す
その『事件』は、3月31日の夜から始まった。
夕食を済ませ、風呂にも入り、後は寝るまでダラダラと過ごす時間。
美琴はパジャマ姿のまま、ベッドの上でゴロゴロしながら佐天と通話をしていた。
「それで、そのお店のパンケーキが凄く美味しくてさー」
『へぇ! じゃあ今度、初春と白井さんも誘ってみんなで食べに行きましょうよ!』
「あはは! 初春さん、甘い物に目が無いものね」
そんな当たり障りの無い言葉を交わした直後である。
『あっ! そう言えば御坂さんは、いつ上条さんに告白するんですか?』
佐天から、前後の会話と全く脈絡がない爆弾が突然放り投げられたのだ。
そう言えばも何も、どう言えばそんな話になるのだろうか。
その爆弾をモロに受けた美琴は、ベッドから転げ落ちるという爆死【リアクション】をする。
床に落ちた衝撃で「ドタン!」と大きな音がして、
隣のベッドで本を読んでいた白井がハッとして美琴の方を振り向いた。
「おおお、お姉様!!? どうなされましたの!?」
「いいい、いや、なな、何でもないわよっ!!?」
『え? 何でもないって…どういう事ですか? ま、まさかもう告白しちゃったんですか!?』
「いや違うから! こっちの話!」
「こ、こっちの話って、どっちの話ですの!?」
「ああ、もう! だから!」
同じ部屋にいる白井と通話中の佐天で板挟みになり、会話があっちこっちへ大忙しだ。
とりあえず美琴は白井に自分の掌を見せるように手を上げて、
無言で『今、電話中だから少し黙ってて』と、ジェスチャーで伝える。
そして先程転げ落ちた自分のベッドに座り直し、改めて佐天の爆弾【かんちがい】発言について問い詰めた。
「え…え~っとね? 佐天さん…こ…こここ、こく、こく、告白っていうのはね?
その……す…すすすす好きな人にするモノなの。
そして私はあの馬鹿の事なんて何とも―――」
『だって御坂さん、上条さんの事が好きじゃないですか』
「あの馬鹿の事なんて何とも思ってない訳でね」と言おうとした美琴の言葉に被せるように、
佐天からアッサリと真理(笑)が告げられた。
思わず再びベッドから落ちそうになった美琴だったが、
また白井が心配して【かんぐって】くるので、何とか耐えた。
ただし、顔の火照りまでは耐える事ができず、真っ赤になって頭から煙も出ているが。
「なっ! な、なな、何を…い、言っているのかしら~?
わわわわ私があの馬鹿を、すっ! ……す…き……とか! そんな事は微塵も」
『あぁ、はいはい。もう、その手の言い訳は聞き飽きてますから。
普段の御坂さんを見ていれば、上条さんの事が好きなのは一目瞭然ですし、
それにみんな知ってますよ?』
「み、みみみ、みな、みんなって誰!?」
じっとりと汗をかきながら聞き返す。嫌な予感が止まらない。
『だから、あたしに初春に白井さん。春上さんに枝先さんでしょ?
それから婚后さんと湾内さんと泡浮さん…あっ! 固法先輩もだ!
あとはアケミ、むーちゃん、マコちん。それと―――』
「もういいからっ!!!」
気がつけば叫んでいた。赤面したまま、目にうっすらと涙まで溜めて。
要するに、一通りの知人友人には知れ渡っているという事だった。
しかも自分とあまり関わりの無い、アケミ、むーちゃん、マコちんまで知っている辺り、
美琴の手の届かない所にまで噂が広まっているのだろう。
『自分が上条の事を好きだ』という風評被害【かんちがい】が。
美琴はベッドに突っ伏しながら、もうもうと煙を出し続けている。
そんな美琴の様子を見透かしているかのように、佐天はニヤニヤを含んだような声で通話を続ける。
『あ~…その感じじゃあ、まだまだ先は長そうですね~!』
「…だ…だから…私と…アイツは…そんな関係…じゃ……」
『あっ! だったらせめて、上条さんが御坂さんの事をどう思ってるかだけでも確かめてみませんか?』
もはや美琴の言い訳など、全く聞く耳を持たない佐天である。
『明日はエイプリルフールじゃないですかぁ。
だから上条さんに、「ウソ」の告白をしてみるっていうのはどうですか?
その瞬間の上条さんのリアクションによって、
御坂さんへの好感度がどれ位あるか、分かるかも知れませんよ!
それに仮に「ウソ」の告白を上条さんが受け入れちゃったら、それはそれでオイシイですし♪』
相変わらず滅茶苦茶な事を、さも当然の様に言ってくる娘である。
美琴はもはや独り言でも言っているかの様に、
「…そんにゃこと…ぜったいに…しにゃいんりゃかりゃ……」
とブツブツ呟くのだった。
そして白井は一連の美琴の行動と、端々で聞こえてきた不穏なワードで、
それがかの類人猿に関する事なのだろうと推測し、
血の涙を流しながら、かの類人猿に負の感情【おんねん】を送り続けるのだった。
◇
4月1日 07:23
新年度にはなったが始業式はまだ先なので、学生達は春休みを満喫中である。
昨年度中に何とか補習を終わらせた上条も、もう一度一年生をやり直す心配もなくなり、
悠々自適に同居人達【インデックスとオティヌス】の朝ごはんを作っている。
いつも通りだろ、とか野暮なツッコミはナシである。本人が自適だと思ってんだから。
そんな中、ズボンのポケットに入れていた携帯電話が鳴り響いた。
「はいはい。今、出ますよっと」
上条はフライパンにかけていた火を一旦止めて、電話に出る。
「はい、もしもし?」
『あっ! で、出ちゃった!?』
電話をかけてきたのは向こうなのに、「出ちゃった」とは、これ如何に。
声で電話の相手が分かった上条は、その辺の事を突いてみる。
「いや、そりゃ出るだろ。で、何の用なんだ? …美琴」
『ふぁえっ!!? あ、いや…その…べ、べべべ、別に大した事じゃないんだけどさ!
その……きょ、きょきょきょ今日! わたた、私とデートしてくれない!!?』
「………へ?」
すると何故かデートのお誘い。
美琴はどうやら、いきなり『ウソ』の告白をする勇気が無く、
上条とのデート中に隙を見て告白するつもりのようだ。
目的【こくはく】だけでいっぱいいっぱいになっている為、手段【デート】にまで頭が回らなかったのだろう。
自分で今どえらい事を言ってしまっているのに、気付いていない。
と言うか昨日あれだけ佐天の提案を断っておいて、
エイプリルフール当日になったら、何しれっとウソ告白を実行しようとしているのか。
「あ、ああ。俺は別にいいけど…今日ヒマだし…」
突然のデートに上条も少々ドギマギしつつ、美琴からの誘いにOKする。
『いいいいいのっ!!?』
「いいよ。つーかだから、そっちから言ってきたんだろ」
『じゃ、じゃあ…10時にいつもの公園で……』
「了解」
こうして、四月馬鹿達のデートが始まった。
◇
同日 10:15
いつもの如く色々と不幸に巻き込まれて遅刻した上条。
待ち合わせ場所の公園には、既に美琴が待っていた。
「悪い、待たせちまった!」
「にゃっ!!? べ、べべ別に待ってなんかないわよっ!
電話の後すぐ寮を出ちゃって7時半からここで待ってたとか、そんな事してないんだから!」
そんな事してたようだ。
「しっかし驚いたな…何たって、いきなり『デートしてくれない』だもんな。
まぁ、美琴にも何かしらの事情があるんだろうけど」
普段、美琴からそんな誘いを受けないだけに、軽くいぶかしむ上条。最初のチャンス到来だ。
ここからの流れは、まず美琴が
「今まで言えなかったけど、実はアンタの事が好きだったの。デートに誘ったのもその為よ」
と言って、そこから上条のリアクション次第で
「な~んてね! 今日はエイプリルフールよ。ウソに決まってんじゃない」
のプランAか、もしくは「じゃ、じゃあ……私達、つ…付き合ってみる…?」のプランBの、
どちらかに移行する計画である。理想は勿論プランBの方だが。
「あっ! ああ、あの、それは、その……じ、じじじ実は私!
アアアンタに言いたい事があったようななかったような!?」
「どっちだよ」
「だ、だからあの…実は…アンタの事が……
す…
す……
………す、少し肌寒くない!?」
しかしあくまでも理想は理想。
美琴にとって『好き』というたったの二文字は、城壁よりも高い壁なのだ。
不自然に会話の方向性が変わったが、鈍感な上条に気付くはずもなく、素直に答える。
「ん? ああ…確かにちょっと寒いな。つーか今日、二月の陽気らしいからな。
4月になったばっかなのになぁ~」
どうでもいい。
◇
同日 11:02
二人は古本屋に来ていた。二人ともマンガ好きという事もあり、
お互いにオススメの本を立ち読みしながら笑い合う。中々に良い雰囲気のようだ。
「やー、少女マンガとか今まで読んだ事なかったけど意外と面白いな」
「でしょ!? でね、次のページで女の子が告白するシーンがまたいいのよ!」
「へぇ~…あっ! ここか」
「そうそう! 特に台詞が……ハッ!?」
と、ここで唐突に第二のチャンス到来だ。
マンガの中の女の子の台詞に合わせて、上条にウソの告白をするパターンである。
「と、特に、台詞がね? い、いいのよ…ずっと…ず、ずっと君の事が……
す、すすすす、
す、
……数十年前のマンガとは思えないわよね!」
だが今回も失敗だ。美琴は再び会話の脈絡に関係なく、全く違う話を振る。
「うん。絵柄はちょっと古いけど、でも話の展開とかは今のマンガにも負けないと思う」
どうでもいい。
◇
同日 11:54
古本屋を出た二人は、特に予定もなくプラプラと街を歩いている。
ただの散歩だが、それでも美琴は嬉しかった。上条と一緒に歩いているだけで。
「……なぁ、周りからは俺達もあんな風に見えてるのかな?」
ふいに上条がそんな事を言ってきた。
上条が「あんな風に」と言ったその先には、手を繋いで歩くカップルの姿。
つまり上条は、周りからは自分と美琴もカップルに見えているのか、と美琴に問いかけたのだ。
第三のチャンス到来だ。
ここから美琴は、「だったら嬉しいな。だって私、アンタの事が好きだもん」と繋げれば良い。
「だだだだたら嬉ししいなっ! だだ、だて、だって私、アアアアンタの事が、
すっ、すす、す…
すすすすす!
……寿司! お寿司食べたくない!?」
やはりダメであった。
「そうだな。もう昼飯時だし、どこか安い回転寿司でも食べるか」
どうでもいい。
◇
そしてその後も何度かチャンスが到来したのだが、美琴は、
「す、す……スタイルいいわね~! あの人!」だの、
「す…すす、す……住むとしたら北海道と沖縄、どっちがいい!?」だの、
「す、す、す……凄く美味しいパンケーキ出すお店見つけたのよこの前!」だの、
「すすすすす……ストーブもそろそろ片付けなきゃならない季節よね~!」だの、
「…す……スマラッパギって言うのよ! インドネシア語で『おはよう』の事は!」だの、
毎回毎回そのチャンスを自ら踏み潰してしまっていた。
もはや、しりとりで「す」攻めされている人状態である。
そんなこんなが続き、現在時刻は17:49。そろそろ帰らなくてはならない時間だ。
結局一度もウソの告白すらできず、美琴自己嫌悪中である。
「じゃあ、今日は楽しかったよ」
「う…うん……私も楽しかったわ…あははははは……」
楽しかったのは間違いないが、当初の目的は果たせなかった為に笑いも乾いている美琴。
しかし、「またあとでな!」と言いながら背中を向ける上条に対し、
美琴はついに、決心をした。本能的に、このままではいけないと思ったのだ。
「ね、ねぇっ!!!」
大きな声で呼び止められ、上条はクルリと振り返る。
「どうした?」
「あ、あああ、あ、あのっ!!! わわわ、わたわた、私っ!!!
アン、アア、アンタのっ!!! こっここ、こ、事がっ!!!
すすすすすす、す、すす、すっ、すぅ~~~~~……っ!!!」
それは「少し」でも「数十年」でも「寿司」でもなく。
「 好 き !!! だからっ!」
一瞬、上条には何を言われたのか分からなかった。
聞きなれない言葉が、言うはずの無い人物の口から飛び出した事で、脳が処理しきれていないのだ。
そして脳の演算が終わるその前に、美琴は真っ赤な顔のまま走り去ってしまった。
やっと「好き」と言えた達成感と、直後に湧き出してきた猛烈な羞恥心で、
居ても立っても居られなくなり、上条の目の前から逃げ出したのである。
あまりにも慌てていた為に、
「な~んてね! 今日はエイプリルフールよ。ウソに決まってんじゃない」
を言うのも忘れてしまう程に。それはつまり、上条からしたらマジ告白にしか映らない。
美琴がこの場から消えて数分後、上条の脳もやっと美琴の行動を理解し、
「かあぁ…!」と顔も熱くなってくる。
「え、ええぇっ!!? み、みこ、美琴がまさか…俺の事を!?
いやでも、今のってやっぱ、そういう事…だよな…?」
流石の鈍感王でも、ここまでストレートな告白をされてしまってはその鈍感を発揮できず、
赤面したまま、ただただ美琴の走り去った方向を見つめるのであった。
一部では、エイプリルフールでウソを吐いて良いのは午前中までという設定【ルール】がある。
だから午後に吐こうとしていた美琴のウソ告白も、本当の告白になってしまった…のかも知れない。
エイプリルフールでのウソのご利用は、計画的に行おう。