ぶち込め!!
とあるツンツン頭の少年が、公園で夕日を見上げていた。
彼には今日やりたいことがあったのだ。
昨日手にいれたそれを、とある少女に渡したかったのだ。
「…………」
しかし、手元にそれはない。
とあるいざこざに巻き込まれ、木端微塵になったのである。
「…………ハッ、まぁ、いつもの不幸さ」
くるり、と踵を返した彼は、1歩、2歩と
歩みを進めた後横に飛んでった。
違う。
誰かに蹴り飛ばされた。
「グフッ…………い、いったい…………」
起き上がった彼の顔はその瞬間ひきつった。
「げぇ!! 上条先生!!」
「よう、サボり常習犯くん。今日も補習をぶっちぎってくれやがって。なんですかぁ? キサマはオレと嫁とのホワイトデーイチャイチャを阻止し隊の隊長ですかぁ?」
「ち、違うんだよ!! ど、どうしても抜けられない用事ができましてですね!! だが、アンタのイチャイチャは阻止したい!!」
「言い訳なんぞききとーないわ!! 最後の方は素直でよろしいからパンチをたっぷりプレゼントだ!!」
子供のケンカが始まりました。
暫くお待ちください。
2人はベンチでへばっていた。
特に少年の方は実は世界を救った後だったりする。
「ハァ、30…代の…ハァ、動き…じゃねーだろ」
「なんで、ハァ、その根性が、ハァ、授業には、活かされないんだ」
先に息が整ったのは、上条の方だった。メールを確認した後、ゆっくり話しかける。
「で、どうした?」
「うん?」
「なんか困ってたんだろ?」
「い、いや」
「いいから先生に言ってみろって!!」
「…………先月、さ、チョコをもらったんだ」
(コイツ、モテるからなぁ)
「チョコをくれたヤツは、正直今までそんな風に見たことがないやつで、でも、ソイツは一生懸命で……」
「…………」
「どう答えたらいいのか悩んでるうちに今日になっちまって……」
「よっこいしょ」
「昨日慌ててお返し買ったけど、今日無くしちまって……」
「あーもしもし、オレオレ」
「合わせる顔がねぇし、悲しませてるだろうし……」
「そう、そう、いや、頼むよ」
「もういっそ会わないほうがいいっておもったんだけど、それは、結構オレも辛くて……」
「ん、おう、サンキュ。じゃ後で」
「てめぇがふった話題だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「まぁ、落ち着け青少年」
「ん、あぁ、そうだな。で、第2ラウンドはどこでする?」
「だから落ち着けって、とりあえず入れよ」
「は? へ?ここどこ?」
「オレんち」
「いつの間に!!?」
「『よっこいしょ』ってのは、立ち上がるのと同時にお前を引っ張りだしたときの掛け声だ」
「描写しなくちゃわかんねぇよ!!」
「いいから早く入れって」
突き飛ばされるように入った家は、どこにでもある普通の家だった。
いつも自慢してくる奥さんや娘さんがいない。
「…………逃げられた?」
「うぉぉうらぁぁあああ!!」
結局第2ラウンド開始。
からの
「ハァ、ハァ、メールで出かけたって連絡がきたんだよ」
「ハァ、ハァ、で、オレは何すんの?」
「そろそろ来るはずさ」
「???」
その瞬間玄関のベルが鳴る。
ドアを開けると、ガヤガヤと複数人入ってきた。
で、一発ずつ上条を殴った。
「ふんっ、これは舞夏の分だ」
「滝壺へのアリバイ証明は、ちゃんとやれよ」
「……」
荷物を置いて彼らは去っていく。
嵐のような連中だった。
いや、アイドルグループの方ではなく。
白髪の男性の無言の圧力が一番怖かった。
「……な、なんだったんだ?」
「ぶぶひぶふぅ」
「へ? お菓子の材料を持ってきてもらった?」
「ぶふひべふぅ、ばぶぶぶひ」
「なになに? 今からお菓子を作るとな!!?」
「べふぅ」
上条の顔面が修復したのは、キッチンに立って少ししてからだった。
上条がアーモンドプードルと粉糖をこしザルでこし、
少年が別のボウルに卵白を入れて、グラニュー糖を入れながら泡立て器でメレンゲを作る。
メレンゲにバニラエッセンスを入れながら少年は不良教師に尋ねた。
「なんで先生がこんなもんの作り方知ってんの?」
「オレってば自炊できるんだぜ。今は嫁の飯以外食う気ねーけど」
「いや、聞いてねーよ」
「……実はな、オレもホワイトデーに作り方を教わったんだよ」
メレンゲにザルでこしたアーモンドプードルと粉糖を加え、
切るようにさっくり混ぜ合わせる。
「オレもバレンタインにチョコもらったんだけど、やっぱりそんな風に見たことがないやつからでさ……」
でも、ソイツも必死だったんだ。
と続ける。
今でも目をつぶれば、途中から言葉が消え、びくびく震えてうつむきながら、赤い箱を押し付ける少女の姿がまぶたの裏に浮かぶ。
粉っぽさが無くなってきた。
すると、ゴムベラでボウルに生地を押しつけて、泡を潰すように上条から指示された。
生地にツヤが出て、ヘラですくうとゆっくりリボン状に落ちていく感じになればいいらしい。
2、3回繰り返したが、この作業、マカロナージュというそうだ。
得意げにいう上条に、話の続きを催促する。
「あー、オレもさ、ホワイトデーに準備したんだが、面倒ごとに巻き込まれて、無くしちゃったんだ」
世界規模のもめ事なんだが、本題ではないので割愛。
「そんでお前みたいに泣き寝入りしようとしたら、当時の担任と同居人に怒鳴られたんだよ」
天板にクッキングシートを敷いて、その上に出来上がった生地を絞り出していく。
次に、生地を乾燥。指で触ってもくっついてこない程度まで乾けばいいらしい。
その間、いつの間にか上条はオーブンを130°Cに余熱していた。
生地を25分間焼く。焼いたらそのまま冷ますのだそうだ。
生地を乾燥させている間、少年はためらいがちに声をかけた。
「…………先生」
「ん?」
「オレは、アイツの気持ちに、どう答えていいかわかんねぇんだ。好きって気持ちもわかんねぇし、好かれることをした覚えもない。でも、アイツを悲しませることは、絶対にイヤで「いいんじゃねえの?」!!???」
「整理できない戸惑いも、今は自覚してない喜びも、答えられないけど悲しませたくないというわがままも、全部これにぶちこんで、後は出たとこ勝負で」
そこまで言って、担任の不良教師は少年のようにニカッと笑い、昔、同居していた少女の言葉を紡いだ。
『まっすぐ、自分の感情を相手にぶつけた方が……』
「お前らしいだろ?」
後はチョコクリームを挟むだけ。
その間、言葉は消えた。
ラッピングをした後、感謝もそこそこに出ていこうとした少年はピタッと玄関で固まった。
「どうした?」
「アイツの家、わかんねぇ」
「……電話は?」
「今日コナゴナに……」
「「…………不幸だ」」
「しゃーない、嫁の友人に情報盗んでもらうか」
「さらりとなに言ってんだ?」
「安心しろ、そのひとアンチスキルだから」
「なんに安心すりゃいいのかわからん」
漫才の途中で玄関が開く。
入ってきたのは、上条自慢の嫁と目を真っ赤に腫らした彼らの娘だった。
空気が、変わった。
子供たちは、驚きの表情で固まっていた。
「な、んで…………」
「なんで、お前が、ここに……?」
ようやく親も?を頭に浮かべる。
「ねぇ、当麻とこの子がなんで一緒にいんの??」
「うちのクラスのワルガキだよ。 話したことあるだろ?? それよりなんで美琴がコイツのこと知って……ハッ!! ま、まさか……浮k「んなわけあるか!!」
ここまでコントをやって、ようやく2人は気づく。
空気が桃色に染まっている。
なんかふわふわしたものが当麻の顔にまとわりついた。
それを振り払ってようやくこの鈍感は気づくのだった。
「ま、まさか、バレンタインの日コイツにチョコを渡したのって!!「ハイハーイ!! ホワイトデーのお返しを奥さんは要求します!! まずはデートだデート!! すぐ行こう!! 今すぐ行こう!!」ちょ、待て!! まずはって要求は1つじゃねーのかよ!! 麻琴ーー!!パパは許しませんよーー!!」
バタン、と玄関は閉められた。
混乱し、ついていけなくなっていた麻琴はボケ~っと見送った。
そんな彼女に、
「…………麻琴」
と、意を決した声がかけられた。
ビクリ、と肩が震える。
もう、彼女たちの関係は、後戻りできない。
当麻と美琴は夜の散歩を楽しんでいた。
「うぉぉぉおおおおお!! オレは帰る!! あんな不良に麻琴を託せるかってんだ!!」
「気が早いうえに自分のことを棚どころか宇宙エレベーターでステーションまで上げやがって!! あ き ら め な さ いーー!!」
当麻と美琴は夜の散歩を楽しんでいた。
「人の恋路を邪魔するやつは電撃に焼かれて黒子になる、と」
「よ、ようしゃが…………ガクッ」
当麻と美琴は夜の散歩を楽しめってんだよ。
「…………明日から課題倍増だ」
「職権乱用!!?」
「いーや、アイツのためだ!! 別に小萌先生も意味なく課題増やしたしいーじゃんとかいう考えはある!!」
「日本語を使いこなせてない!! で、あの子と当麻は麻琴が泣いてる間何してたわけ?」
「ん? ああ、ほい」
美琴の手にお菓子が渡る。
「????? マカロン?」
「あれ? なに? そのリアクション?」
「そういえば、最初にお返しもらったのもこれだったよね。なんでこんなに面倒なものを?」
「飴の意味は知ってんのに、それはしらねーの?」
「い、いや、当麻からもらったものならなんでも特別な意味になっちゃうし…………!!! い、今の無し!!」
「…………はへー、いやー、まぐれで当てるもんなのな」
「???」
「さ、遅くなりましたが、デートに行きますよー」
「ちょっ!! 教えてくれてもいいじゃない!!」
それがとある夫婦が結婚式を挙げる10年前のお話。