とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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一時停止した恋を再生する為の巻き戻し




第19学区。ここは23もの学区の中で唯一再開発に失敗し、荒廃してしまった学区である。
科学の発展(ここ学園都市では特に)と共に廃れてしまった技術、
蒸気機関や真空管などを研究する機関が今なお残っており、その街並みもどこか古臭い。
当然ながら、そんな所に用もなく来る学生はあまりおらず、街の中も閑散としている。
だがここに、そんな場所にやって来ている物好きな男女が二人。

「お~…俺、第19学区【こっちほうめん】って初めて来たかも」
「まっ、ここと第10学区(学園都市の中で一番治安が悪い学区)だけは、
 わざわざ避けて通る人とかもいるくらいだしね」

お察しの通り、上条当麻と御坂美琴である。
無論彼らも唯の散歩コースとしてこんな場所を歩いている訳ではない。
用もなく来る学生はいないと説明したが、用がある学生はその限りではないのだ。
では彼らがわざわざ廃れた学区に足を運ぶ程の用とは、一体何なのだろうか。

「…しっかし、いくら第19学区でも、今どきVHS用のビデオデッキなんて売ってんのか?」
「分からないけど…でもここに無かったら、それこそ売ってる学区なんてないわよ!
 学園都市の外からお取り寄せすると、手続きとかに時間かかっちゃうし」

VHS…今の若い子は知らない者も多いかも知れないが、
PS2の影響でDVDが普及する以前に主流だった、かつての一般的な記録映像媒体である。
見た目は巨大な長方形の物体で、中にあるテープに映像を記録するのだ。
乱暴な例えをするならば、DVDがCDだとすると、
VHSはカセットテープ(これも知ってる人は少なくなっていそうだが)だと言えるだろう。
だがVHSはあくまでもテープ【ソフト】であり、
それを再生する為には当然ながらデッキ【ハード】が必要になる。
上条達は、どうやらそのデッキを買いに来たらしいのだが、
では今度は、何故わざわざそんな物を、という疑問が出てくる。

「にしても…ママから送られてきたこのビデオテープ、何が映ってるのかしら?」
「しかも一緒に同封されてた手紙には、『観る時は上条くん【おれ】と一緒に』
 って書いてあったんだよな? マジで何だろう…」

美鈴が美琴宛に送ってきたビデオテープ。
しかも上条にも一緒に観てほしいと、わざわざ一筆書いている。
この時点で何とな~く嫌な予感がしているのは、一人や二人ではないだろう。

「っと、ここだわ」

そんな事を話している内に、目当ての店の前にやって来ていた。
ビデオデッキを今でも売っているだろうと美琴が踏んだのは、
第19学区の中でも更に寂れた中古の骨董品店のようで、
中には昭和生まれが「懐かしい!」とテンションの上がりそうな品がゴロゴロ置いてある。
だが学生が8割の学園都市では、やはり人気があまりよろしくなく、
どうやって生計を立てているのか不思議なくらいに、店内には閑古鳥が鳴いていた。
事実、店の中には現在、上条と美琴の二人しかお客がいない。
しかし当の本人である上条と美琴は、当初の予定とは違い、思いのほか盛り上がっていた。

「うおっ!? このパソコン95年モデルだぜ!? 作られたの前世紀じゃんスゲー!」
「見て見てっ! これってもしかしてフロッピーディスクじゃない!?
 こんなの、近代史の教科書の写真でしか見た事ないわ!」
「それよりこっちの方がヤバイぞ!
 ほらほら、このデカイのってノートパソコンじゃなくて電卓だってよ!」
「ねぇ、このコントローラーのマイクって何に使うのかしら!?」
「テレビ分厚いなオイ! これ後ろにブラウン管が入ってるヤツだろ!?」
「いや待って! まさかこれ…し、白黒テレビ!!? まさか生で現物を見られるなんて…!」

二人にとって前時代的なアナログ機器は逆に珍しく、
子供のようにキャッキャとはしゃいでいる。博物館にでも入ったような感覚なのだろう。
意外と『デートコース』としては悪くないのかも知れない。


…そう、本人達が気付いていないようだが、これは立派なデートなのである。
実はこれも美鈴も目論見の一つであった。
一緒にビデオを観る為には、まずデッキを探さなければならない。
上条も美琴も、VHSを再生するビデオデッキなど絶対に持っていないと確信していたからだ。
そしてデッキを探す為にはアチコチ回る必要がある。
だが上条の事だ。自分にも関係のある案件を、美琴一人だけにやらせる事はしないだろう。
これは詩菜からの助言によるものだったのだが、まんまとその通りになった。
現に上条は美鈴の手紙の事を知った時に「じゃあ俺も探すの手伝うよ」と買って出た。
故にこうして、二人はデート(本人達無自覚)する事と相成ったのである。
母は強しと言うべきか何と言うべきか。

珍しい品々に目をキラキラさせていた上条と美琴だったが、
しばらく遊んだ後ハッと我に返る。ここに来た理由を思い出したのだ。

「っとと、ビデオデッキ探さねーと…」
「あっ、そ、そうね忘れてたわ。こんな事してる場合じゃないわよね」

本来の目的を思い出した美琴は慌ててPDAを取り出し、ネットに接続する。
最強の電撃使いである美琴と言えど別に家電製品に詳しい訳ではなく、
前時代的な機械【ビデオデッキ】の形もうろ覚えなので、それを調べる【ググる】為だ。

「え~っと……あっ! これね。じゃあこれ買ってくるから、ちょっと待ってて」

骨董品という値段設定がよく分からない物の値札を一切見ずに、
そのまま品物をレジへと持っていく美琴。
お嬢様の買い物を間近で見た上条は、「値段とか気にしないんだな…」と遠い目をした。

「お待たせー! これでママから貰ったテープが観れるわね」
「お、おう」

そんなこんなで、二人は店を後にした。


 ◇


二人は歩きながら、どこでビデオを観るか話し合っていた。
ちなみにビデオデッキの入ったダンボールを抱えているのは上条である。
美琴は女子としては身体能力が抜群に高い方だが、
だからと言ってこんなデカくて重い物を持たせたまま街を歩かせるのは、
例え上条じゃなくてもどうかと思うだろう。

「で、どこで観るよ? 俺んち来るか?」
「それじゃインデックス【あのこ】達がいるじゃない。出来れば二人っきりで観たいのよね」

ビデオを観る為には当たり前だがテレビに接続する必要があり、
加えて二人で落ち着いて観られる環境でないとならない。
美鈴が送ってきたビデオを、勝手に第三者に見せる訳にもいかないからだ。
もっとも美鈴本人から指名された上条は、その限りではないが。
そういった意味での『出来れば二人っきりで観たい』発言なのだが、
美琴の上条への気持ちを知っているだけに、何だか意味深に聞こえてしまう気がする。

「そうだな~…じゃあ、どうすっか…」

しかし美琴の気持ちに気付く気配すらない上条は、その言葉通りに受け止める。
すると美琴が、一つ提案してきた。

「あっ! じゃあウチに来ない!?
 今日、黒子は風紀委員の強化合宿みたいなのがあって帰って来ないみたいだから―――」

自分で言いかけて、その意味に気付いた美琴は固まった。
一つ、上条と二人きり。二つ、白井【ルームメイト】は今晩帰って来ない。
さぁ、導き出される答えとは。

「い、いやちょちょちょっと待ってっ!!? い、いいい、今のナシ!!!
 他にいい場所が無いか考えるから少し時間をちょうだい!!!」

今さっき発言した事を慌てて撤回する美琴だが、上条はあっけらかんと言い切った。

「いや、美琴んちでいいんじゃないか? それ以上に好条件な場所ないだろ」
「えええええええ!!!? でで、でもその、ア、アンタはあの……い…いいの…?」

何に対しての『いいの…?』なのかは分からないが、
白井【じゃま】が入らないなら確かに、これ以上に条件を満たした場所はないだろう。
なので上条は自信満々に答える。

「ああ。全然いいぞ」

この瞬間、美琴が「ふにゃー」しかけたのは言うまでもない。


 ◇


「ど…どうぞ、上がってくりゃはい…」
「お邪魔しまーっす、と」

美琴に言われるがまま、上条は常盤台中学学生寮208号室へと足を踏み入れた。
常盤台中学は女子校であり、つまり学生寮も女子寮だ。
加えて古めかしい外観からは想像もつかないが、中は最新鋭のセキュリティの塊であり、
上条のような怪しい男子学生が侵入する事など、本来は出来ない。
しかし、寮生【みこと】が手引きすれば話は別だ。
事実、上条は過去にも白井の案内でこの部屋に入った事がある。

「さて、と。じゃあさっそく配線つないじまうけど…いいか?」

例えビデオを観る為に来たのだとしても、
流石に部屋の住人に一言も許可を取らないでテレビを触るのは気が引けたらしく、一応確認する。

「………あっ!? う、うんありがとヨロシク! わ、私はお茶でも淹れるからっ!」
「あいよー」

上条に話しかけられた事で、ホワホワした気持ちから我に返り、
テンパりつつもいつもの調子に戻す美琴。それでもやはり、まだ顔は熱いが。
上条はテレビの裏側に回りカチャカチャと弄り、美琴はティーカップをカチャカチャさせる。

「お、おまたせ…お茶が入ったわよ」
「ん、こっちもOKだ。いつでも観れるぞ」

そう言うと、上条は美琴のベッドの上に腰を下ろした。
美琴はティーカップをその手に持ったまま石化した。

「なっ!? ななな、なにしてくれちゃってんのよアンタぁああああ!!!?」
「…えっ? いやだって、もう一つ【そっち】のベッドは白井のだろ?
 本人がいないのに勝手に座る訳には…」
「そうじゃなくてっ!!! そもそも何でベッドに座ってんのよ!?」
「ここからの方がテレビ観やすいし…大丈夫だって。お茶をこぼすようなヘマはしないから」

不幸体質の上条が『ヘマをしない』とか言っても何の説得力もないが、
美琴が心配しているのはそこではない。普段、自分が寝ているベッドの上に上条が座る…
それはもう何だかとても恥ずかしい事のような気がするのだ。
だが美琴がワタワタしているのはいつもの事なので、上条は気にせずリモコンを手に取る。

「んじゃ、再生すっぞー」
「きききき聞きなさいよ人の話っ!!!」


 ◆


『ママぁー! ちゃんとうつってる!?』
『んー…ちょっと待っててね? あっ、大丈夫だ。録れてる録れてる』

画面に映し出されたのは、10年ほど前の美琴と美鈴。
やはりと言うべきか、どうやら御坂家のプライベートビデオのようだ。
美琴は打ち止めを更に幼くしたような姿をしており、
美鈴は…恐ろしい事に見た目は今と変化がない。
詩菜や小萌もそうだが、本当に彼らの周りのアラサー~アラフォー女性の、
アンチエイジング事情は一体どうなっているのだろうか。

その後、暫くたわい無い親子のやり取りが続いていた。
とても微笑ましくはあるが、他人である上条は、
これを見てどうリアクションしていいのか分からず気まずい雰囲気を醸し出している。
対して美琴も一人で観る分には懐かしめるが、上条が居る事で恥ずかしさ10割り増しで、
こちらもやはり気まずい雰囲気が漏れ出している。
美鈴は何故『観る時は上条くんと一緒に』と、わざわざ手紙に書いたのだろうか。


と、その時だ。ふいに美鈴が、とても気になるワードを口にした。

『ねぇ、美琴ちゃん。美琴ちゃんは今、好きな子とかいるの?』
『んーっとねー…パパとママ!』
『ん~! ありがとー! ママ超嬉しい!』

親としてこれ以上ないくらいに嬉しい回答が帰ってきた美鈴は、
思わず我が子【みこと】に頬ずりしてしまう。
そしてそれを観させられる二人は、やっぱり気まず恥ずかしい。

『でもね、ママが知りたいのはそういう「好き」じゃないのよ。
 美琴ちゃんが気になってる男の子…例えば、
 その子の事を考えるだけで胸がドキドキしてきちゃうような、そんな子はいないのかな?』
『いないよ? なんで~?』
『このビデオ、せっかくだから美琴ちゃんの結婚式…
 あー、美琴ちゃんがお嫁さんになった時に流そうと思ってね』
『およめさん!? なる! なりたい!』
『そうねー。美琴ちゃんはママに似て美人さんだから、
 きっと将来モテモテになるでしょうね。
 でも今の美琴ちゃんには、まだちょっと早かったみたいね』
『え~、なんでー!? なーんーでー!? はやくおよめさんなりたい!』
『お嫁さんっていうのはね、さっきママが言ったような、
 考えるだけでドキドキしちゃう相手とするものなのよ。ママとパパみたいにね。
 でも今は美琴ちゃんにはそういう男の子がいないみたいだから、まだ出来ないのよ』
『う~! じゃあみつける! ドキドキするおとこのこみつける!』
『じゃあ将来、美琴ちゃんに好きな人ができたら、このビdブツンッ!!!』


 ◆


10年ほど前の美鈴が『美琴ちゃんに好きな人ができたら』と言った瞬間、
現在の美琴がリモコンを手に取り、急いで停止ボタンを押した。
ここでようやく、美鈴が何故このビデオを送ってきたのか、
そして上条にも一緒に観せようとしていたのか理解した。
当時はまだ4~5歳だった為に記憶もあやふやだったが、
美琴の脳はフラッシュバックするかのように、この後の美鈴の言葉を思い出させた。
そして思い出したが故に、美琴は急いで上条にそれを観せないように阻止したのだ。
毎度の如く、顔を真っ赤に染め上げながら。

「…? 続き観ないのか?」
「つつつつ続きって何!!? そんなの無いけど!!?」
「いやでも、美鈴さん何か言いかけて……」
「なななな何でもないって言ってんでしょっ!!?
 この後はそのアレよ! 延々とママの惚気話が流れるだけだから消したのよ!!!」
「…そんな話の流れには見えなかった気が……」
「うううううっさいうっさいっ!!! 私がそうだって言ってんだからそうなのよっ!!!
 はい! もうこのビデオの話は終わり!
 そろそろ完全下校時刻になるんだし、ほらアンタも帰った帰った!!!」

結局はいつも通り、美琴のツンデレが炸裂した為に最後まで観る事は叶わなかった。
本当はあの後、美鈴は自分の惚気話をした訳ではない。
だが、どうしてもそれを上条に聞かせる訳にはいかなかったのだ。
その気持ちを伝えるのは、ビデオの中の美鈴ではなく、やはり自分自身の役目だと思うから―――



『じゃあ将来、美琴ちゃんに好きな人ができたら、このビデオを一緒に観なさい。
 美琴ちゃんがどこに居ても、ママが必ず送ってあげるから』










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