とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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紅染めし木々と夕日と君の頬




「ねぇ、今度の日曜日【やすみ】にでも紅葉見に行かない!?」

美琴からそんなお誘いがあったのが数日前だった。
第21学区。平坦な地形が多い学園都市において唯一の山岳地帯なのだが、
11月に入ったばかりの今日この頃、聞けば今が紅葉狩りシーズンの真っ只中なのだとか。
科学一辺倒な学園都市の住人でも…いや、だからこそなのかも知れないが、
たまには大自然を満喫したくなる者も多い。
現に今の時期、美琴のように第21学区へ向かう人が後を絶たなくなるのである。

その日は小萌先生がどうしても外せない用事があるらしく、珍しく補習も無かったし、
他に予定がある訳でもなく、特に断る理由もないので、上条は二つ返事で了承する。
その際、上条が冗談っぽく「何かデートみたいだな」と言うと、
美琴は紅葉のように顔を真っ赤にしていたという。


 ◇


そんな訳で日曜日、上条と美琴は第21学区に来ていた。現地集合である。
二人とも山を登るにしてはかなりの軽装だが、あくまで紅葉狩りが目的だし、
急勾配な山でもないし、頂上もさほど高くないので、これで充分なのだろう。
つまり、本格的な登山よりもハイキングに近いのだ。
しかし問題はそこではなく、現地集合にした為に、二人はお決まりのやり取り【ケンカ】が始まる。

「おっそいわよ! とっくに待ち合わせの時間すぎてるじゃない!」
「う…わ、悪い……ちょっと道に迷ってた女の子を風紀委員の支部まで案内してたり、
 ヒールが折れて足を挫いたお姉さんをおぶって病院まで連れて行ったり、
 風船が風に飛ばされて泣いてた幼女の代わりに俺がおうわっ!!?」

説明している途中だが、美琴は威嚇用の電撃【イライラしたきもち】を上条目掛けて飛ばした。
どうせ右手で防がれるのは分かっているのだが、それでもどうしてもやらなければならない。
上条が不幸に巻き込まれて遅刻するのは毎度の事だが、
何故に助けた相手が必ずと言っていいほど若い女性なのだろうか。
きっと助けられた女の子もお姉さんも幼女も、まとめてフラグったに違いない。
しかし美琴のイライラの原因が、自分が遅刻したせいなのだと勘違いしている上条は、
やはり美琴の思った通り右手で電撃を打ち消しながら、こんな疑問を口に出す。

「…つーかそんなに怒るんなら、わざわざ現地集合にしないで、
 第7学区【さいしょ】から一緒に行けば良かったんじゃないか?」
「っ! そ、それは…そう、だけど…」

上条からの思わぬ反撃に、たじろいでしまう美琴。
言えない。待ち合わせした方がカップルっぽいからなんて理由、上条に言える訳がない。
どうやら美琴は、上条の無自覚な「デートみたい」という一言を相当引きずっているご様子だ。

「べ、別にいいのよ!
 お手て繋いでお迎えしないと迷子になっちゃうような年齢でもあるまいし!」

照れ隠しなのか、美琴はいつもの調子【ツンデレ】でプイッとそっぽを向く。
その様子に上条は、溜息交じりに頭をかき、「ま、いっか」と苦笑する。

「じゃあ、まぁ…とりあえず歩くか。この季節は暗くなるの早いからな。
 夜紅葉も綺麗だろうけど、完全下校時刻もあるし」

言いながら、足を一歩前に出す上条。
だが斜面が緩やかとはいえ山道は山道だ。紳士を自称する上条は、ふいに美琴の手を握る。

「えっ!? なな、何よ突然っ!!?」
「だって転んだりしたら危ないだろ?」

テンパる美琴とは対照的に、さも当たり前のような態度の上条。
この男の、こういう無自覚さがズルい…と美琴は思った。
そしてそのズルさに、まんまとドキドキさせられてしまう自分も、
我ながらチョロいとも思ってしまうのである。

だがそれは上条も同様で、手を握った瞬間、何故かほんのり心拍数が上がったのだった。


 ◇


「おおぉ~! 綺麗だなー!」
「うん…! とても綺麗……」

山頂へと歩く道すがら、上条と美琴は色鮮やかな木々を目の保養に、感嘆の声を漏らしていた。
上条は圧倒的な大自然に鼻息を荒くし、美琴は美しい情景にうっとりする。

「ホント来て良かったよ。こうなると、頂上からの景色とか余計に楽しみになってくるな」
「ふふっ。そう言ってくれると、誘った方としても悪い気はしないわね♪」

開放的な気分がそうさせるのだろうか、美琴は先程までより素直な反応を見せる。
イタズラっぽく笑う美琴に、「可愛いな…」なんて思った上条だが、その直後。

『グゥ~~~…!』

ホッと安心したせいか、上条のお腹がグウと鳴る。

「……お腹すいたの?」
「ま、まぁ結構歩いたしな」

美琴は「仕方ないわね」と嘆息しながら、どこか座れる場所がないかと周りをキョロキョロと見回す。
と、すぐにおあつらえ向きのベンチを発見する。実はこの山、
元々登山客の多いコースらしく、所々休憩出来るようにベンチが置かれているのだ。
美琴はそのベンチを指差しながら、上条に提案する。

「あそこでちょっと、お弁当でも食べましょうか」
「えっ!? 弁当まで用意してくれてたの!?」

思わぬ朗報にテンションの上がる上条。
美琴は自分のカバンの中から二つの弁当箱を取り出しながら、会話を続ける。

「そりゃまぁ、一応ね。流石に飲まず食わずで山を登るのは疲れるし、
 どうせアンタは食べ物持ってきてないと思ったしね」

と言いつつ、美琴も本当は楽しみすぎて、
朝5時に起床してまで上条の分の弁当を作っていた事は、上条本人には内緒である。

「にしても、あの小っこいシスターじゃないけど、アンタも花より団子ってタイプよね。
 あんなに大きいお腹の音とか鳴らしちゃ『グゥ~~~…!』って……」

何やら得意げに上条をイジっていた美琴だったが、その途中で今度は自分のお腹が鳴り響く。
たちまち、美琴は「かあぁ~!」っと顔を紅潮させてしまう。

「あの~、美琴さん? 今の音は一体…?」
「~~~っ!!! ば…馬鹿ぁ! 聞き流しなさいよ無デリカシー男っ!」

ニヤニヤしている上条に対して、美琴は若干目に涙を溜めながら、ポカポカと上条の胸を叩く。
どうやら、相当恥ずかしかったようだ。

「ああ、もう! いいから好きな方を選びなさいよ!」

先程の空腹音で素直になれる魔法は解けてしまったらしく、
美琴はいつもの調子に戻って二つの弁当箱を上条の目の前に差し出す。
上条も、流石にこれ以上イジると可哀想かなと、話を逸らされてあげる。

「好きな方って…中身違うのか?」
「あっ、うん。こっちの黒い方のお弁当箱がおにぎりで、
 こっちの白い方のお弁当箱がサンドイッチ。おにぎりの方は沢庵とか鳥の唐揚げも入ってるけど」
「マジでか!? いや、嬉しいけど二人で食うんだから、
 中身同じでも良かったんじゃないか? わざわざ分けて作るの、面倒だったろ」
「だ…だって! アン……………」

素直なままなら言えたのかも知れない。
「だってアンタに『色んな味を食べて』もらいたかったんだもん」と。
しかしツンデレに戻ってしまった美琴には、「だって」の後が言えなくなってしまう。
だが当然ながら、途中で話をブツ切りされてしまった上条は続きが気になる訳で。

「だってアン…何だよ」
「アン…アン……ア、アンタの好き嫌いが分からないから、いっぱい作ってきたのよ!」

とっさに、半分ウソを織り交ぜて誤魔化す美琴。すると上条は申し訳なさそうな顔をして。

「そ、そっか。それは悪かったな。でも俺、食い物っていうジャンルなら大概の物は食えるから、
 今度からは気を使わなくていいぞ? それに美琴の作った物なら何だって美味いしな」
「っ!!!」


まただ。この男は再び、無自覚に嬉しい事を言ってくれる。
「今度からは」というのは「また次もよろしく」…つまりは次回があるという意味で、
「美琴の作った物なら何だって美味い」というのは言わずもがなである。
美琴は胸がいっぱいになってしまい、お腹が減っている事も忘れてポワポワしてしまう。
そんな美琴の様子に気付かずに、上条は暢気に。

「でもせっかくだから、『色んな味を食べたい』な。これ全部半分に割ろうぜ?
 そうすりゃ二人で食っても全部の味を楽しめるだろ?」

おにぎりとサンドイッチを全て半分ずつに割り始める上条。
こうしてお弁当タイムが開始された訳だが、
その最中、上条のほっぺに付いたご飯粒を美琴がつまんで食べたり、
美琴の指に付いたマスタードを上条がそのままペロッと舐めたりして、
お互いにドギマギしたとかしないとか。


 ◇


山頂に着いた上条と美琴は、その雄大な景色に思わず息を呑んだ。
赤、黄、緑の三色から成る自然のコントラストは、学園都市【かがくのさいせんたん】にいる二人を以ってしても、
その感想は「美しい」だった。思わず、どこかの哲学者が言った
「人は自然を美しいと感じる唯一の動物であり、自然を破壊する唯一の動物でもある」
という言葉を思い出した。

「凄いね…」
「そうだ…な…?」

「凄いね」と美琴が言った。上条は景色から美琴に視線を移して「そうだな」と返事をした。
その時、さわさわと風が吹いた。
サラサラと髪がなびかせ、目の前の山々を見つめるその美琴の横顔は、
夕日に照らされてキラキラと輝いていた。

ドキリ、と胸が跳ねた気がする。
上条は自分でも何故そんな事をしたのか分からない。
気が付くと彼は―――

―――………え」

本当にそんなつもりはなかった。
だが上条は、美琴の横顔を見た瞬間、衝動的にキスをしてしまったのだ。
勿論、言い訳なんて出来るはずもない。
上条は勿論だが、おそらくは美琴にとってもファーストキスだ。
それがどんなに大切なものかは、鈍感な上条でも流石に理解できる。
すぐに我に返った上条は、バッと美琴から離れて、真っ青な顔で頭を下げた。

「ご、ごごごごめん! いや、謝って許してくれるとは思わないけど、本当に悪かった!
 何か…雰囲気に呑まれちまったっていうかその……美琴があまりにも綺麗だったんで、つい…」

上条は超電磁砲ですら右手で防がずに、甘んじて受け止める覚悟だった。
しかし美琴から出てきた言葉は意外なもので。

「……あ…あああ、あんなのじゃ、や、やや、やったのかやってないのか分かんないじゃない…
 せ、せ、せっかくの『初めて』…なんだから……ちゃ、ちゃんとした奴をしなさいよ……」
「………えっ…?」

上条がゆっくり顔を上げると、そこにはギュッと目を瞑り、
肩や手を震わせながら『その時』を待っている美琴が立っていた。
瞬間、上条は自分自身の気持ちに気がついた。

(そうか…今日一日美琴と一緒にいて、胸がドキドキしてたのは……
 いや、『そうなってた』のは、もっと前からだったのかも知れないな…)

これ以上、彼女に恥をかかせる訳にはいかない。
上条は再び、美琴の花片のような唇に、そっと、

「………ん…♡」

口付けをするのだった。









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