とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part13

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超電磁砲の記憶


 上条と白井は、ファミレスから少し離れた大通りにいた。
 この時間は小さな子供が楽しそうに遊んでいるので、昨日のような危険はない。白井はもしものことを考え、入念にその場を観察して安全だと確認すると近くベンチに腰をかけた。
「大丈夫か? なんだか真剣な顔してたけど」
「お気になさらずに。昨日の風紀委員のしびれがまだ少し抜けておりませんの」
 そうかと納得すると、上条は自販機から買ってきたジュースを白井に一つ渡す。白井はそれを受け取って膝元におくと、隣にいた上条を見た。
 何を考えているのかわからない普段通りの表情は、一体何を考えているのか、白井にはわからない。だがいちいちここまで連れてきてまで自分と話すことといえば……。
「白井、いきなりで悪いが訊きたいことがあるんだ」
「二月の事件…ですか?」
 ああ、と上条は頷くと真剣な眼差しで白井に見つめた。
「美琴には悪いが、真実を知りたい。もちろん、白井の知っている真実でも構わない」
「だと思いましたわ。こんな場所まで来て話すことといえば。やはりそれだと予想できておりましたし。それに、いい機会ですの」
 白井は上条からもらったジュースを開けると、一口だけ口をつけた。幸い、飲めるものであったので特には気にならず話を折ることがなかった。
「本来ならお姉様が話すべきことですが、きっとお姉様は一生、抱え込んで話さないでしょう」
「どういうことだ…?」
「そういうお方ですの。ですが、貴方も似たようなお方ですわね」
 白井は読みきって上条に言うと、上条は視線を逸らし答えなかった。
(まったく。こういった部分は似たもの同士ですの)
 上条は美琴と同じで背負い込むタイプだ。絶対に話さないと決めことは絶対に話さない頑固な一面があり、事件に巻き込まれたりすると関係のない周りを巻き込まんと一人で解決しようとする。他人を思いやることが出来ても、他人から助けを得るのはどこか苦手。まるっきり男版の超電磁砲みたいだ。
 だからこの手の相手には、白井は慣れているつもりだった。接し方は少し違うが、根本的なことは美琴と似ていたのだから。
「貴方もお姉様には絶対に訊く気はないのでしょう? だからわたくしに訊きに来た。違いますの?」
「………悪い」
 上条は素直に謝った。それは認めることであり、白井に申し訳ないと思う心からの謝罪であった。
「お姉様に訊かない理由をお聞かせください。内容はどうあれ、それだけ聞ければわたくしもお話します」
 ジュースをもう一杯飲んで、白井は上条の出方を待った。すると上条は白井と同じようにジュースを一杯飲むと、床に視線を向けて神妙な表情になり、敵わないなと呟いた。
「簡単な話だよ。俺はあいつの暗い表情を見たくないんだよ。苦しそうで今にも泣きそうなあいつの表情をさ、俺が見たくない。それだけだ」
「……………」
 それを聞いて思ったことは、間違いだった。
 白井は上条の言葉を聞いて感じたのは優しさだった。人を思いやり、苦しませたくないと思う優しさ。だけど上条が抱いていたのはそれだけだった。そこには愛情もなければ異性として気遣う心持もない。言うなれば"他人の曇る顔を見たくない"だけなのだ。
 だけどそれは間違いだ。上条がここで抱かなければならないのは思いやる優しさではなく、御坂美琴という個人を悲しませたくないと思う愛情だと言うのに…上条はそれに気づいていないのだ。
「これで満足か、白井」
「え、ええ。ありがとうございます」
 だが心の奥では、違いますと言った。恋人同士となったはずなのに、上条の態度はいっさいの変化はない。それでは美琴が報われないと思った。がそれ以上に白井が感じ始めたのは、上条の歪みだったのだ。
(間違えて、間違えておりますわ、上条さん。それではいつまで経っても、お姉様を好きにはなれませんの)
 でも言ったところで変わらないのは、わかっていた。だから白井は言わないのではなく、言えなかったのだ。
 上条は個を第一ではなく、救えるもの全てを第一と考えている。そんな相手に『助けを求める人ではなく、お姉様を見てください』と言えるだろうか? 答えは否。上条の精神は、誰かを救うことにあるのだ。だというのに一人だけを見続けることはきっと上条には出来ないだろうし、言ったところで変わる問題でもない。むしろ上条は言われたことを意識しすぎる可能性だってある。
 だから白井は言えなかった。言ったらまた別の間違いを起こすことがわかってしまったから。
「白井? どうしたんだ、ぼっとして」
「あ、いえ。少し考えを整理しておりましたの。申し訳ありませんが、もう少しだけいいですか?」
 ああと上条が頷いたのを見て、白井は少しだけ息を整えた。
 間違えだらけの上条当麻。だがそれも上条自身であるのは、付き合いの中で白井はすでに知ってしまっている。
 言うことはとっくの昔に決まっている。ただ上条への整理の時間が少しだけ時間が欲しかった。どこでこうなってしまったのか、どうすればいいのか、美琴個人にどうすれば振り向いてくれるのか。
(わたくしは、無力…ですわ)
 でも答えはとっくの昔に、無力とだけ出ている。
 それがたまらなく悔しくて、白井は唇を思いっきり噛んだ。少しだけ血の味がした。


 トイレに入って、そろそろ五分が経とうとしていた。
 その間に人が入ってこなかったのは不幸中の幸いであったと、美琴は小さく安堵の息を吐いた。
 泣きやんだ顔は涙の流れたあとが少しだけ見える。美琴は鏡を見ながら、蛇口をひねって冷たい水でそのあとを拭いた。
「ははは……何やってるんだろう」
 実は美琴は上条の変化に気づいていた。
 今日の上条の様子は昨日と比べて、とても曖昧だったのだ。何が曖昧かというと、自分と上条との心の距離感が昨日よりも開いている。
 あくまで憶測の域を出ないことだが、上条が起きてからほとんどずっといた美琴だからこそ、その変化に気づいた。本当は気づきたくなかったのだが。
 だから今日の態度は、特にファミレスに入ってからは恋人らしくなかった。いや、友人時代に戻ったような感覚だった。
 そして、美琴は考えたくないことを予想してしまう。
「私だけじゃなく、色々な人を視界に捕らえてる」
 美琴は思う恋人と言うのは、特例がない限りは彼氏は彼女を、彼女は彼氏を一番に考えるものだと思っている。しかしその考えで行くと、上条は時間を重ねていくごとに遠ざかっていく。なぜなら彼は、彼女よりも救いを求めているものを第一に考えて生きてきたのだから。
 それに気づいてしまい、結局気づかされてしまう。彼女となっても上条は彼氏にはなれない。誰もが求める彼氏、美琴が追い求める彼氏には絶対に届かないのだ。
 だから上条は最低の彼氏。いや、彼氏ではなくただの偽善者(フェイカー)だ。
 しかももっとたちが悪いのは本人は一切気づいていないことだ。
 上条は自分は美琴を好きになろうと、恋人らしいことをしようと努力している。だが今日も会話や行動はどうだろうか。ホテルの一件は置いておいても、それ以外はマニュアルに従った通りにしか動いていない。言われたことを素直に行ない考えようとしていないのはまるでロボットのようだ。
 でも本人はそのことに気づかず、言われたことを行っていけばいいと思い込んでしまっている。そこには誰かを好きになろうとする恋愛感情的な想いは、ない。
 想いがないから上条は何にも気づけない。誰かを救いたいと思う心だけしか、そこにはない。
 そう『美琴の彼氏となって、美琴の願いを叶える』と思う心しか………。
「…………ははは。馬鹿みたい」
 自分も、それに付き合っている上条も…。
 自嘲しながら、美琴は水で涙のあとを消す作業を繰り返していた。何度も繰り返し、大体終わったところで一旦顔を拭いて、鏡を見た。
 瞳の赤みは消えきっていないが、それ以外はもう安心できるまで回復している。あとはこの赤みだが、これは時間とともに治していくしかない。美琴は目を擦ると、両頬を両手でぱちんと叩いた。
「よし! これで元通り」
 そう言い聞かせて美琴はトイレを出て、席に戻った。その胸のうちには上条には会いたくないと思う心が少しばかりあった。


 白井黒子は風紀委員だ。
 御坂美琴は超能力者だ。
 では、上条当麻はなんなのだろうか。
 二月の話はまずこの問いから始まった。
「俺はなんなのか、だって?」
「貴方は無能力者でただの高校生。そんな貴方が何故あの事件に関わったのか。本心は貴方にしかわかりませんが、貴方はすでに上条当麻の記憶を失くしてますの。ですから、憶測でも構いません。お答えください」
「上条当麻はなんなのか…………」
 白井が上条にこの質問をした理由は特にない。また答えてもらっても、大きな意味は持っていない。
 だが、意味はなくとも上条当麻の断片は見れる。つまり、上条本人が過去の上条の考えをどう考えるかを白井は少し知りたかったのだ。
「俺は多分、誰かが助けを呼んでいたから来ただけじゃないか? 俺がなんのかは、きっとそこまで重要じゃないんだと思う」
 やはりと白井は思うと、そうですかと上条に頷いてみせた。
 上条の答えは、白井の思い通りの答えであった。白井はこの問いの答えは特にないことはわかっていた。なぜなら、上条はどこにも属さないただの高校生。でもどこにも属さないから、自分のしたいことだけを行える。
 と、言ってもこれは美琴にも当てはまることだ。どこにも属さずに、自分のしたいことを行った。ただ唯一違うのは、誰かを救うために事件に巻き込まれたのではなく、上条の手助けをしたくて事件に巻き込まれた点であった。
 そして、その原因を作った本人は誰かが傷ついて欲しくなかったから、助けに行ったのだ。そこに助けて欲しいと願った意思はなく、助けたい・傷つけたくないと思う上条の意思だけが働いていた。
「では上条さん。貴方は"そう考えていた"と思いながら、わたくしの話を聞いてください」
 上条の眼を見ながら、白井は言った。返答として上条は無言で頷き返すと、白井は視線を前に戻し話を始めた。

 二月の事件は三月が見え始めた普通の平日の日に起こった。
 空は少々雲が目立ち、気温は冬らしい一桁台の朝。いつものように賑わう通学路には、学校へと向かう学生がいつものように歩いていた、街は賑わう前の静けさを保ち、道路には仕事場へ向かう大人たちの車が溢れ、電車は学生と仕事へ向かう大人たちが占拠していた。
 今日は変わった予定もなければ、世間でも重要な日でもない。ただの平日の朝であり、学園都市にとっても平日の朝……のはずだった。
「その日はわたくしもお姉様も、特に大きな予定はなくいつも通りに起きました。ですが登校するために部屋に出た時、地震、というよりも大きな爆発がおきましたの」
 最初の揺れは地震だと思ったが、揺れは一回だけでなく何度も起きていた。それが爆発音だと気づくと、美琴と白井はカバンを部屋に放り投げ、廊下を一気に走り抜けて寮の出口を出た。
 いつもと変わらないはずの外の光景は、街の方向からの煙で非日常へと変わった。美琴はすぐに煙の昇る街へ走って向かい、白井は美琴の許可を得て空間移動で先に街へと向かった。移動中で白井は、携帯で初春と連絡を取り情報を求めながら、空間移動をしていくと数分で煙の昇っている街の入り口に着いた。
「そこには大きな爆発の跡が残っておりましたわ。しかも、規模は並みの能力者の非ではありませんでしたの」
 爆発の後はクレーターとなり、周りにいくつもの跡を残していた。大規模な爆破テロでも、ここまで大きなクレーターとして残るわけはないとわかるほどの大きなくぼみを、白井は初春に写メで送ると、これぐらいのクレーターを残せそうな相手を探すように依頼した。
 これほどの跡を残せる能力者ならば、大能力者ではなく超能力者であってもおかしくのない。それに過去にあった『幻想御手(レベルアッパー)事件』のようなこともありうるので、情報はないにも越したことはない。白井は初春の情報を待ちながら、街の中へと歩いていこうとした。
 その時、無数の氷の針が白井に周囲に展開された。
 氷の針は視界だけでいくつかあるかわからない数であり、形状や大きさは個々別々。白井の金属矢ほどの大きさもあればその倍、その半分もある。形状も金属矢に似たようなものがあれば、とんかちのように平らな形状に、削りたての鉛筆に近い形状、さらにはナイフそのもののような形状と氷の針とは言いがたいものがたくさんあった。
 だが氷の役割は、相手を射殺すこと。決して生かさず、ありとあらゆるものを蜂の巣にするために、周囲に展開された氷の針は音も立てずにいっせいに白井に襲い掛かった。
 しかし、展開後に襲い掛かった氷の針よりも白井の空間移動の方が二秒以上も早かったため、針は誰もいない空間だけに襲い掛かり、白井を射殺す効力を失った。
 空間移動後、白井は太ももに装着しているホルダーに手を置き、いつでも針を空間移動させる手はずをそろえた。そうしている間にも、第二陣の氷の針がいっせいに白井の周囲に展開された。今度は数は少ないが、さきほどよりも鋭利な針が増え殺傷能力をあげていた。さらに展開された針は展開しながら形状を作り、白井に襲い掛かる一秒前で完成される計算となっていた。
 それも空間移動で避けるが、今度は一秒前後での空間移動だった。さきほどよりも寸前であったため、白井は空間移動を繰り返し、街の中をあらゆる場所に空間移動して相手を探す。
 店の看板、自販機、車の上、歩道橋など着地が可能な場所であれば、白井は空間移動は可能。ならば道をまっすぐに進むのではなく、ジグザグに位置をずらして進んでいけば、攻撃までの時間は多少稼げる。さらに一応、相手を探すことにも繋がるはずだ。
 だがあくまで一時しのぎ。展開される氷の針には空間移動をしたさきに待つのではなく、空間移動を終了し移動する一秒未満の時間で氷の針は展開されてきた。それが二度もあったので、三度目は時間の問題だろう。
 などと考えている間に、三度目が展開された。今度の氷の針の形状と数は二度目と同じだが、展開方法はさきほどよりも全然早い。というよりも、白井と展開された氷の針の距離が一気に近づいていたのだ。
 やばいと心の中で焦りながら、間一髪のところで白井はそれを回避した。だが、今度の回避は完全な回避でなく、致命傷を避けられただけの回避であった。
 空間移動後、白井は右肩に一本、左腕に三本、右の拗ねに一本、左の足の裏に二本ほど刺された痛み走ったが、直撃する寸前であったので数センチだけの傷であった。他にも左頬、わき腹、太ももにかすり傷をつけられたが、それはたいした痛みではなかったので特には気にならなかった。
 それよりも痛かったものは、三度目にしていくつか傷をつけられた事実だ。
 二度目はかすりもしなかったはずの氷の針が、三度目になってここまでの傷を負わせるほどの展開スピードと殺傷能力を持っていることは、傷の痛みよりも痛い事実だ。これが意味するのは、次の攻撃では展開される速度と氷の針の数は一気に増え、下手を次、運が良くても二度目で殺される確信であった。憶測ならまだしも事実が憶測を否定し、未来に起こり得る現実は白井の中で確信に変わっていたのだ。
 つまり、あと数秒の間にこの能力を使っている相手を見つけ出し気絶なり拘束なりしなければ、自分の命はない。
 白井は冷静に考えながら、どこから氷の針は展開されているを探していると、三度目よりも短い間隔で氷の針が出現し始めた。しかも予想通り、数は増えており殺傷能力は白井が見た限りでは全て鋭利なものとなっていた。
 それらを視界で確認し襲い掛かってきた瞬間、死ぬ! と白井は本気で覚悟したが、反射的に空間移動を行ない蜂の巣になることは回避できた。
 しかし、今度の回避はあくまでの命の回避であった。
 空間移動後の左肩と左手、右腕と右ふともも、両すねにはそれぞれ氷の針が溶けずに刺さっていた。さらに、右手の甲と左手の肘、左のわき腹と右の膝は氷の針で抉られていた。命に問題にある怪我ではなかったが、怪我の数と傷の大きさは致命傷に匹敵していた。
 かつて対決したことのある結標淡希よりは怪我はまだいいが、あの時とは決定的に違ったのは次で確実に殺される確信であった。だから白井は、賭けとして見つけた相手をすぐに攻撃できるように、両指の間にもてるだけの金属矢を挟み、相手を見つけようとした。が、両指に挟み終わり、空間移動した後一秒未満で氷の針は展開され、死ぬと思う前に白井に襲い掛かった。
「ですけど、氷はわたくしに襲い掛かってきませんでした。何故だか、上条さんにはおわかりですか?」
「誰かが……止めたのか?」
 最初から殺傷能力を持たせた氷の針を無数に展開し、白井に襲い掛かっていたということは、相手は最初から白井を殺そうとしたのは確実であった。さらには回数を重ねるごとに白井を追い込み、四度目で致命傷を負わせた相手に五度目の展開は殺意があってのことでしか考えられない。話を聞いている上条もそれは理解しているはずだろう。
「はい。そしてそのお相手は、上条さん。貴方ですの」
 展開された氷の針は白井の命を奪いに来る死神のように、いくつも束になって命を奪いに来るはずだった。だが、氷の針は出現後にすぐに弾け、水になって地面に落ちていく。同時に離れたビルから窓ガラスが割れた音が聞こえた。その音の方向を向いた白井は空から人が落ちてくるのを見た。その相手は背中から床に落ちると、白井は落ちてきた相手を確認した後に落ちてきたと思われるビルの窓を見た。そこにいたのは、ツンツンした頭をした白井がよく知る少年、上条当麻の姿だった。
 そして、その姿が記憶を失う前の上条当麻を見た最後の記憶であった。

 それから約十分、白井は自分の知る限りのことを話しきり、それを知った上条は沈黙と無表情で前を向いていた。
 上条と白井の目の前の光景には、誰もいない公園だけが広がっていた。滑り台とブランコ、砂場とこのベンチだけで構成されている小さな公園であるが、全て聞き終えた上条にはこれが一体何に見えるのであろうか。
 自分の記憶を失い、自分の記憶のことを知るたびに、上条の光景は何に変化しているのだろうか。
 記憶を失ったこともない白井には光景の変化がどんなものか、想像しようにも今の上条らしいよい想像が浮かばない。
 元々知っているはずなのに知らない苦しみなのか。
 新たなことを知り目の前の光景が変化する驚きなのか。
 知っただけで何も変化しないただの光景なのか。
 白井には上条の頭の中では一体何が繰り広げられ、何を思っているのかを一切読み取ることが出来ない。予測は出来ても、確信に繋がりそうな手がかりは今の上条にはいっさい見当たらない。まさに無表情無感情の様であった。
 記憶を知りたいと願った上条は知った結果、何が起こり、何が変化するのだろうか。
 それらは時間とともに上条自身が変化した結果になって、上条の変化が自分たちの記憶として残るのであろう。だがそれは一般論であり、上条には通じなさそうな理論であった。なので白井はそれに頼らず、自分でどう変化しているのかを予想してみた。
 少なくとも動揺はあったはず。自分がどんなことをやってきたのかを知り、記憶を失った事柄に大きく近づいたのだ。白井であったら、平然であると隠せるが、本心は冷静でいられるはずはない。そして、それは上条でも同じはずだ。
 上条がどれだけ危険なことを経験し、どれだけ驚くべきことを知ってきたとしても、今の上条は二日間の思い出しかない。そんな人間がいきなり過去のことを知り、今一番知りたい過去であるのだったら、何も感じないわけはない。
 それに上条の人間性には一切の変化はない。だとすれば、上条を支配している感情は、
「驚かないのですの?」
「驚くと言うよりも、納得した気がした。美琴や白井が知り合いだったり、今まで話してもらった話が綺麗に繋がって、上条当麻が一気にわかった、というところか」
「そう、ですか。わたくしはもっと驚くと思いましたわ」
「これでも十分驚いたけどな、『不明能力者(レベルX)事件』。」
 二月の事件は学園都市では説明できない能力者たち、魔術と呼ばれる能力を所有していたものたちが起こした事件を、学園都市では『不明能力者事件』と呼ばれ、その時に用いられた魔術という名称は『恐怖の能力(デビルサイエンス)』と呼ばれ学園都市に広まっている。
 白井の同僚の初春や固法は魔術ではなく恐怖の能力と呼んでいる。他にも友人の佐天や常盤台の生徒たち、他の風紀委員や警備員も魔術と呼ばず恐怖の能力という名称で呼んでいる。これを魔術と呼ぶのは、美琴や白井、または上条に助けられたり関わりがあったものぐらいだけである。
「でも白井。魔術ってなんで恐怖の能力なんだ? その辺りがいまいちよくわからねえんだけど、わかるか?」
「ええ。聞きました話ですと、魔術の存在は学園都市では異能の中の異能だそうですの。ただでさえ、能力者たちが存在しており解明されていない謎が多いのに、そこに魔術と呼ばれる謎の能力の存在を示されれば、能力者のみならず魔術も調べる研究者が増えますの。
 ですけど魔術は能力者たちの能力よりも謎が多く、解明どころか魔術は使えないという事実がありましたの。
 学生たちは誰も使えないはずの能力を『外』の人間が自分の能力のように使える。だけど自分たちには扱えない。なのにその能力は大能力者か超能力者に匹敵するほどの力であった。
 自分たちよりも大きく強い能力を見せられた学生たちは、魔術の恐怖を抱き、研究者たちは解明できない謎の能力に触れてはいけない恐怖のようなものを感じ始めた。それがきっかけになって世間では、魔術は恐怖の存在になり、不明能力者事件の能力者が扱う魔術を『恐怖の能力』と呼んで恐れましたの」
「それが………恐怖の能力と呼ばれる由縁」
「ええ。魔術が―――」

「学園都市で恐れられたときにつけられた名前と言うわけさ」

 不意に二人の目の前から声が聞こえた。
 ずっと前の向いていた上条と白井は、いきなり聞こえた声に一瞬思考が真っ白となり停止した。ずっと前を向いていたはずなのに、相手は空間移動でもしてきたように目の前にいて、二人を見ていたのだ。
「久しぶりだね、上条当麻。いきなりで悪いけど話を聞いてもらうよ」
 相手は上条の有無を問わず、近づいてきた。
 白井は見知らぬ相手に警戒心を持ち、金属矢を持って敵意を示した。だが上条は白井の前で手を広げ、白井を止めた。
「安心しろ、敵じゃない。何もしなければ何もしてこない。そうだろ―――」
 そして、上条は白井の知らない名前を告げた。


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