを開ける。
「メリー・クリスマス!」
「おじゃまします」の代わりにそう言った美琴は、
片手にプレゼントの入った大きな紙袋を持ったまま、もう片方の手を小さく振った。
「いらっしゃい。外、寒くなかったか?」
「ん、平気。…てか、楽しみすぎて寒さとか忘れてたわよ♪」
コートを脱ぎながら、満開の笑顔を上条に向ける美琴。今日という日が、本当に楽しみだったようだ。
それもそのはずだ。何しろ本日はクリスマス・イヴ。
恋人達の恋人達による恋人達のための祭典だ。……少なくとも、ここ日本では。
そしてそれはこの二人としても例外ではない。
それどころか、今回のイヴは特別で、おそらく一生の思い出になるはずなのだ。何故なら。
「…やっぱ、ちょっと緊張するな。付き合ってから初めてのクリスマスだし」
「そ…そうね。お互いにこ……恋人…ができたのも初めてだもんね…」
改めて『初めて』を意識してしまい、上条は照れくさそうに頬をかき、美琴は俯く。
お互いに、ほんのりと顔を赤くさせながら。
「あっ! ホ、ホントにプレゼント以外何も用意しなかったけど、良かったの!?
ケーキとかチキンとか!」
いつまでもモジモジしていても始まらないので、美琴は話題を変える。
「…ん? あ、ああ。それはこっちで用意したから大丈夫。
つか、招く側の俺が何もしてなかったら失礼だろ」
「でもアンタ、いつもあまりお金がないって嘆いてるじゃない」
「あのなぁ! 上条さんにだって、いざって時に使う用の貯蓄ぐらいありますよ!…少ないけど」
なけなしのヘソクリを使ってまで、美琴とのプチパーティ用の会場を用意したらしい上条。
彼もまた、今年のクリスマスを特別な物にしたいようだ。
美琴はそんな彼の様子にクスッと笑った。しかし直後、ふと疑問が浮かんできた。
「…あれ? 料理…これだけ?」
テーブルの上にはケーキにチキンにピザにサラダ、更にはノンアルコールのシャンパンと、
二人で楽しむには充分なクリスマスメニューが並べられていたが、
美琴からの思わぬ不満の意見に、上条は慌てた。
「えっ!!? す、少なかったか!? それともメニューがショボかった!?
で、でも上条さんの懐事情を考えるとプレゼントも買ったしこれ以上のクオリティは―――」
「あー、違う違う! 料理にケチつけたいんじゃなくて、
あの子も食べるならちょっと足りなくないかって思っただけよ!」
あの子とは勿論、腹ペコシスターことインデックスの事だ。
彼女は上条と同居しており、彼女も一緒に食べるならば最低でもあと2~3人前は必要なはずだ。
「ああ、その事か。大丈夫、インデックスは一時的にイギリス帰ってるから。
やっぱクリスマスは十字教徒には神聖なイベントだしな。
インデックス自身もイギリス清教にとって特別な存在だし、
どうしてもって神裂…あー、神裂ってのはインデックスの知り合いな。…が、連れてったよ。
ついでにオティヌスとスフィンクスもな」
「えっ!!? ちょ、待! じゃ、じゃじゃ、じゃあ今日は私とアンタの二人っきり!!?」
「ああ……そう…なるな」
寝耳に水である。
インデックスやオティヌスがいるであろう事を想定して上条の寮に訪問した美琴は、
彼と二人っきりになるというプランを全く考えていなかった。
ルームメイトの白井にも、「部屋には他にも人を入れる」というのを絶対条件に、
クリスマスデートを渋々ながら了承させたので、この現状を知ったら白井は発狂するかもしれない。
色々と覚悟を決めて望んだクリスマスであるが、
二人っきりとなると、『別の覚悟』が必要になってしまう。美琴は耳まで赤くなってしまった。
「んじゃあ、さっそく乾杯するか」
しかし上条は特に気にした様子もなく、グラスにシャンパン(ノンアルコール)を注ぐ。
美琴が赤面する事など、上条にとっては『日常茶飯事』なのだ。
◇
「むぐむぐ……けど本当に良かったのか?
せっかくのクリスマスなのに、どこかに出かけないで俺の部屋で済ませちまってさ。
外はイルミネーションとか綺麗なんだろ?」
ピザを口の中でもぐもぐしながら、上条がそんな事を聞いてきた。
美琴は骨付きのチキンステーキをナイフとフォークで切り分けながら答える。
「んー…私としては人ごみで騒ぐよりも、少人数でゆったり過ごしたかったし。
……ま、まぁ、流石にアンタと二人だけってのは予定と違ったけど…」
「予定と違った」という台詞の前に、「いい意味で」という言葉が隠させているのはご愛嬌。
「んー…じゃあ美琴の友達でも呼ぶか? 佐天とか」
「ふぇっ!!? あ、い、いや佐天さんは中学の同じクラスの友達とパーティーするみたいだし、
黒子や初春さんは風紀委員だから、この時期は交通整理とかで忙しいみたいだから!」
「…そっか」
美琴の言った事は、半分本当で半分ウソであった。
実は美琴、当初の予定ではいつものメンバー
(先に挙げた三名に加え、婚后、湾内、泡浮、固法、春上、枝先など)とパーティーする予定だった。
しかし、そこに待ったをかけたのが佐天だったのだ。ファミレスで美琴から誘いを受けた際、
「彼氏との初めてのクリスマスだってのに、何考えてんですかっ!!!」と大却下されたのだ。美琴も、
「だだだって! 前に『クリスマスは皆でパーティしようね』って約束したじゃない!」
と反論したのだが、佐天曰く「そんなもん御坂さんに彼氏が出来た時点で無効ですよ無効っ!」
なのだそうだ。佐天さん、ファインプレーである。
「そ、それにイルミネーションだって、わざわざ外に出なくても見られるし!」
「…? いや、ここからだと見れないぞ?」
上条は窓に目を向けるが、いつもの風景しか映らない。
上条の不幸体質がそうさせたのか、
ちょうど角度的に街のイルミネーションがギリギリ見えない位置に、この部屋はあるらしい。
しかし美琴は、「違うわよ」と言いながら立ち上がり、そのまま部屋の電気を消した。
「おわぁっ!? 急に暗くしてどうし…た…?」
真っ暗なはずの部屋に明かりが灯る。しかしそれは、部屋の電気ではない。
「えへへ~…どう? 美琴センセーの自家発電イルミネーションは」
美琴が自らの能力を使い、体の周りに火花を散らしていたのだ。
その幻想的な光景に、上条は「おぉ…」と感嘆の声を漏らした。
「すげーな…そんな力の使い方もあるのか。これは上条さんも負けてはいられませんなぁ」
言いながら立ち上がり、腕まくりして右手の準備をする。
「しかと見よ! 俺の右手の第二の能力を~~~!」
「えっ、えっ!? わきゃっ!!!」
上条はそのまま美琴の後頭部に右手を回し、そのまま優しく抱き締める。
ぽふん、と美琴の顔が上条の胸元に埋まった。
「ふっふっふ…これは彼女殺し【ミコっちゃんブレイカー】と言って、
ミコっちゃんの能力を打ち消しつつ、更には大人しくさせる事もできるのですよ!」
「……………」
「これこそが上条さんの右手の真の使い方…って、美琴? 聞いてるか?」
「……………」
美琴からの返事がない。が、その代わりとして心臓の音が徐々に大きくなるのが伝わってきた。
火花が消えて暗闇となった部屋の中では、視覚以外の感覚が研ぎ澄まされ、
しかも体を密着させている事で相手の心音が直に届く。
その場のノリと悪ふざけで美琴を抱き締めてしまった上条だが、
この美琴の様子に自分が何をしたのかを理解し、急激に恥ずかしくなってきた。
「わ、わーっ、ごご、ごめん美琴! す、すぐ離れるからっ!!!」
バッと体を離し、そのまま部屋の電気を点ける上条。
するとそこには、顔を茹で上がらせたまま呆ける美琴の姿がそこにあった。
「もう少しだけ、抱き締めたままでも良かったのに…」という思いすら浮かばない程、
思考を硬直させて。
◇
「じゃあそろそろ、プレゼント交換でもしますかねぇ」
食事も終わり、ケーキを食べた際に指に付着した生クリームをチロッと舐め取りながら、
上条は立ち上がり、そのまま押入れにしまってあった紙袋を取り出す。
ちなみに上条が指を舐めた時、美琴はその仕草を少しセクシーに感じてしまい、
ちょっとだけドキッとしてしまったのだが、それは内緒だ。
「私からは…これ! この前、新しいフライパンが欲しいって言ってたから」
「おおお、サンキュー! もうボロくなってたから買い換えたかったんだけど、
イマイチ踏ん切りがつかなくてさ! すっげぇ助かるよ!」
「ふふっ! そんなに喜んでくれるなら、選んだ私としても嬉しいわ」
美琴が取り出したのは、高級な鍋やフライパンなどの入ったキッチンセットだった。
クリスマスプレゼントとしては少々ロマンスが足りないが、
上条の本当に欲しい物を選んだという意味では、流石は彼女と言ったところか。
「俺からはコレな。……美琴のに比べるとお安い物なので申し訳ないのですが…」
上条が取り出したのは、紙袋いっぱいのヘアピンだった。
「わぁ! いっぱいある…どれも可愛い~!」
「本当はゲコ太の何かグッズを買おうとしたんだけど、コレクター相手には逆に失敗するかと思ってな。
プレゼントした物が『実はそれ持ってます』じゃカッコつかないし…
てか俺の場合、その確率のが高そうだしな。
で、美琴っていつもヘアピンしてるから、こっちに変更したんだよ。
これなら量があっても困らないし、色んな種類も買えるからな」
「ありがとう! 大事に使うわね!」
心の底から嬉しそうに、ひまわりのような笑顔を向ける。
上条からのプレゼント。ただそれだけで、美琴が幸せを感じるには充分な理由だった。
と、ここで大量のヘアピンの中に、一つだけ不恰好な物がある事に気付く。
美琴はそれを紙袋の中から取り出す。
「あれ? これだけ他のと違う…?」
ギクリ!と上条が冷や汗を流した。
「あー…バレちまったか……こんだけ多ければ、うまく紛せられると思ってたんだがなぁ…
実はそのヘアピンだけ……その…ワタクシの手作りなのでござんす…」
「えっ…」
その時、美琴は自分自身の胸がキュンと高鳴るのを感じた。
「いや…せっかくだから手作りの物とかいいかな~とか思ってネットで調べながらやってみたんだけど、
やっぱ慣れない事はするもんじゃないな…おかげでその有り様ですよ。
けど捨てるのもアレだし、大量の既製品と混ぜればそれっぽくなるかと…」
説明しつつ、気恥ずかしそうに頭をかく上条。
美琴はそのヘアピンを胸の前でギュッと握り、瞳を潤ませながら。
「……これは…これだけは使えないわよ…」
「だよなー…そんなん付けて街歩けないよな。ごめん! いらなかったら置いてっても―――」
「違う! そうじゃないのっ!」
上条の言葉を遮るように否定する。
「使うのが嫌だ、とか…そういうんじゃないの!
付けたまま外に出て汚れたり…ましてや壊したり落としたりしたくないもん!
こんな素敵なプレゼント貰っちゃったら…大切に取っておく事しかできないじゃない!」
「えっ…あ、そ、そうか…? ま、まぁ気に入ったんなら…別にいいけど…」
美琴から実直な気持ちの塊をぶつけられ、上条も思わず「かあぁっ…!」と赤面し、
美琴から目を逸らしてしまう。
この雰囲気ならば、もしかしたらこのまま…
おそらく自分でもどうにかなっていたのだろう、と美琴は自己分析した。
上条からの心のこもったプレゼント。
美琴には、もう抑えきれない程の「ありがとう」と「大好き」が溢れ出していた。だから―――
「ね…ねぇ……も、もう一つ……その…プ、プレゼント…が…あ、ある、んだけど…」
「へっ? あ、いや…このセットかなり高そうだし、これ以上は―――」
上条が言い終わるその前に、唇に、柔らかい感触。
上条は一瞬、何が起きたのか分からなかったが、すぐにそれが何なのかを理解する。
上条にとって、そして美琴にとっても、それは初めての口付けだった。
「なっ!!! ちょ、きゅ、急に何をっ!!?」
慌てて離れて大声を出す上条とは対照的に、美琴は顔をトロンとさせながら呟く。
「私の…初めて……あげる…」
「い、いやいやいや! ご自分が何を仰ってるのか分かってらっしゃりますかっ!!?」
「何よ…私だって…すっごく恥ずかしいんだから……」
「~~~っ!」
目を伏せて、指をモジモジと弄りながらそんな事を言う美琴に、
上条も一瞬、どうでもよくなってしまいそうになるが、相手はまだ中学生だ。
流石にキス以上の事をする訳にはいかない。なので、
「、きゃっ!!?」
上条は美琴をベッドに押し倒した。ただし、このまま襲うためではない。
「……あのな、美琴。
俺だって男なんだから、彼女からそんな事を言われたら我慢できなくなっちまうんだよ。
こんな風に無理やり美琴を…なんて事も出来ちまうんだ。そんなの怖いだろ?
だからあまり大人ぶらなくてもいいから。こういう事はさ、ゆっくり時間をかけて……」
自分の中の本能と葛藤しつつ説得を試みる上条。
しかし美琴はベッドに横たわったままの状態で、首をゆっくりと横に振る。
「…怖くなんて…ないわよ……だって…だってアンタが相手だもん。
それに…私、言ったじゃない。………私の、『初めて』あげるって…
キスだけじゃなくて………ね…? 『こっち』も…アンタにプレゼント…したいの…」
「っ!!!」
美琴の言葉に、上条は生唾の呑み込み、額からは脂汗が流れ出す。
しかしここで、美琴から更なる衝撃の一言。美琴は少しだけ困り顔を浮かべて。
「あっ…で、でも………優しくしてくれると…嬉しい…かな?」
この瞬間、辛うじて保たれていた上条の理性が完全に途切れた。
二人のクリスマスは、まだ始まったばかりだ。