「好敵手」のフリガナは
(はぁ…今日もあそこで一息つくか…)
御坂美琴は周囲に目を配りながら、目的地に向かう。
――美琴は、ロシアから始まった戦争の終結と共に、まさに時の人となっていた。
学園都市にも総攻撃の嵐は襲いかかってきた。
学園都市は内陸にあるため、地上戦にまでは至らず、ミサイルなどは科学力をもって封殺したが、
問題は侵入者による破壊行為である。ここにレベル5、御坂美琴と削板軍覇が立ちはだかった。
白井黒子と組んだ美琴は、怪しい動きをするもの全て、広範囲の微弱電撃で敵味方問わず麻痺させ、
電撃対策を行っていた敵や、個別の強大な敵は軍覇のチームに任せて、片っぱしから敵だけを捕縛していった。
そして戦争自体が短期間で終結し、学園都市に平和が戻ると、人々は不殺の精神で戦い抜いた美琴を大絶賛した。
特別にパーカー着用が認められ、帽子とで一応カモフラージュしてあるが、不自由極まりない状況に美琴はイラついていた。
しかしそれよりも。
(なんでアイツは帰ってこないのよ!)
イラつきの原因は、むしろこっちが上だった。
上条当麻の音沙汰がない。戦争が終わっても。
戦争の終結にはアイツが絡んでいる。ほぼ間違いない、と美琴は確信していた。
たまに学園都市の状況などを携帯で聞いてきたりしてきていたが、終盤からはもう連絡も取れなくなっていた。
(人の気も知らないで…)
色々と考え込みながら、小さな公園に向かう。以前、上条を探していたときに偶然見つけた公園だ。
そこのベンチで一人、落ち着くのが日課となりつつあった。此処で、親船最中が土御門に撃たれたことを、美琴は知らない。
(あら?)
先客がいた。学生服を着た男が、ふんぞり返るようにして寝ている。
(あちゃー、参った…な?)
まさか!?
そろそろと足音を消して忍び寄る。
(やっぱり…!)
思わず、美琴の涙腺が緩む。…上条当麻が、疲れたように眠っていた。
おずおずと隣りに座り、じっくり観察する。
もう何がキッカケで自分の想いを吐露してしまうか危うい状況の美琴であるが、相手が寝ているためか、落ち着いていた。
上条の顔には真新しい絆創膏が貼られている…それを見て、美琴はああ、と得心する。
(そっか、また入院してたのかもね…コイツのことだから)
上条を起こすべきか、美琴は迷っていた。
(起きたら…『おかえり』って言おう。で、でもその後なんて話したら…)
「見~つけた!」
ガバア!と上条は跳ね起きた。
声をかけてきた黒髪の女の子を見て焦りの表情を浮かべ…視界に入ったのか、横を見て美琴の顔を見つめる。
やにわに、上条は美琴の肩に手を回してきた!
(えっ!?)
「御坂わりい、合わせてくれ、あとでなんでもする」
耳元に顔を近づけ、小声で話しかけてきた上条に、美琴は一気に沸騰寸前になる。
美琴の返事をまたず、上条は向かいの女の子に話しかけた。
「なんでここまで追いかけてくるんだよ、レッサー」
「その子は誰ですか?トーマが言っていた、大事な人?」
「そうだよ。日本に大事な人がいるから、付き合えないって言っただろ」
不思議な女の子…というかあの尻尾は何だ?ウネウネと意思を持ったように動いている。
つかつかと至近距離に近寄ってくると、美琴の前に立ちはだかった。
青っぽい色のミニスカート。年は同じくらい?長い黒髪は、先端の方だけ三編みにしている。愛嬌のある可愛い子…
「わたしはレッサー。イギリスから来ました。あなたは?」
「み、美琴…ミコト=ミサカです」
「レッサーも聞いただろ、学園都市を守りきった女の子がいるって。コイツだよ」
「この人ですか…」
「え、何?そんな話になってるの?」
「お前な、ロシアの特殊部隊を大混乱に陥れてたんだぞ。
侵入させたら次から次へ捕まるわ、情報機器は片っ端から壊されるから通信は遮断されるわで、何もできなかったらしい」
「あらー…」
「な、レッサー。確認できたんだから、…俺のことは諦めてくれ。本当に申し訳ないけど」
ウネウネ動いていたレッサーの尻尾がぺたんと地面に落ちる。
「わかりました…」
肩を落としたレッサーが背中を向ける。
(失恋…私のせいで。しかも本当の恋人じゃないのに…)
「あ、あの待って! え、えーと、日本の夜店って興味ない? いまちょうどやってるんだけど、行かない?」
「ヨミセ…?」
「お、おい、みさ…いや、美琴。何を…」
「えと、そのたまたま私の方がコイツと先に出会っただけでさ…別に私たちが仲悪くする必要はないかな、なんて…」
「…」
「滅多にない機会だし、遊ぼうよ、って思ったんだけど…やっぱ恋敵じゃ、楽しめないわよね、あは、は…」
「…行きましょう」
「え、いいの?」
「日本の思い出が失恋だけでは悲しすぎますから。楽しいことなら、ぜひ」
「よーし、じゃあ行きましょ!」
美琴は立ち上がり、指で方向を指し示して、2人は並んで歩き出した。
(何だこの展開は?)
上条は首をかしげつつ、後を付いて行く。
「私のことはミコト、でいいから。気になってるんだけど、その尻尾…何?」
一端覧祭がもうすぐ行われるため、気の早い夜店の屋台が、準備もかねて郊外で出店し始めている。
本番になると混みすぎるが、試運転中の今ならヒマな学生ぐらいしか来ない。
今はそこに至る広い土手の上を歩いている。
「これは霊装といいましてですね…ジャンプの制御に使ったりするんです」
「…ジャンプ?」
「そうですよん。見てて下さい」
レッサーは少し離れると、さほど力も入れずに身の丈を超える垂直ジャンプを見せつけた!
「ひええ」
「着地にこの尻尾使わないと、バランス崩れるんですねー」
と言いながら、シュルルっと尻尾を太股に巻きつけて収納する。
「なんかマンガチックでカッコいい…」
「ミコトの力は何か見せてもらえませんか?」
美琴は振り返って上条をちらっと見る。
上条は肩をすくめると、大きく距離を取り、キャッチャーのような格好を取る。
「折角だから最大出力でいきますかあ!」
「ちょ、ちょっと待てー!!」
ブゥン…と美琴の周りを青白い稲妻が取り囲む。
レッサーは目を見張ってこの様子を見つめている。
やがてバチバチッと放電し始め、右手を上条に向かって放つと、稲光が真横に上条へ突き刺さった!
バシュウウウ!幻想殺しがものの見事に打ち消す。
「凄いミコト!スゴイスゴイ!」
「で、それを正面から止めるのが、アイツなのよね…」
そう言いながら、次は砂鉄を集めた磁力剣も作ってみせ、その辺の草を切り飛ばしたりしてみせた。
レッサーも先の戦争で幾人もの怪物たちを見てきている。
目の前の女の子が、それに渡り合える力を持っていることに驚いた。
「トーマの恋人足りうるには…こういうことですね」
少し寂しそうに呟くレッサーを見て、上条と美琴は複雑そうに顔を見合わせる。
屋台に着くと、2人は和気あいあいと上条そっちのけで楽しみだした。
レッサーも美琴の力を目の当たりにして、素直に美琴を受け入れているようだ。
ちょっと友達にしては堅苦しい日本語の会話になっているが、むしろこれはレッサーの日本語力を褒めるべきだろう。
輪投げや射撃を楽しんだり、おそるおそるたこ焼きを食べたりしているレッサーの姿を見て、
上条は美琴に感謝の念で一杯だった。あのまま別れていれば、上条もずっと心残りだったろう。
(それにしても、だな)
なぜ御坂美琴があれほどまでに、レッサーに気を使うのか…失恋への同情にしては?という疑問がわく。
『ちょっと綿あめ買ってくるね、行こっ』という声に頷きながら、
上条はフェンス越しにライトアップされた橋などを眺めつつ、あれこれと考えていた。
綿あめの出来る過程を、2人して眺めていた。レッサーは目をキラキラさせている。
「あのね」
「なんですか?ミコト」
「誤解してると思うから、はっきり言っとくね」
「はい?」
「私とアイツは恋人じゃないからね。大事な人の一人、ではあるみたいなんだけど。」
(あーあ、言っちゃった。なんでライバルを勇気づけちゃうんだろ、私)
でも、友達に誤魔化しなんてできない…きっと後悔する。
その時、作っていたオジさんが、レッサーに綿あめを渡す。
「…ミコト、とりあえず食べましょう」
「う、うん」
上条のところには戻らず、近くのフェンスに2人もたれかかり、一つの綿あめを、2人してちぎっては食べる。
「こ、この食感は…」
「甘い~。ああ、ウェットティッシュあるからね」
少し無言で食べ続けた後、レッサーはぽつりと漏らす。
「ミコトは、ずるいですねー」
「…ごめんなさい。誤解させるような話し方、わざとしてた」
「違います。トーマがあなたを選ぶことを信じてるから、正直に話した。でしょう?」
「そ、そんなことない!ちがうちがう!だって私がアイツの事好きってことすら、アイツは知ら…」
美琴は顔を赤くして最後の方は口ごもる。
レッサーは笑みを含んだ顔で、
「告白すらしてないのですか?」
「……うん」
「じゃあ、今日彼に好きって言いましょう。そうしたら、ずるいって言葉取り消してあげます」
「む、無理無理!言えたら苦労してないわよ!」
「うーん、日本人の美徳、よく分からないですねー。」
その時、ピンポンパンポ~ンとアナウンスが入った。
『あと10分ほどで、打ち上げ花火の試し打ちを行います。3発打ち上げの予定となっております』
「お~、HANABI!」
「あ、良かったわね。いい思い出になるかも。じゃあ戻りましょ」
美琴は話がそれたのでホッとしていたが、レッサーはうつむきながらニヤリと笑っていた。
上条は戻ってきた2人を見つけ、手を振る。
「お前ら、すっかり仲良くなっちまったなー。いいことだけどさ」
「花火のアナウンス、聞いた?」
「そりゃ聞こえるだろ。見るのにいい場所知ってんのか?」
「うん、夏に一度来た」
美琴は、以前佐天涙子に教えてもらった花火ウォッチの穴場に案内した。
見た限り、貸切状態だ。
「あと5分ぐらいってとこか?」
「そうねえ」
夜風にあたって気持ちよさそうにしていたレッサーが振り向き、上条に話しかけた。
「そういえば、確認していなかったことがあります」
「ん…確認?」
「あなた方が恋人同士である、証明です」
上条の顔が引きつった。美琴も口をぱくぱくさせている。
「恋人なら、キスは当たり前…ですよね?キスなんてどうです?」
「に、日本では人前のキスは厳禁!ダメです!」
「ふ~ん」
レッサーは上条にやれやれと肩をすくめつつ、更に言いつのる。
「じゃあ、愛の言葉でいいですよ…さすがにそれは構わないでしょう?」
「うっ…」
「ちょうど花火だそうですし、打ち上がるのと同時に、ミコトへ愛の言葉を囁く。う~ん、ムード満点♪」
上条はおそるおそる美琴を眺めやる…美琴は口を引き結んで真っ赤になっている。
「あれ?どうしたのです?何か問題でも?」
「い、いや!じゃ、じゃあ美琴、あの前まで行こうぜ。」
「…」
上条はぎくしゃくしながら歩き始め、美琴はおずおずとついていく。
「御坂すまん…もうちょっとの辛抱だ…まだ演技たのむ…」
小声で上条は囁く。
「わ、私は何でも。頼まれた以上、合わせるわよ」
美琴の夢の一つに、プロポーズ後に海辺で花火があがるという少女趣味なモノがあるが…美琴はそれを意識せざるを得なかった。
「それじゃ、私は特等席で聞かせて貰いますよん」
レッサーは1メートルほど離れた場所でしゃがみこんだ。尻尾もウネっている。
「せめて、相手の腰に手に据えるとか…その距離はありえないでしょう?」
上条はもうどうにでもなれの心境で、美琴の腰に左手で手を添える。
その途端。
美琴の体からバチバチッという音が聞こえ…
慌てて上条は美琴の左肩に右手をおき、漏電を抑える。
「お、怒るなって。すぐ終わるからさ」
小声で美琴をなだめるが、勿論美琴の心理状態は真逆だ。
「…うん、怒ってない、大丈夫」
ピンポンパンポ~ン♪
『それでは、打ち上げ花火の試し打ちを行います。3発続けて打ち上げいたします』
上条は心のなかでリハーサルを行う。
(ま、これなら演技っつっても嘘ってほどじゃないから、無難だろう)
ヒュルル~~ヒュ~ヒュ~
「美琴、一生お前を守り続けるから…一緒に行こうな」 ドンッ!
「うん、ありがとう…当麻、大好き…」 ドドン!
レッサーはパチパチパチ!と拍手し、
「すごいっ!感動したよ!これで私も心置きなく帰れる!」
上条は左手をおろし、右手を美琴の肩においたまま、軽口を叩こうとした、が。
美琴の様子が変だ。何かを必死に堪えるような表情をしている。
レッサーが立ち上がり、美琴の左肩に手を置き、顔をのぞき込む。その途端。
美琴はレッサーにすがりつき、顔をレッサーの胸にうずめた。
「レッサー、ありがとう、ありがとうぅ!大好き!」
「ミコト、ずるいは取り消してあげるね!私も大好き!」
美琴はレッサーの胸で感動の余り泣き続け、レッサーは美琴の頭を撫で続けた――
この日は、御坂美琴は一つの夢を叶えたと同時に、同年代の親友と呼べる存在を、初めて手に入れた日となった。
おしまい。