とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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赤い顔の天使



3月14日。
上条にとって、戦争とも呼べる怒涛の生活を送った『あの日』からちょうど一ヶ月。
上条当麻は来てしまった『今日』という日に大きく落胆していた。
一か月前に手元にやってきたチョコレートは上条を長く苦しめることとなった。上条1人では何ヶ月分の食糧となったかは想像したくもない。
くれた女の子にとっては残酷な結果ではあるが、同居人のシスターさんが大層喜んだらしい。
上条からすれば、貰ったチョコレートは全て『義理』だと思っており、普段の不幸を憐れんでの行動だと考えていた。
そんな激動の日――もちろん、男子生徒から追いかけまわされた――を経て、今日に至る。
上条の懐具合の問題から、クラスの女の子には少しずつ手造りクッキーを撒き、もはや何処で立てたフラグか分からない名も知らぬ人には涙を飲んでもらうこととした。
律儀な上条としては貰っておいて何もしないのは後ろめたい気分ではあるが、名も知らぬ人には渡しようもない。




「あー、不幸だ」
下校途中、上条の口からいつもの口癖が漏れる。むしろ想いに応えて貰えなかった女の子の方が不幸ではあるが鈍感少年は想いにすら気付いていない。
そんな上条の鞄の中には丁寧に包装されたものが1つ残っている。
「あいつ、もう来てんのかな……」
上条は携帯を開き、時間を確認する。
「また待たせちまってるか」
待ち合わせ、というか呼びだした時間からは既に10分が経過している。
これからその場所に向かうと最低でも25分はかかるだろうから、30分くらい待たせることになる。
「また、ビリビリか……不幸だ」
気恥かしく思えてしまい、上条は走らずにトボトボと歩いて向かう。
―――さて、なんて言うかな―――
上条は呼びだした相手を思い浮かべながら、最初になんて言おうかと思いを巡らせていた。
下手なことを言えば、ビリビリキャッチボールで有耶無耶になりかねない。
御坂美琴。
常盤台のエース、第三位のレベル5の彼女は、自分がお嬢様であることを誇示するわけでもなければ、無能力者の上条を見下すわけでもない。
むしろ、見る度出会う度に絡んできてはビリビリと追いかっけっこをする。かと思えば、デートもどきみたいなことをしてみたり。
普段は男勝りなクセに、偶にえらく女の子らしい反応――これがまた素晴らしく可愛かったりする――を見せてみたり。
それ以上に、彼女は上条当麻にとって特別な女の子であった。
自らの『記憶喪失』について知って上で、上条を力になると言ってくれた人。
一ヶ月前、上条に「大好き」と言ってくれた人。
一ヶ月保留した答えを、上条の想いを告げるべき大切な人。

上条が待ち合わせ場所に着くと、美琴は1人で立っていた。
肩を震わせ、小さくなっている美琴の背中を見て、上条は酷く後悔した。
自分の気恥かしさなんて小さな理由で、美琴に辛い思いをさせてしまった事に。
美琴は上条に気づいていない。ゆっくりと近づき、後ろから震える美琴を抱きしめる。
美琴はビクッと身体をかたくして振り向く。
3月半ばとは言え、日が沈むとそれなりに寒い。美琴の頬は赤くなっており、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「悪い、御坂。待たせちまった」
「………かと思った」
上条は美琴から身体を離し素直に謝ると、美琴の目から溢れだした涙がぽろぽろと零れる。
「え、み、御坂っ、すまん!!」
美琴の涙を見て、上条は慌てる。異能の力には勝てても、女の子の涙には勝てない。
「また、何かに巻き込まれてるんじゃないかって、心配したの。良かった、無事に来てくれて……」
「………わりぃ」
美琴は涙を流しながら無理矢理笑おうとする。ぎこちない、綺麗とは言い難い、そんな笑顔。
上条は思う。こんな顔をさせてはいけないと、自分の好きな綺麗な笑顔を守ろうと。
上条は美琴の涙を拭ってやると、その潤んだ目を真っ直ぐと見詰める。
「御坂……俺も、大好きだ」
飾り気もなければ、ムードもない。だけど、上条らしい、想いの籠った言葉。
「まったく………告白の答えまで遅刻してくるなんて、アンタらしいわ」
そう言って美琴は微笑む。上条の好きな、屈託のない笑顔で。
そんな美琴の事を、上条は堪らなく愛しいと思った。
ぽんっ、と美琴は上条にもたれかかる。真っ赤に染まった顔を隠すように、上条の胸に顔を埋める。
「御坂?」
「冷えたから暖めて」
上条はふっ、と笑い美琴を優しく抱きしめる。
冷えた身体を、暖めるように。暖かい心が、冷えないように。




上条と美琴は隣り合ってベンチに腰掛けている。
待ち合わせ場所である例の自販機前は、上条にとって美琴と出会った最初の場所だ。
正確にいえば、シャッターの閉じた建物の前で、不良に囲まれながらという非日常的な出会いだったのだが、記憶喪失である上条は覚えていない。
上条は、ただなんとなく、思い出の場所として自販機前を選んだ。妹達の件の橋の上も思い出の場所と言えばそうだが、打ちひしがれた美琴の涙を思いだしそうなのでやめておいた。
ロマンチックでも何でもない場所ではあるが、気を張らずに喋れる場所で。
美琴としては夜景の見える場所とか、観覧車の中とかそんな事を期待したりもしたのだが、相手は上条である。
思い出の場所、というか2人の共通する場所を選んでくれた事だけで満足している。
「で、なんで遅れたのよ」
上条の肩にもたれかかりながら、美琴が尋ねる。
無事に来てくれて好きだと言ってくれただけで十分、と言いたいところではあるが、30分も待たされたのだ。
不満の1つくらいぶつけないと気が晴れない。
「知り合いにお返し渡してたらな……」
真面目な顔をして言い放つ上条に、美琴は大きく溜息をつく。
女の子の前で、しかも、たった今結ばれた『彼女』の前で他の女にお返ししてたと言うのだ。
―――ま、それがコイツのいいところでもあるんだけど―――
そこに惹かれたんだしね、と美琴は思い、それ以上は言及しない。上条当麻はそんなやつだ。
「アンタのことだから、お返しも大変だったんじゃない?」
「まぁ、な。少しずつで我慢してもらったし、全員に返したワケじゃねぇから。むしろ、先月の方が辛かった」
暫くチョコレートは見たくねぇ、と上条は身震いする。美琴も後輩達から貰ったものを思いだし苦笑する。
―――確かに、貰いすぎるのも苦よね―――
怒りを買いそうな言葉ではあるが、物事には適量というものがあるのだ。
「アンタ、全部食べたの?太って……るようには見えないけど。その年で糖尿病とかならないでよ?」
美琴は笑いながらの皮肉る。まさかとは思いつつも、無駄に優しい上条ならやりかねないない。
自分の分を食べてくれるのは嬉しいが、他の女の分となると複雑でもある。
「いーや、あんなに食べたら死ぬって。インデックスに手伝ってもらった……まぁ、殆どアイツが食べたけどな」
上条は、あれは凄かったな、と笑い、食べきれないチョコレートに目をキラキラとさせていたインデックスを思いだす。
「はぁ!?アンタ、まさか私の作ったヤツもシスターに食わせたんじゃないでしょうね?」
笑う上条に本気で掴みかかる美琴。いくら鈍感な上条とはいえ、意を決して「大好き」という言葉と共に送ったプレゼントだ。
「お、落ち着けって!そんなことするわけねーだろ」
上条は厳しい目で睨みながら掴みかかってくる美琴を引き離し、ベンチに座らせる。
「お前の分はちゃんと俺が食べたよ。すっげーうまかった」
「あ、うん…………ありがとう」
美琴の顔に落ち着きが戻る。
「そりゃ、インデックスに食われた人には可哀想だけどよ……お前のは、特別だよ」
上条は隣にいる美琴から目を逸らす。その頬は赤く染まっている。
「目の前で好きって言われて、あんな想いの籠ったもんを人にやれるかってんだ。死んでも分けてやらねーよ」
「………なっ」
美琴の顔が一気に赤くなる。口はぱくぱくとしており、何を言いたいのかは分からない。
―――なに、恥ずかしいこと言ってんのよっ―――
美琴は勢いよく背を向けると、両手を自分の頬にあてる。上気した顔に、冷えた手が心地よい。
それでも、心の、胸の熱さは収まりそうにない。
「そうだ、御坂、こっち向いてくれ」
上条は何かを思い出したように言うと、鞄から包装された細長い小箱を取り出す。
「名前で、呼んで」
「御坂?」
「名前で、美琴って呼んで」
美琴は振り返らない。恐らくは上条が名前で呼ぶまで振り返ることはないだろう。
―――意地っ張りな奴だな―――
美琴は耳まで赤くなっており、照れていることが丸わかりなのだが、上条は何も言わずに小さく息を吐く。
「……美琴、こっち、向いてくれ」
「んっ」
さっき以上に真っ赤になった美琴が上条の方に振り返る。目線は合わせられないようで、ちらちらと上条を見ては逸らしている。
―――こんな可愛い奴だったんだな―――
気付くの遅すぎるな、と自分の鈍さに笑う。
「お返し。そんな良いもんじゃねぇけどな」
そういって上条は包みを渡す。美琴はおずおずと手を伸ばし、ゆっくりと包みを解く。
小箱の中から現れたのは、ネックレス。小さな銀色の十字架がついている。
「食いもんでもよかったんだが、最初のプレゼントだしな。形に残したかった」
「ふふっ、案外、気障なんじゃない」
美琴はそう言いながらも、嬉しそうにネックレスをかける。
「悪かったな」
上条はふいっ、とふてくされた顔で背を向ける。本当はネックレスをかけた美琴を直視するのが恥ずかしかったからなのだが。
―――さっきの逆だな―――
なんとなくとった行動だが、デジャヴのようなものを感じ、上条は頬を緩めた。
「………ううん。凄く嬉しかった。ありがとう、当麻」
美琴が寄りかかってくるのを感じて振り向くと、上条の目に飛び込んできたのは、赤い美琴の顔。
唇にやわらかい感触と熱さを感じる。
ゆっくりと、美琴が離れた。リンゴのように真っ赤な美琴の顔を見て、上条は自分もそれくらい赤くなっているだろうなと思う。
―――天使みたいだな―――
十字架をさげ、目の前で微笑む美琴にそんな事を思う。
「大好きだよ、美琴」
3月にしては冷たい風が吹く。2人の心は暖かいままだった。


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