心理掌握・佐天さん
「はあぁ~……」
と冒頭からいきなり後ろ向きな溜息をついているのは、
たった一つのポケットティッシュを大事そうに抱えた上条だ。
彼の両隣には、「あはは…」と苦笑いしている美琴と、プリプリと怒るいんでっくすさんの姿が。
「もぅ! もぅもぅ! だから私が福引するって言ったのに!」
「だってお前、やり方が分かんないってモタモタしてたじゃねーか!」
「せっかく券も10枚集めたのに!」
「ぐっ…! ティ…ティッシュだって立派な景品なんだぞ!?」
上条といんでっくすの会話を聞くに、どうやら彼らは福引をやったらしい。
しかし抽選機を回してしまったのは上条のようで、不幸な彼は当たり前に白玉【ハズレ】を出した。
「ま、まぁいいじゃない。たかだか福引くらい―――」
「たかだかぁ…?」
フォローしようとした美琴だったが、言い方が悪かったのか逆効果になってしまったようだ。
上条はゆらりと美琴の方へと顔を向ける。
「お、お前はお嬢様だから分かんないだろうけどな!
俺みたいな平民庶民にとって、福引は一攫千金を狙う大チャンスであってだな!」
「わわわ、分かったわよ悪かったわよ! 謝るから、そんなに顔近づけんな馬鹿っ!」
美琴の間近まで顔を詰め寄らせる上条。美琴も、ホントは嬉しいクセに。
「はぁ…じゃあ私が買い物したら、またアンタ達に福引券あげるから。
だからとりあえず今日はティッシュ【それ】で我慢しときなさいよ」
嘆息しつつ、双方が納得できそうな妥協案でその場の収束を試みる。
すると上条は、『再び』地面に自分の頭を擦りつけた。
「ありがとうございます女神様っ!!!」
「だ、だだ、だからやめなさいよそれっ!!!」
「とーまとーま! 私もやった方がいいのかな!? DOGEZA!」
「やんなくていいって言ってんでしょっ!!?」
と、美琴が二度目の神転生を成し遂げたこのタイミングで、
「あれ? 御坂さんに上条さん! …っと、シスターさん?」
お米を一袋、重そうに抱えながら歩く佐天と曲がり角でバッタリと出会う。
「あっ、佐天さん。そのお米どうしたの?」
「にしし! ほら、例の福引あるじゃないですか。
券10枚拾ったんでやってみたら、お米10㎏が当たっちゃったんですよ♪」
「んなにーっ!?」
佐天の言葉を聞いた上条は、思いっきり膝を突いた。
しかし今回は土下座としての意味ではなく、 orz ←これである。
福引券10枚全てを『貰った』ではなく『拾った』というのも衝撃だが、
それで更にお米まで当ててしまうとは、(上条にとっては)想像も出来ない程の幸運力である。
その上お米10㎏…それは毎月毎週毎日と食費に悩まされている上条にとって、
正に喉から手が出る程に欲しい代物だ。
「とーま! あれだけあれば、ご飯がいっぱい食べられるんだよ!」
「そうだね…でも食べるのは俺たちじゃないけどね…」
そんな世知辛い会話をする上条たちの様子を察してか、佐天からある提案が成された。
「え…えっと……よ、良かったらお米【これ】、差し上げましょうか…?」
「「いいのっ!!?」」
即座に、上条といんでっくすが食いついた。
「「女神様ー!!!」」
ついでに佐天も崇め奉った。美琴に続いて、二人目の神の誕生である。
いんでっくすは十字教徒として、本当にそれで良いのだろうか。
「えっ!? えっ!? な、何ですかこれ!?」
「ああ、うん。気にしなくていいと思うわよ。私もそれやられたから」
と恥ずかしくて真っ赤になる佐天ではあるが、彼女もただで転ぶような性格ではない。
上条のこの喜びようを見て、佐天はピーンと閃いたのだ。そう、お待ちかねの悪巧みタイムである。
「あー、上条さん? あげてもいいですけど、ただと言う訳には…
って言うか、いい加減に土下座やめてくださいよ!」
まだやっていたのか。
「うぇっ!? そ、そりゃそうだよな…仕方ない、佐天にはこのティッシュを…」
「要りませんよそんなの!」
上条はハズレで引いたポケットティッシュと物々交換しようとしてきやがった。
完全なる不平等条約である。何だこのコント。
「でも…今、他に交換できそうな物なんて持ってないぞ?」
上条は自分のポケットをまさぐりながら答える。
中から出てくるのは、絡まりあった毛玉や糸くずばかりである。
すると佐天はニタリと邪悪な笑みを浮かべた。美琴の背筋に、ゾッと寒いモノが走る。
「じゃあ体で支払ってもらうしかないですね…
今から上条さんには、あたしの言う事を何でも聞いてもらいます!」
「ああ、そういう事か。うん、全然OK」
お米欲しさに、佐天の言う『言う事』がどんな物なのかも聞かずに、
アッサリとOKする上条。こうして佐天は能力も使わずに、上条を心理掌握したのである。
美琴からしたら、否が応でも嫌な予感が止まらない状況だ。
佐天がこんな顔の時に企んでいる事と言えば十中八九…
「じゃあまずは、御坂さんを抱き締めてください!」
「ほらきたやっぱりいいいいいいいい!!!」
美琴は絶叫しながら顔を真っ赤にさせた。
しかも『まずは』という事は、これ一つでは済まさないご様子だ。
ここで上条が取るべき正しいリアクションは、
「…何で佐天との交換条件なのに、御坂が出てくるんだ?」と顔をキョトンとさせる事だ。
しかし今の上条は米に目が眩んだ状態であり、佐天の言う事には絶対服従の身だ。
疑問など持たず、瞬時に美琴との距離を詰める。
「すまんな御坂…これも上条さんの食費を助ける為なんだ。我慢してくれ」
「そそそそそれは私には関係ない事じゃな、って言うか逃げられないだとっ!?」
上条との距離を離そうと後ろに一歩下がろうとした美琴だったが、
何故か足が動かない。見ると自分を足をガッシリと掴んでいるいんでっくすの姿が。
「ごめんね短髪…これも私がお腹いっぱいになる為なんだよ。我慢してほしいかも」
「だからそれ私には関係ない事でしょっ!!!?」
上条と同じような事を言いながら美琴をロックするいんでっくす。
彼女とて本当は上条と美琴が抱き合う姿など見たい訳ではないが、
それよりも何よりも、まずはご飯が優先なのである。
「じゃ、御坂さんが逃げられなくなった所で…やっちゃってください上条さん♪」
「アラホラサッサー!」
上条は上官【さてん】に向かって敬礼をした後、美琴を思いっきり、
「え、えっ!? ちょ、待、ほ、本当にやる気―――」
思いっきり抱き締めた。
「にゃあああああああああああっ!!!」
「こうか!? これがええのんか!?」
「みょわあああああああああああっ!!!」
「そ~れそれそれ、むぎゅ~~~~!」
何かもう、上条も変なテンション(そうでもしないと我に返りそうだから)になり、
訳の分からない事を口走りながら抱擁する。そして美琴は大絶叫する。地獄絵図である。
ちなみにこの際、美琴は本能的に頭から電撃を垂れ流しているが、
上条の右手によって打ち消されている。仕方ないね。
「はい! そこでこれを読んでください! 出来るだけ、御坂さんの耳元で!」
美琴を抱き締めている後ろで、佐天から一枚のメモを手渡された。
上条は左手(右手を放すとビリビリが来るから)を美琴から放し、それを受け取る。
さぁ、上条が真面目な顔を作り、これからそのメモの内容を読み上げる訳だが、
皆さんは件のイケメン条さんの顔(イケメンAA)を思い浮かべ、
念の為に牛乳かウーロン茶を口に含んで読んでいただきたい。
「………俺は美琴にラブラブチュッチュでゾッコンハニーなんだぜ…?」
「ふぉあああああああああああっ!!!」
ひっどい台詞である。
しかも何となくニュアンスは伝わってくるが、微妙に細かい意味が分からない。
美琴の耳元で囁いた上条だが、佐天のメモ通りに言わされた台詞の為、上条本人も不本意である。
しかし本来なら百年の恋も一気に冷めてしまいそうな台詞であるが、
千年の恋をしている美琴には効果抜群だったらしく、真っ赤な顔を更に赤くさせてしまう。
「さぁ! ここでとどめ(?)ですよ!」
「ま、まだやるのか!?」
すでに頭から煙を出してノックアウト状態の美琴だが、佐天の死体蹴り【みこといじり】は止まらない。
上条も流石に「これ以上はちょっと…」と目で訴えるが、
目の前でお米10㎏の袋をチラつかせられては、どうしようもない。
無言で渋々ながら納得する上条に気を良くした佐天は、ついに。
「じゃあ最後って事で…御坂さんにキスしてください!」
「「「えっ…………えええええええええええええ!!!?」」」
上条、美琴、そして美琴の足をこれまでずっと掴んでいるいんでっくすの三名が、同時に叫んだ。
「いいいいいやああああのさささささ佐天さんっ!!? そそそれはささささ流石にっ!」
「そ、そうなんだよ! キ…キスはちょっと『ズルい』かもっ!」
慌てて否定する美琴といんでっくす。それは勿論、上条も同様だ。
「……く、口は無理だから…ほっぺでもよろしいでせうか…?」
「「えっ…………えええええええええええええ!!!?」」
しかし微妙に受け入れてる上条に、美琴といんでっくすは再び叫んだ。
「う~ん……本当は唇が一番いいんですけど…まぁ、それで手を打ちましょう」
「いやいやいやいや!!!
て…ててて、手を打つも何も、何で佐天さんに決定権があるの!? 私の意志は!?」
「ですから御坂さんの意志を尊重して、唇は大切な時に取っておいてあげてもいいかなと」
「微妙に会話が成り立ってないわ佐天さん!!!」
「とーま! いくら何でも、それはやりすぎじゃないのかなっ!?」
「よく考えろ、いんでっくす。ほっぺにキスするだけでご飯がいっぱい食べられるんだぞ?
逆に考えるんだ。『キスぐらいしちゃっていいさ』と」
「うううぅ……でも…でもっ!」
「たまには、おかわり何杯でも自由って奴をやってみたくないか?」
「……………やってみたいかも…」
佐天は美琴を、上条はいんでっくすをそれぞれ説得させる。
「いや私は説得させられてないんだけどっ!!?」
「もう! 往生際が悪いですよ!?」
「私が悪いの!? ねぇ、これって私が悪―――」
―――……… ちゅっ
美琴が佐天に対して、まだ抗議している途中だった。
突然『ちゅっ』と音を立てて、頬にじんわりと温かい体温と、柔らかい感触が当たる。
何が起こったのかは、ご存知の通りだ。
こうして上条は、約束どおり佐天からお米10㎏を貰ったのである。
上条は食費が助かり、いんでっくすはお腹いっぱいのご飯を食べられるようになり、
佐天は面白い物を見る事に成功し、そして美琴は―――
つまり、全員でWin-Winな関係…いや、4人なのでWin-Win-Win-Winな関係になったのだった。