その酒癖の悪さは母親譲りにつき
それは何気ない日常から始まった。
この日の放課後、美琴は白井、初春、佐天という三人の馴染みのメンバーと、寄り道をしていた。
最近第七学区で話題のアイスクリームショップ、そこに四人で買い食いをしているのである。
あまり褒められた行為ではないが、風紀委員が二人いるので大丈夫(?)だろう。
「ん~~~っ! やっぱ美味しいですね、ここのジェラート!」
言いながら幸せそうに顔を綻ばせたのは、この中で一番の甘党、初春だ。
「…にしても初春。五段重ねはやりすぎじゃない?」
「甘いものは別腹ですから!」
「腹は一つしかありませんわよ」
「ま、まぁ確かに美味しいから、分からなくもないけどね」
しかし初春の食べる量に、総員総ツッコミである。
「それに、そんなに食べたら太るのではありませんの?」
「うっぐ……そ、それは言わないでくださいよ白井さ~ん…」
「あ~…あたしもちょっと、お腹周りが心配なんですよね~。
御坂さんはいつもスタイルいいですけど、ダイエットとかしてるんですか?」
「(私は佐天さんの胸の方が羨ましいけど…)別にダイエットとかはしてないわよ?
私って何か、いくら食べても太らない体質みたいだし」
瞬間、美琴以外の三人の動きが止まった。そして、
「何ですかそれケンカ売ってるんですかっ!?」
「う、初春! 気持ちは分かるけど落ち着いて!
きっと御坂さんは、自分の能力の発電エネルギーで脂肪も燃焼できるんだよ!」
「と言うよりも、お姉様は普通によく運動するからだと思いますの」
今度は美琴に総ツッコミである。
普段、大人しめな初春が声を荒げる程に。
とまぁ、そんないつも通りの雑談をしている時だった。ふいに佐天が、
「あっ! みんなで一口ずつ交換しませんか?
ちょうど全員、バラバラの味のを買ったみたいですし」
そんな提案をしてきた。
白井は親指をグッと立てて「ナイスアイデアですの!」と叫んだ。
白井は以前、美琴と同じ物を注文してしまったが為に、美琴との「あーん」をしそびれた過去がある。
今回はそんな事が無いように美琴と別の味のアイスを買っておいたのだ。
ちなみに美琴はチョコミント、白井はモカコーヒー、佐天はラムレーズン、
そして初春は上から順に、
ストロベリーチーズ、オレンジシャーベット、抹茶、シャリシャリコーラ、濃厚バニラだ。
彩りを考えるだけでなく、ねっとり系とさっぱり系を交互に挟んでいる辺りも流石(?)である。
だが白井にとっては残念な事に、愛しのお姉様との「あーん」計画は、今回も白紙に戻される事となる。
「あ、じゃあ佐天さんのから」
「どうぞ! このラムレーズン、ちょっと多めにお酒が入ってて美味しいんですよ」
「へぇ~、楽しみね」
と言いながら、美琴は佐天の買ったアイスをパクッと食べる。
すると美琴は味わいながら、「ん~、おいひ~♪」と頬に手を当てた。
そこまでは良かった。だが次の瞬間、美琴にある異変が。
「ホ~ントおいしいにゃ~!」
「…? 御坂さん?」
「な~にゃ~?」
明らかに言動がおかしい。
目をトロンとさせながら、顔には赤みが差し、頭をフラフラとさせる。
これは誰がどう見ても。
「えっ!? み、御坂さん酔ってるんですか!?」
「えええ!? た、確かに佐天さんのジェラートにはラム酒が入ってますけど!」
「で、ですがアルコール分など飛んでいるはずですわよ!?」
そう。佐天の注文したラムレーズンにはラム酒が含まれている。
ただし白井の言った通り、アイスを作る過程でラム酒には加熱処理が施されているので、
普通は酔う事はない。『普通』ならば。
しかし美琴は『普通』ではなかった。
レベル5の能力者である美琴は、学園都市でも指折りの演算能力と、
そして自分だけの現実を確立している。
だが自分だけの現実の力の源泉は、信じる力…そして妄想力である。
つまり美琴は人よりも妄想する力が高い訳で、それ故にプラシーボ効果も高いのだ。
「アルコールが入っている」という情報だけで、酔ってしまえる程に。
と、そこに気付く前に、美琴の介抱をする三人の前には新たなトラブルの種が。
「…あれ? どうしたんだお前ら」
「げっ! る、類j…もとい上条さん…!」
トレードマークのツンツン頭。上条だ。
「あの、上条さん! 実は御坂さんが―――」
この状況を上条に説明しようと、
「御坂さん何故か酔ってしまって」と初春が言おうとした瞬間、それは起きた。
「にゃあああ! 当麻だあああぁぁぁ!」
満面の笑みを浮かべた美琴が、突如上条に抱きついた。
そしてそのまま、上条の胸元に顔をコシコシと擦りつけてきたのである。
あまりに唐突且つ荒唐無稽で、普段の美琴では有り得ない行動に、
四人は目を丸くして固まる。ただ一人美琴だけが、幸せそうに「にゅふふ~♪」を笑っていた。
普段は上条の事を、「当麻」だなんて呼びもしないクセに。
どうやら、いつもは理性やら恥ずかしさやらでツンツンする所が、
酔っ払った事でそれらを取っ払ってしまい、素直にデレデレになっているらしい。
「なっ、え、こ、えっ!!? これ、ど、どういう現象なのでせう!?」
色々と柔らかい感触やら淡く甘い香りが鼻をくすぐるやらで、顔を真っ赤にした上条だが、
これが正常な状態ではない事は分かっているので、目の前の三人に問いかける。
しかし誰一人として答えられる者はいない。彼女達も、美琴の急変に頭がついていかないのだ。
が、時間が経つにつれて頭の凍結も徐々に解凍されてきた三人は、
美琴の異変が何なのかは分からずとも、今やるべき事は理解する。
「………ハッ! と、とりあえずお姉様から離れなさいな!」
「とと、そうだった! ケータイケータイ!」
「ぬふぇ~~~」
まず白井が二人の中に割って入ろうと立ち上がり、
佐天はこの様子をムービーで録画しようと携帯電話を取り出す。
そして初春は…まだ赤面したまま固まっている。
だが止めに入ろうとした白井に、『バヂヂィッ!』と威嚇電撃が飛ぶ。
この場で自由に電撃を飛ばせる人物など一人しかいない。そう、美琴だ。
「お、お姉様!? 何を…」
「何をじゃらいわよ~…黒子! アンタ、私と当麻の仲を邪魔する気れしょ~!
当麻は私のなんりゃからっ! 誰にもあげたりしらいんだからねぇっ!」
「要りませんわよ、そんなものっ!」
「そんなもの!?」
白井に『そんなもの』扱いされ、地味にショックを受ける上条である。
しかし上条自体は要らなくとも、邪魔はしたい白井。
ここは美琴の電撃を恐れている場合ではない。強引に突き進もうとする。
「ここは強行突破を―――」
が、次の瞬間だ。
「―――っ!!? もご春っ!?」
「ししし白井さんっ! ここは黙って見守りましょう!」
ようやく動けるようになった初春に、羽交い絞めされてしまった。
ついでに口まで塞がれた為に「初春」と言う所を「もご春」と、どもってしまう。
初春もまた佐天側の人間であり、美琴の恋を応援しているのだ。面白半分に。
ちなみに当の佐天はと言えば、黙々とムービー撮影を継続中だ。この子はブレないのである。
一方で、困惑しているのは上条だ。
とりあえず右手で美琴の頭を触ってはみたが、特に反応はない。
酔っているだけなので当然だが、そこに異能の力は加わっていないのだ。
しかし美琴の態度がおかしいのは見ての通りなので、
どうすればいいのか分からないやらドギマギするやら、離れようとするやらドギマギするやら。
結果ドギマギしているのである。
だが美琴はそんな上条などお構いなしに、悠々自適にイチャイチャを満喫していた。
「んふふ~、当麻当麻当麻~♡」
「ちょ、みこ、美琴さん!?
そんなに抱き締められるとその…お…お胸が当たってましてですね……」
「なぁ~に~? 当麻ってば照れてんの~? もう、か~わ~い~い~!」
ケラケラと笑いながら、抱きつく手に更に力を込める。完全に「当ててんのよ」状態である。
ところが美琴の攻めは、これで留まらなかった。
「ねぇ、当麻ぁ。チューしよ? チュー」
「……………へ?」
見ると美琴が「ん~♡」と唇と突き出して目を瞑っている。
上条は慌てて美琴の両肩を掴み、離れようとする。
「おおおオチケツ美kとっ!!! それはホラ何と言いますかアレですからっ!!!」
まずはお前がオチケツ。こういう事態に耐性のない上条は、相当にテンパっているようだ。
対して美琴は、チューをさせてもらえなかった事に「ぷくっ」と頬を膨らませる。ご立腹である。
「……や!」
「いや、『や』っと言われましても…」
「や~あぁ~! チューしゅりゅろ~!」
もはやただの駄々っ子に成り下がる常盤台の超電磁砲。
げに恐ろしきは酒の力(正確には『酒』というキーワードとプラシーボ効果の力)である。
だがそれでも彼女は、腐ってもレベル5だ。
酔っ払いながらもその卓越した演算能力をフル回転させ、上条を罠に嵌める。
「……あっ。アレな~に?」
「え?」
ふいに美琴が、上条の後ろを指差した。
そして上条が後ろに振り向いた瞬間―――
「隙あり♡」
と美琴はキスをした。
上条の唇のすぐ右斜め下。もう少しでダイレクトアタックする所であった。
「が、ががっ!!?」
突然のキスに、上条は顔を真っ赤にさせながら美琴を見つめる。
けれども美琴は悪びれた様子もなく、ニコニコしながら一言。
「えっへへ~! 焦らされてやんの~♡」
そしてその一言を最後に、美琴は「かくん」と落ちた。
眠ってしまったようだ。上条にその身を預けたままで、である。
結局最後まで何が何やら分からなかったが、とりあえず事態は収束した。
上条がホッとしたような少し勿体無かったような、そんな複雑な心境で幕を下ろ―――
「る~い~じ~ん~え~ん~……お覚悟はよろしいDEATHの…?」
幕を下ろす訳がない。
ようやく初春の拘束を振りほどいた白井は、
美琴と上条の行動(と言うか行動を起こしていたのは美琴だけなのだが)の一部始終を見せ付けられ、
我慢などとっくに限界を超え、修羅と化していた。
聞き慣れたはずの白井の「ですの」に、妙に殺意も込められている気がする。
上条さんは何も悪くない。悪くはないが、何故だろう。全く同情する気が起きないのは。
訳の分からない事に巻き込まれた上条は、訳の分からないまま白井の怒りを買い、
訳の分からないまま不幸な目に遭うのだった。
そして後日、この時の全ての記録をるいぴょんと風紀委員の守護神がばら撒くのである。
四人のアイスがドロドロに溶けるそのすぐ近くで、トロトロにとろけきった寝顔の美琴は、
「もう…当麻ってばエッチなんだかりゃ~…♡」
と暢気に夢を見るのであった。