策士達が策に溺れた海で利を得る漁夫
~食蜂操祈の策~
食蜂操祈。精神操作の分野で、彼女の右に出る者はいない。
精神系最強の能力を保有する彼女には、一部の人間(美琴など)以外に操れない者はないのだ。
しかしながらそんな彼女でも、どうにもならない事もある。
こと自身の恋愛においては、その自慢の能力も何の役にも立ってくれなかったのである。
それは一年前、食蜂はある事件に巻き込まれた。
詳しい経緯は省くが、その時に助けてくれたのが上条だった。
しかしその事件で上条は重傷を負ってしまう。
その際、応急処置をする為に食蜂は自らの能力で上条を痛覚を遮断した。
かなりの荒療治だった。おかげで上条は、その時の影響で脳に障害を患ってしまう。
それ以降、上条は食蜂に関する事を記憶できなくなってしまった。
それでも良かった。あの時、自分が何もしていなければ上条は死んでいたのかも知れないのだから。
彼の命が守られた。それだけで良かったのだ。
…と、思っていたのだ。少なくとも御坂美琴が現れるまでは。
元々上条は(本人の意思や自覚とは関係なく)女性からモテる。
不幸に陥ってはフラグを立て、誰かを助けてはフラグを立て、
日常生活を送っているだけでもフラグを立て、何もしなくてもフラグを立てる。
彼はそんな男なのである。事実、食蜂自身もそのフラグ建築力にコロッとやられてしまっている。
なので他の女が上条に言い寄ってくる事は、勿論面白くはないが、さして気にする程でもなかった。
何故なら上条は、無意識に立てたフラグを無意識に折ってもいるのだから。
しかしながら最近、何度フラグを折られてもしつこく言い寄ってくる女(※食蜂目線)がいる。
それが先程名前が出た美琴だ。同じ常盤台中学の同級生で、同じレベル5。
しかもお互いに性格も能力の相性も反りが合わずに忌み嫌っており、
極めつけは上条との出会いから辿ってきた道のりまで自分と何となく似ている。
それだけでも腹立たしいのに、ここ最近の美琴はやたらとアプローチが激しくなっているのだ。
友人に提供された変なオモチャやら薬品やらアプリやらを使っては上条の気を引いたり、
偶然を装っては上条と下校デートやらお買い物デートやら勉強会デートを楽しんだり、
上条のラッキースケベ体質を利用して抱き締められたり胸を揉まれたり裸を見られたりと、
もう本来の意味で壁ドンしたくなる程やりたい放題なのである。
「仕方ないわねぇ…今まで沈黙力を高く設定して見てたけどぉ、
私にも我慢力の限界ってのはあるんだしぃ…!」
メラメラと嫉妬の炎を燃やしながら、食蜂は立ち上がる。
いつか上条が自分の事を思い出したら…そんな小さな奇跡を待つ事にした食蜂だが、
そんな奇跡が起こる前に誰か(と言うか美琴)に上条を奪われてしまっては元も子もない。
となれば、自分の恋路の邪魔になるその元凶(と言うか美琴)を排除せねばならない。
しかし先程チラリと説明したが、美琴とは能力の相性が悪い。
こちらが何度能力を使用したとしても、
美琴が無意識に垂れ流している電磁バリアに防がれてしまい、干渉できないのだ。ならば。
「御坂さんに洗脳力が通用しないんならぁ…上条さんに能力をかけちゃえばいいのよねぇ♪」
そう呟いた食蜂の顔は、「にへー」と口元を緩ませた。
上条には幻想殺しがあるので、右手が触れれば異能の力は打ち消してしまう。
それは勿論、食蜂の能力も打ち消してしまえるのだが、
逆に言えば右手で触れなければ能力は通用するという事だ。
食蜂は朝のうち、上条が自分の高校に登校するタイミングを見計らって、
寮から出てきたばかりの彼にリモコンを向けながら、こんな暗示をかけた。
(学校を出た後、最初に目に付いた常盤台の女の子を、好感力全開で好きになっちゃいますように♡
それと右手で自分の頭を触りたくなくなっちゃうように…とぉ)
上条に食蜂の記憶が出来ない以上、「食蜂を好きになる」という暗示は不可能だ。
しかし「常盤台の女の子を好きになる」ならば、自分が常盤台の制服を着ていれば暗示にかけられる。
食蜂操祈という個人としては若干複雑な気分だが、背に腹は代えられないのだ。
そして上条が好感力全開で好きになった自分の姿を、美琴に見せ付ければ作戦完了だ。
美琴はよりにもよって敵対している食蜂に上条をNTRれた事で、
これ以上ないくらいにショックを受け、食蜂は食蜂で、一時的とは言え上条の彼女になれるという、
一石二鳥で一挙両得な作戦なのである。だがこの作戦には一つだけ問題が。
「…さて、と。後は御坂さんの方を何とかしなきゃよねぇ。
御坂さんも常盤台だしぃ、それ以上に厄介力なのが、
いつも上条さんの学校の付近力をウロウロしてるって事なのよねぇ」
美琴は普段、隙を見ては上条と出会うチャンスをうかがっており、
今日も上条が下校してくる所を出待ちする可能性が高い。
しかしその結果、上条が自分より先に美琴を目視してしまったら、とんでもない事になる。
何故なら、上条は食蜂の暗示によって
『学校を出た後、最初に目に付いた常盤台の女の子を好感力全開で好きになってしまう』のだから。
そう考えた食蜂は、もう一つ手を打つ事にした。上条の寮から大急ぎで柵川中学まで移動する。
◇
「ぜひゅーっ! ぜひゅーっ! な、何で、ぜは! ぜは! こん、なに、
ぜは! ぜ、ゲホゲホゴホッ! と、遠い、のよ!」
上条の住む寮と柵川中学は同じ第七学区内にあるので、言うほど距離が離れている訳でもないが、
運動音痴の食蜂にはフルマラソンくらいの体感距離だったのである。
だが苦労した甲斐はあったようで、目的の人物はまだ校舎に入る前だった。
その者はセミロングの黒髪をなびかせ、「うわ、ヤッバイ遅刻だ!」と叫びながら走ってくる。
佐天涙子。ある意味、食蜂にとっては美琴以上に厄介な存在。何故なら彼女こそが、
先に述べた変なオモチャやら薬品やらアプリやらを美琴に提供している人物なのだから。
佐天は面白半分本気半分で美琴の恋を応援しており、彼女の暗躍がなければ、
ツンデレ女王の美琴が鈍感王の上条と急接近はする事はなかったかも知れない。
だからこそ食蜂は、佐天を利用する事にしたのである。
食蜂はリモコンを佐天に向けて、上条の時と同様に暗示をかける。
「放課後、御坂さんが上条さんの学校の校門前にいたら、
『大切力な話がある』とか言って御坂さんを連れ出しなさぁい…と」
これで準備は整った。これで万が一にも美琴が上条の学校の校門前にいる事はなくなった。
そして美琴以外に、そんな平凡学校に用のある常盤台のお嬢様はいない。
後は自分が上条の学校の校門前で待っていれば、
上条が勝手に自分を見つけて、好きになってくれるという算段だ。
そう思っただけで今から放課後になるのが楽しみになってくる食蜂。
さて、彼女の目論見は果たして成功するのだろうか。
~雲川芹亜の策~
雲川芹亜。人心掌握の分野で、彼女の右に出る者はいない。
統括理事会のブレインたる彼女は、その優れた話術で相手の心の奥底を簡単にこじ開けてしまう。
しかしながらそんな彼女でも、どうにもならない事もある。
こと自身の恋愛においては、その自慢の話術も何の役にも立ってくれなかったのである。
記憶を失う前の上条に無血開城された雲川だが、それ故に上条との関係を大切にしており、
自分が学園都市の闇に関わっている事を彼に知られぬように行動してきた。
あくまでも同じ高校の先輩という立場で上条と接してきたし、これからもそのつもりだ。
…と、思っていたのだ。少なくともあのラブレター事件が起こるまでは。
防犯オリエンテーションの際、上条は自分の下駄箱から一通のラブレターを発見した。
その時の上条の浮かれっぷりときたら、それまで秘密基地で雲川がアレやコレやと提供した、
ラッキースケベのコース料理をも蹴飛ばすかのような喜びようだった。
(もっとも、そのラブレターもどきを送ってきたのは、
バッキバキに乾いた皮膚を割って笑う謎のジジィだったが)
そんな経験をした雲川だからこそ、考え直したのだ。
このままただの先輩として接していても、上条は攻略できないのではないかと。
千のラッキースケベを「不幸」と切り捨てる上条が、一のラブレターであれだけ狂喜乱舞したのだ。
つまり彼を攻略する為には、こちらも純情っぽく振舞った方が良いのではないかと。
「仕方ないな…今までは裏方に徹していたけど、
そろそろ私も表舞台で本気を出す時が来たみたいだけど…!」
メラメラと嫉妬の炎を燃やしながら、雲川は立ち上がる。これまでは得意の暗躍で、
上条を落とそうとしていた雲川だが、そうなる前に誰かに上条を奪われてしまっては元も子もない。
妹の鞠亜の言葉を借りるならば、目的を達成させる為には、
時には自分のプライドを折る覚悟も必要…という事なのかも知れない。
そこで統括理事会のブレインである雲川が、
暗躍ではなくストレートに気持ちを伝える為に選んだ手段が、
「ふっふっふ…私もラブレターには、ちょっとした自信があるけど!」
ジジィと全く同じ手法であった。
確かに彼女はラブレターを出す事で、敵対勢力の釣り上げに成功したという実績はあるのだが。
しかし上条を攻略出来るかも知れないという期待感で胸(Gめ!)が膨らんでいる雲川は、
顔が綻ぶのも気にする事なく筆を進める。
「『放課後、裏門にて貴方をお待ちしておりますけど
K・S ヘソ出しカチューシャより』…と」
イニシャルの『K・S』。そして自分の特徴である『ヘソ出しカチューシャ』を表記する事により、
鈍感な上条でも分かってくれるように細工する。
手っ取り早く本名を書いてしまえば、そんな苦労をしなくても済むのだが、雲川曰く、
「そうしてしまうと奥ゆかしさが半減してしまうけど」なのだそうだ。
これも純情っぽく振舞っているように見せる演出の一つらしい。
「さて、と。これをあの少年の下駄箱に仕込めば、準備完了だけど♪」
言いながら、ハートのシールで封をした淡いピンクの手紙を上条の下駄箱に忍ばせる雲川。
さて、彼女の目論見は果たして成功するのだろうか。
~御坂美琴の利~
御坂美琴。ツンデレの分野で彼女の右に出る者はいない。
常盤台の超電磁砲と呼ばれ、周囲の人間からは一目置かれている彼女だが、
こと自身の恋愛においては、ヘタレ中のヘタレである。
好きな相手に素直になる事が出来ず、しかもその相手というのがよりにもよって上条なのだ。
鈍感に対してツンデレというのは相性が最悪であり、全く気持ちが伝わらない。
しかし美琴はそんな現状でも自分の性格を変える事が出来ず、ズルズルと今の関係を続けている。
そして今日も、放課後に偶然通りかかったというお決まりのウソで、
上条の高校の前まで足を運ばせていた。
「し、仕方ないわよね! ちょっとこっちの方に用事があったんだから!」
誰に対しての言い訳なのか、そんな事を口に出す美琴。
じゃあその用事って何だよ、と聞かれたら、きっと彼女はしどろもどろになる事だろう。
だってそんな物など始めから無いのだから。と、そんな時だった。
美琴が上条の学校の校門前に差し掛かかると、思いも寄らない人物が話しかけてくる。
「あっ! 御坂さん!」
「…えっ!? あ、さ、佐天さん!?」
どういう訳か、そこには友人の佐天が立っていた。
佐天がこの学校に来る事など、今まで一度もなかったので首をかしげた美琴である。
そして佐天はすぐさま美琴の側に駆け寄ると、
瞳の中を星が輝いたようにキラキラさせながら、こんな事を言ってきた。
「大切力な話があるんですけど、ちょっと連れ出させてもらってもいいですか?
ただ別の場所でお話したいので、一刻も早く校門前から離れましょう」
何だか佐天の台詞が不自然なような気もしたが、
わざわざ大切な友人が先回りまでして「大切力な話」があると言うのだ。
美琴は二つ返事で了承する。
「…分かった。でもどこで?」
「……………へ?」
どこで、という美琴の問いに、佐天は明らかに目が点になった。まるで、
『美琴を校門前から連れ出すように命令されていたが、
具体的にどこに連れて行けばいいのか聞いていなかった』かのように。
「え…え~っと……と、とりあえず裏門の方にでも…?」
何故か語尾が疑問系になる佐天。
裏門はここから校舎を挟んで真逆の位置にあり、言ってみれば校門とは反対の場所である。
校門前の美琴をどうしても連れ出したい佐天は、とっさに真逆の場所を選んだのだ。
対して美琴は、大切な話をするのに落ち着いて座れる場所ではなく、
この高校の裏門で、おそらく立ち話する形で聞かされる事に、またも違和感を覚えたが、
きっとそれにも何か訳があるのだろうと考え直す。
「それじゃあ行きましょうか」
さて、佐天の大切な話とは一体何なのだろうか。
◇
上条の学校の裏門まで回り込んだ美琴と佐天は、
そこである意味居て当たり前で、ある意味居るのが予想外な人物に出くわす。
上条当麻である。
上条は何やら手紙を持ったまま、裏門の外でソワソワと周りを見回している。
元々こっちに用事があったという体で上条に会いに来ていた美琴は、
その上条を見つけるとビクリと背筋を伸ばしてしまう。
が、今は佐天の話を聞く方が大切だ。惜しいが、今は上条にどいてもらうしかない。
「あ…あー、ごほん! ちょろっとアンタ? 悪いけど少し席を外してくれないかしら。
言っとくけど『立ってるのに席は外せねーよ』とか、そんなツッコミは要らないからね?」
いつもの軽口で上条に話しかける美琴。すると振り向いた上条が、
『学校を出た後、最初に目に付いた常盤台の女の子』である美琴を見つめる。
瞬間、上条も佐天と同様に瞳の中を星が輝いたようにキラキラさせた。
そして同時に「かぁ~」と顔を赤くさせて、耳を疑うような言葉を口にしてきた。
「……そ、そっか…ラブレターくれたのって、美琴だったんだな」
「………は?」
当然ながら、美琴には上条にラブレターを書いた記憶などない。
そんな度胸があるのなら、とっくに告白の一つもしている。
上条の事だ。また何か厄介な勘違いでもしているのだろう。
身に覚えの無い誤解を解いて、佐天の話を聞く為にとっとと退場してもらおうと思った矢先だった。
上条が再び、訳の分からない事を言ってくる。
「そう…だよな。よく考えたら、K・Sって美琴のイニシャルだし、
美琴っていつもヘソ出してるし、カチューシャだし…」
「……………」
お前は何を言っているんだ。
美琴のイニシャルは言うまでもなくK・Sではないし、
ヘソを出していなければ、カチューシャも着けていない。
美琴はツッコむのも面倒だと言わんばかりに大きな溜息を吐き、頭を押さえる。
「あのねぇ…アンタが何を勘違いしてるのか知らないけど、とにかくどいてくれない?」
すると上条は真っ赤な顔を更に赤くする。
「と、とと、『とにかく抱いてくれない』って! みみみ、美琴ちょっと大胆すぎやしませんか!?」
「だだだ誰が『抱け』なんて言ったってのよっ!!?」
美琴が言ったのは「どいてくれない」であって、決して「抱いてくれない」ではない。
しかし上条の耳は何でも自分に都合よく捉えてしまうように聞こえてしまい、
そして思考回路の方も同様に、自分に都合よく考えてしまう。
まるで『好感力全開で美琴の事を好きに』なってしまったように、
何でもかんでも美琴の発言をポジティブに誤変換している。
だがその弊害なのか、上条は美琴の制止も聞く気がなく、
『抱いてくれない』と美琴が言った(言ってない)事に対して、忠実に実行する。
上条が突然、美琴の背中に手を回したと思ったら、そのままギュッと。
「っっっ!!!!??!?
ちょ、えっ!!? アアア、アンタきゅ、急に何してくれちゃってる訳っ!!?」
「な、な、何って…み、美琴がそうしてくれって言ったんだろ!?
おお、俺だって恥ずかしいけど…で、でも好きなモン同士なんだから、
べ、別に不自然な事でもないしな!」
「へ…は、はああああああああああああ!!!!!?
すすすす好きゃらモンびょうしってにゃにゃにゃに言っぴきゃらもはらうぃふぇえええ!!?」
上条の口から初耳すぎる言葉が次々に飛び出してくるので、美琴も脳が追いつかず混乱する。
特に言語中枢は被害が甚大であり、美琴も何を言っぴきゃらもはらうぃふぇなのか、
自分でも分かっていないと思われる。しかし上条はその手を緩める事はしてくれない。
「だ、だってラブレターを出してくれたって事は美琴も俺の事…す…好きって事だろ!?
だから…その……俺も自分の気持ちに正直に、だな…」
「ぴゃあああああああああぁぁぁぁああぁああああっっっ!!!!?」
そもそもラブレターを送ってもいないのだが、
そんな事などどうでも良くなるくらいに破壊力を持った台詞である。
それはつまり、上条も美琴も事が好きなのだと言っているような物なのだから。
「もう…このまま絶対に離さないからな! 美琴!」
「ぴゃあああああああああぁぁぁぁああぁああああっっっ!!!!?」
上条が甘い言葉を囁き腕に力を込める度に、美琴は奇声を上げる。
この惨状は偶然裏門を通りかかった(美琴とは違って本当に偶然)吹寄が上条に頭突きを食らわせ、
その拍子に上条の右手が自分自身の頭にぶつかってしまうまで、延々と続いたのだった。
ちなみにこれを目の前で見せ付けられていた佐天は、ただ黙々と携帯電話でこの状況を録画し、
上条に一世一代の告白しようとオシャレしたせいで遅れて裏門にやってきた雲川は、
上条と美琴の姿を見て真っ白になったままその場で固まり、
反対側の校門前では、うずくまって「何で来ないのよぉ…」とグスグス涙ぐみながら、
ず~~~っと上条を待っている食蜂の姿があったのだった。