ディスティニー♥オン♥ジ♥柵川 スタンプラリー・デート
一端覧祭。大覇星祭と対をなす、学園都市全校一斉参加型の大規模イベント。
大覇星祭が外部向けの体育祭に例えられるなら、
一端覧祭はそれとは逆に、内部向けの文化祭だと言われている。
準備期間中に色々と事件に巻き込まれた上条だったが、今は無事に本番を迎えている。
上条のクラスはたこ焼き屋をやっているのだが、そんな中、
突然美琴から電話で呼び出されて、彼は近くの公園にやってきていた。
だが待っていた美琴は、何故か顔を真っ赤にしたまま下を向き、何やらモジモジしている。
「どうしたんだよ?」
「えっ!!? あ、えと…あの、そ、の……べ、別に、大した用とか…じゃ、ないんだけど……」
一向に話が進みそうにない。長く時間を空けると、後々吹寄からの頭突きが怖いのだが。
と、そんな事を考えながらチラリと美琴を見ると、後ろ手に何かチラシのような紙を持ったまま、
背中に隠しているのを発見する。
「何だこれ?」
「……へ? わっ、ひゃあああああああああ!!!」
上条がその紙をひょいと取り上げると、美琴は大慌てで声を上げた。
もっとも美琴が挙動不審なのはいつもの事なので、上条は気にせず紙に目を向ける。
「『ディスティニー♥オン♥ジ♥柵川 スタンプラリー・デート』…?」
どうやら柵川中学で行われるイベントの広告だったらしく、上条はその内容に目を通していく。
その間も美琴がワタワタしたり手で顔を覆ったりせわしなくテンパっているが、気にしない。
イベントの内容をかいつまむと、こんな感じだった。
男女のペアで校内を巡り、いくつかあるチェックポイントでスタンプを押す。
ただしチェックポイントごとに「恋の試練」なる、
口に出すのも小っ恥ずかしいミニイベントが用意されており、
それをクリアしなければスタンプは貰えないらしい。
そして全てのチェックポイントでスタンプを押したカップルには景品として。
「…ペアのゲコ太キーホルダーが貰える、と。なるほどな、これが目当てな訳ね」
「っ! そそそ、そうよ! ア、アアア、アンタとその、カッッ!!! ……ップル…
とかになる気は全然ないんだけど、ゲ、ゲコ太が欲しいから誘ったのよ!
だ、だ、だ、だから勘違いとかするんじゃないわよっ!!!」
「…してねーよ。だから最初から言ってるだろ。ゲコ太が目当てだろって」
相変わらず、全力でツンデる美琴とドンカる上条である。
いつかの罰ゲームと同じような展開だろう。特に断る理由のない上条は、
「分かったよ。美琴には色々と世話になってるしな」
と二つ返事で了承する。これに対し美琴は、
「いいのっ!!?」
と何故か驚いていたのだった。
◇
柵川中学にやってきた二人は、案の定、受付ではやし立てられていた。
目の前には、やたらとニヤニヤしている佐天の姿。
それはそうだ。彼女はこの学校の生徒であり、このイベントを企画した発案者なのだから。
ちなみに彼女の相棒である初春は、風紀委員としての仕事で街中を見回り中らしい。
「あっれ~? 御坂さんに上条さん。もしかしてスタンプラリー・デートに参加するんですか~?
デート…つまり、カ・ッ・プ・ルッ! 限定のイベントにしたつもりなんですけど~!
もしかして、あたしの知らない間にお付き合いしてた…とか~?」
彼女は白々しくも分かりやすく煽る。
そもそもイベントのチラシを美琴に渡したのは、佐天本人だというのに。
そして景品をゲコ太キーホルダーにして美琴が来やすく仕向けたのも、
企画の発案者である佐天本人だというのに。
佐天からの煽りで顔を真っ赤にさせてしまった美琴は、テンプレ化した言い訳をする。
「ちちち違うわよ!!? こ、ここ、この馬鹿とそ、そういう関係になる訳ないじゃない!!!
あ、ああ、あく、あくまでも、フ、フリよフリ!!!
私はゲコ太が欲しいだけなの!!! ホントにそれだけ!!!」
すると佐天は、片手を上げて美琴を制止させた。
「あ~、それじゃダメです。
景品の数にも限りがありますので、偽装カップルの参加はお断りしてるんですよ」
「ええぇっ!!?」
予想外の一言にあわあわする美琴。そこですかさず上条が助け舟を出す。
「どうしてもダメか? 確かに本物の恋人って訳じゃないけど…」
「ん~、そうですね。あたしが口外しなければ済む話ではあるんですけど、
でもはたから見て明らかにカップルじゃないってバレバレだとマズイんですよね。
…今の御坂さんみたいに」
「うっ…」
ツッコまれてしまい、ドキッとする美琴。上条とのニセコイ状態で自分の言動がギクシャクして、
恋人らしい振る舞いが出来ていないというのを、美琴自身も自覚しているからである。
そんな美琴をあざ笑うかのように、佐天はとんでもない提案をする。
「そうですねー…例えばですけど、デート中ずっと腕を組んでるとかどうですかね?
それなら誰がどう見てもカップルだって分かりますし♪」
「ええええええええぇぇぇ!!!?」
「腕を…なるほどな。こんな感じか?」
「ええええええええぇぇぇ!!!?」
上条は何のためらいもなく、アッサリと腕を組む。
「ちょ、ちょちょちょ、ア、アンタ、こ、ここ、これ、これってちょっと!!?」
「そ、そんなに嫌がるなよ。上条さんだって傷つきますよ。
ゲコ太欲しいんだろ? 少しくらい我慢しろって。
……どうしても嫌だって言うんなら、他に方法がないか考えるけど」
「嫌なんて言ってないでしょ!!? …って、そ、そうじゃなくて!
そ、そそ、そうね! ゲ、ゲコ太の為だもんね! うん、が…我慢よ我慢!」
と、言いつつ組んだ腕に力を込めてしまう美琴。
すでに起爆寸前まで頭から煙を出しているが、まぁ大丈夫だろう。多分。
こうして二人はニマニマする佐天に見送られながら、
無事(?)にデートを開始する事と相成ったのだった。前途多難である。
◇
最初のチェックポイントが見えてきた。と、同時に大声で叫ぶ男の声が。
「滝壺おおおおおお!!!!! 愛してるぞおおおおおおおお!!!!!」
しかも思いっきり知り合いだった。ご存知、浜面である。
傍らにいるのはその彼女・滝壺。
基本的にポーカーフェイス(と言うよりもポケーっとしている)滝壺だが、
流石にこの時ばかりは、ほんのりと顔を赤らめていた。
どうやらこれが最初の「恋の試練」のようだ。
彼氏か彼女、そのどちらかが、大声で相手に愛を叫ばなければならないらしい。
説明しているだけでケツが痒くなってくるイベントである。
「次の方どうぞー」
浜面達が終わったので、次は上条達の出番だ。
チェックポイントの受付(佐天と初春の友人でクラスメイトでもあるアケミ)が、
こちらに向かって呼びかける。さて、問題はどちらが叫ぶかであるが…
「えっと…どうする? 美琴がやるか?」
「むっ! むむむ無理無理無理無理っ!!!」
美琴がこれでもかと言うほど真っ赤になった顔を、これまたこれでもかと言うほど左右に振る。
腕を組んで一緒に歩くだけでもいっぱいいっぱいなのに、こんな告白めいた事など出来る筈もない。
かと言ってどちらかがやらなければ、当然ながらスタンプは押してもらえない。となれば…
「…しゃーない。ここは俺がやってやるよ」
上条は、嘆息しながら一歩前に出た。美琴が出来ないのなら、他に選択肢は残っていないだろう。
「ではこちらのマイクに向かって、彼女さんへの気持ちを大声で叫んでください」
「はいよー」
すると上条は大きく息を吸い込み、
「美琴おおおおおおおおおお!!!!! 俺と結婚してくれえええええええええええ!!!!!」
とんでもない事を言ってきやがった。まさかのプロポーズである。
これにはアケミや周りにいた生徒達も、思わず赤面してしまう。
かなり大胆な事を叫んだ上条だが、これには彼なりに理由がある。
腕を組んではいても、やはり美琴は常にギクシャクしており、
周りからカップルに見られないのではないかと危惧したからだ。
しかしここまでぶっ飛んだ発言をすれば、流石に疑う者もいなくなるだろうと考えたのである。
(う~、すっげぇ恥ずかしい…けど、これも美琴の為だもんな。泥くらい被ってやるか)
正直な所、内心ではドキドキしている上条。対して美琴は、口を開けたまま放心状態である。
「ふにゃー」すら通り越して、頭の中は真っ白になってしまったようだ。
「…え、えっと…これでいいですかね…?」
「……へっ!? あ、ああ、はい、充分です!」
上条に話しかけられて我に返ったアケミは、カードにスタンプを押す。第一関門突破だ。
上条はカードを受け取り、美琴の側まで戻ってくる。
「ほら美琴! つ、次行くぞ?」
放心状態な美琴と再び腕を組み、引きずるように連れ歩きだす上条。
あまりにも衝撃的な発言をした為に、周りからパチパチと拍手が起こり始め、
この場にいるのがいたたまれなくなってきたのだ。
そんな中、上条に引きずられている美琴がうわ言のように、
「こち…ら…こそ……ふつつ、か、もの…です…が……
すえな、がく…よ…ろし……く、お、ねが…いし……ます…」
とか何とか言ったような気もしたが、拍手にかき消されて上条の耳に届く事はなかったのだった。
◇
次のチェックポイントが見えてきた。と、同時にとある男と目が合う。
「チッ…テメェ等も来たンかよ」
「ア、一方通行!!?」
まさかの巡り合いである。意外すぎる人物の登場に、上条は目を丸くする。
ちなみに美琴はまだショックから抜け出せておらず、ポワポワしたまま気づいていない。
「俺だって来たくて来た訳じゃねェよ。このガキがどォしてもっつーから仕方なくだ」
「えっへへへ~…スタンプ二つ目~、ってミサカはミサカは大はしゃぎ!」
一方通行の隣には、スタンプカードを持ったままクルクル回る打ち止めの姿が。
どうやら美琴DNAをダイレクトに受け継いだ打ち止めもまた、ゲコ太キーホルダーが目当てらしい。
「じゃァな」
「あ、ああ。じゃあな」
短く挨拶をして、一方通行と打ち止めは先へと歩いていく。そんな二人を見つめていると、
「次の人、どうぞなの」
チェックポイントの受付が話しかけてきた。
だがその受付は上条の後、美琴に目を向けると、首を傾げてキョトンとする。
「あれ…? 御坂さんなの?」
「………はぇ? …えっ! あ、は、春上さん!?」
声をかけられた事でようやく目が覚めた美琴は、目の前の春上にハッする。
確かに彼女も柵川中学の生徒だが、知り合いにこの姿を見られるのは色々とマズイ気がする。
そんなこちらの思いを知ってか知らずか、春上はじぃ~っと上条を凝視すると。
「……御坂さんの彼氏さんなの?」
「あ、ああ、まぁな。ほら腕だって組んでるし、一つ目のスタンプも押してあるだろ?」
「おー、それはおめでとうなのー」
「おめでとう…? う、うん、ありがと…」
春上の独特の間に翻弄される上条だが、とりあえず信じてはもらえたようだ。
春上は第二の「恋の試練」について説明する。
「ここではラブラブツーショット写真を撮影してほしいの」
どうやら次なる試練は、二人の写真を提出する事のようだ。
しかしこれは逆に簡単だ。何故なら上条と美琴は、以前に既にツーショット写真を撮っているのだから。
その時もゲコ太のストラップをゲットする為に四苦八苦したので、
今とほとんど変わらない現状に、上条は苦笑する。
上条は携帯電話を取り出し、罰ゲームの時に撮影した写真を春上に見せた。
「これでいいか?」
「ん~~~…」
が、どうも雲行きが怪しい。春上は写真を見て、何だか渋い顔つきになる。
「え…ダ、ダメなのか?」
「…ダメって訳じゃないけど、あまりラブラブって感じがしないの。
それに佐天さんから、『御坂さんが来たら判定を厳しくして』って言われてたの」
やってくれやがったな佐天さん。
裏で手を回しているのが佐天さんという事で、嫌な予感しかしないが、美琴は質問する。
「ぐ…具体的にはどうすればいいのかしら…?」
「チューすればいいと思うの。二人がチューしたら、私が写真に撮ってあげるの。ラブラブなの」
二人は固まった。流石の上条も、ニセプロポーズは出来てもキスはアウトだ。
何故なら直接触れ合ってしまえば、精神的にはニセモノでも、物理的には本物なのだから。
そして美琴は…言わずもがなである。
「いやいやいやいや!!! そ、それは、ほら、色々と…なぁ!?」
「チュッ、チュチュチュ、チューって!!! そ、そんなの、ま、まだ早いからっ!!!」
何気に『まだ』とか言っている美琴。
必死に否定する二人に、春上は情け容赦なく言い放つ。
「それじゃあスタンプは押せないの。恋人ならチューくらい出来る筈なの」
頑として譲る気のない春上。やはり佐天から調教されているようだ。
強行突破は無理そうだ。上条は美琴の耳元に小声で囁き、緊急作戦会議を開く。
(し…仕方ねぇ…ここは言われた通りにするぞ)
(なっ!!? ななな、なに、何考えてんのよアンタはっ!!?
そ、そそ、そんなのダメに決まってんでしょっ!!?
は、初めてはもうちょっとムードがある時にごにょごにょ…)
何気に『初めてはもうちょっとムードがある時に』とか言っている美琴。
様子がおかしいが、上条は気にせず続ける。
(落ち着けって。いくら何でも唇にはしねーよ。そんなの美琴も嫌だろうし)
「誰も嫌とか言ってないんですけど…」と思った美琴だが、口には出さずにそのまま聞く。
(だからほっぺ! ほっぺに軽~くするだけだから。それなら一応、あっちも納得してくれるだろ?)
(ま…まぁ、ほっぺくらい…なら…)
本当はほっぺですら危ういのだが、それ以上の案は無さそうだ。
春上はキスした姿を写真に収めなければ、どうあってもスタンプを押してはくれないだろうし。
作戦会議が終了した二人は、キッと春上の方向へと向き直る。
「よ、よし! い、いいい今からキスするから、ちゃんと撮ってくれよ!?」
「了解なのー」
春上は上条の携帯電話を借り、シャッターチャンスを待つ。
そして上条と美琴はお互いに真っ赤な顔を見つめ合った。
「い、い、行くぞ?」
「ききききなききな来なさいよ!!!!!
わたた、私はいい、いつつでもじゅ、じゅ準備が、でででき出来きてるんだから!!!!!」
とてもそうは見えないが、準備が出来ているとの事なので。
チュッ…
とほっぺにキスをした。
瞬間、美琴は赤面したままカクンと落ちたが、不幸(?)はそれで終わらない。
「……あっ、ごめんなの。撮り方が分からなくて写真撮れなかったの。
だからもう一回チューしてほしいの」
本当に天然って恐ろしい。そんな事を思いながら、上条は二度目のキスをするのだった。
◇
その後も二人は順調にスタンプを重ねていった。
第三の「恋の試練」ではメールのやり取りを確認され、
第四の「恋の試練」ではお姫様抱っこをさせられ、
第五のポッキーゲーム、第六のロシアンシュークリームとクリアしていく。
その間もずっと腕は組んだままだし、赤面もしっ放しだし、
美琴も「ふにゃー」寸前まで追い込まれた(特にポッキーゲーム)し、
「ロシアンシュークリームのどこにラブラブ要素が?」とか疑問に思ったりもしたが、
とにかくクリアしていったのだ。ちなみに不幸体質の上条が、
ロシアンシューで大量のカラシが入ったハズレを引いたのは、まぁ言うまでもないだろう。
そんなこんなで、次がラストの試練である。
受付の案内で二人が通されたのは、普段は使われていない教室だった。
その中の異様な光景に、上条はギョッとして、反対に美琴は目を輝かせていた。
「ふぉ…ふおおおおおおおおお!!!?」
思わず、上条と腕を組んでいる事も忘れてしまうくらいの興奮。
それもその筈だ。教室内には敷き詰められているのは、大量のゲコ太ヌイグルミなのだから。
いや、正確に言うとこの中にゲコ太は一つしかない。
他はケロヨンにピョン子、どっせいゲコ太郎やゲブ太などのパチモンも混ざっている。
もっとも上条には、見分け方など色が違うくらいしか分からないが。
「この中に一つだけ本物のゲコ太がありますので、それを探s」
「これ! これがゲコ太!」
受付の女の子が説明を終えるその前に、美琴は電光石火の速さで本物を見つけた。
流石は自他共に認めるゲコラーである。
こうして、それまでの苦労が嘘のように最後の試練はアッサリと幕を閉じ、
スタンプを揃えて景品のゲコ太キーホルダーをゲットしたのだった。
だがそれは嵐の前の静けさ。出口で二人を待ち構えていたのは。
「あっ、おめでとうございます御坂さん! そして上条さん!
そうそう、春上さんからメール貰いましたよ! 何でもキスしたんですってね!
それから休憩時間にアケミ…あ、アケミってのはあたしの友達なんですけど、
最初の試練で受付してた子です。それでそのアケミから聞いたんですが、
上条さんプロポーズしたんですってね! くぅ~、あたしも生で聞きたかったなぁ~!
あとお姫様抱っこ中に押し倒してあられもない姿になったり、
ポッキーゲームでいい雰囲気になって本当にキスしそうになったって情報も入ってますよ!
この事はやっぱりアレですかね、あたしだけ知ってるってもの勿体無いですかね!
大丈夫です。初春や白井さんにはもうメールで伝えましたから!
それと婚后さんや湾内さんや泡浮さんにもメール送りましたし、今さっきSNSにも―――」
やっぱり面倒な事になっていた。
この後に上条と美琴を待ち受けていたのは、大体いつも通りの展開である。