世界で一番の
とある日曜日…
「ほとんど寝れなかった…」
美琴の寝起きは最悪だった。理由はわかっている。あの馬鹿こと、上条のことを考えていたら、眠れなくなってしまったからだ。
(どうしてアイツは私の気持ちに気付いてくれないんだろう…やっぱり私みたいなのじゃダメなのかな…)
「あーなんかイライラする。」
機嫌も最悪のようだ。そこにルームメイトの白井が起きてきた。
「おはようございま…お姉様、なぜ朝からイライラされているんですの?」
「ちょっと考え事してたら寝れなくなっちゃってねー。」イライラ
「んまあ、寝不足はお肌の大敵ですわよ。…悩み事があるのなら、相談していただければ」
「ん、ありがと。でも大丈夫よ。」
(黒子の気持ちは嬉しいけど、アイツのことで悩んでる、なんて言えないわよ…)
朝食を食べても美琴のイライラは治まらなかった。白井は美琴を心配しつつ、風紀委員の仕事があるらしく、先程出掛けていった。
(よし、なんとかして気分を変えよう!)
そう思った美琴は、ゴムで自分の髪を後ろでひとつにまとめた。今まで一度もやったことはなかったが、なかなかうまくしばれたようだ。ただ髪型をかえただけなのに、それだけですこし気分が良くなった気がした。
(この髪型を黒子が見たらどう思うかしらね)
なんて考えつつ、美琴は気晴らしに散歩をしようと外へ出た。
30分ほどぶらぶらしただろうか。気付けばあの自販機の近くまで来ていた。
(あぁ、アイツに会いたいな…って何考えてるのよ私はぁぁ!!)
美琴はひとりで勝手に赤くなり、ブンブンと首を振った。とその時、声が聞こえた。
「おーい!」
(この声は…アイツだ!)
目を輝かせ、辺りを見渡す美琴。しかし目的の姿を見つけ、次の言葉を聞いた途端、目の輝きは無くなった。
「そこのおねえさん!ハンカチ落としましたよー!」ニッコリ
「え?あ、ありがとうございます。」ポッ///
どうやら声の主であり、美琴の言うアイツ、つまり上条当麻は、落し物を渡しただけで軽くフラグを立ててしまったようだ。
(アイツはそうやって何人もの女を…)
美琴は朝からのイライラを雷撃の槍に込めて、迷うことなく上条へと放った。
一方、そんなこととは知らない上条。
「それじゃ、俺はこれで…」
と、振り返った瞬間、目の前に電撃が飛んできた。
「うおぅ!?」
間一髪で防ぐ上条。
「だ、大丈夫ですか?(か、かっこよかった///)」
「え、えぇ、なんとか…」
(こんな事するやつはアイツしかいねぇ…)
と、(女の人そっちのけで)周りをみると、案の定すぐに見つかった。
「いた!おい、ビリビリ!」
「なによ!」
美琴のイライラは、朝からどんどん悪化し、たった今上条に電撃を消されピークに達していた。
(あぁぁ!ムカツク!)
「お前、今のはホントに危なかったぞ!下手したら死んで…あれ?」
そこで上条は気が付いた。
「お前いつもと髪型が違うな。」
「え?」
「後ろでまとめるのもなかなかいいな。」
その瞬間、美琴のイライラは嘘のように消えた。
(あ、アイツがい、いいって言ってくれた!)
みるみる顔が赤くなる。
「御坂?なんか顔が赤いぞ?」
「!なんでもないわよ!」
そういって美琴は、(照れ隠しで)自販機を蹴り、出てきた黄粉練乳を飲みだす。
上条は、いきなり美琴が自販機を蹴ったので
(なんでこいつは怒ってるんだ?なんにせよ相当怒ってるな…はぁ、不幸だ…)
といつもの鈍感っぷりを発揮している。しかし今日の上条は妙なところで鋭かった。
「御坂、お前靴新しくなったのか?」
「ぶっ!?」
思わず噴出す美琴。そう、美琴は靴がボロボロになってきたので、新しいものを買ったのだ。ボロボロになった原因は、その上段回し蹴りにあるのだが、美琴は気づいていない。
(アイツ、靴までちゃんと見てるのね…意外だわ。…!?それって、わた、私の事よく見てくれてるってこと!?)
実際は上段回し蹴りの時に見えた靴が、妙にキレイだったから気づいただけなのだが、今の美琴にはそんなことを考える余裕などない。
(うわー、御坂さんなんかぶつぶつ言ってますよー!?もしかして怒ってるのは俺のせいですか?)
その後1分ほど二人は唸っていた。その様子を見ていたさっきの女の人は
(最初はどうなるかと思ったけど、仲がいいのね。うらやましい…)
と、少し悔しそうにその場を立ち去ったのだった。
(アイツに心から、か、かわいいって思われたい…)
(と、とりあえず機嫌を直してもらわないと、上条さんの命が危ない!)
「な、なぁ御坂、お前これから暇か?」
「ふぇ!?あ、う、うん。散歩してただけだから…」
「そ、そうか、俺も散歩の途中だったんだ。…あのさ、一人じゃつまんないからさ、一緒に散歩しないか?なんかおごるからさ。」
(なんかおごって、機嫌直してもらわないと…正直なところ、今財布は空に近いから、なにもおごらないで済むのがいいんだが・・・背に腹はかえられないか…)
(こここ、これってデデ、デートの誘い!?)
美琴はさっきまでの考えなど忘れて、顔を真っ赤にしてなにやらぶつぶつ言っている。
(…これ、完全に嫌がってるよな…)
「…嫌ならムリして行かなくてもいいんだぞ?」
「!?い、嫌じゃないわよ!」
「じゃあなんでそんなに怒ってんだよ!?嘘はつかなくてもいいですよー。」
「アンタとのデートが嫌なわけないじゃない!あ…」
言ってから美琴は恥ずかしくなった。耳まで真っ赤だ。
(なに言ってんのよ私はぁぁぁぁ!)
しかしその思いを、上条は見事に裏切った。
「…はぁ?いつ上条さんがお前をデートに誘ったんだ?つーかデートって好きな奴同士でやるんじゃねーの?」
「…え?」
そこで美琴は、ようやく自分のとんでもない勘違いに気がついた。
(そうよ…こいつが私のこと、好きなわけ、ないじゃない…)
心の中で大きな溜息をつくと同時に、どっと疲れが出てきた。顔の赤みは驚くほど早く引いた。
「ふっ、今のはジョークよ、ジョーク…」
「だよなぁ、あぁビックリした。それで、どうする?一緒に散歩するか?」
「あぁ、やっぱやめと…」
そこでひらめく美琴。
(ちょっと待って、だとするとこれはチャンスじゃない?この機会にアイツとの距離を縮めれば…!)
「い、行くわ!」
「ん、そうか。じゃ適当にそこらへんぶらぶらしますかな。」
そう言って歩き出す二人。美琴はある思いを燃やしていた。
(よーし!二度とフラグ立てられないように、私がコイツにとっての世界で一番のお姫様になってやる!ほかの人には渡さないわ!)
あれから二人は、楽しくおしゃべりをしながら、どこに行くわけでもなくぶらぶらしていた。大抵は美琴から話すことが多く、上条は聞き役だった。
「でさー、黒子ったら…」
「ふーん。そうなのか…」
こんな具合だ。ちなみに心の中は…
(コイツといるとやっぱり楽しい…よし、もっと話をしてもっとコイツに近づこう!)
(うわー、御坂の髪型がいつもと違うから、うなじが、うなじがぁぁ!だめだ、気にしちゃダメだ…)
こんなことになっていた。
少し疲れた二人は、今は小さな公園のベンチで休んでいる。公園では子供が元気に遊んでいる。
「いいわねー、子供は元気があって。」
「お前もまだ子供じゃねーか。」
「アンタまた私を子供扱いして…」ビリビリ
「…そうやってすぐビリビリするのがお前の欠点だよなー。」
「な…それはかわ、かわいいの間違いじゃない、の?」
(だー!もうさっきからなに言ってるのよ私はー!)
だがそんな思いにも全く気づかないのが上条。
「はいはいそうですねー。」←棒読み
「あ、あのね!私の話ちゃんと聞いてる!?」ビリビリビリビリ
「うわ!悪かった、俺が悪かったからそのビリビリいってるのをしまって!」
「わ、わかったわよ。…ビリビリしないかわりにこれでも食らえ!」
と、美琴はビリビリをしまい、お遊び程度の軽いパンチをした。しかし上条は本気でパンチしてきたと勘違いしたらしい。とっさにその拳を右手で受け止め、強く握り締めた。
「こ、怖いですよ御坂さん!?」
「あ…」
(今私、コイツに手、握られてる!?)
少し顔の赤くなる美琴。その美琴に追い討ちをかけるように、遊んでいた男の子が二人をみて言った。
「うわー、かっぷるだー。らぶらぶだー。」
「「んな!?」」
上条はあわてて手を離して男の子に向かって言った。
「な、なにをいってるのかな?コイツはただの友達で…ほら、御坂もなんか言え!」
「……(こ、こいつと私が、か、カップル///)」
しかし美琴はそれどころではないようだ。
「み、御坂さん?」
「……(周りからは、か、カップルに見えるのかな。)」
「おねーちゃん、かおまっかだぞー。」
「おいお前、もしかして調子悪いのか?」
「……(カップルってことは、こ、恋人ってことよね。)」
「このおねーちゃん、だいじょうぶ?」
「あ、ああ。多分大丈夫だよ。心配しなくてもいいから、君は遊んできなさい。」
「うん!」
男の子は元気に返事をすると、たたたっと駆けていった。
「……(恋人ってことは、あ、あんなことや、こ、こんな)」
「おい、ビリビリ中学生。」
「!?だ、誰がビリビリよ!」
条件反射で『ビリビリ中学生』と聞けば電撃が出るようになってしまった美琴は、その一言で妄想から戻ってくると同時に上条に電撃を放った。
「うおっ!っとようやく元に戻ったか。ってか調子悪いなら言ってくれよ。」
「べ、別に大丈夫よ。」
「ホントか?顔赤いぞ。」
「だ、大丈夫だって言ってるでしょ!」ビリビリ
「危ねっ!まぁそんだけ元気なら大丈夫だろうけど…ムリはするなよ。」
(あ、危なかった…危うく大変な妄想をするところだったわ…コイツと恋人なんて、あり得るわけ無いじゃない…)
はぁ、と美琴は小さく溜息をつくのだった。
上条は考えていた。
(さっきあの子に言い訳した時…ホントにそうなのかって心のどこかで思ってた。それに御坂のうなじ見てドキッとしちまったし…今日の俺、なんか変だな。)
上条は心がモヤモヤとしたまま、美琴に質問した。
「ところでさぁ、お前って好きな奴とかいるのか?」
「!!!!な、なんでそんなこと聞くのよ。」
(平常心平常心…そうよ、コイツはこういうことを無自覚で言うのよ…)
「いやー、お前ってモテそうじゃん?誰か好きな奴とかいたりするのかなー、なんて。」
(どうして俺はこんなことを聞いてるんだろう…)
「わ、私にだって好きな人ぐらいいるわよ。」
美琴は上条を上目遣いで見つめる。
(私が好きなのはアンタよ!!)
しかしそんなことには気づかないのが上条クオリティー。
「そうか…」
(やっぱりいるのか…ってなんで残念がってるんだ、俺。)
「ちなみにどんなやつなんだ?」
(やっぱり気づかないか…)
美琴はうなだれ、小さな溜息をつき、意を決して話し始めた。
「そいつはね…頭がツンツンしてて、私より年上で、私よりも強いんだけど、馬鹿で、鈍感で、でも細かいところまでちゃんと見てて、困ってる人がいたら誰だろうと助けて…私も助けられたのよ。」
(さすがにここまで言ったら、アンタでも気づくでしょ…)
話をしている美琴の顔は赤くなりつつも、どこか楽しそうだった。
(何でコイツはそんな楽しそうに話してんだよ…って、もしかして俺、嫉妬してる?)
「そして…」
(私だけの王子様なのよ。)
「ん?」
「…なんでもない。」
美琴は今の言葉を口には出さず、そっと胸にしまった。そして上条の方を見る。
(気づいた…よね?)
美琴の期待は高まる。しかしその期待はもろくも崩れ去った。
「へぇ、すごい奴なんだな。いいなぁ、大切にされてて。そいつは幸せだな、俺なんかと違って。」
「…へ?」
(まさか…気づいてないの!どこまで鈍感なのよ!!もう、どうして?早く気がついてよ、この馬鹿!!)
美琴は大きな溜息をついて、小さな声で言った。
「絶対アンタはわかってない、わかってないわ…」
「え?」
「ふふふ…」
「み、御坂さーん?」
あれからしばらくして、美琴は先程のショックから立ち直ったのか、今度は上条に質問した。
「それじゃあ、あ、アンタはす、好きな人とかいるわけ?」
「え?」
上条はさっきからずっと考えていた。
(俺は…御坂のことが…好きなんだろうか。会うたびにビリビリしてきて、でも一緒にいると楽しくて…あぁ、もうわかんねぇ!)
自分の心の整理ができなくなった上条は、わしゃわしゃと頭を掻いたあとに言った。
「好きな人っていうか…気になる奴はいるな。」
「そ、そうなんだ。」
(やっぱりいるんだ…そりゃそうよね。…でもその人には負けないわ!)
少しショックを受けた美琴だったが、すぐに気を取り直し、さっきのお返しをすることにした。
「ねぇ、その人ってどんな人なの?」
「え?いやぁ、それは…」
(目の前にいるのに言えるわけねーだろ!)
上条は少し顔を赤くして言った。
「ひ、秘密だよ!」
「えー!なんで!私はちゃんと、その…言ったのに!」
「秘密は秘密だ!教えられないもんは教えられないの!」
「ちょっと、それって不公平じゃない!?」
わーわー言い争う二人。周りからみればどうみてもカップルだ。
「ゼェゼェ…今回は見逃してあげるわ…」
「あ、ありがとよ…ゼェゼェ」
言い争いもどうやら幕を閉じたようだ。ふと時計を見ると、そろそろお昼時だった。
「そろそろ昼か…よし、御坂。約束は約束だ。昼飯おごるぞ。」
「え?そんな約束したっけ?」
「!?」
(御坂さん覚えてなかったんですかー!これはなかったことにしないと財布の中身が!)
「いえ、そんな約束はしてま」
「あー、お昼ご飯楽しみー!」
「…不幸だ。」
彼は財布がもうすぐただの革製品になってしまうことを悟った。
とりあえず歩きだした二人。
「あー、御坂?実は所持金が残り少ないから、ちょっと安っぽい昼飯になっちまうけどいいか?」
「え?だったらムリしておごらなくてもいいわよ。私払ってもいいし。」
「いや、でもそれじゃあ約束が…」
「いいのよ。私はあ、アンタと一緒にいるだけで楽しいから。」
(い、勢いで言っちゃったー!!)
「え?」
(いつもビリビリしてくるもんだから、てっきり俺のこと嫌いなのかと思ってたが…こいつも俺と同じこと考えてやがる…)
「お、俺もお前と一緒にいると楽しいぞ。」
「!?」
(い、今のって…え?え?)
美琴は自分の顔が赤くなるのがわかる。上条の方をみると、なんと上条まで少し顔が赤い。
(も、もしかして…りょ、りょうおもっ!)
途端に美琴の頭の中はグルグルしてしまい、しっかり歩けなくなっていた。
しかし上条はまた心の整理がつかなくなっており、そんなことには気づかない。
(こんなに意識しちまうなんて…しかもあんなこと言って…やっぱり俺は…でも…うっがぁぁぁ!わかんねぇ!)
頭を両手でわっしゃわっしゃと掻く上条。ふと隣をみると、そこにいるはずの美琴の姿が見当たらない。前を見ると、千鳥足になっている彼女がいた。
「お、おい御坂、だいじょ…!」
声をかけたそのとき、美琴はよろけて車道の方へ出てしまった。しかも運悪く車が来ている。
「危ない!」
その声で美琴は我に返った。すぐそこに車が迫っている。しかし車をよける余裕は無く、思わず目をつぶる。
ふいに美琴の腕が引っ張られ、そのままなにかにぶつかった。そのなにかはとてもあたたかく、不思議と安心感が広がった。
「そんなにふらふらしてたら轢かれるぞ?ったく危ねぇな。」
美琴が目を開けると、そこは上条の腕の中だった。上条の方を見上げると、彼はそっぽを向いていた。
(え?私、コイツに、だだ、抱きしめられた!?急に、そんな!えっ?)
あまりの出来事に、美琴はただただ、混乱していた。
そのとき、後ろから悲鳴に近い声が聞こえた。
「か、か、カミやんが、常盤台の女の子といちゃついとるー!!!」
「…どういうことか説明してもらうぜよ、カミやん!」
そこにはなにやら怪しげなオーラを発している、青髪と土御門がいた。
(ま、マズイ!)
これから二人に追いかけられるであろうことを感じた上条は、美琴を自分から離し、
「すまん御坂!また今度な!」
と言い、一目散に逃げていった。
「「待てーカミやん!!」」
「不幸だー!!」
上条が走り去って数秒後に我に返った美琴は、さっきの出来事を思い出し、一気に顔を赤くした。そしてもう見えなくなってしまった上条に、叫ぶようにして言った。
「こっちのが危ないわよ!」
(さっき御坂が轢かれそうになったとき、絶対にアイツを守るんだって思った。)
上条は二人に追いかけられながら思う。
(やっぱり俺は、アイツのことが好きなんだ。)
自分の気持ちを理解した上条は、とても幸せそうな顔をしていた。
(アイツは、俺にとって世界で一番のお姫様だ。)
結局美琴はその後、適当に昼食をとり、寮へと戻った。寮に帰ってからは、午前中にあった出来事を思い出し、ベッドで一人、顔を赤くして悶えていた。
(アイツから抱きしめてくるなんて…それってやっぱりアイツが私のことを…いやでもそれはない…こともない?)
美琴の悩みがまた増えてしまったようだ。
夕方になり、白井が風紀委員の仕事から帰ってきた。美琴はどうやら眠っているようだ。
「ただいまーですの…って!?お姉様の髪型が!ど、どうしたのでしょう…でもこの髪型のお姉様もなかなか…うなじが…うふふ…」
その直後に美琴が起きて、いろいろと大変なことになるのだが、それはまた別の話である。