短冊
『上条当麻と付き合えますように♡ 御坂美琴』
そう短冊に書いた少女は、お馴染み、御坂美琴嬢である。
今日は七夕。
寮の部屋で机に向かい、願い事を書き終えた彼女は
よし、と大きくうなずき、
次の瞬間からどんどんどんどん顔を赤く染めた。
(…………ないないないないないないないないないないないない)
そうして新しい短冊に
『猫を思う存分なでなでしたい 御坂美琴』
と書いている時、後方の扉から白井が入って来た。
おう、ギリギリセーフ
「お帰り、黒子」
「ただいま戻りました。お姉さま、何をなさっておいでですの?」
「今日、七夕でしょ? だから、ほらっ」
「ほー、なるほど、お姉さまらしいですわね、ゲコ太でもありませんし。
ですが、それでしたら先ほど風で窓から飛んで行った短冊はいったい……
ってお姉さまが突然の窓からアクロバティック外出!!?」
5分後、まだ美琴は走っていた。
(あんなの誰かに見られたら死んじゃう!!!!!!!)
もし、知り合いにでも見られたらと思うと、軽く、死ねる。
その拾った人物経由で佐天がその情報を手にしようものなら、学園都市じゅうにその情報は広がるだろう。世界中の人類を手にかけなくてはならなくなる。
(それだけは絶対阻止しなくっちゃ!!)
さらっと恐ろしいことを考えちゃう美琴の、切実な願いが記されたそれが少しずつ高度を下げる。
しかも、その先には見知った人物がいた。
「佐天さんお願いなんて書きました?」
「ドキドキわくわくする事件に会いたい!!」
「この話、本編の大覇星祭の前なんですか? 後なんですか?」
「初春は? 願い事何にしたの?」
「パフェは自分で何とかするんで、世界平和を」
「そんなつまらない本編を、見たいかい?」
「でも、そろそろ1巻分日常回があっても……」
(直通かよぉぉぉおおおおおおおおおお!!!)
拾った人経由なんて甘っちょろい考えなのだった。
「おや? 初春見なさいな。誰かの願い事が、この織姫佐天に届けられそうだよ」
「彦星いないですけどね」
「初春でいいじゃん」
そういいながら佐天は初春のスカー(略)カポカとたたく。
初春を左手であしらいつつ、佐天の右手が短冊に届こうとした時、
二人の顔の間を閃光が通った。
さらに閃光が向かった先から襲いかかる爆音と爆風。
短冊は再び空へ上る。
耳に、足音が届いた。
正面からやって来たのは、
完全無敵の電撃姫。
表情は陰の入った笑み。
「「……ひぃ!!」」
「佐天さん、初春さん……」
ガタガタ震えながら美琴の顔を見る。
「……蚊が、飛んでたの」
あれ? 陰影で気付かなかったけど、
顔めっちゃ赤くない?
「と、いうことでじゃーねー!!!」
かのビリビリは再び短冊を追っていった。
「……とりあえず、願い、叶いましたね。ワクワクはありませんけど」
「…………」
「佐天さん?」
「……全力で御坂さんが追う短冊、
レールガンを焦って撃っちゃうほどの内容、
さらに、真っ赤な表情ときたら……
ぐふ、ぐふふ
明日が楽しみすぎて、おら、ワクワクがとまんねぇーぞ!!」
「この人凄い」
世界平和はさっそく叶わなかったのだった。
「ア・ナ・タ。ようやく願いが叶ったのねって、ミサカはミサカは赤面しつつ喜びを噛み締める」
「……」
「二人きりね、ってミサカはミサカはついにこの時が来たのだと溢れんばかりの感動を「オイ、早く帰ンねェと晩飯が遅くなって黄泉川がうるせェだろ。さっさと来い」きーー!! もう少しムードを感じてもいいじゃん!!ってミサカは……」
セリフの途中でしらけさせる一方通行の言葉に激怒する打ち止め。
彼女から視線を外した一方通行は、自分たちの頭上に何かを見つける。
あれは……短冊??
「とうっ!!」
不覚!!
一方通行は後方から迫る影に気付かなかった。
衝撃を受け、前のめりに倒れる。
「ちぃっ!!!」
自分を踏み台にした人物は舌打ちしてそのまま去って行った。
「あンッのオリジナル!!!」
正面に顔を向けるが、すでに見えなくなっていた。
ふと、気付く。
自分の前にはあのクソガキがいなかったか?
「あ、あの…」
見下ろすと、さくらんぼのように赤い顔した打ち止めがいた。
美琴に踏み台にされた一方通行が、打ち止めを押し倒したことになっている。
「み、ミサ、カはアナタといちゃ、いちゃしたいと願った、けども……って、ミサカは、み、
ミサカは、こ、ここまで、積極的になるなど予想外で~~」
「何言ってやがンだ?」
「ふ」
「アン?」
「ふにゃーーーーーーーーーーー!!」
「ナンジャソリャァァァァアアアアア!!!!」
狭い通りを歩くカップルが一組。
「はまづら、あれ」
「おー、ありゃ短冊か。風で飛ばされたのかね?」
「そういえば、はまづらはさっき何をお願いしたの?」
「麦野、絹旗、フレメアのオレに対する扱いがよくなりますように」
「無理だね」
「いえーい!! 速答速攻大否定!! そりゃないんじゃない? 滝壺?」
「むぎの達の願いが『はまづらがもっと従順になるように』だったから」
「がっでむ」
「わたしは、それでもはまづらの願いが叶うように応援するよ」
「さっき速攻で否定したけどね。で、滝壺の願いってなんなの?」
「わたしは「どいてどいてどいてーーーーーー!!!!」??」
目の前からもの凄いスピードでなにか来た。
浜面は慌てて滝壺を庇う。
狭い通りで、なんとか衝突せずに済んだ。
「な、なんだ? 第三位?」
「は、はまづら……」
珍しく動揺する滝壺の声に、訝しげに下を向くと、
がっしりと自分に抱かれた彼女がいた。
うっわ!! やっべー!! やわらけー!!
なんて間抜けな感情を持ったのは一瞬。
慌てて離れようとした浜面の腕を、滝壺は掴んだ。
「は、はま、づら……」
「滝壺?」
「わたしの、願い、叶えて……」
7月7日。
珍しく雨の無い日だった。
未だ美琴は短冊を手にしていない。
美琴には追いかけなくてもよくなる方法があった。
自分の能力で短冊を焼き尽くせばいい。
だが、
(そんなこと、絶対に!!!)
「うぉぉぉぉおおおおおおりゃぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
叫びながら走る美琴はついに鉄橋で短冊を手にした。
「「ふぃー」」
????
「何やってんのよ。アンタ?」
「こっちのセリフだっつうの。門限はどうした?」
「諸事情よ。ん? なにそれ? 短冊??」
「あ、い、いや、こ、これ、は…………ん?」
美琴も自分の手元にある短冊を見る。
あれ? 自分の字じゃない???
『御坂美琴に思いが通じますように 上条当麻』
ゆっくり顔を上げる。
上条が間抜けな顔を真っ赤に染めてこっちを見ていた。
だけど自分の方がすっごい変な顔している自信がある。
「へ? え? あ、あああの……」
「いや、でも、え? その、あれ、でもそれじゃ、え??」
2人は川の真ん中でしばらくアタフタしていた。
翌年も学園都市の空は晴れた。
笹に括り付けられた短冊がゆらゆら風で揺れている。
短冊には2人の名前と1つの願い。
内容は……飛んでいったときに必死に追いかけてご覧ください。