カミー=ジョナサン
一端覧祭二日目。
上条のクラスはたこ焼きの屋台を営業しているが、準備期間中もサボりまくっていた上条は、
罰として二時間に一度のトイレ休憩(10分)と午後二時からの遅めの昼休憩(30分)以外に、
屋台から出る事を禁じられていた。
(ちなみに上条の昼休憩が遅めなのは、客のピークも昼時だからである)
二人一組で屋台を切り盛りしているのだが、事実、初日は上条の相方役は何度も交代したのに、
上条だけはずっとたこ焼きを焼き続けさせられた。
なので二日目である今日も、そうなのだろうとウンザリしていたのだが。
「……え? 今日は屋台出なくていいのか?」
「まぁ、そういう事だにゃー」
土御門から思わぬ一言。
「えっ、えっ!? いやでも、吹寄とか小萌先生とか何て言うか…」
「あー、その辺は大丈夫だぜい。ちゃんと一日外出許可は貰ってあるからにゃー」
「……………」
何故だろう。嬉しいはずなのに、手放しで喜べない。
出席日数と成績の悪さをここで補わせようとしている小萌や、
上条の天敵とも言える吹寄が、ここでアッサリと上条を見逃すはずがない。
何より、目の前の土御門の怪しいニヤニヤ顔が、
何も言わずとも「勿論タダって訳にはいかないけどにゃー」と語っている。
「……で、上条さんにどこで何をしろと…?」
「女装コンテストですたい」
上条の頭の中が真っ白になった。
◇
ここは第9学区。工芸や美術関連の学校が集まる学区である。
この学区にあるという、とある美術学校で、本日女装コンテストがあるらしい。
女装が美術なのかどうかは分からないが、まぁ一端覧祭も文化祭の括りなので、
楽しめればいいんじゃね的なノリなのだろう。
だがそこはやはり美術の専門学校。
毎年イベントの参加者はレベルが高く、優勝者には賞金も出るらしい。
そしてそこへ向かう一人の『少女』がここにいる。
長く艶やかな髪を後ろで束ね、男物のタキシードを着ているものの、
薄く化粧を施した端正な顔立ちと、そのささやかながらも主張する胸の膨らみは、
隠しても隠し切れない女性らしいラインを醸し出していた。
彼女の名は『上条当麻』。自称・世界一不幸な人間である。
「って、なんじゃこりゃあああああああ!!!」
その絶叫に、道行く人が振り向く。
男装の麗人(笑)が突然大声を上げたというのも理由だが、
単純に目を奪われる男性も多いのだ。
上条の女装は完璧だった。
元々そこまで悪くない容姿だった為、ほんの少し化粧をしただけで見違えるように美人となり、
敢えてタキシード姿という男装にする事で、逆に女性っぽさを強調している。
女装の上に男装を重ねている為、『装』が渋滞を起こしているが、
コーディネーターに言わせれば計算しつくされた女装なのだとか。
そして胸には、丸めたタオル等を詰め込んでいるのだ。触れば一発で偽乳【ぎにゅう】だと分かるが、
見た目だけで判別するのは、その道のプロ(?)でなければほぼ不可能に近い。
ちなみに化粧担当は姫神、コーディネート担当は青髪である。青髪はその道のプロである。
更に念の入った事に、首につけた蝶ネクタイは変声機となっており、
阿○敦さんみたいな声だったのが、佐藤○奈さんみたいに変わっている。
この変声機、土御門がスパイ活動する際に役立つと思って(遊び半分で)開発した物なのだが、
性能は無駄に良く、今の見た目も相まって誰も上条とは気付かない。
余談だが、腕時計型麻酔銃はつけていない。おっちゃんごめん。
と、そんな時だ。
「すみません御坂さん! 第9学区来るの初めてで道に迷っちゃって!
って言うかさっきの『なんじゃこりゃああああ』ってどうしたんで…あれ?」
先程の上条の叫びに反応して、佐天がやってきた。上条は一気に青ざめる。
こんな姿を知り合いに、それも女の子にバレたら、上条さんの黒歴史が確定する。
「あっ!? い、いえ何でもございませんですことよオホホホホホホ」
とりあえず、とっさに誤魔化す上条。
「あっ! あたしこそすみません! ちょっと待ち合わせしてる人と声が似てたもんで…」
佐天が待ち合わせしているのは、おそらく美琴だろう。
彼女もまた、変声機で声が変わっている今の上条と同様、佐○利奈さんみたいな声をしている。
「そ、そんなに似てんのか…じゃなくて! 似ていらっしゃいますですか?」
微妙にキャラが定まっていない上条。
「もうソックリですよ!
あ、そうそう。ソックリって言えばこの前その人とソックリな人を見かけまして―――」
佐天が目撃した美琴ソックリな人とは、100パー妹達の誰かだろう。
が、そんな事よりも何よりも、この佐天、
たった今知り合ったばかりの女性と当たり前の様に雑談を始めている。
彼女のコミュ力はハンパないのである。と言うかそもそも、待ち合わせ【みこと】はどうした。
「―――っとと! こんな所で話し込んでる場合じゃなかった!」
「あっ! そういや俺もだ!」
ようやく気付いた佐天。
話し込んでる場合じゃないのは上条も同じだが、ついつい佐天のペースに巻き込まれていたらしい。
「あ、じゃああたしはこれで! っとその前に、一応お互いに名前くらい名乗っときましょうか。
あたしは佐天涙子。柵川中学の一年です」
「ああ、俺は上条さ………………」
上条さんウッカリである。
「…え? カミジョウサン…?」
「えっ!!? あ、い、いやいや違いますわよっ!?
俺…いや私は上じょ、じゃなくてその…かみ…じょ…さ……じょ、なさん……
そ、そう! カミー=ジョナサン! カミーって呼んでくださいデース!」
とっさに誤魔化しはしたものの、まさかの外国人設定である。
しかも「ジョナサン」は普通、苗字ではなく名前なのだが。
「……へぇ~…カミーさん、ねぇ…」
佐天は一気に疑いの眼差しを上条改めカミーに向け、何かを悟ったかのようにニンマリする。
彼女の面白に対する勘の鋭さはハンパないのである。
「そう言えばカミーさん。
今日この学区にある美術学校で、女装コンテストがあるのは知ってますか?」
カミーは背筋をビクウゥッッッ!!!とさせた。
「そそそそうなんだあ!!! し、しし、知らなかったわいな~~~!!!」
「そうですか~知りませんでしたか~」
「ええもうそりゃもう全然知りもしませんでしたともっ!!!」
佐天は含み笑いをしながら相槌を打つ。
何かもう完全にバレている気がするが、ここまで来たら突っ走るしかない。
と、このタイミングで。
「あ~、いたいた佐天さん! もう探したわよ!」
言いながら駆け足で近づいてきたのは美琴だ。佐天の待ち人来たってしまった。
そしてカミーの背筋が凍りつく。これ以上、知人に痴態をさらすのは勘弁してほしい。
佐天には何か、もうバレてるっぽいし。
「…ってあれ? こちらはどなた…?」
美琴はすぐさま佐天の隣にいる見覚えのない男装の麗人(笑)に目を向ける。
どうやら彼女(笑)の正体には気付いていないようだ。
佐天は先程以上に面白そうな笑みをこぼしながら答えた。
「ああ、こちらはカミー=ジョナサンさんです。さっきお知り合いになりました」
「は、はぁ。えっと、初めまして。御坂美琴です」
「え、えっ!? あっ! は、はじ、初めましてカミー言いマスイギリスから来たデース!」
イギリス清教と関わりがあるせいか、とっさにイギリス人設定を追加【いらんこと】をするカミー。
自分で自分の首を絞めているのが分かっているのだろうか。
しかし美琴が、ここでちょっとした疑問をぶつけてくる。
「あれ…? イギリスから『来た』って最近学園都市に来たみたいな言い方ですけど、
一端覧祭って大覇星祭とは違って外部からの一般客って入れないんじゃ…?」
「あっ、それはですね」
ここで何故かカミー本人ではなく、佐天が口を挟む。な~んか嫌な予感がヒシヒシと。
「カミーさん、柵川中学【ウチのがっこう】の留学生なんですよ。
実際に転校してくるのは三学期に入ってからなんですが、
それまでに学園都市の中を見学しておきたいって言うんで特別に許可貰ってあるんです。
ねー、カミーさん。そうですよね? ねっ?」
「ええええええええええええぇぇぇ!!!?」
そして何故か、その言葉にカミー本人が一番驚いている。
「そうだったんですか」
「あ、うっ、ぇあ!? あ、ああ、うん、そそ、そうなんですわデースよ!
佐t…ルイーコにはお世話になりっぱなしでオホホホホホホ!」
佐天の出任せに話を合わせるカミー。
佐天が何を企んでいるのかは知らないが、もう今更後には引けない状況だ。
「じゃあ、改めてよろしくねカミーさん」
「う、うん…ヨロシク…」
美琴が手を差し伸べてきたので、カミーもそれに応えて握手する。
カミーはまるで『高校生くらい』大人びてはいるが、
日本人は外国人から見たら幼く見えると言うし、
逆に日本人から見たら中学生(笑)でも、これくらい大人っぽく見えてもおかしくはないのだろう。
もっとも、おかしいのはそんな表面的な部分ではなく、もっと根本的な所にあるのだが。
「ん~? あれ~、電話だ~! はい、もしもし~?」
カミーと美琴が握手したそのタイミングで、佐天が自分の携帯電話に出た。
着信音もバイブ音もしていなかったような気がするのだがどうなのだろうか。
「えー? 初春そっち大変なのー?
そっかー、じゃああたしもそっち行った方がいいかー。うん、分かったよー」
妙に棒読みなセリフを言いながら、通話を切る佐天。
本当に電話の向こうに初春がいたのかどうか疑問は残るが、
そこへツッコむ間もなく佐天が矢継ぎ早に言い訳(のような物)を繰り出してくる。
「やー初春から電話があったんですけど一端覧祭中は風紀委員の手が足りないってんでちょっとヘルプに行ってきますねでもカミーさんを一人にはできないんで御坂さん学園都市を案内してあげてくれますか勿論二人っきりであっそうそう人混みが激しいですからはぐれないように手とか握った方がいいですよではカミーさんをよろしくお願いしますではあたしはこれでさようなら!!!」
「えっ、ちょ、佐天さ…えええぇっ!!?」
そして佐天は美琴に制止させる暇も与えず、あっと言う間にその場から姿を消した。
どうしよう…と美琴は思った。
確かにカミー一人を取り残す訳にはいかないが、美琴とカミーは初対面(笑)である。
案内するにしても、ギクシャクする事請け合いだ。
「え、えっと…カミーさん、具体的にはどこへ行きたいの?」
「え、あー…その……な、何と言いますデスカ…」
カミーの目的地は美術学校の女装コンテストなのだが、それを言ってしまっては、
自分が女装している事がバレてしまうかも知れない。思わず言葉に詰まってしまう。
しかしそのどもりを特に目的地がないからなのだと解釈した美琴は、
佐天に言われた通りカミーの手を握り、引っ張る。
「あ、じゃあ私がオススメの場所を案内してあげる。行こ?」
「あ、ああうん、ありが―――おぅわっ!!?」
しかしここでカミーの不幸体質&ラッキースケベ体質が発動した。
いきなり腕を引っ張られた事でバランスを崩し、前につんのめってしまう。
そしてそのまま、ぽふん、と顔を美琴の胸の中にダイブさせてしまった。
カミーは慌てて美琴から離れ、精一杯の平謝りをする。『何故か』よく見かける光景である。
「うわわわわすまん美琴っ! わ、わざとじゃないんだっ!」
テンパったせいでカミーも素の反応を見せてしまう。
妙にどこかで見覚えのあるカミーのリアクションに疑問を持ちつつも、美琴はカミーをなだめた。
「落ち着いてカミーさん。別に怒ってないから」
「…え? でもいつもは…」
「…? 『いつも』?」
「あ、ああいや、ななな、何でもありませんですことよ!?」
『いつも』はこんな状況になると美琴は、
「にゃああああ!!! ななな、何やってんのよ馬鹿っ!!!」みたいな反応を見せる。
しかしそれは相手が『ある特定の男性の場合』であり、今ここにいるのはカミーという『女性』だ。
いつもと違う反応をしてもおかしくないのである。
「そう…? それならいいけど…」
何なのだろう。先程からカミーに感じる、この既視感は。
だが変な事を言っては失礼になるかも知れない。
美琴はその既視感を自分の胸の内にしまい、今度こそオススメの場所を案内した。
相変わらず、カミーの手を握り締めながら。
◇
あれから美琴は、色んな場所をカミーに連れて行った。
美味しいと評判のパンケーキ屋で、カミーと『一つのフォークで「あ~ん」させ合った』り、
カミーの指先に付いた生クリームを『ペロッと舐めてみた』り。
ランジェリーショップでは、カミーのサイズを測る為に『あちこち触ってみた』
(ちなみにその際カミーの胸を触って偽乳だと気付いた美琴だが、パッドなのだと解釈し、
自分でも思うところがあるのか泣きながら「うんうん」と頷いていた)り、
カミーの目の前で『下着を試着してみた』り。
どれもこれも女性同士だからこそ出来る事であり、女性同士なら何の気概も必要ない事だ。
なのだが先程からどうもカミーの様子が、
「ミミミミコミミコミコっちゃんっ!!?
ああ、あの、さ、さっきから少々大胆すぎやしませんでせうかっ!!?」
何だかず~~~っと赤面しっ放しなのである。
しかし美琴としては何一つ大胆な事をしている自覚はない訳で、首を傾げる。
「そう? 友達同士なら普通だと思うけど」
まぁ確かに初対面の相手には流石に失礼だったかな、とか、
イギリスって女性同士であまりスキンシップってしないのかな、とか、
色々と美琴の頭を駆け巡ったが、先ほども説明したように問題はもっと根本的な所にある。
カミーはこれ以上美琴と一緒にいると『色々と危ない』と判断し、美琴と別れる事を決意する。
そもそも、そろそろ美術学校へ向かわないと女装コンテストに遅れてしまう恐れもあるし。
「あっ! そ、そうだわー! 私ちょっと急用を思い出したデースので、もうこの辺で!」
「えっ!? あ、そうなの? じゃあ駅まで送ってくわよ」
「うえっ!!? いい、いや、だ、大丈夫ですぞ!? それくらいなら一人で―――」
手をわたわたさせて美琴の申し出を必死に断ろうとしたその時、
再びカミーの不幸体質が発動した。ただし今度は、ラッキースケベは無しである。
ズルッ…と突然、カミーの髪の毛が落ちた。
驚くべき事に、ジツハカミーハウイッグヲツケテイタノデアル。
そしてウイッグの下からは、見覚えのありすぎる特徴的なツンツン頭が。
瞬間、今までの既視感の正体が晴れるように理解できてしまった。
「っっっ!!!!!???!??!!!?!!?!??」
「いいいいやちちち違うぞ美琴これには事情があってだなっ!!!」
カミー改め上条が女装していた事とか、それを黙っていた事とか、
追求するべき事が湧水の様に溢れ出てきたのだが、それより何より美琴が気にするべき事は。
上条を連れ出す時に何をした? → 手を握った。
上条が転んだ拍子に何があった? → 自分の胸に顔を突っ込ませた。
上条とパンケーキをどう食べた? → 同じフォークで「あ~ん」をし合った。
上条の指先に付いたクリームは? → 自分がペロッと舐めた。
上条のサイズを測る時は? → 自分があちこち触った。
上条の目の前で何をした? → 下着の試着を―――
そこまで考えた瞬間、美琴は記憶を失った。
その後二人がどうなったかは記録されていないが、
原作で一端覧祭の後も話が続いている事から、まぁ結果的に無事だったんじゃねーの?