アイツは何もわかってない。
ふくれっ面になって美琴がまず思い浮かべたのは、そんなことだった。
ふくれっ面になって美琴がまず思い浮かべたのは、そんなことだった。
第七学区の病院の待合室に、美琴はいる。茶色のソファに腰掛け、両手には紙コップを握っていて、
中身はヤシの実サイダーだった。上条の診察が終わるのを待っているところで、一人きりになってずっと
彼の体調に気をもんでいた緊張から解放されてみると途端に腹立たしく思われてきた、という次第である。
中身はヤシの実サイダーだった。上条の診察が終わるのを待っているところで、一人きりになってずっと
彼の体調に気をもんでいた緊張から解放されてみると途端に腹立たしく思われてきた、という次第である。
目下の苛立ちの標的は、上条の言葉だ。
――無理しなくて良いからな。
それはきっと彼なりに気を遣っての言葉だろう。それぐらいは美琴にだってわかっている。けれども自分は
そんなことを言われるために上条の世話をしたわけではないし、言われる筋合いだってない。だいたい美琴の
せいで風邪を引いたようなものなのだから、こうして上条に尽くすのは当たり前と言って良いはずなのだ。
あのままでは、自分はただワガママを言って迷惑をかけただけの子どもだったから。美琴は、そんなのは嫌だった。
美琴は彼の、上条の役に立ちたかったのだから。
そんなことを言われるために上条の世話をしたわけではないし、言われる筋合いだってない。だいたい美琴の
せいで風邪を引いたようなものなのだから、こうして上条に尽くすのは当たり前と言って良いはずなのだ。
あのままでは、自分はただワガママを言って迷惑をかけただけの子どもだったから。美琴は、そんなのは嫌だった。
美琴は彼の、上条の役に立ちたかったのだから。
(私がどんな気持ちでいるのかなんて、どうせあの馬鹿は知らないんだろうけど。それにしたってあの言葉は
ないじゃない。ちょっとは気付いてくれたっていいじゃない。どうして私がアイツの看病をするのかとか、
気まぐれでそんなことをするわけないんだから。晩ごはんを作ってるのだってきっかけは偶然でも、アイツが
喜んでくれてると思ったからなのに。それなのに、アイツは……)
ないじゃない。ちょっとは気付いてくれたっていいじゃない。どうして私がアイツの看病をするのかとか、
気まぐれでそんなことをするわけないんだから。晩ごはんを作ってるのだってきっかけは偶然でも、アイツが
喜んでくれてると思ったからなのに。それなのに、アイツは……)
くいっと紙コップを傾けて、淡い炭酸が喉を抜けたのを感じると、美琴はため息をつく。
(……で。結局、私は勝手なことを思うのよね)
思い通りにならないのは上条ではなく、その言葉でもなく、実を言えば自分自身なのだと、美琴は気が
付いている。そもそもそういう下心をまず排除しようと決めたのではなかったか。そういうことを言って
いる傍から、自分は何を期待していたのだろうか。あまりに愚かな決心だと水をかぶせてやりたくなる。
美琴はしゅんと肩を落とし俯くばかりで、風景を眺めてぼうっとするでもなく、雑誌を手にとって時間を
潰すでもない。休日の病院のざわめきにあって、半分ぐらい残ったヤシの実サイダーを見つめ、またため息をつく。
付いている。そもそもそういう下心をまず排除しようと決めたのではなかったか。そういうことを言って
いる傍から、自分は何を期待していたのだろうか。あまりに愚かな決心だと水をかぶせてやりたくなる。
美琴はしゅんと肩を落とし俯くばかりで、風景を眺めてぼうっとするでもなく、雑誌を手にとって時間を
潰すでもない。休日の病院のざわめきにあって、半分ぐらい残ったヤシの実サイダーを見つめ、またため息をつく。
本当は、水をかける度胸もないのである。「上条当麻の役に立つ」「上条当麻を助けてやる」そういう
基準点を失えば、美琴は一体どうすれば良いのか全くわからなくなってしまうから。自分は間抜けで、
おまけに腑抜けなのだと、自嘲した。サイダーの液面に彼女の顔は、映らない。賢い振りをしてぐだぐだ
考えても何も生まれないだろうと示唆するみたいに。彼女の悩みすら保身に走ったポーズでしかないと指摘
するみたいに。
基準点を失えば、美琴は一体どうすれば良いのか全くわからなくなってしまうから。自分は間抜けで、
おまけに腑抜けなのだと、自嘲した。サイダーの液面に彼女の顔は、映らない。賢い振りをしてぐだぐだ
考えても何も生まれないだろうと示唆するみたいに。彼女の悩みすら保身に走ったポーズでしかないと指摘
するみたいに。
ネガティブな思考の迷路に、美琴はとどまったままでいる。だから、そんなふうに自分に戸惑ってばかり
いるから、隣に誰かが腰掛けてきた気配にだって、気が付かない。
いるから、隣に誰かが腰掛けてきた気配にだって、気が付かない。
「飲まないのですか、とミサカは不条理な思いを抱きつつお姉様に問い掛けます」
そっくりなはずなのにどうも彼女とは似つかない大人しめの声が、ふいに美琴の耳に届く。顔を上げて
確認すれば、横に座っているのは美琴のクローン集団である妹達(シスターズ)が一人、ミサカ10032号
だった。ハート型のネックレスを胸にぶら下げ、上条からは御坂妹と呼称されている、あの子だ。
確認すれば、横に座っているのは美琴のクローン集団である妹達(シスターズ)が一人、ミサカ10032号
だった。ハート型のネックレスを胸にぶら下げ、上条からは御坂妹と呼称されている、あの子だ。
「飲まないのですか、とミサカは再度問い掛けます。ミサカよりも一足早くお姉様が手に入れた最後の
ヤシの実サイダーなのですが、とミサカは悔しさに打ち震えつつ紙コップの中身に目を奪われます」
ヤシの実サイダーなのですが、とミサカは悔しさに打ち震えつつ紙コップの中身に目を奪われます」
ずいっと顔を近づけられ、美琴は身を引いた。どうも自分が買った分で売り切れになってしまった
らしい。手に持った紙コップと、一心にそこに目を向けている御坂妹の顔を、見比べる。
らしい。手に持った紙コップと、一心にそこに目を向けている御坂妹の顔を、見比べる。
「あー。そんなに欲しいんなら、あげるわよ」
「よろしいのですか、とミサカはパンを恵まれた乞食のように瞳を輝かせます」
「まあいつも飲んでるし、そんなにこだわるものでもないし」
「ありがとうございます、とミサカはお姉様の優しさに頭を下げつつヤシの実サイダーを受け取ります。
しかし施しを受けてばかりいるのは悪いので、ミサカもパンを恵むような行為に及ぼうと思います、と
ミサカは謎めいた物言いで隣の座席に置いたビニール袋を手に取ります」
「よろしいのですか、とミサカはパンを恵まれた乞食のように瞳を輝かせます」
「まあいつも飲んでるし、そんなにこだわるものでもないし」
「ありがとうございます、とミサカはお姉様の優しさに頭を下げつつヤシの実サイダーを受け取ります。
しかし施しを受けてばかりいるのは悪いので、ミサカもパンを恵むような行為に及ぼうと思います、と
ミサカは謎めいた物言いで隣の座席に置いたビニール袋を手に取ります」
そう言って御坂妹が取り出したのはサンドイッチで、ランチパックと銘打たれた商品だった。ハーフ
サイズのサンドイッチが8切れ、プラスチックのトレイに載っていて、それが一パックごと美琴に渡される。
もともと二人分購入してきていたらしい。
サイズのサンドイッチが8切れ、プラスチックのトレイに載っていて、それが一パックごと美琴に渡される。
もともと二人分購入してきていたらしい。
「え、これ私の分? どうして?」
いろんな疑問が込められた美琴の言葉に、御坂妹はあくまで表情を崩さぬまま、答える。
「そもそもミサカが来たのは、あの少年の診察が点滴や頭の検査で長引きそうだということをお姉様に
連絡するためです、とミサカは当初の目的を明らかにします。その際あのカエル顔の医者から、『一緒に
ランチでもしてくると良いね』とのアドバイスがあったのでミサカはそれに従いました、とミサカは事と
次第を詳しく説明します」
「ふーん、そうなんだ。じゃ、ありがたく頂くわ」
連絡するためです、とミサカは当初の目的を明らかにします。その際あのカエル顔の医者から、『一緒に
ランチでもしてくると良いね』とのアドバイスがあったのでミサカはそれに従いました、とミサカは事と
次第を詳しく説明します」
「ふーん、そうなんだ。じゃ、ありがたく頂くわ」
パックを開け、美琴は玉子のサンドイッチを頬張った。それはするすると胃の中に収まって、どうも
自分で思っていた以上に空腹だったらしいと気が付く。
自分で思っていた以上に空腹だったらしいと気が付く。
(そういえば、朝からろくに何も食べてないわ。朝ごはんの時は食欲湧かなかったし、食べたものといえば
確かあのお粥ぐらい……ってえ!! ナニ変なことをピンポイントで思い出してんのよ私は!?)
確かあのお粥ぐらい……ってえ!! ナニ変なことをピンポイントで思い出してんのよ私は!?)
「なぜお姉様は唐突に頬を赤らめているのでしょう、とミサカはその精神構造に疑問を抱きます」
「へ? や、そんな、なんでもないわよ。だ、だいたい顔なんて赤らめてないって気のせい気のせい」
「いえ、気のせいとかそういうレベルではなくれっきとして頬が染まっているのですが、とミサカは
眼前の事実を指摘します」
「な、う、ほ、ホントに? な、なんだろー不思議ね。アイツの風邪が伝染ったのかなあー」
「へ? や、そんな、なんでもないわよ。だ、だいたい顔なんて赤らめてないって気のせい気のせい」
「いえ、気のせいとかそういうレベルではなくれっきとして頬が染まっているのですが、とミサカは
眼前の事実を指摘します」
「な、う、ほ、ホントに? な、なんだろー不思議ね。アイツの風邪が伝染ったのかなあー」
不審そうにしている御坂妹の視線から逃れるように、美琴は明後日の方を向いてサンドイッチにぱくつく。
「そうです、とミサカは忘れていた疑問を口にします。どうしてお姉様があの少年の付き添いをしている
のでしょう、とミサカはよこしまな想像をしつつ問い掛けます」
「んぐっ!」
のでしょう、とミサカはよこしまな想像をしつつ問い掛けます」
「んぐっ!」
口いっぱいのサンドイッチを思わず飲み込んでしまって、美琴はあまりの苦しさに悶えた。必死で胸の
辺りを叩いてみるが詰まった食道はいっこうに開通しない。御坂妹から差し出されたヤシの実サイダーを
一息に飲み干して、ようやく事無きを得る。
辺りを叩いてみるが詰まった食道はいっこうに開通しない。御坂妹から差し出されたヤシの実サイダーを
一息に飲み干して、ようやく事無きを得る。
「はあ、はあ……。あ、アア・アンタ! よこしまって何よよこしまって!? そんなことあるわけない
でしょ!? なんであんなヤツと……」
「ふむ、やはりミサカの想像はそれほど間違ってはいないようですね、とミサカは結局ヤシの実サイダーを
飲めなかったことに落胆しながらも冷静さを保って分析します」
「話をきけ!」
「はい、聞きますとも、とミサカは即答します。ゆうべは一体何があったのでしょう、あの少年が風邪を
引いたのは一体どういう理由があってのことなのでしょう、とミサカは立て続けに質問を仕掛けます」
「え、あ、うう。それは……」
でしょ!? なんであんなヤツと……」
「ふむ、やはりミサカの想像はそれほど間違ってはいないようですね、とミサカは結局ヤシの実サイダーを
飲めなかったことに落胆しながらも冷静さを保って分析します」
「話をきけ!」
「はい、聞きますとも、とミサカは即答します。ゆうべは一体何があったのでしょう、あの少年が風邪を
引いたのは一体どういう理由があってのことなのでしょう、とミサカは立て続けに質問を仕掛けます」
「え、あ、うう。それは……」
叫んで上げた訴えを軽々しくカウンターされて、美琴はたじろぐ。気の弱すぎる幼女のようにうろたえて
いたが、御坂妹はそんな哀れな姿など一切気に留めていないようで、ずずいと美琴に顔を近付けた。
いたが、御坂妹はそんな哀れな姿など一切気に留めていないようで、ずずいと美琴に顔を近付けた。
「ど、どうでもいいじゃない別に!! たまたまよ、たまたま! 外でアイツがフラフラ歩いているのを
見かけたから、放っておくのも寝覚めが悪いし、それで仕方なく、私は……」
「ふむふむ、あの少年が心配だったのですね、ミサカはお姉様に代わって当時の精神状態を回顧します」
「し、心配って、そんなことは」
「お姉様は相変わらず素直になれないでいるのですか、とミサカはさらに分析します」
「素直って……」
「いい加減に自分の気持ちに正直になられてはいかがでしょう、とミサカは呆れて嘆息しつつお姉様を
諭してみます」
「なによそれ」
見かけたから、放っておくのも寝覚めが悪いし、それで仕方なく、私は……」
「ふむふむ、あの少年が心配だったのですね、ミサカはお姉様に代わって当時の精神状態を回顧します」
「し、心配って、そんなことは」
「お姉様は相変わらず素直になれないでいるのですか、とミサカはさらに分析します」
「素直って……」
「いい加減に自分の気持ちに正直になられてはいかがでしょう、とミサカは呆れて嘆息しつつお姉様を
諭してみます」
「なによそれ」
弱々しく吐き捨てつつも、美琴は安堵していた。なんだか妙な所に話が飛んでしまったが、事実をはぐら
かすことには成功したらしい。御坂妹は無表情のまま、もそもそとサンドイッチを口に運んでいた。
かすことには成功したらしい。御坂妹は無表情のまま、もそもそとサンドイッチを口に運んでいた。
「それでお姉様」
「な、何?」
「そろそろ本当のことを教えて頂きたいのですが……、とミサカは与太話に付き合うのに辟易して真実に
迫ります」
「……。な、何のことかしらー? 本当のこととか与太話だとか、わけが」
「あくまでシラを切るのですね、とミサカはお姉様の言葉を遮ります。仕方がありません、こういうこと
はあまりしたくなかったのですが、とミサカは苦々しく心中を吐露します」
「な、何?」
「そろそろ本当のことを教えて頂きたいのですが……、とミサカは与太話に付き合うのに辟易して真実に
迫ります」
「……。な、何のことかしらー? 本当のこととか与太話だとか、わけが」
「あくまでシラを切るのですね、とミサカはお姉様の言葉を遮ります。仕方がありません、こういうこと
はあまりしたくなかったのですが、とミサカは苦々しく心中を吐露します」
御坂妹は、美琴の腕を掴んでくる。
「な、何よいきなり。何を企んでるワケ?」
「妹達(シスターズ)は、電気的なネットワークを介して一万の脳を繋ぎ合わせています。そのため
一万人の思考・記憶を共有しています」
「いや、だから」
「このミサカネットワークのキモは同一波形の脳波である、ということですから、ミサカの素体に対しても
同様の結合が可能である、とミサカは結論付けます。つまりお姉様と電気的な回線を繋ぐことができればその
過去の記憶を参照できるはずです、とミサカは換言して説明します」
「そ、そんな馬鹿な話……」
「妹達(シスターズ)は、電気的なネットワークを介して一万の脳を繋ぎ合わせています。そのため
一万人の思考・記憶を共有しています」
「いや、だから」
「このミサカネットワークのキモは同一波形の脳波である、ということですから、ミサカの素体に対しても
同様の結合が可能である、とミサカは結論付けます。つまりお姉様と電気的な回線を繋ぐことができればその
過去の記憶を参照できるはずです、とミサカは換言して説明します」
「そ、そんな馬鹿な話……」
ありえない、とは言えなかった。実際美琴は他人の記憶を電気的なネットワークを介して覗いてしまったこと
があり、もはやリアリティが云々という水準を超えた話だ。しかも今回に至ってはその相手が自分とほぼ同形の
脳波を持ったクローン体なのである。失敗する可能性の方こそが低いと思われた。
があり、もはやリアリティが云々という水準を超えた話だ。しかも今回に至ってはその相手が自分とほぼ同形の
脳波を持ったクローン体なのである。失敗する可能性の方こそが低いと思われた。
(ちょ、ちょっと待って。記憶を参照ってことは昨日のことが全部筒抜けってことよね? あれもこれも今朝
のことだって――それはもう、マズイというかヤバイというかむしろ『恥』死量クラスだわ……)
のことだって――それはもう、マズイというかヤバイというかむしろ『恥』死量クラスだわ……)
「ストップ、ストップ!! いくらなんでもそれは悪趣味だし、私だって怒るわよ?」
「脅しに徹するわけですね、とミサカはお姉様の横暴さに失望します」
「横暴なのはどっちよ!? ……はあ。嘘をついたのは悪かったから。別にそこまでしなくたって昨日の
ことぐらい話すわよ」
「遅すぎた提案ですね、とミサカは断言します。だいたいそうしたところでお姉様の話す内容が全てだとも
真実だとも証明することはできません、とミサカは指摘しながらも何かもういい加減めんどくさくなったから
さっさとやっちゃえー」
「脅しに徹するわけですね、とミサカはお姉様の横暴さに失望します」
「横暴なのはどっちよ!? ……はあ。嘘をついたのは悪かったから。別にそこまでしなくたって昨日の
ことぐらい話すわよ」
「遅すぎた提案ですね、とミサカは断言します。だいたいそうしたところでお姉様の話す内容が全てだとも
真実だとも証明することはできません、とミサカは指摘しながらも何かもういい加減めんどくさくなったから
さっさとやっちゃえー」
反論に再反論するいとまも与えられないまま、ラグナロクもといジハードもといアルマゲドン他呼称多数の
時は間近に迫っていた。ぎゃああ! と、美琴はわたわたと腕を振りつつ叫ぶ。
時は間近に迫っていた。ぎゃああ! と、美琴はわたわたと腕を振りつつ叫ぶ。
「待て、待ちなさい! 妹よ!!」
「なんでしょうか。私はどこかの大佐のように3分間も待ちませんが遺言ぐらいは耳に入れてみせます、と
ミサカは己の優勢さに浸りつつ寛大に対応します」
「いや、その、あのね? 電気的なネットワークで繋がるってことは私もアンタの記憶を見ちゃったりできる
わけなんだけどもその辺は良いのかなあ、って。あ、アンタだって誰にも見せたくない思い出やら体験やら
あるんじゃないかと思うんだけど」
「なんでしょうか。私はどこかの大佐のように3分間も待ちませんが遺言ぐらいは耳に入れてみせます、と
ミサカは己の優勢さに浸りつつ寛大に対応します」
「いや、その、あのね? 電気的なネットワークで繋がるってことは私もアンタの記憶を見ちゃったりできる
わけなんだけどもその辺は良いのかなあ、って。あ、アンタだって誰にも見せたくない思い出やら体験やら
あるんじゃないかと思うんだけど」
それほど効果のあるやり方とは思えなかった。美琴も接していて思うのだが、彼女たちは羞恥心という
ものについてあまり理解していないきらいがある。往来で素っ裸になったって応えそうにないのだ。
ものについてあまり理解していないきらいがある。往来で素っ裸になったって応えそうにないのだ。
「ミサカの思考は9968人に対して常にライブ中継です、とミサカはお姉様を突き放します。今さら
そんなことを気にするのは無意味というものでしょう、とミサカはそもそもそれは恥ずかしいことなのか
と首を傾げます」
「ぐうぅ! やっぱそうなるかああ!! でも、でもね、ちょっと考え直した方が良いと思うなあ! ほら、
アンタ達は生まれた時から見つつ見られつつだから気にしないのかもしれないけどさ、そうなるとネットワーク
と関係ない私に見られるのってそれとはわけが違うことだと思うのね!?」
「と、言いますと? と、ミサカは話を聞くのにも疲れてきたけど律儀に訊き返します」
「え!!? ……ええと、例えば好きな人のこととか考えてみよう! なんだかこんな姿見られたら恥ずかしい
なあとか、こんなとこ見られたら失望されるかも嫌われちゃうかも、とか!」
そんなことを気にするのは無意味というものでしょう、とミサカはそもそもそれは恥ずかしいことなのか
と首を傾げます」
「ぐうぅ! やっぱそうなるかああ!! でも、でもね、ちょっと考え直した方が良いと思うなあ! ほら、
アンタ達は生まれた時から見つつ見られつつだから気にしないのかもしれないけどさ、そうなるとネットワーク
と関係ない私に見られるのってそれとはわけが違うことだと思うのね!?」
「と、言いますと? と、ミサカは話を聞くのにも疲れてきたけど律儀に訊き返します」
「え!!? ……ええと、例えば好きな人のこととか考えてみよう! なんだかこんな姿見られたら恥ずかしい
なあとか、こんなとこ見られたら失望されるかも嫌われちゃうかも、とか!」
もはや自分の喩えが正しい答えを導くかすらわからず混乱中の美琴だが、意外にも御坂妹の動作がピクリと
停止する。
停止する。
「一般的男性にはそのような心理的傾向が存在するのでしょうか、とミサカは目を見開き驚愕してみせます」
「そ、そうよ! 直接誰かに聞いたわけじゃないけど、血とか! あんまり量が多いと引いちゃうとか聞いた
ことあるし! やっぱ変な幻想持たれてるとこあるし、そういう女の子の秘密とか知っちゃうとショックなこと
もあるんじゃないかなあ!?」
「そ、そうよ! 直接誰かに聞いたわけじゃないけど、血とか! あんまり量が多いと引いちゃうとか聞いた
ことあるし! やっぱ変な幻想持たれてるとこあるし、そういう女の子の秘密とか知っちゃうとショックなこと
もあるんじゃないかなあ!?」
もはや大声で話すような内容ではないのだが、美琴はそこのところまで構っていられなかった。病院なので
もしかしたらOKなのかもしれない、根拠はないが。
もしかしたらOKなのかもしれない、根拠はないが。
「だから、そこから推測すればわかるように他人に記憶を覗かれるということは色々とリスクがあることで
あって、それに!」
「それに? と、ミサカは次々と知らされる事実に戸惑いを隠しきれません」
「……私が誰かに言わないとも、限らないし」
「!!」
あって、それに!」
「それに? と、ミサカは次々と知らされる事実に戸惑いを隠しきれません」
「……私が誰かに言わないとも、限らないし」
「!!」
御坂妹はびくんと身体を震わせ、しばらくのあいだ驚嘆に瞳を揺らしていたが、やがて掴んでいた美琴の
腕を離した。たいそう悔しそうに、膝に置いた両手を握りしめる。
腕を離した。たいそう悔しそうに、膝に置いた両手を握りしめる。
「やはりクローンであるこの身ではオリジナルには勝てないのでしょうか、とミサカは己の敗北に絶望して
歯噛みします」
「た、助かった……」
歯噛みします」
「た、助かった……」
激しい攻防の末勝利を得た美琴は、どっと疲れを感じて息をつく。しかし忘れてはならないのは、この世
のどんな争い事だって無傷で切り抜けられるものなど少ないということだ。御坂妹が、美琴のブレザーの袖
を引っ張る。これは痛みある勝利である。
のどんな争い事だって無傷で切り抜けられるものなど少ないということだ。御坂妹が、美琴のブレザーの袖
を引っ張る。これは痛みある勝利である。
「では、昨日の詳細についてお聞きします、とミサカはめげません」
「あん? アンタまだそんなこと言ってんの? もとはといえばアンタが私の提案を反故にしたんだし、今さら
話すなんてどう考えてもイーブンじゃないわ」
「勘違いしてもらっては困るのですが」
「え?」
「ミサカはまだ負けたわけではありません、とミサカは自己の発言を撤回します。あくまで圧倒的有利だった
状況が崩され対等になったに過ぎないのであり、リスクに目をつぶるならばこちらの攻撃手段はいまだ健在
なのです、とミサカはお姉様の不安を煽ります」
「ぐうう」
「さて、どうするのでしょう? と、ミサカはニヤニヤと肉を切らせて骨を断つようなクレイジーな心境で
お姉様に問い掛けます」
と言いつつどこまでも無表情に喋る御坂妹である。
「あん? アンタまだそんなこと言ってんの? もとはといえばアンタが私の提案を反故にしたんだし、今さら
話すなんてどう考えてもイーブンじゃないわ」
「勘違いしてもらっては困るのですが」
「え?」
「ミサカはまだ負けたわけではありません、とミサカは自己の発言を撤回します。あくまで圧倒的有利だった
状況が崩され対等になったに過ぎないのであり、リスクに目をつぶるならばこちらの攻撃手段はいまだ健在
なのです、とミサカはお姉様の不安を煽ります」
「ぐうう」
「さて、どうするのでしょう? と、ミサカはニヤニヤと肉を切らせて骨を断つようなクレイジーな心境で
お姉様に問い掛けます」
と言いつつどこまでも無表情に喋る御坂妹である。
それで美琴はといえば、……折れた。これ以上無益な争いを続ければ本当に暴走されかねなかった。もともと
美琴の持ち手はほとんどブラフだったわけだし、本気で攻められれば痛手を負うのはむしろこちらなのである。
今回の事と次第を、話す。とはいえ全てを話したのでは結局変わらないので、それは当たり障りない部分と概要
だけをかいつまんで説明するものに留まったが。
美琴の持ち手はほとんどブラフだったわけだし、本気で攻められれば痛手を負うのはむしろこちらなのである。
今回の事と次第を、話す。とはいえ全てを話したのでは結局変わらないので、それは当たり障りない部分と概要
だけをかいつまんで説明するものに留まったが。
「ショックを隠しきれません、とミサカは戦々恐々として震えてみます」
「な、何よ。ショックってそんな大袈裟な」
「な、何よ。ショックってそんな大袈裟な」
とはいうものの、御坂妹が上条に好意らしきものを抱いているという事実は美琴にだってわかっている。
しかし、「好意らしきもの」はどのみち「好意らしきもの」でしかないというのがもともと持っていた考え
だった。ヒーローやアイドルに憧れるようなものである。自分たちを救ってくれたという、ある種のカリスマ的信仰。
けれどもどうもそれは違うらしいと、美琴は思う。入浴やら夕食やらお泊まりやら、やましい出来事は
何もなかったと言われてなおショックを受けるというのは、あまつさえ「戦々恐々として震える」という
のは、かなり具体的な恋愛感情を伴って起こる反応ではないだろうか。
しかし、「好意らしきもの」はどのみち「好意らしきもの」でしかないというのがもともと持っていた考え
だった。ヒーローやアイドルに憧れるようなものである。自分たちを救ってくれたという、ある種のカリスマ的信仰。
けれどもどうもそれは違うらしいと、美琴は思う。入浴やら夕食やらお泊まりやら、やましい出来事は
何もなかったと言われてなおショックを受けるというのは、あまつさえ「戦々恐々として震える」という
のは、かなり具体的な恋愛感情を伴って起こる反応ではないだろうか。
(インデックスの件もそうだけど、あの巨乳地味女とかこの子とか。なんというかやっぱ競争率が――って
何よその競争率っていうのは!? いいいや、わかってるけど! じ、自覚してるけど!! それでもなんか
こうこっぱずかしいというかムズムズしてくるというか、ぎゃああー)
何よその競争率っていうのは!? いいいや、わかってるけど! じ、自覚してるけど!! それでもなんか
こうこっぱずかしいというかムズムズしてくるというか、ぎゃああー)
誰も何も言っていないのに心の中だけで勝手に悶える美琴である。そんな様子を知ってか知らずか、御坂妹は
青く震える唇を開く。
青く震える唇を開く。
「お姉様にそれほど女性としての魅力が欠けていたなんて……、とミサカは今度こそ絶望に打ちひしがれます」
「……。いや、どういうことよ?」
「翻ってクローンであるミサカも女性的魅力に乏しいということなのですね、とミサカは苦々しく認めることに
します」
「ちょ、あ、アンタは私にケンカ売ってんのかあああ!!」
「失礼な、これはとても深刻な話なのです、とミサカは真剣な眼差しでお姉様を見つめます」
「……。いや、どういうことよ?」
「翻ってクローンであるミサカも女性的魅力に乏しいということなのですね、とミサカは苦々しく認めることに
します」
「ちょ、あ、アンタは私にケンカ売ってんのかあああ!!」
「失礼な、これはとても深刻な話なのです、とミサカは真剣な眼差しでお姉様を見つめます」
静かな言葉だったがその気迫は本物で、思わず美琴は口をつぐんでしまう。そこに、御坂妹の無表情が迫る。
「考えてもみてください、とミサカは再考を促します。一つ屋根の下の入浴、夕食、その上お泊まり。酔って
倒れたお姉様の看病までして一つの間違いも起こっていないのはむしろそれこそが間違いでしょう、とミサカは
男は狼なのよと暗にほのめかします」
「ぐうぅ!」
倒れたお姉様の看病までして一つの間違いも起こっていないのはむしろそれこそが間違いでしょう、とミサカは
男は狼なのよと暗にほのめかします」
「ぐうぅ!」
ずいぶん年代物のネタを挟んでくる御坂妹だったが、密かに気にしていたことを真っすぐ一突きされた美琴
はそこに言及しない。だって、その通りなのである。自分と上条の間にはちょっと不自然なくらいイベントが
発生しているわけだが、そのどれもが踏み込んだ展開に進むことがない。昨日のアレにせよ今日のドタバタに
せよ、その場だけで騒いで結局何事もなく終わるのである(別に何か起こって欲しいというわけではない。
断じて、キスの一つぐらいなどとは考えていない)。まあ、それはそれで安全な人間である証明だと美琴は上条の
ことを見直すのだが、同時に首も捻ってしまう。
はそこに言及しない。だって、その通りなのである。自分と上条の間にはちょっと不自然なくらいイベントが
発生しているわけだが、そのどれもが踏み込んだ展開に進むことがない。昨日のアレにせよ今日のドタバタに
せよ、その場だけで騒いで結局何事もなく終わるのである(別に何か起こって欲しいというわけではない。
断じて、キスの一つぐらいなどとは考えていない)。まあ、それはそれで安全な人間である証明だと美琴は上条の
ことを見直すのだが、同時に首も捻ってしまう。
(ていうか……なんだかんだであの子は押し倒してたのよね、アイツ)
この際だから認めてしまうが、インデックスはかわいい。もともとイギリス系の人種だから目鼻立ちは整って
いるし、瞳はまるまると輝いているし、ちみっちゃくてコロコロしている。むろんそれは太っているというわけ
ではなくマスコット的な愛くるしさを伴ったものであり、手乗りサイズにでもなろうものなら頬ずりしたくなる
程である。
それに、外見の魅力だけではない。ちょっと食いしん坊なところはネックだが、内面の良さはそれを補って余り
ある。彼女には、壁がない。人と接する時に当然あるはずの、相手を恐れるからこそ発生する類の壁が、存在しない。
人の前に素直に立って、素直に笑い、素直に怒ってみせる。博愛の素質とでも言うべきなのか美琴にはよくわからない
が、本当にわけ隔てなく、共に呼吸していることを証明するような自然さでこちらの領域に踏み行ってくる。
そんなインデックスの性質を理解したから、どうして上条が彼女を守ろうとするのかも、美琴にはよくわかった。
インデックスという少女はある種の神聖さすら見出せるほどに無邪気で、だからこそ危なっかしい。彼女の歩いた
場所が醜い現実の温床でないとは、限らないのである。
いるし、瞳はまるまると輝いているし、ちみっちゃくてコロコロしている。むろんそれは太っているというわけ
ではなくマスコット的な愛くるしさを伴ったものであり、手乗りサイズにでもなろうものなら頬ずりしたくなる
程である。
それに、外見の魅力だけではない。ちょっと食いしん坊なところはネックだが、内面の良さはそれを補って余り
ある。彼女には、壁がない。人と接する時に当然あるはずの、相手を恐れるからこそ発生する類の壁が、存在しない。
人の前に素直に立って、素直に笑い、素直に怒ってみせる。博愛の素質とでも言うべきなのか美琴にはよくわからない
が、本当にわけ隔てなく、共に呼吸していることを証明するような自然さでこちらの領域に踏み行ってくる。
そんなインデックスの性質を理解したから、どうして上条が彼女を守ろうとするのかも、美琴にはよくわかった。
インデックスという少女はある種の神聖さすら見出せるほどに無邪気で、だからこそ危なっかしい。彼女の歩いた
場所が醜い現実の温床でないとは、限らないのである。
なんか、全然違うな。そう美琴は思う。パーソナルリアリティのままに世界を見て、己の力を担保に困難に
立ち向かう美琴とインデックスは、どこまでも対照的に見えた。誰かに守られるような、守られることによって
守るような正当なヒロインの資格には、彼女こそが相応しいように思われた。
立ち向かう美琴とインデックスは、どこまでも対照的に見えた。誰かに守られるような、守られることによって
守るような正当なヒロインの資格には、彼女こそが相応しいように思われた。
また知らず知らずにため息を落として、それは何色の吐息だろうか。
美琴は、嫉妬している。インデックスの魅力を認めたのに、いや認めたからこそ自分にはないものを幾つも
そこに見出してしまって、妬む。彼女のように振る舞えない自分にどうしようもない歯がゆさを感じてしまう。
足りないものばかりを見つけてしまって、それしか目に映らなくて、どんどん自分がつまらない存在だと錯覚
していく。空っぽになったランチパックのトレイに目を落として、言葉にするものが何もないまま。
美琴は、嫉妬している。インデックスの魅力を認めたのに、いや認めたからこそ自分にはないものを幾つも
そこに見出してしまって、妬む。彼女のように振る舞えない自分にどうしようもない歯がゆさを感じてしまう。
足りないものばかりを見つけてしまって、それしか目に映らなくて、どんどん自分がつまらない存在だと錯覚
していく。空っぽになったランチパックのトレイに目を落として、言葉にするものが何もないまま。
「そんなことでへこたれるのですか、とミサカはお姉様のヘタレっぷりに呆れてみせます」
御坂妹の声音はいつもと変わらないが、そこには攻撃的で挑発的な響きが隠れていると、言えなくもない。
「私は。別に。へこたれてなんか」
「認めることもできないのですか、とミサカは嘆息するばかりで言葉も出ません」
「み、認めるってなによ。だから私は、ていうかアンタに何の関係があるのよこんなの!」
「認めることもできないのですか、とミサカは嘆息するばかりで言葉も出ません」
「み、認めるってなによ。だから私は、ていうかアンタに何の関係があるのよこんなの!」
御坂妹は、最後に残った一切れをかじって、言う。
「やはりミサカはお姉様とは全く別の道を歩む必要があるようです、とミサカは前方を注視して宣言します」
御坂妹の言葉につられて美琴が顔を上げると、待合室の奥の廊下、検査を終えた上条がこちらに歩いてくるの
が、見えた。
が、見えた。
御坂妹はランチパックのトレイを両手に支えたまま、上条のもとに駆け寄る。その振る舞いから、彼女の宣言の
意図は明白だ。美琴は負けじと追いかけようと思って、でも、その足は動かない。心に相反して彼女の身体は動か
ない。足も膝も関節も腰も、まるで傷付くのを恐れて巣に留まるみたいに。
美琴は、怖い。上条に見られるのが怖い。その視線に自分がさらされてしまうことを、恐れている。美琴を
映した上条の瞳が、それが一体どんな思考を伴うものなのか、うまく想像できない。より正確に言うならば悪い
想像をすることしかできない。だから美琴は、見ているだけだ。自分と同じ服装の、自分とそっくりな後ろ姿を、
ただ見つめているだけだ。御坂妹と上条が何か話しているのを、竦んだように眺めている。
意図は明白だ。美琴は負けじと追いかけようと思って、でも、その足は動かない。心に相反して彼女の身体は動か
ない。足も膝も関節も腰も、まるで傷付くのを恐れて巣に留まるみたいに。
美琴は、怖い。上条に見られるのが怖い。その視線に自分がさらされてしまうことを、恐れている。美琴を
映した上条の瞳が、それが一体どんな思考を伴うものなのか、うまく想像できない。より正確に言うならば悪い
想像をすることしかできない。だから美琴は、見ているだけだ。自分と同じ服装の、自分とそっくりな後ろ姿を、
ただ見つめているだけだ。御坂妹と上条が何か話しているのを、竦んだように眺めている。
彼女は上向きに首を傾いでいて、彼はわずかばかりの笑みをこぼした。御坂妹が食べかけていたサンドイッチ
を、上条は特に抵抗する様子も見せないまま、食べる。軽い失望のような感触が胸に沁みた。浮かべるのはいつかの
ホットドックと、今日のお粥。
を、上条は特に抵抗する様子も見せないまま、食べる。軽い失望のような感触が胸に沁みた。浮かべるのはいつかの
ホットドックと、今日のお粥。
そうして美琴は気が付く。自分は自分の知る以上にあのシーンを大切にしていたのだと。身もふたもなく言う
ならば、あれは上条との関係がどれほど進展したかを示しているバロメーターなのだ。それを軽々と乗り越え
られて、その喪失感に、美琴は驚いた。
ならば、あれは上条との関係がどれほど進展したかを示しているバロメーターなのだ。それを軽々と乗り越え
られて、その喪失感に、美琴は驚いた。
でも、そんな美琴を置き去りにして、事態は加速する。美琴の視界には常盤台の制服を着た後ろ姿があって、
いまだサンドイッチを頬張る上条の顔を見ることができて、そこに、キスがある。右頬、少し背伸びをして、
彼女の唇が届く。一瞬の出来事で、彼だって最初何が起きたかはわからない。次第にそれを認識して、驚嘆
したふうにごくりと口の中のサンドイッチを飲み込む。
いまだサンドイッチを頬張る上条の顔を見ることができて、そこに、キスがある。右頬、少し背伸びをして、
彼女の唇が届く。一瞬の出来事で、彼だって最初何が起きたかはわからない。次第にそれを認識して、驚嘆
したふうにごくりと口の中のサンドイッチを飲み込む。
さっきの美琴のように喉を詰まらせて苦しむ上条をよそに、御坂妹は横顔だけこちらに向けて、美琴に目をやった。
相変わらずの無表情だったが、ほらほらどうだと言わんばかりの瞳が美琴を見ている。カッと頭に血が昇るのを感じた
が、でも美琴はまだ呆然としたままでいて、御坂妹は病院の奥へ駆け出し、その場を去る。
相変わらずの無表情だったが、ほらほらどうだと言わんばかりの瞳が美琴を見ている。カッと頭に血が昇るのを感じた
が、でも美琴はまだ呆然としたままでいて、御坂妹は病院の奥へ駆け出し、その場を去る。
残されたのは、やっと苦しみから解放されて喘いだ上条と、ふつふつと腹に怒りをためる美琴だ。上条は御坂妹
の消えた廊下を不思議そうに振り返りつつ、美琴に近寄る。困ったような笑みを浮かべていて、美琴にはそれは
鼻を伸ばしてデレデレしているようにしか見えない。
の消えた廊下を不思議そうに振り返りつつ、美琴に近寄る。困ったような笑みを浮かべていて、美琴にはそれは
鼻を伸ばしてデレデレしているようにしか見えない。
「何だったんだろうな、今の?」
「……いふ、持ってる?」
「また先生が変なことでも吹きこんだんかね……って、ん? 何か言ったか、御坂?」
「財布は持ってるのかって聞いたのよ」
「へ? あ、いや。悪い、忘れてきた。どうかしたのか?」
「……いふ、持ってる?」
「また先生が変なことでも吹きこんだんかね……って、ん? 何か言ったか、御坂?」
「財布は持ってるのかって聞いたのよ」
「へ? あ、いや。悪い、忘れてきた。どうかしたのか?」
低い声音に、上条は慌てたふうに答える。裏を返せばそれは上条が美琴を頼りきりにしていたということでも
あったが、美琴はそこに気が付かない。据わった表情のまま自分の財布から高額紙幣を取り出し押し付けて、上条は、
わけがわからないままそれを受け取る。
美琴は腕を下ろすと、強くその手を握り込んだ。視線はさらに下に向いて、とうとう上条にはその表情が見え
なくなる。
あったが、美琴はそこに気が付かない。据わった表情のまま自分の財布から高額紙幣を取り出し押し付けて、上条は、
わけがわからないままそれを受け取る。
美琴は腕を下ろすと、強くその手を握り込んだ。視線はさらに下に向いて、とうとう上条にはその表情が見え
なくなる。
「御坂、どうした?」
「……」
「……」
答えず、美琴は深呼吸をする。次に勢いよく顔を上げて上条の瞳を睨むと、腕を振りかぶった。
「ちっちゃくて悪かったわねええぇぇ! この、馬鹿ァあああ!!」
鋭い破裂音が待合室に響いて、完全に無警戒だった上条はその場を吹っ飛んで倒れる。美琴はじんと熱を
持った手のひらで後ろ髪をかき上げて、そこにバチバチと音が鳴った。上条から背を向けて、つかつかと
病院の外へ歩いて行く。
持った手のひらで後ろ髪をかき上げて、そこにバチバチと音が鳴った。上条から背を向けて、つかつかと
病院の外へ歩いて行く。
素直になれない。
正直に言えない。
アイツは全然気づいてくれない。
だったら。
正直に言えない。
アイツは全然気づいてくれない。
だったら。
(いーわよいーわよ上等だわ。そっちがそんだけ鈍感振りかざすってんなら、私にも手の出し様ってもんがある
ことを見せてやろうじゃないの。そうよちまちま考えてちっとも前進しないんだったら、これはもう走り抜ける
以外にしようがないじゃない!)
ことを見せてやろうじゃないの。そうよちまちま考えてちっとも前進しないんだったら、これはもう走り抜ける
以外にしようがないじゃない!)
ぶっちぎった思考が、レベル5を誇る頭脳が、様々なシミュレートを開始する。冬を匂わせる秋風が美琴の
顔を撫でて、両頬の二筋分だけを執拗に冷たく責めた。美琴は立ち止まり手の甲でそれを拭うと、再び歩道を
闊歩する。
顔を撫でて、両頬の二筋分だけを執拗に冷たく責めた。美琴は立ち止まり手の甲でそれを拭うと、再び歩道を
闊歩する。
彼は自分を選ぶだろうか。想いは果たして実るだろうか。
嫉妬と愛憎が入り混じる時、ヤンデレールガンの物語は始まる――
嫉妬と愛憎が入り混じる時、ヤンデレールガンの物語は始まる――