モテようと思って、イメチェンしようとしてる男がいたんですよ~
「上条さん、イメチェンしようと思ってます」
「………はあ?」
深刻そうな顔をしながら話を切り出されたので、
今度はどんな事件【めんどうごと】に巻き込まれたのかと心配した美琴だったが、
その表情とは180度違う、全く予期しなかった素っ頓狂な言葉が上条の口から出てきたので、
美琴も一瞬、返事をするのが遅れてしまった。
ここは二人の通学路。
学校も学年も違う二人は、本来なら同じ道を歩いて帰宅する事はないなずなのだが、
毎度の事ながら帰宅途中で『偶然』バッタリと会ってしまうので、
もはや二人並んで帰るのが日課となっている。
そのままいつものように雑談しながら歩を進めていたのだが、
ふいに上条が真面目な顔になった。
美琴が「どうかしたの?」と聞くと、上条はおもむろに口を開けて「いや、実は―――」
と話し始めた。が、その結果が「上条さん、イメチェンしようと思ってます」だったのだ。
「イメチェンって…何、アンタ冬休みデビューでもしたい訳?」
グレムリンとの戦いが終わりを告げて、現在季節は冬。
確かにもうすぐ冬休みが始まるのだが、普通そういう事は夏休み明けにするのではないだろうか。
「俺だってこの時期に恥ずかしい事言ってるって自覚はあるよ!
けどなぁ…このままじゃいかんと思うのですよ……」
すると上条は、嘆息しながらポツリポツリと語り【グチり】始めた。
「何かさぁ…俺ずっとモテないままでいいのかなって。
いや、確かに『俺なんかと付き合ってくれる子はいない』とは思うんだけど、
それでも彼女が欲しい訳ですよ。灰色の高校生活は嫌な訳ですよ。
で、そんな俺を変える為にはイメチェンするしかないのかな~…ってさ」
「……………」
上条の一人語りに何度もツッコもう【ビリビリしよう】とした美琴だったが、我慢した。
上条が朴念仁【こういうヤツ】だという事は、美琴も嫌と言うほど知っている。
「…で? 具体的には何をどうしたいの?」
「それなんだよなぁ……今までの上条さんとは全然違うキャラにしなきゃ意味ないし…
それに振り幅がデカいほど、周りのインパクトもデカいだろうしな」
真面目な顔して何を言ってやがるのかコイツは。
そのまま数秒間「んー…」と考えて、上条は閃く。
「あっ、そうだ! 俺様キャラとかどうかな!?」
「ぶふっ!………ばっふーっ!!!」
あまりにもな上条の提案に、美琴も思わず吹き出してしまう。
そしてそのまま「俺様」な上条を想像して、更に盛大に吹き出した。
似合わない。似合わなすぎる。
「なっ!!? そんなに笑う事ないだろ!? こっちは真剣なんだから!」
真剣だからこそ笑ってしまうのだが。
「そ、それにさっきも言ったろ!? こういうのは振り幅がデカい方がいいんだよ!」
「だ、だからって、ア、ア、アンタが、俺様、とか……くくくっ!
あーーーっはっはっはっはっはっはっは!!!」
美琴はついに決壊した。お腹を抱えて笑う程に。
美琴の反応に、上条は恥ずかしさで顔を真っ赤にさせる。
「~~~っ! じゃあいいよ! もうこの話は無しで!」
「はー、はー……ごめんごめん! 悪かったってば!」
美琴は笑いすぎて出た涙を拭きながら軽く謝る。上条は頬を膨らませて美琴を睨んだ。
「…ホントに悪いと思ってんのか…?」
「思ってるって! お詫びにアンタのイメチェン(笑)に付き合ってあげるから!」
上条がイメチェンしようとしている動機はアレだが、上条の機嫌を直す為にも敢えて付き合う美琴。
というか、こんな斜め上を行く提案なら、イメチェンしようが何しようが結果は同じと判断したのだ。
要するに、美琴も遊び半分である。(笑)とか付いてるし。
しかし、これが後に美琴を地獄(?)へと叩き落す事となる。
「…じゃあ、練習するから付き合ってくれ」
上条としては何だか腑に落ちないが、練習相手がいるのはありがたい。
デビューするのに、その練習風景をクラスメイトに見せる訳にはいかないし、
インデックスやオティヌス相手では、
これからも一緒に暮らしていく以上、その事をネタにされ続ける。
そういった意味で、美琴は非常にやりやすい相手ではある。何より、
「ま、一番気の許せる女の子って美琴だしな。正直助かるっちゃ助かるよ」
という事だから。
何気ない上条の一言に、美琴は瞬時に赤面させてしまう。
やはり、この男の天然は恐ろしい。イメチェン(笑)とか必要ないだろうに。
「ん゛! んん゛っ! …そ、それで私は何すればいいの!?」
咳払いして感情をリセットした美琴は、あまり上条を目を合わせないように話しかける。
「そうなぁ…とりあえずそこに立っててくれ」
「…? ここに?」
美琴は言われるがままに、ただそこに突っ立った。
ここは何の変哲も無い、ただの二人の通学路。
周りにある物と言えば、美琴の背後に建物の外壁があるくらいか。
上条が何をするつもりかは知らないが、こんな所では大した事は出来ないはずだ。
だが次の瞬間、上条は美琴の正面に立ち、そのまま左手を伸ばしてきた。
「ふぇっ!!?」
と美琴が声を出したのと同時に、上条の左手は壁を叩いた。
所謂『壁ドン』である。
上条が想像する俺様キャラとやらは、少女マンガか何かを参考にしたモノらしい。
「ちょ、あ、あの…か…顔、近、いんだけど…」
せっかくリセットした顔色に、再び赤みが差していく。
だが上条は俺様キャラになりきっているのか、
普段とは別人のような受け答えで美琴を更に困惑させる。
「怖いのか? けど俺をその気にさせたのは美琴なんだぜ?」
「ひゃいっ!!? わわわ、私っ!!?」
ワタワタする美琴。上条はそんな美琴の顎を右手の指で摘み、そのまま持ち上げる。
所謂『顎クイ』である。
普段は幻想を殺す為にあるその右手が、
今は美琴の幻想【ゆめ】を実現させる為に動いているとは、ちょっとした皮肉である。
「えっ、えっ、えっ!!!? ちょちょちょ、それは流石にっ!!?」
と言いつつも、『何故か』ゆっくりと目を閉じてしまう美琴。
大覇星祭中に『床ドン』された時と全く同じ反応だ。
ぴと。
目を閉じていて何をされたのはか分からないが、唇に何かが当たった。
しかしそれは、明らかに上条の唇ではない。唇にしては感触が硬いからだ。
美琴はそ~っと目を開けて見る。すると、上条が右手の親指で美琴【じぶん】の顎を持ち上げたまま、
人差し指で唇を押さえているのが分かった。
所謂『口チョン』である。
上条はそのままクスっと笑い、顔を更に接近させる。そして美琴の耳のすぐ隣に顔を持っていき、
「キスは…夜までお預けな」
と妙に色気のある声で、甘い言葉を優しく囁いた。
所謂『耳ヒソ』である。
対して美琴は、
上条が想像を詰め込んだ【ぼくがかんがえたさいきょうの】俺様キャラのコンボに、
耐え切れずに顔を爆発させた。
所謂『顔ボン』である。
◇
「こんな感じなんですが、どうでせうかね?」
「ま…まぁ何と言いますか…その………はい…」
数分後、いつもの調子に戻った上条は感想を聞いてみたのだが、
美琴はそれどころではなく、曖昧な返事をする。
「じゃあ…冬休みが終わったら、このキャラで試してみるわ」
「あっ! ちょ、ちょっと待ってっ!」
美琴の曖昧な返事を肯定的に捉えた上条だが、美琴は慌てて止める。
こんな破壊力のある爆弾を、クラスメイトに投下されては堪ったものではない。
恐らく…と言うか絶対に、上条のクラスメイト達も自分と同様にフラグを建てられているだろう。
という事は、自分と同じような反応になってしまう。それは非常にマズい。なので、
「ま、まだ練習する必要があるんじゃないかしら!?
ホ、ホラ! いきなり変わったら、それこそネタにされて終わっちゃうわよ!?」
と提案する。
本当は完全に止めさせるのが一番の安全策のはずなのだが、
美琴は何故か練習不足を理由に引き止める。まだ練習が必要だから続けるようにと。
あっ…(察し)。
「う~ん……それもそうだな」
「だ、だだ…だから………そ…その時はまた私が付き合ってあげるからっ!
で、ででで、でも私以外の女の人にやっちゃダメよ!?
ちゃんと完成するまで、練習相手は私だけにしなさいよね!?」
「ん。そっか、ありがとな」
こうして、上条イメチェン化計画は頓挫した。
いや、正確に言うならば終わってはいないのだが、
これで完成版・俺様キャラな上条が日の目を見る事はなくなった。
美琴がこれから付きっ切りの練習相手となる。
という事はつまり、彼のイメチェンが完成する事は一生ないのだから。
「じゃ、じゃじゃじゃあ! さっそく練習の続きを始めましょうかっ!」