とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

965

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

人の心猫知らず




猫というのは気まぐれな生き物だ。
飼い主が大切な仕事をしている時に限って甘えて【じゃまして】くるかと思ったら、
こちらが遊んであげようとした時にはそっぽを向く。
突然家の外へと出て行って、飼い主が心配になったらふらりと帰ってくるなんて事もザラだ。
そしてここにいるスフィンクス(三毛猫・雄)も、その例に漏れず、
飼い主【インデックス】と餌をくれる人【かみじょう】とオモチャ【オティヌス】の心配をよそに、
自由気ままに散歩をしていた…筈だった。
しかしそのフリーダムさがあだとなったのか、枝にとまったスズメを追いかけて木の上に登ったら、
そのまま降りられなくなってしまったのだ。勿論、スズメは何食わぬ顔で飛び去って行った。

「みゃ~ぉ……」

何か助けでも呼ぶかのように鳴くスフィンクス。
その思いが通じたのか、その木の前を一人の少女が通りかかる。

「…あっ、子猫だ可愛い~!」

スフィンクスはそろそろ成猫になるかならないかという年齢なのだが、美琴にとっては子猫である。
ちなみに美琴も何度か上条の寮部屋に足を運んだ事があり、その際にスフィンクスとも面識があるが、
数回見ただけの猫…それも三毛猫なんてありふれた日本猫の個体識別【みわけ】など出来る訳もない為、
目の前の猫とは初対面感覚だ。もっとも三毛猫の雄は珍しいので、
股間にぶら下がったイチモツを見れば、「もしかしてアイツん家の子かしら?」とは思ったのだろうが。
高さに怯えてなのか美琴の電磁波に怯えてなのか、
あるいは両方なのか、奥へと引っ込んでビクビクと震えている。
その様子に、初めて会った妹達の一人【ミサカ9982ごう】の時を思い出す。
確かあの時見た黒猫も、同じようなリアクションだった。

「…降りられないのかしら? どうしよう……」

あの時の黒猫と同じ状況なのだとしたら、この三毛猫も同様に降りられない可能性が高い。
とは言っても美琴が手を伸ばしても届く距離ではないし、周りに踏み台になるような物もない。
せめて他に誰か人がいれば何とかなりそうだが、そんな都合よく誰かが通りかかる気配もない。
そして仮にもう一人いたとしても、全く面識のない赤の他人に、
「この子猫降ろすんで、ちょっと土台になってくれませんか?」と頼むのは度胸がいる。
最低でも美琴の知り合い、それも出来たら気兼ねなく頼みごとを言えるような間柄の人物が、
偶然ここを通りかかってくれないかと期待したが、いくら何でもそんな都合良くは―――

「おーい、スフィンクスー!? どこ行ったんだー!?」

―――そんな都合良くは意外と行くものである。
何やら大声でエジプト発祥の神聖な怪物の名前を叫びながら、こちらに向かってくる人物が一人。
それは美琴が気兼ねなく頼みごとを言えるような間柄のツンツン頭の少年だった。

「あれっ、アンタ!? どうしてこんな所に…って、そんなのはどうでもいいわね。
 丁度良かった。ちょっと頼みたい事があるんだけど、
 あそこで降りられなくなってる子猫を降ろすの、手伝ってくれない……ええっ!?」
「あれっ、美琴!? 何でこんな所に…って、んな事はどうでもいいか。
 丁度良かった。ちょっと聞きたい事があるんだけど、
 俺ん家で飼ってる三毛猫がいなくなったんだが、どこに行ったか知らない……んんっ!?」

二人は同時再生【ステレオ】で喋り始めた。息ピッタリである。

「えっ、それって大変じゃない! ……いや、ちょっと待って?
 三毛猫…って、まさかこの子だったりして!?」
「降りられなくなってる猫? …ああ! 確かに木の上で怯えてるな。助けてやらないと……
 って! スフィンクスじゃねーか何やってんだお前!!?」


ここで上条と美琴、お互いの物語が線で繋がった。
美琴も上条の反応で、ようやくその三毛猫がスフィンクスなのだと気付いたのだった。
美琴の「子猫を助けたい」という願いと、上条の「スフィンクスを探す」という目的は、
ここにこうして一致したのである。ならばやる事はただ一つ。スフィンクスの救出だ。
しかしスフィンクスが今、縮こまっているのは木のてっぺん近くの場所の為、
上条が土台になって美琴が上に乗っても、正直届きそうもない高さだ。
なので上条は提案する。いともアッサリと大胆な事を。

「……よし。肩車しよう。ちょっと俺しゃがむから、肩に乗っかってくれ」
「……………へ?」

美琴は一瞬ポカーンとした後。

「えっ……ええええええええっ!!?
 いや、あの、でも、その…いきなりそんな……こ、心の準備とか色々出来てな…」
「早くしないとスフィンクス落ちちまうかも知れないだろ? いいから乗れって」
「それは、そうだけど……ぁぅ…」

上条さんの手と触れ合うだけでもドキドキしてしまうミコっちゃんには、
肩車なんてハードなスキンシップは荷が重過ぎる。
だが上条の言うように時間は待ってはくれない。現にスフィンクスは今も木の上にいるのだから。

「~~~っ! わ、分かったわよ! やればいいんでしょ、やれば!」

美琴は半ばヤケクソ気味に、上条の肩に乗る。
美琴のふとももで顔を挟まれ、お股が後頭部に当たっている訳だが、
今はスフィンクスの救出が最優先だ。紳士・上条は、よこしまな感情など抱かない。何故なら、

(落ちつくんだ…『素数』を数えて落ちつくんだ…2…3…5…7…11…13…17……19)

このように、頑張って冷静になろうとしているから。
つまり上条も思いっきり美琴の事を意識してしまっているが、
今はそれどころではないのも理解しているので、必死に煩悩と戦っているのである。

「よ、よーし立ち上がるぞー!」
「ゆゆ、ゆっくりね! ゆっくり!」

お互いにドキドキしつつも肩車作戦を決行する。
上条が立ち上がると、スフィンクスを余裕で抱きかかえられる高さまで、
美琴を持って行く事に成功した…のだが。

「……あっ、ダメだわ。怖がって、余計に奥まで引っ込んでっちゃった。
 やっぱり私から出てる電磁波が嫌みたい…」
「あー、やっぱダメか…」

地味にショックを受ける美琴。
可愛い生き物は大好きなのに、触れようとすると相手は嫌がってしまう。
かと言ってこのまま放っておく事は出来ないが、
嫌がるスフィンクスに無理矢理手を伸ばすのも可哀想だ。
上条が右手で美琴の頭を押さえれば、電磁波も幻想殺しで打ち消す事が出来るのだが。

「肩車した状態【このたいせい】じゃあ、うまく美琴の頭を触れないしなぁ…」

肩車した状態で頭を触るのは、中々難しい。
前から触ろうとすれば美琴の視界の邪魔になってしまうし、
背後からだと今度は手が届きづらく、上条からも見えない場所を触る事になるので危ない。
なので美琴が、ここである提案をする。

「…てか、私が下になれば解決するんじゃないの?」

確かに美琴が肩車の下部分を担当すれば、そもそもそんな苦労をしなくても済む。
当然ながら上条からは電磁波など出ていないし、
スフィンクスも家主が手を伸ばせば怯えずに寄ってくるだろう。
しかし絵面的にどうだろうか。
中学二年生の女子の肩にまたがって肩車してもらう男子高校生というのは。


「いや、ダメだ。紳士な上条さんには、女の子にそんな事させられません」
「私こう見えても結構、力とかある方よ?」
「そういう問題じゃねーよ!
 力があるとかないとかは関係なくて、美琴にそんな力仕事なんかさせたくねーの!」
「…っ!」

それは上条にとっては当たり前の事だったのだが、美琴にとってはドキドキものの言葉だった。
ちゃんと女の子として見てくれてる…たったそれだけの事で、胸が高鳴ってしまう。

「そ、そそ、そう! それならべ、別にこのままでもいいけどっ!!?
 で、で、でも実際問題、私の電磁波を何とかしないとどうにもなんないわよ!?」

胸のドキドキを誤魔化すかのように、わざと高圧的な言い方をする美琴。ツンデレの真骨頂である。
上条は「う~ん…」と考えた後、最もシンプルな答えを導き出す。

「美琴。もうちょっとだけ頭を低くする事って可能か?
 そうすりゃ背後からでも、何とか手が届くと思うんだが…」
「え? まぁ、大丈夫だとは思うけど…」

上条に言われるがまま、少し頭を低くする美琴。
なるほど、これならば何とかなりそうだがしかし。

(………何だか上条さんの頭の上に、わずかだけど柔らかい感触が当たってる…?)

美琴が姿勢を低くすれば、当然ながら美琴の胸と上条の頭は密着する。
すると上条の頭はどうなるだろうか。
両サイドからはふとももで挟まれ、後頭部はお股が当たり、更に頭頂部には胸が当たるのである。
しかし何度も言うように、今はスフィンクスを何とかするのが最優先事項だ。
なので上条は再び素数を数え始め、同時に背中から右手を回し、美琴の頭をギリギリで触れる。
美琴の両足を左腕一本で支える事になったが、美琴は元々運動神経が良く、
バランス感覚も悪くないので、そちらは意外と危なげはなさそうだ。

「ぐっ…! もう、ちょ…前…ぐおおおお!!!」

だが新たな問題が浮上した。
姿勢を低くした分、今度は美琴の腕がスフィンクスに届かなくなってしまったのだ。
もうちょっとで触れられるのに、そのもうちょっとが遠い。ちなみに美琴が頑張っているその下では、

(てか胸がっ! 美琴センセーのお胸が押し付けられているのですが!?)

上条も別の何かと戦っていた。

「~~~っ! だぁ! 届かない!」
「仕方ねぇ…一旦(美琴を)降ろすぞ。流石に疲れた」

美琴が姿勢を高くすれば上条の右手が美琴の頭へ届かずに電磁波をシャットアウト出来ず、
美琴が姿勢を低くすれば美琴の手がスフィンクスまで届かない。
この帯に短し襷に長し状態で何度チャレンジしても結果は変わらないので、
一度美琴を地に降ろしてからの作戦会議である。
とは言っても他に打開策があるとも思えず、やはり自分が下になるしか方法はないのではないかと、
美琴が思ったその瞬間だった。上条が、思いも寄らない方法を口に出す。

「こうなったら最終手段…逆肩車だ!」

その言葉に、美琴はフリーズした。
逆肩車とは要するに、肩の上に乗る方が、本来とは逆の向きになる事である。
ここからは説明がめんどい上に分かりにくいので、読み飛ばしてくれても構わないのだが、
図で説明すると下のようになる。
[ 8⇉  →  8⇄ ]
下の丸が上条、上の丸が美琴だとして、
左の図では矢印が同じ向き…つまり上条も美琴も右に向いている。こちらは普通の肩車だ。
しかし右の図では、上条が左を向き、美琴が右を向いているのだ。これが逆肩車である。
この状態だとどうなるのかと言われると、まず下にいる上条が美琴の頭を触りやすくなる。
先程、前から触ろうとすれば美琴の視界の邪魔になり、
背後からだと手が届きづらいと説明したが、逆肩車ならばそれらが一気に解消する。
何故なら上条が前から手を伸ばしても、美琴の背後から簡単に頭を触れられるからである。
それともう一つ利点(?)がある。ここから先は読み飛ばした方にも読んで頂きたいのだが、

逆肩車するとミコっちゃんのお股が上条さんの顔面に当たる事となるのだ。


今まで後頭部に当たっていた部分なのだから、上条さんが向きを変えたらそれはそうなるだろう。
それが分かっているからこそ美琴はフリーズし、そしてその後に叫ぶのだ。

「いや、だからねっ!? そんな事するんなら私が下になるってば!」

しかし上条は食い下がる。

「だから女の子にそんな事させる訳にはいかないって」
「肩車の下になる以上の『そんな事』な事態になっちゃうじゃないのよっ!!!」
「あ~もう、いいからほら! とっとと肩に乗れって!」
「わっ! わっ、ちょ…きゃあああ!!!」

美琴の意見を聞く耳など持たず、強引に逆肩車をする上条。
彼の名誉の為にも断っておくが、上条は別に下心があってこんな事をしたのではない。
地上で長々と議論していては、いつスフィンクスが木から落ちるか分からないから、
今、考えられる最も効率的な方法を実行しただけなのだ。
美琴が恥ずかしがっていようがいまいが関係ない…
と言うよりも、恥ずかしがっていられる余裕もないのである。
だがここで、この作戦の致命的な欠陥が二つも浮かび上がる。
まず一つ。下で支える役の上条が何も見えない。
先程まで視界が良好だったのは、普通に肩車していたからだ。
しかしこの逆肩車では、文字通り目と鼻の先に美琴が立ち塞がる為、
美琴の(スカートと短パン越しとは言え)お股の部分しか見えない。
そしてもう一つの欠陥。こちらが更に厄介且つ深刻なのだが…

「もががもがもがもが! もごもごもがもがもごごもご、もがもがもごもががも、
 もがもがもがもごごもがもぐもががもが!
 も、もごごがも! もがもがもごもごっ! もがもごもがもぐ~!!!
 『通訳:何かいい匂いが! 真っ暗で何も見えないけど、視覚が奪われた分、
     嗅覚が研ぎ澄まされてハッキリと匂いが!
     い、いかん素数を! 素数を数えるんだ俺っ! 何も考えるな俺~!!!』」
「や、あぁあっ! そ、そんら、ところへぁっ!!? んっ…くぅ、んっ!
 もご、もご、喋ら、らいれぉ……んっは!? 変に、なっ、ひゃうか、りゃ……
 あぁあんっ! ら、めぇ…それ、いじょ、は、ほんろに…んあっ!
 んっ、は、ぁ……ぁん! ふぁ、あ、ぁ…………っく…んああああああああぁぁぁ!!!!!」

街中で何をマニアックなプレイをしているのか、この二人は。
さて、そろそろオチの時間だ。
この隙にスフィンクスは上から飛び降り、そのまま何事もなく着地した。
冒頭でも説明したが、この猫は成猫になるかならないかの年齢であり、
そのくらいの猫ならば三半規管も発達しており、二階くらいの高さならば難なく着地できる。
ならばなぜ今まで自分から降りなかったのか、とお思いの方も多いだろうが、それも説明した筈だ。
猫というのは気まぐれな生き物だからだ。
上条と美琴【にんげんたち】が四苦八苦しているのを見ている間に、
「あれ? これ、もしかしたら自力で降りられるんじゃね?」とでも思ったのだろう。
そしてスフィンクスがピョンと飛び降りて、そのまま帰っていくのにも気付かない哀れな人間共は、
まだ下から【かみじょう】はお股をモゴモゴしたり、上【みこと】は変な気分になってビクンビクンするのだった。










ウィキ募集バナー