とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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ユメミコ




目を覚ました時は、これがまだ夢の中なのだと気がつかなかった。
寝起き直後の頭はボンヤリと霞がかっており、
大きなあくびをしながらシパシパする目を擦った。だがここで、美琴はふと疑問に思う。

(……あれ? 私いま、『いつ手を動かした』のかしら…?)

確かに目を擦る感覚はあったのだが、それは自分で手を動かした訳ではなく、
むしろ勝手に動いたような気がしたのだ。
そして完全にまぶたを上げたその瞬間、美琴は現在異常な状況である事を理解する。

(っっっ!!!? な、えっ!!? どこよここ!!?)

視界に入ってきたのは見知らぬ天井。
当然、いつも自分が寝泊りしている常盤台中学学生寮・208号室ではない。
ルームメイトの白井もいないし、ふかふかのベッドもない。
と言うかそもそも、ここは本来、人が寝られるような部屋ですらなかった。

(よく見たらここ、お風呂場なんじゃないのっ!!?)

そうなのだ。実は美琴は今、浴槽に布団を敷いて、その上で寝ていたのである。
あまりにも訳の分からない状況に頭がついていかず、それなのに謎は増えていくばかりだ。
だが次の瞬間、それらの謎は一気に解決する事となる。

再び自分の体が勝手に動いた。自分の体は掛け布団を剥ぎ取り、もそもそと起き上がる。
そして『妙に聞き慣れた声』で、一言呟いたのだ。

「ふあっああぁぁぁぁぁ…あ~、まだ眠ぃー…」

それは紛う事なき上条の声だった。
聞き間違う筈などない。何しろ、美琴にとってこの世で最も特別な人の声なのだから。
その瞬間、美琴は悟ったのだ。この体は自分の体ではなく、上条の体なのだと。
勝手に動いたのは上条が動いたからで、喋ったのも上条なのだと。
そう、つまりこれはどういう事かと言われればそれは勿論。

(夢だこれえええええええええ!!!)

そういう事である。
意識はある。しかし美琴自身は上条の視界を通じてしか物を見る事が出来ず、
上条が触れた物でしか触覚に感じず、上条の聞いた事しか自分も聞く事が出来ない。
感覚は共有しているものの、美琴からは何一つとして動く事が出来ないのである。
ちなみに考える事は出来るようだが、その考えが上条に伝わる事はなさそうだ。

自分自身と他者の感覚を共有させる…この学園都市ならば、
そんな能力者がいても不思議ではないが、少なくとも美琴の能力では不可能だ。
更に多重能力者は事実上存在しない。脳への負担が大きすぎて、能力者が自壊するからだ。
つまりこれは美琴が突然新たな能力に目覚めた…なんて都合のいい事ではない。
故に結論としては、これは『夢』だという事になる。
そしてその推論は間違っていなかった。何故ならここは夢の中なのだから。

「とりあえず…顔洗って歯ぁ磨くか…」

頭をポリポリとかきながら、上条は気だるそうに浴室を出る。
何故彼が浴室で寝ているのかとか、ツッコミたい事は山ほどあるが、
美琴には声を出す手段も考えを伝える手段もない為、
上条とはコミュニケーションが取れないのだ。残念。
もっとも、そうでなくても今の美琴には、会話する程の心の余裕など無いかも知れないが。

洗面所の鏡に映った自分の顔は、紛れもないあのツンツン頭の顔で、
上条が鏡を見る度に美琴もそれを見る羽目となる。
シャコシャコと歯を磨く音だけが流れるその空間で、上条の頭の中は大騒ぎであった。

(うわわわわわ近い近い近い近いっ!!!
 で、でもコイツ自身が目線をずらさないと私も目を逸らせない~~~!!!)

鏡に映る上条【じぶん】の顔にドギマギするミコっちゃんの図である。
だが彼女の試練はこれで終わってはいない。
この直後、彼女はいきなりクライマックスを迎えさせられる事となる。


「ガラガラガラガラ……ペッ! さて、と。歯も磨いたし、朝食の用意でも…
 あっ、いやその前にションベンしとこう」

………今、何と言っただろうか。いや確かに、それは生理現象なので仕方がないのだが。
美琴の考えがまとまらない内に、上条はトイレのドアに手をかけていた。

(えっ!!!? いい、いや、あの、ちょ、ちょっと待ってっ!!!?
 ゆ、夢なんでしょこれ!!? 夢なんだからオシッコとかしなくても―――)

ジョボボボボボボ…
美琴の決死の叫びも上条には届く事はなく、上条は「ふぃ~…」と声を漏らしながら、
体内に溜まっていた物を吐き出していた。
しつこいようだが今の美琴は上条と感覚を共有しており、上条の見た物は美琴も見てしまう。
しかも美琴自身は自分から目を閉じる事も目を逸らす事もできない。
つまりミコっちゃんは、上条さんが自分の下条さんを見ながら放尿する姿を、
自分の視界を通して強制的に見なくてはならない訳で。

(※%○#☎□△♨&√#☺☭〄$※♂☞♠○×!!!!!!!!!)

美琴は叫びにならない叫びを上げた。しかも不運な事に今は自分の体でもないので、
「ふにゃー」して現実から逃れる事もできないのだ。何だこのプレイ。


 ◇


美琴が落ち着きを取り戻したのは、あの下条さん事件から暫く経ってからだった。
気が付けば、学校も終わって放課後の時間帯である。
その間にも朝食中にインデックスやオティヌスと一騒動あったり、
学校でも金髪グラサンのアロハ男や青髪でピアスのエセ関西人と一緒に、
一騒動起こしたりしたが、美琴はあの時のショックでそれ所ではなかったのだ。
しかもトイレ休憩が朝の一度で済む訳でもなく、
上条がトイレに駆け込む度に美琴は絶叫したのである。何だこのプレイ。

(ううぅ……もうやだぁ…早く起きなさいよ私ぃ…)

とっととこの悪夢(?)から解放されたい美琴である。
意識だけの存在である為に、その顔色は窺い知る事は出来ないが、
もし生身の体があったのなら、顔だけでなく全身真っ赤になっている事だろう。

と、その時だ。ふいに「ドン」と音を立てて、上条の体が誰かとぶつかる感覚がした。

「うおわっ!? わ、悪い!」
「やぁ~ん! いった~い!」

その声の主はまさしく。

(ゲッ! 食蜂!?)

その特徴的な目のキラキラとロングの金髪。
自分と同じ常盤台中学の制服を着ているが、自分と決定的に違う胸を持ったその女は、
同じくレベル5の第五位にして、美琴最大の天敵であった。
食蜂は何を企んでいるのか、普段美琴に見せる顔とは180度違い、
気持ち悪いくらいの猫なで声で、急速で上条に擦り寄ってきた。
…いや、これはもう『何を企んでいるのか』など、一目瞭然である。

「あらぁ、ごめんなさぁい。
 でも確かに私の注意力も散漫だったけどぉ…そちらにも責任力はあると思うのよねぇ」
「は、はぁ…責任ですか……不幸だ…」
(な、何言ってんのよ! わざとぶつかってきたに決まってんでしょ!?
 てか何でアンタも満更じゃなさそうなのよ! 男って本当に馬鹿なんだから全く!)

美琴、夢の中の上条に嫉妬丸出しである。

「そうねぇ…それじゃあ今から、一緒に買物力にでも付き合ってもらおうかしらぁ」
「ん~……まぁ、買い物くらいなら別にいいか…」
(良くないわよ馬鹿っ!!! その女、完全にデートするつもりよっ!?
 目ぇ覚ましなさいよアンタ~~~!!!)


夢の中の上条に目を覚ませとは、何だか皮肉にしか聞こえない。

「じゃあ、行きましょうか♡」
「うわ、ちょっ!? む、胸、当たってるんですが!?」
(だからそれわざと!!! わざと当ててんのよ、あざとくね!!!
 ってか何をドキドキしとんじゃアンタは~~~っ!!!!!)

上条が興奮すれば、その鼓動は美琴の意識にも感じ取れる訳で、
食蜂があざとくもわざと胸を押し付けて上条がそれに反応すれば、
当然ながら美琴もそれが分かってしまう。
これは夢だ。夢だがしかし、それでも我慢出来る事と出来ない事がある。
しかし憤慨する美琴に思わぬ助け舟が。

「おい食蜂」

誰かがこちらに話しかけてきた。これまた聞き慣れたような声だ。

「(チッ)もう何よぉ! 今いい所だった………ギャッ!!?」
(ギャッ!!?)

何故か美琴も食蜂と一緒に「ギャッ!!?」である。

「ほう…? 私の顔を見て悲鳴を上げるとは、中々度胸があるな」
「りょりょりょ、寮監…さん!? ど、どうしたのかしらぁ!?」

それは美琴の暮らしている女子寮の寮監であった。
常盤台中学には学舎の園の外と中にそれぞれ一つずつ寮があるのだが、
彼女は外の方の寮監だ。美琴は普段(あらゆる意味で)お世話になっているが、
中の女子寮に住んでいる食蜂には、あまり関係のない人物の筈である。
ちなみに、レベル5である食蜂の怯えようから分かるように、
彼女は完全な無能力者でありながら、超能力者や暗部をも徒手空拳だけで撃退できる、
ある意味で学園都市最強の人物である。

「完全下校時刻が近付いてもお前がまだ帰ってこないと、
 学舎の園の中【あちら】の寮から連絡があってな。私が連れ戻しにきたという訳だ」
「で、でででも! まだ時間力はある筈―――」
「  何  か  文  句  で  も  あ  る  の  か  ?  」
「………ありませぇん…」

寮監【ヘビ】にギロリと睨まれた食蜂【カエル】は、
先程までの勢いはどこへやら、一瞬で縮こまってしまった。

「すまなかったな。彼女が失礼をしたようだ。
 それから余計なお世話かも知れないが、君も完全下校時刻になる前に帰りなさい」
「あ、は、はい」

寮監は上条に一礼をすると、食蜂の首根っこを掴みながら学舎の園へと帰っていった。


 ◇


食蜂と寮監が消え、上条は寮監に言われた通り下校を再開する。
しかしせっかく夢の中の世界なのだから、
もっと自分に都合のいい展開になってもいいんじゃないか、と美琴は思っていた。
よりにもよって、食蜂と寮監という苦手な相手が二人も出てこなくていいだろうにと。
そんな事を思っていると、向こうから誰かが近付いてきた。
さて、今度は誰が邪魔に入るのだろう。白井だろうか、それとも海原だろうか。
しかしその相手は、ある意味では必然で、ある意味では美琴の想像の斜め上を行っていた。

「……………はえっ!!? な、なな、何でアンタがここにっ!!?」
「いや何でって…ここ上条さんの通学路なんですが。てか美琴こそ、何でいるんだよ」
(っっっっっ!!!!?!??!!!?!? わっ! わわわわ私っ!!!?)

そこにいたのは、紛れもない自分自身。御坂美琴であった。
何故美琴が上条の通学路にいるのか、それは美琴自身が一番良く分かっている。

「え、あ…べ、別に偶然よ偶然っ!」
(ああ…偶然を装ってコイツの通りそうな道をウロウロしてはみたものの、
 全然来ないから入れ違いでもう帰っちゃったのかなってガックリしながら諦めた瞬間、
 突然現れたもんだから、心の準備が間に合わずにテンパっちゃって、
 でも嬉しいなこのまま一緒に帰ったらプチデートになるのかな…とか思ってるのね私)


流石である。
しかし何気にその作戦、さっき食蜂が同じような事してたのも見ているだけに、
上条の頭の中の美琴は、目の前にいる美琴に同情せざるを得ない。

「そう言えばさっき、寮監って人が常盤台の子を引きずってったぞ」
「うぐっ!? マ、マジで…? まっずいわね…私もターゲットかも…」

一瞬にして目の前の美琴の顔が青くなる。今更ながら、寮監恐るべしである。
一気にプチデートとか暢気な事を言っていられない空気になってしまった。
しかしここで、上条からまさかの提案。

「帰りづらいんだったらさ、今日だけでも俺んち泊まるか?」
「……………………へ?」
(……………………へ?)

一瞬の時間停止。そして。

「えええええええぇぇぇ!!!!!? えっ、な、ば! 何考えてんのよアンタは!!?」
(そそそそそうよっ!!! そ、そんなの…そんなの、ダ、ダメに…決まってんじゃないの…)

同時に言い訳をする二人の美琴。すると上条は少し残念そうな顔をして一言。

「ん~、そっか。まぁ、帰らないと余計にまずいかも知んないもんな。
 じゃあ、気をつけて帰」
「あーっ!!! で、でで、でも一晩くらいならっ!!! 一晩くらいなら平気かなー!?
 寮監も一日経てば怒りも治まると思うしなーっ!!!」

だが上条が断ろうとした矢先、目の前の美琴が意見を180度変えてきた。
どっちだよ、と思わなくもないが、普段から心当たりがありすぎるだけに、

(ううぅ…私っていつも、端から見るとこんな感じなのね…)

と泣き寝入りするしかない。
上条は「そ、そうか?」と若干戸惑いつつも、そういう事ならと手を差し出す。

「…? えっと、この手は何?」
「え? あー別に深い意味は無いけど、手を繋いで行こうかと」
「……え、て、てて手をっ!!?」
(繋ぐっ!!?)

上条曰く深い意味は無いらしいが、美琴にとっては深い意味ありまくりである。
美琴は言われるがまま、恐る恐る上条の手を取る。じんわり、と手から手へ体温が伝わってくる。
上条を通して自分の手の体温を、というのが少し紛らわしいが。

(うわわわわ何これ!? 何この状況、何この展開っ!?)

こっちが聞きたい。

「あ、ああ、あり、ありがきゃわっ!!?」

「ありがとう」も満足に言えぬまま、手を引かれた美琴がバランスを崩した。
頭の中の美琴には分かっている。手を握られた事で、緊張してしまったのだ。
改めて客観的に見て、普段自分がどれだけ上条にテンパらされているのかが分かってしまう。

「うわっと! 気をつけろよ?」
「っ!!!!?」

そして次の瞬間、バランスを崩して前のめりしそうになった美琴を、
上条が抱き締めて支えていた。ああ、うん。よくあるよくある。

「にゃわわわわわわっ!!!?」
(にゃわわわわわわっ!!!?)

そしてやはり、同時に奇声を発する二人の美琴。
だが頭の中の美琴は、目の前の美琴とはその奇声の意味が少々違っていた。

(えっ!? えっ!? コイツ、私を抱き締めた事でドキドキしちゃってるっ!?)

食蜂の時に説明したように、上条が興奮すればその鼓動も美琴に伝わる。
そう。上条は今、思いっきりドキドキしているのだ。
つまり上条は、普段から実はモテるのに全く浮ついた話が無いが、
しかし女の子に抱きつかれたり抱きついたりすれば、ちゃんとドキドキするという事だ。
何かもうたまに「仙人かな?」と思ったりもしたが、やはり単純に鈍感なだけだったようである。
だがこれは、これからの頑張り次第で彼を落とせる可能性がある事も示している。
そして逆に、モタモタしていたら彼が誰かのモノになってしまう危険がある事も同様である。
事実、ついさっき食蜂が襲撃してきたばかりなのだから。だったら―――

(だったら、私がもっとアンタをドキドキさせてやるんだから!)


 ◇


「だったら、私がもっとアンタをドキドキさせてやるんだから!」

盛大な寝言を言いながら、美琴はその寝言で目を覚ました。
どうやら、ようやく長い長い夢から覚めたようだ。

「……あ~…変な夢見…た…?」

目を擦りながら周りを見回すと、自分よりも先に起きていたらしい白井が、真っ青になっている。

「…? どうしたの黒子」
「い、いえあの、お、お姉様…? 一体どのような夢を見ていらっしゃいましたの…?
 わ、わわ、わたくしの耳が正常ならば、る…類人猿の寮にお泊りになるとか、
 お手を握るとか、だだ、抱き締められたとか寝言で仰っておられたのですが…?」

それを言われた瞬間、美琴は夢の中で出来なかった「ふにゃー」を、
盛大にぶちかましたのだった。そして勿論、寮監にはこってり絞られた。


 ◇


「あ~、もう……今日は本当に酷い目に遭ったわね…
 朝から寮監には叱られるし、何か一日中調子悪かったし…
 それもこれも、全部アイツが変な夢を見せるから悪いのよ…!」

完全下校時刻が迫る中、美琴は中学から女子寮へと帰る途中だった。
寮監に叱られたのも調子が悪かったのは事実だし、それがあの夢が原因なのも頷けるが、
ただ上条さん本人は何も悪くはないだろう。彼が夢を見せた訳でもないんだし。

と、そんな事をブツブツ言いながら歩いていると、
いつの間にかいつもと違う道を歩いていた事に気付く。
いや、ある意味いつも通りの道と言えるのかも知れない。何故ならここは。

「……あっ。ここってアイツが帰りによく通る道だ…」

無意識だった。
いつも偶然を装って上条の通りそうな道をウロウロしている為、
自然と足がこの道に向いていたのだ。しかし上条は全然来ないので、
恐らく入れ違いにでもなって彼は既に帰ったのだろう。
そう気付いた瞬間、美琴はガックリしたのだが。

「あれミコっちゃん?」
「……………はえっ!!? な、なな、何でアンタがここにっ!!?」
「いや何でって…ここ上条さんの通学路なんですが。てか美琴こそ、何でいるんだよ」

そしてこの後、美琴は上条に手を握られ、抱き締められ、
何故か一晩上条の住む寮で一夜を共にする流れとなる。
どこかで見た事のある、布団を敷いた浴槽で、どういう訳か上条と一緒に―――











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