とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part01

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目覚め


 いつもと変わらない景色。
 右を見ても左を見ても、そして天井を見上げても、そこには上条当麻が普段から見慣れたとある病院の、とある一室があるだけだった。
 大きな戦いで彼が大怪我を負って入院するたびに使用する場所。
 特にここ数ヶ月はあまりにも頻繁に使用するので、上条にとっては馴染みになってしまっている病室だった。
 どこも代わり映えはしない。
 たった一つの違いを除いては。
 それは、ベッドで眠る患者が上条ではなく御坂美琴で、ベッドの横で彼女を心配そうに見つめるのが美琴ではなく上条であるという点だった。
「どうしてこんなことになっちまったんだ」
 上条はベッドで静かに眠る美琴を見ながら辛そうに顔を歪ませた。

 事の起こりは一週間前にさかのぼる。

 その日上条当麻は、ある目的を持って学園都市に侵入してきた敵と戦った。
 上条には理解できない目的を持っている者だったが、とにかく彼と彼の大切な人たちの幸せをその敵が壊そうとしていたことだけは確かだった。
 そしてこれはいつものように上条がたった一人で死にもの狂いで行う戦いのはずだった。
 自分以外の誰も傷つかないために。
 だがその戦いはいつもとほんの少し、いや大きく違っていた。
 上条の側には学園都市第三位の能力者、超電磁砲、御坂美琴の姿があったからだ。
 上条の本音からすれば美琴を妹達の件以降、二度と危険なことに巻き込みたくはなかった。
 特に今回の敵は魔術側に属する敵、美琴のためにも本当は絶対に関わらせてはいけない敵だった。
 逆に美琴からすれば上条の記憶喪失を知った以上、彼への恋心を自覚した以上、彼一人を危険な目に遭わせるわけにはいかなかった。
 好きな人と一緒にいたい、その人の力になりたい、美琴は純粋にそう願った。
 そんな彼女からすれば、半ば強引であろうとも上条の戦いに参戦するのは至極当然のことであった。
 少しの口論の後、結局二人は互いが互いをかばい合うように敵に相対した。
 激しい戦いの末、上条達は敵を追い払うことに成功した。
 だが負けを悟った敵は立ち去る寸前、不意打ち気味に上条に対して最後の攻撃を放った。
 虚を突かれた上条には絶対にかわせない攻撃だった。
 もうダメだ、と上条が思った瞬間、激しい爆発音が響いた。
 しかし上条は全く痛みを感じることはなかった。
 不思議に思った上条が爆発のあった方を向くと、そこには超電磁砲を放つ姿勢のまま立ちつくす美琴の姿があった。
 上条が美琴に近づくと傷だらけの彼女の体はグラリと傾きゆっくりと倒れはじめた。
 慌てて美琴を抱き留めた上条だったが、彼女の顔に全く生気がないことに気づいた。
「ちょ、御坂、どうしたんだ?」
 表情を険しくした上条は美琴の体を揺すったが、彼女が反応する様子は全く見られなかった。
「おい御坂、御坂、しっかりしろ。しっかりしろおい、返事しろよおい!」
 だがどれだけ上条が声をかけても美琴が目を覚ますことはなかった。
「起きろよ御坂、起きろてくれよ。起きてくれよ御坂、御坂、み坂……みさか――!!」

 一週間前の戦いを思い出しながら、上条は悔しそうに唇をかんだ。
「どうして、こんなことになってるんだろうな」
 上条はこの一週間、何度となく繰り返した言葉を呟いた。
「俺は、お前に、二度と傷ついて欲しくなんて、なかった……のに」
 しかし美琴からの返事はない。
 彼女はただ静かにベッドの上で眠り続けるのみだった。
 ベッドで眠る美琴、椅子に座りその様子を辛そうな表情でじっと見つめ続ける上条。
 二人が病院に来てから一週間、毎日続いている光景だった。
 美琴より怪我の程度が軽いとはいえ上条も入院患者だったため、病院のスタッフも入院当初は上条の行動を諫めようとした。
 しかし美琴を純粋に心配する上条の態度にやがてどのスタッフも上条の行動に干渉しなくなった。
 もっともこれには病院の常連であり、かつ異常なまでの回復力を持つ上条だからこそ許された行為ではある、という事情もあるのだが。

 とにかく入院が始まってからの上条の生活は美琴を中心に回っていた。
 朝、朝食が済むとそのまま上条は美琴の部屋を訪れた。
 部屋に入った上条はベッド脇の椅子に腰掛けると、心配そうにただひたすらじっと美琴を見つめていた。
 昼になってもずっと上条は美琴の側にいた。
 そんな上条が部屋を出て行くのは美琴の友達が見舞いに来るときだけであった。
 特に美琴のルームメイトである白井黒子は毎日必ず見舞いに来ていた。
 彼女たちが美琴の部屋を訪れる時はじめて、上条は自室に戻るのだ。
 そして美琴の友達が退室すると再び上条は美琴の部屋に。
 就寝時間になるまでずっと上条は美琴を見つめ続けた。
 ロマンス好きの病院スタッフに言わせると、「まるで眠り姫の目覚めを待つ王子様みたい」ということになるのだが、そう言われても否定できないほどのひたむきさで上条は待ち続けていた。
 入院してから今まで、決して目覚めない美琴が目を覚ますのを。
 そして今日もまた、そんな一日が終わろうとしていた。

 夕方、医者による検査を終えた上条は自分の部屋に戻ることもなく美琴の部屋に入ると、まるでそこが自分の定位置だと言わんばかりに、自然な動作でベッド脇の椅子に腰掛けた。
「御坂、やっぱり目、覚めたりしてないよな……」
 上条は美琴が目を覚ましていないことを確認すると小さくため息をついた。
「カエル医者は、お前はもう治ってる、いつ目を覚ましてもおかしくないって言ってたんだけどな。やっぱり、俺がお前の変わりになってれば……」
 上条は思わず口をついて出た自分の言葉にはっと息をのむと、頭をぶんぶんと振った。
「違う違う違う、そうじゃない、そうじゃない! そうじゃないんだ、これじゃダメなんだ!」
 上条は一度大きく深呼吸をしてから美琴をじっと見つめた。
「なあ御坂。俺、さっきカエル医者に怒鳴りつけられたんだ『君はこの一週間、ずっと彼女を見舞っているのにまだ気づかないのかい?』って。ほんと、情けない話だ。言われて初めて気づいた。お前を助けるために俺が傷ついたら、いや、誰かが傷ついたら、それだけで悲しむ人はいるんだって、そんな単純なことに俺は気づいてなかったんだ」
 がばっと上条は頭を下げた。
「本当にごめん。カエル医者から聞いた。インデックスが来てたのは知ってたけど、俺が怪我して寝てる時ってお前はいっつも俺の見舞いに来てくれてたんだってな。心配かけてごめん、それから、ありがとう」
 その瞬間、かたっと言う物音がしたが話に夢中になっていた上条はまったく気がついていなかった。
「んにしてもこういうことに全然気づかないって、本当俺って頭悪いよな。まあ、よくよく考えりゃ中学生のお前に勉強教えてもらうくらいだし、補習の常連だし、これじゃ高度な演算ができないレベル0なのも当然か。いや、こんなこと言って努力しないから吹寄から『私は不幸を理由に努力をしないあなたが嫌い』って言われるのか。ああもう、何言ってるんだ俺、今こんなこと関係ないだろ」
 イライラしたように頭をかきながら、上条は話し続けた。
「段々自分でも何言ってるか訳わかんなくなってきた。くそう、もうなんでお前がこんな大怪我しなきゃいけないんだよ。だいたい華奢な体してるくせにあんな戦いに飛び込んできやがって。自分が戦闘訓練受けたわけでもない普通の女の子だってこと忘れてんのかよ――って違う! これも違う、こんなこと言いたいんじゃない! お前にお礼が言いたいんだよ、俺は!」
 ここでいったん言葉を句切り、上条は自分にできる一番優しい表情を浮かべた
「助けに来てくれて、一緒に戦ってくれて、俺をかばってくれて、本当にありがとう。あの時、お前が来てくれて本当に嬉しかった」
 美琴の顔にほんのり赤みが差した。
 だがやはり上条が気づくことはなかった。

「そういやお前とこんな感じで話すのって初めてなのかな、いつもけんか腰だったから、お互い」
 ここまで一気に思いを吐露した上条は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
 息を吐きながら今日はやたらと冗長な自分に気づいた。
 普段の自分なら言わないようなことまで言っていた。
 理由はわかっていた、さっき自分と美琴の主治医である冥土帰しに注意をされて以降、やたらとテンションが上がっていたためだ。
 でもそれは嫌な気分ではない、むしろ逆だった。
 冥土帰しの言葉をきっかけに思い返しはじめた過去の戦いや過去の出来事。
 それらを一つ一つ思い返すたびに、以前から感じていた胸の奥のむず痒さがぶり返してくるのだ。
 そのむず痒さはいつ始まったのかはもうわからない。
 一週間前、一ヶ月前、いや、御使堕しの事件の頃には既に始まっていたような気がする。
 それは上条当麻の中にある不定形でむずむずとした気持ちの悪い感情。
 だが今、上条にはハッキリと確信が持てていた。
 今のむず痒さは嫌なモノではない、と。
あとはむず痒さが嫌なものでなくなった原因がわかり不定型なモノが形を持てれば、とても嬉しいことが起こる、そんな予感がしたのだ。
 だからこそテンションはいやがうえにも上がり、普段言わないような言葉が口をついているのだった。
「正直記憶がない俺にはお前とどれくらいの付き合いなのかわからない、俺が覚えてるのって妹達の時からだからな。でも、それからでも結構いろいろあったよな。御達のこともそうだし、偽のデートもやったし、地下街で会ったこともあった。大覇星際の借り物競走に、そのあと一緒に写メ取って……そうか。そうか!」
 原因がわかった。
 思い出、美琴との思い出だ。
 口にして、言葉にしてようやくわかった。
 美琴との思い出が頭に浮かぶたびにむず痒さが激しくなり、嫌なものでなくなっていくのだ。
 それと同時に上条はもう一つの事実にも気づいた。
「なんでこんなに調子狂ってばっかりなのかやっとわかった。お前が寝てるからだ。お前と全然話してないからなんだよ」
 上条は毛布から出ていた美琴の手をやさしく包み込むように握った。
 本当ならば眠り続けている美琴が動くわけもないのに、テンションが上がりすぎている上条がその異変に気づけるはずもなかった。
 何しろ今の上条の心は今まで感じたことのない想いでいっぱいになり始めていたのだ。
 胸のむず痒さが嫌なものでなくなり、更には胸の奥がほんのりと暖かくなってきていた。
 もう少し、もう少し時間をかければ不定形も形を持てそうだった。
 今までにない感情の中、上条は素直な気持ちで美琴に声をかけていた。
「お前って、もう俺の側にいて当たり前なんだ。ビリビリやって、大声でわめき合って、泣いて、怒って、笑って、お前とワイワイやって、やっと俺、日常に戻れるんだ。あんな化け物みたいな連中とめちゃくちゃな戦いやったあと、お前がいるから日常に戻れるんだよ。お前がいてくれないと、俺もう全然ダメなんだ、普通じゃいられない」
 不意に、上条の目に涙が浮かびはじめた。
 テンションが上がりすぎて、心が素直になりすぎて、感情の抑えが効かなくなっていたのだ。
 美琴に元気になって欲しい、その想いで心があふれかえりそうだった。
「本当に、目、覚ましてくれ。お前に話したいこと、聞いてもらいたいこと、たくさんあるんだ。一緒にやってみたいことも。それから、あれももうちょっとでなんとかわかりそうなんだ。でも、お前がいないと、起きてないと、なんにもできないし、始まらない。だから、だから……。起きてくれよ、美琴。美琴、美琴、みことぉ……!」
 美琴の手を握りしめながら涙で声を詰まらせた上条は、それ以上声を出すことができなかった。

「今起きたら、私の言うことなんでも聞いてくれる?」
「……ああ」
「なんでもって、一回じゃないわよ。二回でも三回でも、ううん、私の気が済むまで聞いてもらうわよ。覚悟できてる?」
「任せとけ、上条さんは男の子だ、男に二言はない」
「気が済むまでなんだから、何日でも何年でもなんだからね」
「ちょ、おま、さすがに何年は――ん?」
 ここに来てようやく違和感を覚えた上条は声のした方を見た。
 そこにあったのは、寝たままではあったが瞳を潤ませ、穏やかな笑みを浮かべて自分を見つめる美琴の姿だった。
 美琴は上条に握られていない方の手で目尻をぬぐい、ぱちぱちと瞬きをした。
 次の瞬間上条の目の前には、頬を赤く染め瞳を潤ませてはいたものの、いつもの、上条が会いたがった美琴の笑顔があった。
「まずは私のことはきちんと名前で呼びなさい、ビリビリ禁止、名字もダメ」
「え……えと、みさ……みこ――美琴!? お前、いつから起きてたんだ!?」
「今さっき。具体的には『御坂、やっぱり目、覚めたりしてないよな』のあたりから」
「それって一部始終! あれ? え、えと、えと――」
 美琴から手を離した上条はしゃがみ込んでしばらくうんうんとうなると、申し訳なさそうに先ほどとは別の意味の涙目で美琴を見上げた。
「すいません御坂さん。上条さんは一体何を言っていたんでしょうか! 全く記憶にないんですが!」
「記憶喪失ネタはもういいわよ。それとも何? この眠ってた美少女中学生のあまりの可憐さに我を忘れて無意識であんなことやこんなこと言ってたの? あーあ、美しいって罪ね。それからもう一度言うわよ、私のことは名前で呼びなさい」
 上条はさーっと顔を真っ青にした。
 さっきはテンションが上がりすぎていて自分が何を言ったのかはまったく覚えていなかったが、美琴の様子からかなり恥ずかしい、まずいことを言ったのだけは間違いなかったからだ。
「あんなことやこんなことって? 本当に上条さんはさっき自分が何を口走ったのか、ほとんど覚えていないんです!」
「ふーん」
「で、ですから、なんでも言うことを聞くというのは」
「却下」
「即答ですか? 一刀両断ですか? ですからさっきから言ってる通り上条さんは」
「その控訴は棄却されました。上条当麻は御坂美琴の言うことをなんでも、いくらでも、私が満足するまで一生聞くという法案は満場一致で可決されました」
「横暴だ! て言うかさっきより項目増えてるだろう! さっきまで昏睡状態だったのに口だけはえらく元気だな、おい!」
「ずっと寝てたんだから体力ありあまってるに決まってるじゃない。さ、まずは私の質問にきっちり答えてもらいましょうか。アンタには聞きたいことがたくさんあるのよね。まずはアンタとインデックスって子の関係よね。それにさっき言ってた吹寄って人は誰? どうも女の人っぽいんだけど」
 指折り数えながらジト目でこちらをにらみつける美琴だが、当の上条は先ほどの自分の発言内容を思い出そうと必死でそれどころではなかった。
「それにしても俺は一体何を口走ったんだ……ん?」
 上条は目をごしごしとこすった。
「錯覚?」
「こら、無視しないでさっさと答えなさい! インデックスって何者? それから五和って子は? あと黒髪の巫女さんにやたら胸が大きくて露出狂の侍! ロリ教師に巨乳の眼鏡! まったく、アンタは一体何人の女を口説いてるのよ! それにどうして胸の大きな子が多いの!」
「まさか、な」
 先ほど一瞬だけ上条に見えた物。
 それは真っ赤な鎖とそれに結びつけられた真っ赤な首輪。
 首輪は上条の首にがっちりとはめられ、鎖の端は美琴にしっかりと握られていた。
「錯覚か? 錯覚、いや幻想だ。幻想に違いない」
 青ざめた顔でうんうんとうなずく上条だが、その間も美琴の話は続いていた。
「まあその辺はおいおい白状してもらうとして、他行きましょうか。じゃあねえ……こ、ここ今度の日曜、セブンスミストに行くわよ! ゲコ太のショーやってるの。あ、朝からゆ夕方まで都合五回、全部の講演見るからね!! 一日中付き合ってもらうわよ!!!」
「……結局言うこと聞くってのは決まりな訳ね。あー、ふこ――でもないのか、結構」
 いつもの口癖を呟きかけた上条だったが、笑顔で日曜の予定を語る美琴の顔を見ているとそんな気はあっさりと霧散していった。
 上条は右手をそっと胸に手を当てた。
「でもあれは、なんだったんだろう?」
 上条の心に浮かんだ不定形のモノ、結局それは不定形のまま。
 形になるまではまだもう少し時間がかかりそうだった。
「ちょっと、話聞いてるの? 日曜日はいつもの公園で朝九時に待ち合わせ、いいわね! 来週以降もきっちりスケジュールは空けてもらうわよ!」

――こ、この大バカ! 人が寝てると思ってなんてこと口走ってるのよ! あんな恥ずかしい、頭ぐちゃぐちゃになること! しかも言うに事欠いて覚えてないですって!? もう、もう、もう!!

――覚えててなくても、いいよ、今回だけは許してあげる。だから、いつか起きてる私に、ちゃんと言ってくれる? それまでは、私が、覚えててあげるから。


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