そんなプレゼントで大丈夫か
十字教を信仰する敬虔なシスターはこう言った。
「とうま? 今日は神が降誕した聖なる日…その前夜祭なんだよ?
盛大にお祝いしなくては失礼にあたると思うんだよ。
それなのに、ディナーが白いご飯と野菜炒めだけ【いつものメニュー】ってどういう事なのかな!?」
対して、この部屋の家主も反論した。
「うっせぇ! 大体お前、クリスマスってのは本来、
家族と一緒に粛々と過ごすモンだって言ってたじゃねーか!」
「そ、それは! とうまが他の女の人から…パーティーに誘われたとか言ったから……ごにょごにょ…」
「うわっ!? ちょ、おい人間! それより私を助けろ!」
「つーか、そもそも俺は別に十字教徒でもねーし! てかそれ以前にお金!
マネーが無いの、この家には! ただでさえ年末年始は物入りだってのに…!」
「だからって流石に、これは無いんじゃないのかな!? こ・れ・はっ!
もう寂しいとかそんなレベルの話じゃないんだよ!」
「安心してください、ケーキもありますよ。まぁ、ちょっと早いクリスマスプレゼントだと思えよ」
「……えっ? 本当?」
「うぉわああ!!! は、離れろバカ猫っ! …え? いや待て! そ、そんな所まで!?」
「ああ。ただしコンビニで買ってきた120円のカットケーキ一個だけだけどな!
しかもその一個を俺とインデックスとオティヌスで三分割だ!
一杯のかけそばならぬ、一個のショートケーキだうははははは!」
「世知辛すぎるんじゃないのかな!? プレゼントっていうよりはお土産なんだよ!
サンタクロースってもっと太っ腹な筈なんだよ! こんなケチくさいのはイヤかも!」
「現実のサンタなんて、みんなそんなもんなんだよ!
街を見てみろ! 本物のサンタさん達がティッシュ配ったりケーキ売ったりしてるだろ!?
子供にプレゼント配るサンタなんて幻想だ幻想!
金持ち達の道楽か、そうじゃなきゃオモチャ会社の陰謀なのさ!」
「むっ! サンタクロースは実在するんだよ! そもそもモデルとなったニコラウスは―――」
「はいはい、上条さんはニコラなんちゃらではありませんですことよ!」
「うひいいいい!!! 変な所を舐めるなあああぁぁぁ!!! 舌が…舌がザラザラして痛い!
に、人間! 貴様、私の理解者だろう! 私を助けろ……いや、助けてください!」
「そこはかとなく馬鹿にしてるね!?」
「その幻サンタをぶちクロース」
こんな口論(一部、救難要請)を、寮部屋の外から聞いていた少女がいた。
この寮、見た目通りにボロく、大声で騒げばこのように外まで聞こえてしまうのだ。
少女は両手いっぱいにレジ袋を抱えながら嘆息する。
「……何やってんのよ、アイツら」
彼女の名は御坂美琴。
先程インデックスからチラリと話に出た、上条をパーティーに誘った人物その人である。
結果はご存知の通り、上条が自宅に帰っている以上は断られた【ふられた】形となっている。
もっとも、美琴は美琴で誘い方が悪かったと言えなくもない。何故なら、
『あ、こ、この後ちょっとしたクリスマスパーティーがあるんだけど、
よよよ良かったらアンタも来ない!? 私としては別にどうでもいいし、
ものすご~く忙しいんだけど、ア、アンタがどうしても行きたいって言うんなら、
私も無理して時間作ってあげなくもないかな~なんて思ったり思わなかったり!!?』
である。上条からすれば、どうしても行きたい訳ではないし、
そもそも美琴に無理して時間作ってもらうのは気が引ける。
美琴が忙しいのなら、そりゃあ普通に断るだろう。本当は忙しくなどないのに。
そして断られた美琴はガックリと肩を落とす事になったが、しかしそれで諦める理由にはならない。
上条と二人っきりという幻想は、彼の鈍感さと自らのツンデレによって打ち消されてしまったが、
例えオマケ共【インデックスとオティヌス】が付いていようとも、
クリスマスに上条と過ごすという現実までは打ち消されていないのである。
こうして、手土産【しょくざい】も大量に持ってきた訳だし。
「よ、よし! 行きますか!」
改めて気合を入れて、美琴は玄関のチャイムを押したのだった。
◇
ピンポーン、と安っぽい音が鳴る。上条はインデックスとの口論を一旦止めて、
オティヌスとスフィンクスの微笑ましい(?)じゃれ合いを見て見ぬフリをしつつ、ドアを開ける。
「はいはい、どちら様……あれ? 美琴?」
「…メ、メリー・クリスマスイヴ」
「なんだよ、忙しいんじゃなかったのか?」
「い、いや! い、忙しかったんだけど、丁度さっき用事が終わってヒマになったのよ!」
小学生みたいな言い訳である。
「それで何となく…そう、特に意味は無いけど、
何とな~くアンタはどうしてるかな~って様子を見に来たのよ!」
「どうしてるも何も、ウチはいつも通りですよ」
すると美琴は得意げに、持っていたレジ袋を上条に差し出した。
「あっそう。予想通り、あまりクリスマスらしい事はしてないみたいね。
買いすぎたと思ったけど、無駄にならなくて良かったわ」
「……え? これ、く、くれるのか!? こんなご馳走を!!?」
「た、たまたまよ! ここに来る途中、たまたま目に入った物を買っただけ!」
レジ袋の中には、某フライドチキンチェーン店のパーティバーレルやら、
某宅配ピザチェーン店のLサイズのハーフ&ハーフやらクォーターやら、
某洋菓子チェーン店のホールケーキやらが入っている。
いや、それだけではない。なにやら未調理の食材も入っているようだ。
「つ…ついでだから、私が何か作ってあげるわよ。ついでだし」
常盤台のお嬢様の手作りクリスマス料理。そんなの期待せずにはいられない。
感激した上条は思わず、
「うおおおおおおおお!!! ありがとうミコっちゃん大好きっ!!!」
と叫びつつ思いっきり抱き締めていた。
「みゃああああああああああぁぁぁぁ!!!?」
突然の告白&抱擁に、美琴は奇声を発しつつ体を硬直させてしまう。当然、顔も真っ赤にさせながら。
「とうま!? さっきから玄関で何を……………」
来客中なのでそれまで黙っていたインデックスだったが、
妙に騒がしいのでリビングから顔を出してきた。
すると何故かそこには、短髪を抱き締めているとうまの姿が。
まだこちらの話(先程の口論の件)は決着がついていないというのに、この男は…
インデックスは額に怒りマークを浮かび上がらせ、歯【キバ】を剥き出して飛び掛ろうとする。
しかしその刹那、上条が手のひらをインデックスに向けて、制止させた。
そしてレジ袋の中からホールケーキの箱を取り出し、印籠さながらにインデックスに突きつける。
「え~い、静まれ静まれ! このケーキが目に入らぬか!
こちらにおわす方をどなたと心得る! 恐れ多くも先のお嬢様、御坂美琴公に有らせられるぞ!
ご馳走の御前である! 頭が高い! 控えおろう!!!」
こんなミニコントに付き合う必要などインデックスにはないのだが、
目の前のホールケーキ様には逆らう事は出来ない。インデックスは深々と頭を下げ、
綺麗なジャパニーズDOGEZAを披露しながら、「ははーっ!」と一言。
そして上条からの告白と抱擁【サプライズ・クリスマスプレゼント】を貰ってしまった美琴は、
未だに硬直が解けず、ふにゃふにゃとトリップしており、
オティヌスはスフィンクスのよだれでベットベトになっているのだった。
◇
美琴が訪問してきてから二時間弱。上条、インデックス、オティヌスの三名は、
お腹を膨らませたまま幸せそうに大の字で横になっている。
テーブルの上にはご馳走の残骸達。しかし皿の上やお椀の中には、ご飯粒一粒すら残っていない。
チキンにピザにケーキ。そして美琴が腕によりをかけて作った、パーティメニューの数々。
日常生活を送っている時の幸福感が100だとすると、
美味しい料理を食べた時、人は120の幸福感を得られると言う。
そしてラットによる実験で、いつも美味しいエサを与えられるグループ、
いつもは美味しくてたまに不味いエサを与えられるグループ、
いつもは不味くてたまに美味しいエサを与えられるグループ、
いつも不味いエサを与えられるグループに分けた時、
一番長生きしたのは、いつもは不味くてたまに美味しいエサを与えられるグループだったらしい。
今の上条達の状態がまさにソレなのである。
「ふひ~~~、美味かったなー……なんか、もう思い残す事ねーわ…」
「もしかして、天の国ってこんな感じなのかな…?」
「口惜しいな…私の体が人間と同じサイズならば、もっと多く食べられたというのに…」
だとしても少々大袈裟ではあるが。
そんな三人を冷ややかな目で見つめるのは、そのご馳走を用意した美琴本人だ。
「いや…そんな大した物でもないでしょ。
ほとんどが買ってきた物だし、私が作ったのも二時間くらいで出来るお手軽料理よ?」
「いやいや。そもそも今日のウチの献立は、白飯と野菜炒めだけって予定だったんだから、
それに比べりゃ充分すぎるくらい充分だよ。ホントありがとな、美琴!」
「っ! べ…別に気にしなくても……いい…けど…」
上条からニカッと屈託の無い笑顔を向けられ、素直に感謝されてしまっては、
流石の美琴もそれ以上は何も言えなくなってしまう。
ただ赤面した顔を俯かせて、指と指をチョンチョンしながらモジモジしてしまうだけだ。
お腹いっぱいな上条に対して、美琴は胸いっぱいである。
だがここで、上条から思いも寄らない提案。上条は仰向けになったまま、天井を見つめて一言。
「…けど、このまま美琴に世話になりっ放しってのもアレだよな~」
「……えっ? とうま…?」
「……おい人間…何を考えている…?」
インデックスもオティヌスも、今回は美琴に本当に感謝しているが、
それはそれ、これはこれである。女の勘とやらは鋭く、そして正確だ。
上条がこの後どんな事を言うのか、何となく察せる。つまり、とてつもなく嫌な予感がするのだ。
そして直後、その予感は的中する事となる。何故なら女の勘は鋭く、そして正確なのだから。
「あっ! じゃあ俺からも何かプレゼントするよ。
つっても、ご存知の通りでウチには金が無いから、あまり高い物とかは無理だけど、
俺に出来る事だったら何でも言ってくれよ。金が出せない分、体を張った事とかでもやるからさ」
ん? 今、何でもするって言ったよね?
そうなのだ。インデックス達が危惧した通り、上条は何でもすると言ってしまったのだ。
しかもご丁寧な事に、体を張った事でもと、本人の口からの宣言である。その瞬間美琴は、
「にゃにゃにゃにゃにゃんでもぁああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!?」
と絶叫し、他の二人【インデックスとオティヌス】は、
「やっぱりそれかああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
と絶叫する。そして当の本人である上条は、自分で言った事の重大さに全く気付かず、キョトンとする。
「何だよ。それくらい、やってあげてもいいだろ?
お前達だって、美味い美味い言いながら食ってたじゃねーか」
それはそうだが、しかし同時にそうではない。何故なら、それはそれ、これはこれなのだから。
美琴にそんな度胸が無いのは分かってはいるが、しかしそれでももしも万が一、美琴が、
『じゃあ……キスして…?』とか言ったらどうするのか。キスするのか。
『私と……付き合ってくれる…?』とか言ったらどうするのか。付き合うのか。
『その……わ、私と…エ…エ………エッチ! な事とか! してほしい!』
とか言ったらどうするのか。エ…エ………エッチ! な事! をするのか。
何でもすると言った以上、それらを断る事は出来ない。
勿論強制ではないけれども、男の二言は据え膳食わぬ恥と同義である。
もっとも上条自身は、そんな願いが美琴の口から飛び出してくるなどとは微塵も思っておらず、
またいつぞやの罰ゲームみたいな事をやらされるのだろうと予想しているのだが。
「で、でも!」
「だ、だが!」
インデックスとオティヌスは食い下がる。美琴が大胆になってしまう前に止める為に。
しかしそんな二人の頑張りも無にし、上条の予想の遥か斜め上を行く提案を美琴は口に出すのだ。
「そ…それ、じゃあ……その…」
「「っ!!?」」
「?」
ハッと息を呑むインデックスとオティヌス。上条だけがただ一人、のへ~んとしている。
美琴の望む、上条からのクリスマスプレゼントとは―――
「か、帰り…りょ…寮まで私を送りなさいよっ!!!
た、たたたただし! く、暗くて危ないから、てっ、ててて、手ぇっ! 握りなさいよねっ!!!」
それは美琴にしては精一杯の要求…なのだが、何と言うかあまりにもな願いである。
あまりに予想外すぎて、美琴以外の三人は目を点にして、頭には疑問符を浮かび上がらせる。
「えっ…え? いや…美琴がそれでいいなら、いいんだけど……
でも本当にそんな事でいいのか? 何か逆に申し訳ないのですが……」
「そそそそそそれ以上は『まだ』無理でしょ馬鹿っ!!!」
「えっ…? あ、うん………え?」
困惑する上条。そしてインデックスとオティヌスは、
恋敵【きょうてき】がヘタレ中のヘタレだった事を理解し、ご馳走を食べさせてもらった礼も兼ねて、
((まぁ…それくらいならいいか…))
と生温かい目で見つめるのだった。
数ヵ月後、ひょんな事から二人が付き合い始め、急速にバカップルへと進化していく事など、
この時は知る由も無く―――