とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part12

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超電磁砲の記憶


 その二人は、三人から見えない席から会話を聞いていた。
 白井の背後から三つ目の席で、二人は隣同士になりながら、イヤホン越しから聞こえる三人の声に顔をにやけさせていた。他人から見れば、変質者同士に見えるが、この席を頼んだのはそれの対策でもあり、三人に存在を気づかれないようにするためでもあった。
『認めるっていってもな。俺はまだ、美琴のことを好きだとは思えてないし』
『でも、恋人になるって言ってくれたじゃない? だから片思いでも、私たちは恋人よ』
「ねえ聞いた聞いた? 恋人だってよ」
「はい! ばっちりと聞きました!」
 二人は今にも立ち上がって周りの誰かに言いふらしたい気分を押さえ、上条と美琴の会話を聞いていた。二人は少女であったため、この手の話題には敏感だ。しかも、有名な常盤台のお嬢様けん友人の御坂美琴の恋愛話となると、興奮はさらに高まった。
 以前から二人は、美琴には想い人がおり何度もアタックしようとしていることを知っていた。だが毎回それは空振りに終わるという不器用な恋愛をしていたことも知っていた。そんな美琴がその彼と結ばれるとなっては、二人は動くことも黙っていることも出来なかった。
「上条さんってあの有名な無能力者の"上条当麻"さんだよね。だったら、学園都市始まって以来の、最強のカップルになると思わない?」
「思います思います! これ、スクープにしたら学園都市中が大騒ぎになること間違いなしの大スクープですよ」
「うんうん! 本当によくやってくれたよ、初春」
「いえいえ。今回はたまたまですよ、たまたま」
「それでも、よくやってくれたよ。おかげで御坂さんの恋人話が聞けるんだから」
 初春と呼ばれた少女は、ノートパソコンに刺さったイヤホンの片耳をつけながら興奮した笑顔で隣の少女に答えた。隣の少女も、そうだよねと仲がよさそうに笑って答えると、イヤホンの音量を一つ上げ、耳につけたイヤホンから会話の続きを聞き取った。
『…………そういえば、お前も昨日ほど恥ずかしがったりしてないな』
『そういうアンタこそ、私のこと名前で呼んでるじゃない』
『そうか? 俺はいつも通り、御坂って言ってるだけだけどな』
『いいや! 確かに名前で呼んでたわよ。黒子も聞いてたでしょう?』
『え、ええ。上条さんはお姉様を下の名前で呼んでおりましたわ』
「くぅ~、映像がないのが残念だな。きっと今の御坂さん、デレデレな顔してるんだろうなー」
「さすがにそれは難しいですよ。白井さんに盗聴器を仕掛けられただけでも奇跡なんですから」
 初春は盗聴器越しから聞こえる二人の顔を想像しながら、隣の少女に苦笑いしながら答えた。隣の少女は、それもそっかと納得するとすぐに会話の続きを聞き始める。

『無意識に呼んでんのっかな? でも名前で呼べてるし、それだったらそれで、いいんだけどさ』
『よくない! アンタは私のことを呼ぶとき名前固定! そうじゃないと、らしくないでしょ?』
『らしくないって…だったら、お前も俺のことを名前で呼べよ。いつまでも"アンタ"って言うのは卒業しろ』
『なっ!? あ、アンタはアンタでいいのよ。名前でなんて……そんな』
『よくねえよ! なんで俺が名前を呼ぶのにお前は呼ばねえんだよ。それがお前の言う『恋人同士』じゃないのか?」
『うっ……それは……そうだけど』
『だったら言ってみろ、御坂。上条さんの下の名前を』
『あっ…………ううぅっ』
「初春初春初春!! 映像! どうにかして御坂さんの顔を見る手はないの!?」
「ないですって、佐天さん! あったら、最初からやってますよ!」
 隣の少女、佐天涙子は真っ赤になった美琴を想像して、興奮のあまりソファーを叩いた。歯がゆいと言っているのが、仕草からも表情からも嫌というほどわかる。初春も同じ気持ちであるが、佐天の猛烈な抗議にそこまで興奮できなかった。だが、興奮しなかったせいか、初春はあることを思いつき、ノートパソコンのキーボードを高速で打ち始めた。
「あれ? 初春、何か思いついたの?」
「はい。映像が見れないなら、映像を盗めばいいんです」
 そういった直後に、ノートパソコンの液晶にはなんと上から見た二人の光景が表示され、初春はその映像が良く見えるようにズームした。
「初春、これって…」
「はい。このお店の監視カメラの映像です。この程度ならものの三十秒でちょちょいのちょいですよ」
 見つかったら大変ですけどと、持ち前のハッキング能力を駆使し、初春は自慢げに言った。この程度のことは『守護神』(ゴールキーパー)と呼ばれた初春からすれば、パソコンの起動時間よりも早く出来ること。しかも、ここはただのファミレス。監視カメラのコントロールを奪うのは、簡単すぎてあくびをしてしまいそうなほどで楽な作業であった。
 佐天は親友の働きにグッジョブと親指を立てると、パソコンに映し出された二人を見た。そこにはいつも通り、緩そうな表情をしている上条と真っ赤になって俯く美琴の姿があった。
「うわぁーこれが御坂さん? いつもよりも乙女」
「私たちの前ではこんな顔、見せませんからね。って、あれ?」
「どうしたの、初春?」
「佐天さん……白井さんは?」
 初春は映像の下を指すと、向かい側に座っていたはずの白井の姿がなかったことに気づいた。だがおかしなことに、盗聴器からの声はイヤホンから届いてる。白井に仕掛けたはずなのに、盗聴器からの音は聞こえる。
「あれ? さっきまで声は聞こえてたのに…って、う、初春」
 疑問に思っていた佐天であったが、ふと初春を見て、その謎が明かされた。
 佐天は初春の奥、廊下側を指差しながら真っ青な表情になっていた。なんとなくだが、初春はその方向からピリピリした何かを感じたような気がした。しかも、よく身近で感じる感覚であった。
「えっと……さ、佐天さん。その、逃げられるでしょうか?」
「初春、あの人から逃げられないってことは、初春自身が一番良く知ってるはずじゃない?」
 そうでした、と初春は冷や汗を流しながら無理に笑った。
 佐天の指した方向に誰がいるか、言わずとも初春にはわかっていた。でも、振り向いてはいけないような気がしたので振り向けなかった。いや、振り向いたらあの人はどんな顔をしているか、想像しただけで振り向く勇気もなかった。

 現在、上条と美琴の向かい側の席には窓側から、初春、白井、佐天の順に座っていた。
 白井がいなくなったことに気づいてすぐ、通路から聞こえた断末魔のような叫び声のあと、追加された二人は上条に自己紹介を終えことの経緯を話した。上条はそうですかと、若干照れながら答えるが美琴は再起不能の放心状態になった。恥ずかしいのレベルが、一定値を超えてしまっていたのだった。
 上条はその間は漏電の可能性があった電撃姫こと美琴の手を、右手で握っていなければいけない。これが二人きりなら問題なかったが、この席には白井と初春、佐天がいる。美琴が復活するまでの間、上条は常に三人に見られ続けなければならない一種の羞恥プレイを課せられたのだ。
「………………」
 逃げられるのなら、どこかへ逃げ出してしまいたいが、目の前の三人は決して逃がしてくれないだろう。しかも肝心の美琴はこの調子であるため、一人で逃げることも出来ない。
 不幸だと呟いて、早く起きろと心の底で念じながら三人と向き合ってみた。
「うっ……!」
 三人の反応は二種類。一人はお前を殺してやると上条に殺意を出すものと、残りの二人は自分たちの様を見て面白おかしそうにニヤニヤと笑っているものたち。
 殺意を出している一人、白井はこの類人猿がとこの若造がを繰り返し呟きながら、自分の私物である金属の矢を持って今にも飛び掛ってきそうだ。だがどこかで自制が働いてなのか、ただ単にまだしないだけなのかわからないが、襲いかかってこない。それでも上条からすればとても怖いし、命の危険を感じる相手であった。
 そして残りの二人、初春と佐天は握られている手をチラチラと見ながら、ご関係に興味ありますと目を輝かせていた。白井とは違ってこちらには恐怖も殺意も感じられないが、代わりにキラキラと輝く興味の視線は襲い掛かってこない白井よりも厄介であり、この次の展開も容易に予測できた。
「そ、それで……何を訊きたいんだ?」
 言った途端、初春と佐天の手がほぼ同時に上がった。それに上条は引きつった笑みで答え、正面にいた佐天を指名すると、よしっとガッツポーズをして、こほんと言って一呼吸置くと、佐天は上条さんと言って、
「御坂さんとはいつ恋人になったんですか!?」
 好奇心を抑えきれない子供ように、佐天は身を乗り出して上条に訊いた。指名されなかった初春も、私も訊きたいですと佐天のように身を乗り出してきた。残った白井は、殺すッ! 絶対に殺してやる! と上条への殺意をまた大きくしながら、金属の矢の手入れをしていた。
 上条ははぁーと大げさにため息をつくと、隣でまだ放心状態の美琴を確認して重かった口を開いた
「三月二十九日に、こいつから『恋人にならない?』って言われたから、恋人になった。告白とかは特に受けてないぞ」
 上条はありのままのことを振り返りそう答えると、佐天は少しだけ驚いた。
「え…? 好きでした、って言われる告白で恋人になったわけじゃないんですか?」
「まあ、告白しようにも上条さんも美琴も色々と事情がありまして、はい」
 上条は自分の記憶をごまかしながら答えると、初春と佐天はそうですかと納得出来ない表情を作って答えた。
(昨日、読んだ記事には俺の記憶喪失のことが載っていなかったから、念のためにごまかしてみたけど。正解だったようだな)
 上条は仕込んでおいたごまかしが成功したことに安堵した。美琴の友達とはいえ、記憶のことを全て知っているとは限らない。それに記憶喪失になりましたなんてことは、言いふらすものではない。なので、上条は美琴の補足が入らない限りは、自分の記憶のことは黙っておくことに決めておいたのだ。
 昨日の記事にも、自分の名前は載っていたが入院や記憶のことは書いていなかった。つまり一部の人間のみにしか自分の記憶のことは知られていないと予想して、昨日のうちに隠す方向へと考えを進めていたのだ。

 白井に関しては、美琴が補足したので素直に頷いたが、この二人はどうやら記憶どころか入院していたことも知らないようであった。俺のことは詳しく知らないのか、と上条は疑問に思ったので、今度はこちらから思い切って訊いてみることにした。
「じゃあ上条さんからも。二人は上条さんのことをどれぐらい知ってるんだ?」
「そうですね……学園都市を救った無能力者ということは知ってます。あとは、御坂さんの気になる相手ということも少し知ってましたが、こうして会うのは初めてです」
「私も佐天さんと同じで、こうやって会うのは初めてです。ですが私は風紀委員なので、佐天さんよりは少し知っている自信があります」
 初春は自分のノートパソコンを取り出すと、キーボードを打ち始め、検索をかけた。その間、初春の素早いキーボード捌きにしばしば目をとらわれていると、隣からがさがさと動くような音が聞こえた。
「……あれ? また気絶しちゃってたんだっけ?」
「それぐらいわかれば十分だな。まったく、迷惑ばかりかけるやつだ」
 美琴が起きたのと同時に、上条は右手を離し、やっとあの羞恥プレイから開放されたと長かった拷問に耐え切った開放感を味わう。先ほど注文したコーラを一口飲んで、大げさにはぁーと息をつくと急激に疲れが出てきた気がしたので、椅子に深く腰をかけて天井を見上げた。
「なんで、そんなにおやじ臭いことをしてるわけ?」
「お前が言うな!!!」
 お笑い芸人を真似て頭を一発叩いてツッコミを入れた。何するのよと怒り出した美琴を無視して今度は小さく息をついた。すると、上条さんと初春に呼ばれると、パソコンのディスプレイの画面を向けられた。そこには自分の写真と細かいデータが記されていた。
「えっと…これは?」
「書庫(バンク)にアクセスした検索結果です。情報処理は私の専門分野ですので、これぐらいのことは簡単に検索できるんですよ」
 というと、画面が様々に移り変わっていく。学歴と能力、さらには関わった事件のことも書いてあった。それを見ていた隣の美琴はどんな顔をしているのか気になったが、きっと想像通りの顔をしていそうだったので見るのをやめた。
「……なるほど。でもこんなところで書庫にアクセスしてもいいのか?」
「権限は持ってますから。それに細かな部分までは検索をかけなかったので、特には問題ないと思います」
 そうか、と納得しながら上条は大雑把であるが書庫に書かれているデータを見た。細かいことは、美琴の作った記録に載せられているものでカバーすればいい。だが、こういった情報から得られる情報と比べてみるのも、自分の記憶探しにはもってこいのことだ。
「………………」
「えっと、上条さん?」
「あ、悪い。書庫を見る機会ないもんで、少しばかり夢中になってた」
 はぁと初春は納得するが、上条にはその声が聞こえてこない。真剣に、表示されているデータを一つずつ一つずつ読んでいく。その作業は勉強に集中する学生のようであったので、初春は上条の表情に少しばかり疑問を持った。
「ねえ佐天さん。書庫にあるデータって、あんなに真剣に見たいと思うものですか?」
 小声で、近くにいた佐天に話しかける。ちなみに、真ん中にいる白井は、殺す! 絶対に殺す! と絶賛暴走中であったため、聞こえていない。
「あたしは特には思わないけど。でもほら、上条さんって初春みたいな情報通な友達がいないのかもしれないじゃない? だから珍しいものだと思って見ちゃうんじゃないかな」
「そうですか? 情報なら御坂さんがいると思うんですけど」
「言われてみればそうだね。でも、御坂さんにお願いしてまで書庫を見ようと思わなかったけど、いざ見てみるとなかなか興味深いことが書いてあった、とか」
「ですけど、書庫にあるデータって大体自分が知っていることですよ? まあデータそのものに興味があるかもしれませんけど、あそこまで真剣になってみるものでしょうか?」
 佐天の言ったことは初春にも理解できる。書庫のアクセスと言うのは、一般人が行うことはほとんどない。それ理由としてはアクセス権限とプライバシー、正当な理由がないためである。
 書庫へのアクセスは一般人には不可能、ではない。だがアクセスするにはいくつかの手順を踏まなければならない事実もある。その事実を省いてハッキングする美琴のような人物もいるが、それも一応一つの手である。
 だが上条にはハッキング能力もなければ、美琴に頼んだようなこともしていないそうだ。つまり興味本位で見ようとは思っていなかった。だが今の上条の目は興味などではなく、もっと別の物を持っているように見える。まるで"偶然に探していた情報が見つかった"かのように、事件の手がかりを探す風紀委員のようであった。
 初春はそこに疑問を抱いたのだ。そして、佐天の話を聞いた限りではその疑問が解けなかった。
「なんだか上条さん。事件を捜査する私たち、風紀委員みたいだと思いませんか?」
「言われてみればそうだよね。御坂さんや白井さんの時と、似たような表情をしてるよね」
「………何か探し物でもあったのでしょうか?」
 初春は直接本人に聞こうと思ったが、ややこしい事になりそうだったのでやめることにした。
 一方の上条は見ていくうちに、少しずつだが自分の知らなかったことを知っていく。意外といろんな事件に巻き込まれてるんだなと、感心してしまうのと同時に今の自分の環境にズレを感じ始めた。そして、最後にたどり着いたのはやはり二月の事件。データはそこで終わっていた。
「……………………ありがとう、初春さん。つい夢中になっちまった」
「あ、いえ。なんだかお役に立てたようだったので嬉しいです」
 パソコンの画面を初春の方向へと戻すと、上条は氷が解けてしまったコーラを飲みきった。少々薄味になってしまっていたが、水分補給になったのでそのあたりはあまり気にはしなかった。それに、飲みきったおかげで少しばかり頭が冷えたような気がした。
 ふいに上条は白井と呼ぶと、ちょっと付いてきてくれと席をたった。
「アンタ、黒子になにか用があるの?」
「まあ、ちょっとな。秘密の用事だ」
 そういって上条と空間移動で出てきた白井は席を後にした。
「何よ、アイツ」
 言うだけ言ってどこかへ行ってしまった上条に、愚痴を言いながら注文しておいたミルクティーに口をつける。美琴のミルクティーはミルクを全て入れ、少しばかりのシロップを含ませている。本当はシロップは入れなくてもよかったのだが、今日は入れてミルクティーを味わってみたので普段より甘みがあったが、特には気にはならなかった。
 優雅にミルクティーのカップを置くと、何があったのと初春と佐天に質問してみたところ、
「御坂さん」
「御坂さん」
 二人はいっせいに身を乗り出してきた。さすがのことに、美琴は驚き後に引くが、接触するまではなくテーブルの半分で止まった。それでも身を乗り出してきた二人は、自分を押しつぶすほどの勢いがあるように思えたので後に引いたまま、どうしたのと訊くと二人はさらに身を乗り出してきて、聞きたいことをばんばん言っていく。
「告白してないってどういうことですか?」
「御坂さんならずばっと告白するのがセオリーじゃないんですか?」
「好きって言えてないんですか?」
「恋人になってとは言えても、自分の気持ちは伝えられないんですか?」
「上条さんが好きじゃないんですか?」
「上条さんと本当の恋人になったんじゃないんですか?」
「え…? え…?? ええーー??!!」
 一気に質問されて美琴は混乱するとの同時に、アイツは何を話したのよと席を立ってどこかへ行ってしまった彼氏に腹を立てた。また彼氏が席を立った理由がわかったような気がしたので、とりあえずあとで電撃と雷撃の槍を浴びせようとひそかに決意した。
 しかし、それよりもまずはこの状況である。美琴はなぜこうなったのか現状を理解できていなかったので、どういうことと二人に説明を求めると、代表して佐天が話を始めた。
「あたしが上条さんに『御坂さんとはいつ恋人になったんですか』って訊いたら、上条さんは『告白は受けてない』って言ったんですよ。なんでも御坂さんが『恋人同士になって欲しい』と言っただけで、恋人になりましたって感じでしたけど、本当ですか?」
「……………まあ、間違ってはいないかな」
 美琴は少しだけ沈んだ表情で答えると、佐天はそうですかと言って、身体を引いた。
「アイツもアイツで色々とあってさ。それでもなりたかったら、なってくれたって感じかな」
「でもそれって……悲しすぎませんか?」
「そうかもね。でも…そうしなければならない事情があったから」
 佐天の説明通り、上条の言ったことは間違ってはいない。そして初春の言ったとおり、悲しすぎる。でもこれは仕方のないことだと、美琴は自分を無理に納得させた。
 記憶を失った人間との恋は、他人から見れば悲しいものなのだろう。好きであったはずの相手から、何もかも忘れ去られる絶望は上条と出会った直後に体験済みだ。さらに好きと言っても、答えられないことは知っていても苦しく悲しいものだ。
 逆に上条であっても、いきなり他人と出会うことと好きだと言われることは驚きや衝撃、戸惑いや苦痛など美琴以上に様々なことが伴うことだ。もしかしたら、美琴の味わった絶望よりも大きなものを感じてしまっていたのかもしれないが、その気持ちはどんなに頑張ろうとも美琴には理解できない。
 今思い返してみれば、三月二十九日はお互いに辛い日、もしかすれば人生最悪の日だったのかもしれない。お互いに絶望を味わい、愛情を伝えても答えられない答えてくれない苦痛は、お互いに忘れられない傷になったのは間違いないだろう。
 でも、それでも上条は頷いた。自分の片思いになっていると知りながらも、『後悔するなよ』と言っておきながらも美琴と恋人になった。きっと上条には一方的な片思いの相手と恋人になるのは、とても辛いとわかってるはず。なのに上条は自分を好きになろうと努力してくれている。美琴を一人の女の子として意識して、好きになろうとしている。
 この先にどんな出会いや出来事があるのかわからないのに。自分と言うものをまだわかっていないはずなのに。それでも上条は美琴を好きになろうと努力しようとしてくれている。それがとても嬉しかった。
「え…? 御坂さん?!」
 慌てた初春の声にどうしたのと美琴は驚いた。すると初春は、涙がと答えたので美琴は自分の目頭辺りを撫でてみた。
「あれ…? なんで泣いてるんだろう?」
「なんでって御坂さん、どうしたんですか? もしかしたら自分でもわからないんですか?」
「あ、うん。自分でもなんで泣いてるのかよくわからない」
 悲しかったり苦しかったりもしなければ、嬉しかったり面白かったりもしていない。ただ佐天に言われたことを考えていただけだったのに、自分でもわからずに涙を流していたのだ。
 何故だか涙は止まらず、拭いても拭いても流れてくる。しかもなんで泣いているのかも自分でもわからないのだ。
「おかしいな。私、何もないのに。ただ話してただけなのになんでだろう…」
「………御坂さん」
「ごめんね。私にもなんでかよくわからないの」
 というと美琴は、お化粧を直してくるとバレバレの嘘をついて席を立った。
 今はこの場から離れないと迷惑がかかる。それにまだ泣き止まなそう気がしたので、美琴は少し駆け足でトイレに駆け込んで行った。
 それを見ていた友人二人は、後味の悪そうな表情をしながら美琴の背中を見ていた。
「なんだか複雑で大変そうな二人だね、初春」
「そうですね。御坂さん、とてもつらそうな顔してました」
「訊いちゃったあたしたちもあたしたちだったかな。今はすごく反省してる」
「はい。私も軽率だったと思います」
 二人が美琴を見ながら思ったのは、軽い気持ちで訊いてしまった後悔。初めは友人としてとても嬉しかったし興味があった。美琴が想っていた相手と付き合ったと聞いたときは、心から祝福した。だから上条と美琴に恋人はどういったものかを訊きたかった。
 だけど実際は想像していたものよりも、複雑で辛い結果だった。楽しそうな会話とは裏腹に、二人はとても大きな問題を抱え、恋人として成り立てていなかったのだ。それを知らずに二人は様々なことを聞き楽しんでしまった。その罪は知らなかったでは済まされないことだ。
「二月の事件あったでしょ。あの時の新聞の記事を見たときにさ、思った事があったんだよ」
 佐天はふいに初春にそんなことを語りかけてきた。それに初春はなんですか? と答えると佐天は寂しそうな表情で言った。
「きっと上条さんのいた世界って、御坂さんでも遠かったんじゃないのかなってね。無能力者の英雄(ヒーロー)と肩を並べるのは、レベルじゃどうにもならないほどに、ね」
「………なんとなく、わかります」
「あたしも上条さんと同じ無能力者だけど、やっぱりあの人は少しだけ世界が違う気がする。だけど」
 佐天はそこで言葉を区切ると、天井を仰ぎながら初春に語った。
「あたしたちと同じ世界にもいる気がする。上条さんと話して、そう思った」
「はい。私もそうだと思います」
 そっかと相槌を打って、ぼんやりと考える。
 上条と美琴、この二人は一体どんなことに悩んで苦しんでいるのだろう。恋人になれたと言うのに、なんであんなに苦しそうなんだろう。
 しかし答えを知らない佐天と初春は黙ってその行方を見ている傍観者、またはサポートする協力者にしかなれない。恋愛はその二人個人の問題だとわかっていても、自分の役目がそれしかできないとわかっていても、悔しかった。


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