詰め込め!!
「チョコの作り方、教えてください!!」
そう土下座されたのが昨日のこと。
バレンタインの早朝に、上条美琴は娘の麻琴とともにキッチンに立っていた。
「教えるだけでいいからね!! わたしが作るんだから!!」
「はいはい。そっかーー。ようやく麻琴ちゃんも素直になったかーニヤニヤ」
「ぶっ!! ばっ!! な、なにいってんのよ!! べ、別に素直だとかそんなんじゃなくて、か、感謝の気持ちというか友チョコというか、社交辞令というか……」
「……素直に感謝するって意味だったんだけどな~ニヤニヤ。そもそも特定の誰かとは言ってないけどな~ニヤニヤ」
「なっ!! だっ!! にっ!! と、とりあえずニヤニヤをやめろーーー!!」
現在、上条麻琴も中学3年生。
美琴自身が勇気を振り絞って、あの鈍感バカ野郎に初めてのチョコを渡した年齢となった。
ちょうど去年から麻琴にも片思いの相手ができたようである。
(……でもねぇ……)
麻琴を誘導尋問したり、彼女の友人から証言を集めて、だいたい進展具合は把握している。
だから笑えない。
からかって楽しみながらも、自分とほぼ同じ過程を踏んでいる娘に、
ちょっとした不安を覚えるのだ。
(……第二次レベル6計画とか起こってないよね?)
「チョコ刻んだけど、これでいい?」
「ん? うん、いい感じ!! 次は生クリームを鍋で温めて」
沸騰しないよう丁寧に温められた生クリーム。
サラサラと細かくなったチョコも鍋に入り、
白かった生クリームは茶色に染まっていく。
「麻琴ちゃん、料理も覚えないとあの子に振り向いてもらえないわよ?」
「な、なんでここでアイツが出てくんのよ!! そ、そもそも料理できるし!!この前だってフランス料理のフルコースだって作ってやったし!!」
美琴は麻琴がチョコを型に流し込むのを見ながら思う。
だからこそ、なのだ。
常盤台で習ったその手の料理はたまに食べさせるなら問題ないが、一緒に住むと困るのだ。
毎回それでは内臓が疲弊する。
結局美琴は結婚した後、ママやお義母さまに電話でレシピを聞きながら、1年くらい試行錯誤を重ねた。
「ねぇ、ほ、本当にただの生チョコでいいの? もっと手のかかる奴がいいんじゃない?」
「いいの、いいの」
「…………ねぇ、ママ」
「なに?」
「わたし、前にもママとチョコ作ったこと、ある?」
「あれ? 思い出した?」
「断片的に、ね。誰にあげたんだっけ?」
「そろそろいいわよ」
「あ、うん」
あとは、冷やして固めるだけだ。
「ねぇ、いつ作ったんだっけ?」
「ん?」
「だから、いつママと緒にチョコ作りしたっけ?」
「えーっと、あぁ、アンタが4歳のときね」
「そんな昔なんだ」
「そんでね、今日と同じように1人でやるって聞かないの」
「ふーん、やるじゃん!!」
「チョコは、最初は手伝わしてくれなかったんだけどね、チョコ切る時、手をちょっと切っちゃってさ」
「あー……」
「鍋を触ってやけどもするし、気が気じゃなかったんだけど。やるじゃん、じゃないわよ」
「あはは……、面目ない」
「でも、一生懸命作ってね、アンタが大好きな人に渡しに行ったのよ」
「そうそう!! わたし、誰に渡したの!!? 好きな人って誰!!?」
「ヒ・ミ・ツ。さぁ!! そろそろできたわよ!!」
「ちょ、ちょっと!!」
麻琴の抗議を無視しながら二人は工程をすべて終えた。
のに、
「……じゃ、じゃあこれ、友達みんなに配ってくるね!!」
彼女はへたれだった。
「……あの子にはアンタからチョコもらったらメールするよう約束してるから」
「先手必勝!!? っていうか、だからなんでママがアイツのアドレスを知ってるの!!?」
「そのメールなかったら、二度と家に入れないから」
「あ!! たまに見るマジな目だ!!」
「…………」
「う、う、うわぁ~~~~~~~~ん!!」
泣きながら出て行った娘に嘆息しながら、美琴は再びキッチンに立つ。
あの時のことを思い出しながら。
『だいとーぶ!! わたちにまかせて!! ままはおせーてくれるだけでいいから!!』
『いたいよ~!!』
『まぜまぜすればいいんだね!! よーし!!』
『あちゅいよ~!!』
『ちょこれーと、こげちゃった』
『もういっかいやる!!』
『ひやせばいいの?』
『まだ? まだ?』
携帯が鳴る音でふと我に帰る。
気付けば、いつの間にか夕日が傾いていた。
ソファーに座って物思いにふけっていたら、いつのまにか寝ていたらしい。
目をこすりながら携帯の画面を見ると、メール到着の通知だった。
思わず笑みが浮かぶ。
そこで玄関のドアが空いた。
あの鈍感バカ野郎が帰って来たのだろう。
「ただいま帰りましたよ~。ったく、あの野郎、結局補習に来なかった」
明日は課題三倍じゃあ~!! ケケケケケなどと言っていた上条当麻が、
ふと、キョロキョロしだす。
「……麻琴は?」
「まだ帰ってないけど」
「もう最低下校時間過ぎたよ!!」
教師というオレの立場も考えて―!! と叫ぶ旦那をしり目に、
美琴は娘のことを考える。
麻琴は、昔もきちんとチョコレートにそれを詰め込めていた。
渡す人は変わったかもしれないが、
今回も、たっぷりと入っているはずである。
『ぱぱ!! はい!! わたちがつくったちょこれーとあげる!!』
くすっ。と微笑む美琴に、旦那は怪訝な顔をする。
「どしたの? ミコっちゃん? 急に笑って、気色悪いよ?」
「やかましい!! っつーか、ミコっちゃん呼び懐かしい!!」
「で、なんで笑ってたんだい? ママ?」
「ん? パパが泣きそうなこと」
「それで笑ったの!!?」
「はいはい、いじけないの。これあげるから」
美琴は、冷蔵庫からラッピングされたそれを渡す。
「はい、美琴様がたっぷり愛情を詰めたチョコレート!!」