とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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おもひでぼろぼろ




その日、美琴は若干の緊張をしながらも、今にも躍り狂いそうになる胸を何とか抑えていた。

好きな人の前では素直になれない性格と、その好きな相手の鈍感すぎる性格のせいで、
美琴の恋が進展するのは正に亀の歩みの如くではあったが、
それでも紆余曲折ですったもんだなアレやコレやがなんやかんやとありまして、
最終的には、その恋は見事に成就した。鈍感すぎる性格の相手、上条の心を射止めて。
そして本日、記念すべき初デートなのである。
故に美琴はデートの約束をした日から今日まで、常にソワソワしていたのだ。というか今も。

(お、落ち着け…落ち着くのよ美琴。
 これから先も何度もデートする訳だし、これくらいで緊張してちゃ身が持たないわよ)

そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと深呼吸をする。
これまでだって、それなりに多くの修羅場を潜り抜けてきたはずだ、と。

そんな事を胸に秘めながら、美琴はここ、第7学区にあるコンサートホールの前の広場で、
上条が来るのを待っていた。
待ち合わせ場所をこの場所に指定したのには、勿論理由がある。
9月30日。美琴が罰ゲームと称して上条を(実質的には)デートに誘ったあの事件。
ここは、その時に使われた待ち合わせ場所なのである。
しかしその時は当然ながら恋人関係ではなかった為、
美琴は改めて、ここで待ち合わせしたかったのだ。初デートを、やり直す為に。
ちなみにその前にも恋人のフリをするという大義名分の下、偽のデートをした事はあったが、
あれは海原(エツァリ)を追い払う為の突発的な事故みたいなもので、
自分発信の計画ではない為、美琴の中では初デート判定がギリギリでノーカン扱いらしい。

と、その時だ。

「やーすみませんでしたーっ!!」

あの時と同じように、約束の時間に遅れてきた上条が、
両手を合わせて頭を下げながら全力で駆け寄ってきた。
流石の美琴も彼が不幸に巻き込まれて【しらないだれかをたすけて】遅刻するのには慣れたようで、
特に気にした様子もなく迎え入れる。と言うよりも、ず~~~~~っとドキドキしていたせいで、
上条が遅刻していたという事実にすら気付いていなかったのかも知れない。

「べ、別にいいわよ。それじゃ行きましょ」

本当は上条が来ただけでも飛び上がりたいくらいに嬉しい美琴ではあるが、
まだまだ付き合いたてで『ツン』成分が抜けきっておらず、つい素っ気無い態度を取ってしまう。
しかしそこは無自覚フラグメイク男の出番である。上条はニコッと笑顔を作り、一言。

「にしても今日も可愛いな、美琴」
「~~~っ!!!」

それは付き合う前【いままで】の上条からは想像もできない程にストレートな愛の言葉。
彼氏から彼女への、ごく当たり前の囁きである。
しかしそのごく当たり前の囁きが美琴にとっては何よりも嬉しい一言であり、
美琴は「ああ…私たち本当に恋人になったんだ…」という実感を噛み締め、耳まで真っ赤になる。

「あ…あの……わ、わた、私もアンタの、事…か、カッコいいと…思」

釣られて美琴も、『デレ』成分を多く含む言葉を言おうとした。
しかしそこは無自覚ブレイク男の出番である。
いい感じになりかけたこのタイミングで、わざわざ余計な事を言ってきた。

「そう言や、あの時もここで待ち合わせしたんだよな。
 で、その後にヴェントが学園都市襲ってきて大変な事になったっけ」
「……………」

上条としては、ただ単純に会話を途切れさせないように思い出話を振っただけなのだろう。
しかし、何故あと数秒間だけでも待てなかったのか。せっかく彼女がデレそうになったというのに。
しかもである。思い出を語るにしても、何故「0930事件」をチョイスしたのか。
確かにあの事件は件の罰ゲームの後ではあったが、
ならばそもそも罰ゲームその物の話をすれは良いではないか。
美琴とペア契約したりツーショット写真を撮ったりゲコ太ストラップを分け合ったり、
恋人同士で盛り上がれそうな話題には事欠かないだろうに。

「…? あれ、美琴? 急にどうした?」
「…別に。何でもないけど」

何だか頬をぷくーっと膨らませる美琴に気付いた上条だったが、時すでに遅し。
美琴は急転直下で不機嫌になるのであった。


 ◇


地下街である。
学園都市で地下街と言えば第22学区が有名だが、他の学区にも数多く存在する。
ここ第7学区も例外ではなく、地下には色んな学校が実験的に出している店が立ち並んでいた。
上条と美琴の二人は面白そうな店をプラプラとハシゴしながらキャッキャウフフとお喋りするという、
学生カップルの初デートらしい、初々しくも甘酸っぱくなるようなデートを楽しんでいた。
詳しく内訳そ説明するならば、
雑貨屋に入って「あ! これ可愛い!」「うん、美琴に似合ってるよ」「もう馬鹿…」
眼鏡屋に入って「ちょっとコレかけてみてよ!」「…どうでせうかね?」「カッコいい…」
定食屋に入って「ん~美味しい♪」「美琴美琴! あ~ん!」「っ! し、仕方ないわね…」
洋服屋に入って「どう、似合う?」「…すっげぇ可愛い」「じゃ、じゃあ買っちゃおうかな」
などなどだ。もう甘酸っぱすぎて、お腹いっぱいごちそうさまでしたである。

その後も二人であちこち店を回っていたのだが、
そんな中、美琴は一軒の携帯電話のサービス店の前で立ち止まった。

「ここって…」
「ん? どうした美琴?」

どうしたもこうしたも、この店は先ほど説明した、
罰ゲームでペア契約したりツーショット写真を撮ったりゲコ太ストラップを分け合ったりした、
あの店である。あの時の事を思い出し、美琴は「ポッ…」と顔に赤みが差す。

「ね、ねぇ……ここで何したか、覚えてる…?」

「覚えてる…?」とは聞いているが、上条も忘れられる訳がない事を美琴は確信している。
しかしそれでも上条の口から、「当たり前だろ、覚えてるよ」の一言が聞きたいのだ。
女性特有の、相手に選択権がない選択肢。
「仕事と私、どっちが大切なの?」とか「こっちの服とこっちの服、どっちがいい?」みたいな感じだ。
だがそうまでしても、やはり好きな相手に言ってもらいたい一言というのはあるのである。
だから上条は答える。美琴の期待に応える為に。

「当たり前だろ、覚えてるよ。………ここでシェリーや、ゴーレムのエリスと戦ったんだもな。
 あの時は美琴の他にも、インデックスと風斬と、あと白井もいたっけ」
「……………」

だが思ってたのと何か違う。
確かに、地下街【ここ】で何したか、という問いの答えとしては間違ってはいないが、
美琴の言う、このお店【ここ】で何したか、という問いの答えではない。
と言うよりも、この流れで何故そのエピソードが出てくるのか。
これには流石の美琴も、異を唱えずにはいられない。

「いやいやいやいや!!! そうじゃなくて!!!
 このお店を見れば分かるでしょ!? ホラ、9月の始めじゃなくて終わりの方で!!!」
「…? ああ、そっちね」

そっちね、じゃねーよ。

「アレだろ? ツーショット写真撮って………そんで白井に飛び蹴り食らわされた事」

そっちじゃねーよ。
ツーショット写真の話をするのなら、何故に白井に飛び蹴りされるもう少し前の話にしないのか。
だがここまでの流れを考えると、もはやその回答も想定内だ。
美琴はそこから、更なる一手を打ち出してくる。

「く、黒子に飛び蹴りされたって言えばさ! 大覇星祭での事とか覚えてる!?」

ここでの模範解答は、勿論フォークダンスでの出来事について語る事だ。
そこから借り物競争や、家族で昼食をとった事に話を広げるのが、最もベストである。
しかし上条はやはり上条。悪い意味で期待を裏切らない。


「大覇星祭か…色々あったよな。美琴が変な力を注入されて、大変な事になって―――」
「いやだから! そっちじゃなくてね!?」
「ん? じゃあ初日の話か? オリアナやリドヴィアが使徒十字を―――」
「何の話それっ!!?」

それは美琴が魔術サイドに深く関わる以前の話なので、
幸運と不幸のバランスを捻じ曲げてローマ正教にとって全てが都合が良くなる霊装の事など、
当然ながら知る由はない。事件と深く関わった上条でさえ、実はよく分かっていないのに。
が、今はそんな事にツッコんでいる場合ではない。
度重なる上条の唐変ボク念仁っぷりに、もう何か引っ込みがつかなくなった美琴は、
絶対に上条【コイツ】から私との思い出を引っ張り出してやろうと決意する。
もはや手段と目的がゴッチャになっている気もするが、いいのだろうか。

だが、それでも上条は強かった。
例えば、キューピッドアローのタグリングの話をしようとハワイでの出来事を話に振れば、
グレムリンと抗争した日々の事を語り、
上条が心配でロシアまで追いかけた事を話そうとすれば、
第三次世界大戦でフィアンマと戦った事を返してきて、
一端覧祭の準備期間中に上条の学校を視察しようとした事を言い出そうとしたら、
フロイライン=クロイトゥーネを巡る事件の話が飛び出し、
アクロバイクで二人乗りした思い出は、
やたらとパワフルなおじいちゃんに「うほほーい☆」された恐怖へと変わる。

こちらが必死に二人の思い出でいい感じになろうと頑張っているのに、
上条は、それを絶妙な程のらりくらりと回避する。
もう、のれん越しのヌカに釘を腕押ししたかのような手応えの無さである。
これには流石の美琴もカチンときて、ついつい声を荒げてしまう。

「アンタねぇ!!! もしかして、わざとやってんじゃないの!!?」
「へ? 何が?」

対して上条は顔をキョトンとさせる。
分かってはいた事だが、この男は本気で分かっていないのだ。

「だぁ~かぁ~らぁっ!!! 何でそっちに行くのよ!!!
 他にもあるでしょうよ私との思い出とか色々っ!!!」

ぜぃぜぃと肩で息をしながら大声で叫ぶ美琴。
その魂の叫びを聞いた上条は、しばらくポクポクポクポクと考え込み、
チーンという鐘の音と共に、手をポンと叩く。そして「ああ! そっちか!」と暢気な一言。

「そっちかって…アンタねぇ……」
「いや~、悪ぃ悪ぃ。そりゃそうだよな~。
 美琴とデートしてんだから、美琴との話だよな普通」

悪びれた様子もなく、あははーとカラカラ笑う上条。
何とも軽いリアクションに、美琴もヘナヘナと力が抜けていき、「はぁ…」と小さく溜息を吐く。
しかし上条は「でもなぁ」と続けた。

「でもなぁ…美琴との思い出ったって、とっさには出てこないぞ?」
「っ! な、何よ! 私との…思い出なんて……べ、別に…ないっていうの…?」
「いやいやいやいや違う違う違う違う!!! そういう意味じゃないんだ!
 ……美琴と一緒にいるだけで、楽しい思い出なんて無限に増えていくからさ。
 どの話しようかって迷っちまって…それで、とっさに出てこないってだけだよ」

頬をポリポリとかきながら、照れくさそうに語る上条。
美琴は自分でも自分の事がチョロすぎると分かっていても、
それでも胸をキュンキュンさせずにはいられなかった。
その一言で、上条の事を全て許してしまえるのだから。



ほっこりした所で、二人は再び地下街をプラプラと歩き出す。
上琴の初デートは、まだ始まったばかりなのだ。










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