小ネタ MELTっぽい
「……ぅ、んん」
カーテンから射す朝日に、御坂美琴は目を覚ました。
ベッドから起き上がるよりも先に脳裏に浮かんだのは一人の少年の顔だった。
(アイツ、まだ寝てるのかしら……ってどうしてそんなこと考えてんのよ私は!?)
美琴はブンブンと頭を振り、雑念を振り払った。寝起きから赤面した顔を冷ますために洗面所で顔を洗う。五分ほど冷水を顔に浴びせると頬の熱も冷め、寝惚けていた頭も機能するようになってきた。
目覚めはスッキリ。昨日は中々寝付けなかったため、寝不足を懸念していたのだがそれは杞憂に終わったようだった。
何故寝付けなかったかと言うと、とある高校生のことを考えていたからなのだが……。
「!」
再び顔を思い浮かべそうになり、美琴は慌てて頭を振り回した。その際にゴキンと言う嫌な音が聞こえたのだが気にしない。
どうせ三時間もしない内に実物を見ることができるのだからわざわざ記憶から引き出す必要は無いのに、と美琴はいつもと違う自分の様子に疑問を覚える。そんなにアイツと会いたいのか、と。
まぁいいや、と美琴は思考を打ち切り、何気なく前髪に触れてみた。イメチェンと称して昨日知り合いに切ってもらったものだ。今日のデートで相手に気付いてもらい、あわよくば「どうかしたのか」と聞かれたい。そう思ってしまう美琴は紛れも無く純情乙女だった。
「……さて、と」
美琴は時計を確認して立ち上がった。約束の三十分前。着替えはとっくに済ませてある。誘った方が遅れてしまっては話にならないためそろそろ出かけるとする。
校則で私服を禁じられている美琴であったが、今回に限り同僚の後輩に協力してもらい私服デートに臨むこととなった。こういうときには部屋から瞬間移動できるテレポーターが身内に居ると便利である。
上は長いキャミソールで下はピンク色のシンプルなスカート。センスが子供っぽいと言われる美琴の精一杯なファッションである。ちなみに、普段から愛用しているヘアピンは外して、花柄の髪飾りを挿している。
「お姉様、準備はできましたの?」
「あー、うん、もうちょっとだけ待って」
少しの猶予をもらうと、美琴は再び洗面所へと向かった。そこで現在の自分の容姿を最終確認。おかしな所が無いかチェックする。
「……よし、おっけー。今日の美琴さんはめちゃくちゃ可愛いわよ!」
場合によってはナルシストとも取れる台詞を残し、美琴は洗面所を出た。
待ち合わせ場所まで送っていきますのにと言う後輩の言葉を丁寧に断り、美琴は道を歩いていた。
心臓がバクバクと速いリズムを刻む。二人で出掛けるのは初めてでは無いのだが、初めて私服を見せると言うことで今までに無い緊張感を味わうことになった。
正直、今日の内にチャンスがあれば告白ぐらいはしておこうと考えていたのだが……。
(無理、無理よ! 告白なんて出来っこない! それどころか目も合わせられない! 恥ずかしい、恥ずかしくて死ぬ! 死んじゃう!!)
恋に恋する純情乙女学園都市産十四歳は早くも逃げ出しそうな勢いであった。否、彼女が好きなのはとある少年なのだから「恋に恋する」というキャッチフレーズはおかしいかもしれない。
(どうすればいいのよーッ!!)
乙女の苦悩は続く。
天気予報が嘘を吐いた。土砂降りの雨が降る。確かに週間天気予報では「今週はずっと晴れ、晴れ、晴れのオンパレードです!」と言っていたはずなのだが、見事に騙されてしまった。
もしものことを考えて鞄に入れてきた折り畳み傘の存在を思い出し、美琴は陰鬱そうにため息を吐く。
無事合流できて、さっきまでショッピングを楽しんでいたせいで恨み言が倍に増えてしまう。
(こういう形で予防が当たっても嬉しくないわよ。……全く、ツリーダイアグラムは何してんのかしら)
怒りの矛先を人工の機械に向けた、そのとき。
「しょうがないから入ってやるよ」と、隣に居る少年が笑う。
その笑顔を見て、美琴は恋に落ちる音を聞いた。
(何よこれ、何よこれ、何よこれーッ!)
すぐ近くで想い人の人肌を感じ、美琴は息が詰まりそうになる。
少年の左手と触れ合う右手が震え、胸が高鳴る。
相合傘。はんぶんこの傘。すぐ隣に想い人。
手を伸ばせば届く距離に、美琴はどうすればいいか解らなくなる。自分の想いが届いて欲しいとは思うが、彼は鈍感なので気付いてくれない。そして、実際に行動する勇気も無かった。
(……あーあ、この時間が永遠だったらいいのに)
神様、お願いします、時間を止めてください。
思わず泣いてしまいそうになるほどの切なさに、美琴は願わずにはいられない。こんな状況。
嬉し過ぎて死んでしまう、と美琴は思った。
楽しい時間と言うものはあっという間に過ぎてしまうものである。
気が付けば日も暮れ、少年と美琴の家への道が分かれる交差点が見えていた。
もう会えない。近くて遠い想い人。だから、
「……な、おい、ちょっと」
「いいでしょ最後なんだし」
美琴は少年の手を握って、子供のように上下に振り回した。
ゆっくり歩いても三分も経たない内に交差点に到着してしまう。
(……もうお別れ、か)
分岐点で美琴と上条は見詰め合う。
そして、
「それじゃ「今すぐ私を抱きしめて!」
「……は?」
ポカンと口を開く上条を見ると、おかしさがこみ上げてきて、
「なんてね! 冗談よ冗談! まさか本気にしてんじゃないわよね?」
「あ、当たり前だろ? 上条さんは右手の名の通り幻想を抱かないんですからね!」
そして二人は別々の道に歩き出す。
(……まぁまぁ上出来よね。最後に口が滑っちゃったけどアイツが気にするわけないし)
(……なんか今日の御坂は変だったよな。最後の言葉も変だったし、風邪でも引いてたのか?)
おわれ